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結婚したい [男と女ストーリー]

いい夫婦の日に結婚したからって、幸せになれるとは限らない。
だけど新郎新婦はとびきりの笑顔で、世界で一番幸せそう。

職場の先輩は、宣言通り30歳の誕生日前に結婚式を挙げた。
ブーケトスのとき、私は最前列を陣取って、居並ぶアラサーたちを押しのけてブーケをキャッチした。
「はっ? 何であんたが取るのよ」という先輩たちの冷たい視線を感じながら、私はブーケを空に掲げた。
「やったー、次は私の番だー」

ごめんね、先輩方。
若くても、私は焦っているんです。
結婚したい。出来れば春までに。
今日も二次会を断って、卓也が待つ家に帰る。
今日こそ、結婚の話をちゃんとしよう。

「ただいま、卓也」
「おかえり。わあ、きれいな花だね」
「ブーケトスでね、私のところにブーケが飛んできたの。これって運命よ」
「ふうん。よかったね」
「花嫁さんからブーケを受け取るとね、次に結婚できるのよ」
「そうなんだ」
卓也は、たいして興味がなさそうに言った。
彼は、ブーケよりも引き出物のケーキのほうに興味がある。
私は卓也のためにケーキを切り分けた。

「ねえ、卓也」
「何?」
「今日11月22日は、いい夫婦の日なんだって」
「へえ」
「いい夫婦って、何だろうね」
「知らないよ。オレに聞くなよ」
「そうだよね」

「ねえ卓也。私が、結婚したいって言ったらどうする?」
「結婚? 誰と?」
「誰って……それは……」
「うん。いいよ。結婚したかったらしなよ」
「いいの? だって、卓也、私と結婚したいって言ってたじゃない」
「いつの話だよ。それ、2年くらい前でしょ。オレ、もう違うから」
「そうか。そうだよね。うん。わかった」
私は、一抹の寂しさを感じながら、卓也をそっと抱きしめた。

「卓也、マッチングアプリで一緒に探そうね。あなたのパパを」
「うん。オレ、一緒にサッカーしてくれるイケメンのパパがいい」

17歳で子供を産んで、ひとりで育てて来た。
卓也は6歳。生意気だけど可愛いの。
卓也が小学校に上がるまでに、収入が安定したパパを見つけなきゃ。
ねっ、卓也。ママ、頑張るね。

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知らない子

40歳を過ぎて実家暮らし。両親を看取って一人暮らしになった。
在宅勤務で出かけることもなく、仕事のやり取りはすべてリモート。
食事はネットで買ったカップ麺、たまにピザかウーバーイーツ。
これじゃ出会いなんてあるわけないよ。
「親の介護がなかったら、あのとき結婚していたのにな」
今さら思っても仕方ない。

7年前、母の介護で会社を辞めた。
家でも出来るデザインの仕事に切り替えたけど、安定しないから将来が不安だと梢子は言った。
そして別れた。35歳の秋だった。

さて、今日は何を食べようかと考えていたら、勝手口のドアが開いた。
勝手口から出入りする人などいない。そもそも一人暮らしだ。
覗いてみると女の子が立っていた。
「どこの子だ? 鍵がかかってたのにどうやって開けた?」
女の子は答えずに、靴を脱いで上がり込んだ。
「おいおい、人の家に勝手に入っちゃダメなんだぞ」
女の子はニコニコしながらソファーにちょこんと座った。
「おじちゃん、お腹空いた」
「なんだと? うちにはお菓子なんかないぞ」
「じゃあコンビニ行こう」
「はあ? 図々しいやつだな。家はどこだ」
僕は上着を羽織って、女の子を家まで送ることにした。
「躾がなってないですよ」と一言ぐらい文句を言ってやろう。

外に出ると風が冷たかった。いつの間にか季節は冬に向かっている。
女の子が手をつないできた。なんだこれ。柔らかいぞ。
ああ、あのまま梢子と結婚していたら、このくらいの子供がいたかもしれないな。
そんなことを思いながら、木枯らしに押されて歩道を歩いた。
コンビニであんまんを買ってやったら、女の子は美味しそうにハフハフしながら食べた。
「公園で遊ぼう」
女の子が急に走り出して、近くの児童公園に行った。
「寒いよ。誰もいないじゃないか。それより家はどこなんだ? お母さんが心配してるぞ」
「おじちゃん、背中押して」
女の子は、ブランコに座って手招きをした。
まいったな。今日中にクライアントに図案を送らなきゃいけないのに。
僕は数回背中を押して「はい、おしまい」と女の子を抱き上げた。
ふわふわして、甘い匂いがした。
「さあ、家に帰るぞ。俺は忙しいんだ」
抱っこされたのが嬉しいのか、女の子はやたらはしゃいでいる。

日が暮れる前に何とかしなければ。
そう思って公園を抜けると、女の子が突然「あっ、ママだ」と僕の腕をすり抜けた。
そこには、買い物袋を下げた女性がいた。
彼女は、立ち止まって僕の顔をじっと見た。
「梢子?」
それは、7年前に別れた彼女だった。
「あなたの家、この近くだったわね。いつか会うんじゃないかと思っていたわ」
「結婚したんだね」
彼女は、うつむきながら首を横に振った。
「まだひとりよ。あれから全然ダメだった。あなたのせいで男運が悪くなっちゃった」
「だって、子供が……」
見回すと、さっきの女の子はどこにもいない。最初からいなかったような気もする。
不思議だ。腕に抱いた感触は、確かに残っているのに。

子供の声が聞こえる。
「パパ、起きなしゃい。ちーちゃんとママはお出掛けしましゅよ」
「あなた、朝ごはん出来てるからね。私今日は残業だから、保育園のお迎えお願いね」
みそ汁の匂いがする。遅くまで仕事をしていた僕は、布団の中で手を振った。

7年ぶりの再会の後、僕たちは結婚した。
一人娘の千秋は、なぜか勝手口から家に入る。
そしてソファーにちょこんと座り、「パパ、お腹空いた」と笑うのだ。

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ふたりの縁側 [公募]

「先生、先生」
ぱたぱたと廊下を走ってくるのは、妻のカナコだ。
カナコは私を先生と呼ぶ。
たまには名前で呼んで欲しいが、結婚以来一向に呼び方を変えない。
「先生、こんなところにいたの? ごはんよ」
金木犀が微かに香る午後のリビングに、読みかけの本と老眼鏡。
若いつもりでいても、カナコはそれなりに年を重ねている。

食事が終わると、カナコはパソコンを開く。
「先生、ミステリーって難しいわ。軽いミステリーでいいって言うから引き受けたけど、なんか煮詰まっちゃった」
カナコは小説家だ。かく言う私も小説家だった。
今はすっかり書かなくなってしまったが、文章だったら妻よりも巧い。

「カナコ先生、お邪魔しますよー」
あの声は担当編集者の谷中だ。
相変わらず勝手に上がり込み、自分の家のように冷蔵庫を開けたりする。
もともと私の担当であった彼女は、数年前、カナコに小説を書くことを勧めた。
それが異例の大ヒットとなったのだから、谷中は図々しいだけではなく、優秀な編集者でもあったのだ。

「カナコ先生、どうですか。しばらく休んでいたけど、やっぱり書かないと調子でないでしょ。物書きなんてそんなものですよ。コーヒー淹れますね」
「ありがとう、谷中ちゃん。確かにね、書いているときは夢中になれるんだけどね、つまずいたときに先生のアドバイスがもらえないのは、ちょっとキツイな。先生のダメ出しはすごく的確だったから」
「ああ、わかる、わかる。でもまあ、所詮はひとりで書くものですからね。小説は」
「そうよね」
「ところでカナコ先生、猫を飼い始めたんですか。何だかふてぶてしい顔の猫ですね」
谷中が私を抱き上げた。
「私だ。気安くさわるな」
と言いたいけれど、今の私には「にゃー」という発音しか出来ない。

思い残すことなく、この世とオサラバしたはずだったが、気がついたら猫になってこの家に戻っていた。
気丈で明るいカナコが縁側で一人泣いているのを見て、その手をぺろりと舐めてやった。
「先生」とカナコは私を呼んだ。
「先生によく似た猫ちゃんね。もしかして生まれ変わったの? あはは、まさかね。四十九日が済んだばかりなのに早すぎるわよ」
カナコは、声を出して笑いながら涙を拭いた。
以来私はここにいる。

谷中がコーヒーを三つ淹れた。一つを仏壇に供え「先生、夢の中でもいいから、カナコ先生にダメ出ししてあげて下さいね」と手を合わせた。私にできるアドバイスなどもうない。カナコは立派な小説家だ。
谷中は、くだらない世間話を散々して、ついでのように、小さな仕事を幾つか置いて帰った。
最後に私をしみじみ見て「見れば見るほどブサイクな猫だわ」と、余計なひと言を残して行った。
カナコは立ち上がって大きく伸びをしてから、私をそっと抱き上げた。
「先生、見て。きれいな夕焼けよ」

ひとつ仕事が終わると、ふたりで縁側に座って飽きるほど庭を眺めた。
春には桜、夏は紫陽花、秋は紅葉、冬には椿。
この庭を眺めながら死にたいと、病院のベッドで何度思ったことか。
好きなことをたくさんして、思い残すことはないと思っていたけれど、大ありだった。
この先何年も、この庭をひとりで眺めるカナコのことを思ったら、胸が潰れそうなほど切なくなった。

「ねえ先生。私ね、先生のことを名前で呼んだことがないの。ああ、人間の先生のことよ。だってね、出逢ったときから先生だったのよ。私、先生のファンだったの。結婚してこの家で一緒に暮らしても、私にとって先生は、尊敬する大好きな先生なのよ」
何だか照れ臭い。出逢った頃と、カナコは全然変わっていない。

日暮れの風に、金木犀の香りが優しく舞い込む。
呼び方なんてどうでもいいさと、私は丸くなって欠伸をした。
「ちょっと肌寒くなってきたね。さあ先生、ごはんにしようか」
カナコが窓を閉めて、戸棚のキャットフードを取りに行く。
私はシッポを振りながら、そのあとを追いかける。
「ああ、たまにはサビの効いた特上寿司でも食べてみたいものだ」
秘かにそんなことを思いながら。


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公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただいた作品です。
課題は「先生」でした。
佳作も久しぶり。最優秀、そろそろ欲しいニャ~

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肉、魚、野菜 [コメディー]

駅前の寂れた商店街。
肉屋の奥さんと、八百屋のおじさんが駆け落ちをした。
今日は朝から、商店街中その話で持ち切りだ。
僕は肉屋と八百屋に挟まれた魚屋だ。
両親を亡くしてひとりで切り盛りしている。

商店街の人たちが、なぜか僕の魚屋の前に集まった。
「ちょいと魚松さん、あんた、二人の行き先を知ってるんじゃないの?」
「ええ? 知るわけないだろう」
「最後に二人に会ったのは、あんたなんだよ」
「ああ、そういえば夕べ、ハラダミートの奥さんが回覧板を持ってきたな。八百春のおじさんもいたような気がするけど、隣同士だし、別に不自然でもないだろ」
僕は無造作に棚に上げた回覧板をヒョイと取った。
その拍子に中から一枚の紙がはらりと落ちた。

『身勝手をお許しください。どうか探さないで』
紙には、そんな言葉と二人の連名が書かれていた。

「あらやだ。回覧板に手紙を挟んで駆け落ちしたのね」
「魚松さんがいつも回覧板を止めることを知っていたからよ」
「どうして早く回さなかったんだ」
「だいたいお前はずぼらなんだ。先代はきちんとしていたのに」
「そうよ。清掃当番だってすぐにサボるし」
何だか僕が悪の根源みたいな言い方をされて頭に来た。
回覧板を一晩止めただけじゃないか。僕のせいで駆け落ちしたわけじゃないだろう。
それから商店街はますます寂れ、結局僕は店を閉めて街を出た。
親の店を仕方なく継いだだけで、やりたかったわけじゃない。

そして僕は、スーパーの鮮魚コーナーで働き始めた。
魚の目利きと三枚おろしは誰にも負けないから、随分重宝がられた。
そんなある日、精肉コーナーのパートさんと、野菜コーナーの主任が駆け落ちをした。
またか? また肉と野菜?
そして店長はじめ従業員が、僕のところに集まった。
「精肉コーナーのヨシダさんに会ったのは、君が最後なんだ。変わった様子はなかったか?」
「さあ? ヨシダさんはチラシのゲラを持ってきて、明日までにチェックするように言いました。それだけです」
「そのチラシはどうした?」
僕は奥からチラシのゲラを持ってきて店長に渡した。
「あっ、ここを見ろ。PM10時駅と鉛筆で殴り書きがしてある。ヨシダさんの字だ。きっと消し忘れたんだろう。ああ、なぜ早くチェックしなかったんだ」
「明日までって言われたから」
「そうやって物事を先延ばしにするのは君の悪い癖だ。ああ、主任とパートが駆け落ちなんて、前代未聞だぞ」
店長は、まるで僕が悪いと言いたげに舌打ちをした。
たとえ僕が「PM10時」に気づいたって、ふたりは駆け落ちしただろう。

結局その後、店をやめた。
親の遺産と店を売った金で当分は暮らせる。
しばらくアパートに籠ることにした。

そんなある日、右隣の奥さんと、左隣のご主人が駆け落ちをした。
また両隣? 流行ってるのか、駆け落ち。
翌日、両隣人がうちに来た。
「最後に妻と会話をしたのはあなたなんですよ」
「挨拶しただけですよ。回覧板も、チラシのゲラも預かってませんから」
「妻に変わった様子はなかったですか」
「天気の話をしただけですよ。北海道は雪かしらって、そんなことを言ってたかな」
「北海道は、主人の出身地よ!」
左隣の奥さんが叫んだ。
「じゃあ二人で北海道へ! どうして早く言ってくれなかったんだ」
あれ? また僕が悪者になってる?
「勘弁してくれよ。両隣ってだけで、名前も知らなきゃ出身地も知らないよ」
ふたりは憤慨しながら帰っていった。

後で聞いたら、右隣は「仁久谷(にくや)さん」左隣は「矢尾谷(やおや)さん」という名前だった。
また肉と野菜か。僕は、魚に関わる仕事を一切やめた。

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