リアル鬼は外 [コメディー]
鬼の皆さん、今年も忌々しい節分がやってきます。
私たち鬼が恐れられていたのは遠い昔の話。
今じゃすっかり人間たちと共存し、穏やかに暮らしています。
しかし数年前の節分の夜、一部の若者が「リアル鬼は外」と称して鬼に豆を投げつける動画を投稿したのをきっかけに、すっかり広まってしまいました。
「リアル鬼は外」はその年の流行語にもなり、すっかり定着してしまいました。
いつもは優しい人間も、節分の夜だけは急変するのです。
まさに鬼です。いや、悪魔です。
しかし我々鬼も、いつまでも豆をぶつけられて黙ってはいられません。
今こそ立ち上がりましょう。こちらも負けずに豆をぶつけるのです。
節分に怯えて生きるのは、もうやめましょう。
「ただいま」
「おかえりなさい。鬼の集会、どうだった?」
「うん。今年は人間に逆襲するってさ。”人間は外”って言いながら、豆をぶつけるんだって。だからさ、危ないから今夜は出掛けない方がいいよ。君は人間なんだから」
「そうか。でも今夜は、人間と鬼の結婚を合法化させる会があるの。鬼と人間のカップルがこれだけ多いのに、結婚できないのは不当だわ。あなたもそう思うでしょう」
「う、うん。そうだね。でもさ、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな」
「だめよ。早く籍を入れたいわ」
「そ、そうだよね。あっ、テレビでもつけようか」
『速報です。総務省の統計によりますと、本日、鬼の人口が人間の人口を上回ったということです。鬼と人間が共存するようになって30年余りとなりますが、鬼の出産率が人間の5倍であることから、こういった現象が起きたということです。
政府はこの事態を受けて、鬼の人権を認め、以前から要望が多く寄せられていた人間と鬼の結婚の合法化について、早急な話し合いを進めるとの見解を示しました。また、毎年恒例の”リアル鬼は外”について、自粛を求めるように呼びかけるということです』
「あなた、すごいわ。今年中に鬼と人間の結婚が認められるかもね。ねえ、両親に会ってくれる? あなたのことはそれとなく話してあるから、反対はされないと思うの」
「あー、いや、でも……」
「歯切れが悪いわね。はっ、もしかして、あの鬼の女とまだ続いているの?」
「ごめん。彼女去年5人目の子供を産んだんだ」
「別れてないの?」
「仕方ないよ。鬼は一夫多妻制だからさ。もちろん君のことは、第二婦人として大切にするよ」
「ふざけるな。出て行け!」
「あっ、豆!」
「鬼は~外。鬼は~外」
「痛い、痛い、豆まきは自粛だって言ってただろう」
「知るか! 鬼は~外。鬼は~外」
「痛いよぉ、君は鬼だな」
「鬼は~外。鬼は~外」
鬼は寒空へ追い出されてしまいました。
伝統ある節分の行事も、時代とともに変わるものですね。
私たち鬼が恐れられていたのは遠い昔の話。
今じゃすっかり人間たちと共存し、穏やかに暮らしています。
しかし数年前の節分の夜、一部の若者が「リアル鬼は外」と称して鬼に豆を投げつける動画を投稿したのをきっかけに、すっかり広まってしまいました。
「リアル鬼は外」はその年の流行語にもなり、すっかり定着してしまいました。
いつもは優しい人間も、節分の夜だけは急変するのです。
まさに鬼です。いや、悪魔です。
しかし我々鬼も、いつまでも豆をぶつけられて黙ってはいられません。
今こそ立ち上がりましょう。こちらも負けずに豆をぶつけるのです。
節分に怯えて生きるのは、もうやめましょう。
「ただいま」
「おかえりなさい。鬼の集会、どうだった?」
「うん。今年は人間に逆襲するってさ。”人間は外”って言いながら、豆をぶつけるんだって。だからさ、危ないから今夜は出掛けない方がいいよ。君は人間なんだから」
「そうか。でも今夜は、人間と鬼の結婚を合法化させる会があるの。鬼と人間のカップルがこれだけ多いのに、結婚できないのは不当だわ。あなたもそう思うでしょう」
「う、うん。そうだね。でもさ、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな」
「だめよ。早く籍を入れたいわ」
「そ、そうだよね。あっ、テレビでもつけようか」
『速報です。総務省の統計によりますと、本日、鬼の人口が人間の人口を上回ったということです。鬼と人間が共存するようになって30年余りとなりますが、鬼の出産率が人間の5倍であることから、こういった現象が起きたということです。
政府はこの事態を受けて、鬼の人権を認め、以前から要望が多く寄せられていた人間と鬼の結婚の合法化について、早急な話し合いを進めるとの見解を示しました。また、毎年恒例の”リアル鬼は外”について、自粛を求めるように呼びかけるということです』
「あなた、すごいわ。今年中に鬼と人間の結婚が認められるかもね。ねえ、両親に会ってくれる? あなたのことはそれとなく話してあるから、反対はされないと思うの」
「あー、いや、でも……」
「歯切れが悪いわね。はっ、もしかして、あの鬼の女とまだ続いているの?」
「ごめん。彼女去年5人目の子供を産んだんだ」
「別れてないの?」
「仕方ないよ。鬼は一夫多妻制だからさ。もちろん君のことは、第二婦人として大切にするよ」
「ふざけるな。出て行け!」
「あっ、豆!」
「鬼は~外。鬼は~外」
「痛い、痛い、豆まきは自粛だって言ってただろう」
「知るか! 鬼は~外。鬼は~外」
「痛いよぉ、君は鬼だな」
「鬼は~外。鬼は~外」
鬼は寒空へ追い出されてしまいました。
伝統ある節分の行事も、時代とともに変わるものですね。
赤い毛糸 [ミステリー?]
雪がちらついていた。
景色に見とれて、小さな駅でうっかり途中下車してしまった。
次の電車はもうなかった。閑静な田舎町で、宿などない。
「失敗したなあ」と途方に暮れて歩いていると、道端にお地蔵さまがいた。
赤いニット帽を頭にかぶっている。
「まあ、可愛らしい」
雪を払ってお参りすると、お地蔵さんが少し笑ったように見えた。
「お嬢さん、見かけない顔だね。どうかしたのかい?」
通りかかったおばあさんに事情を話すと、快く「うちに泊まりなさい」と言ってくれた。
おばあさんの家は、お地蔵様のすぐ近くで、ひとり暮らしのようだ。
「さあ、さあ、温まって。古い家で驚いたかい」
ストーブの炎が優しくて、心まで溶けていくのを感じる。
恋人と別れて、ひとりの傷心旅行だった。
特に急ぐわけでもなく、宛てもなかった。
「さあさあ、たくさんお食べ」
おばあさんが、ご馳走を用意してくれた。野菜中心の優しい御飯だ。
食べ終わるとおばあさんは、籐のカゴから赤い毛糸をとりだして、帽子を編み始めた。
「お地蔵さん帽子ですか? おばあさんが編んでいたのね」
「その昔、村の女の子がね、寒そうなお地蔵さまに赤い毛糸の帽子をかぶせたのさ。そうしたら、その年は災害もなく大豊作だったそうだ。それからね、お地蔵さまに赤い帽子を被せることが習わしになったんだ」
「そうなんですか。今はおばあさんが編んでいるんですね」
「でもね、年のせいかすっかり編み目が見えなくなってねえ」
おばあさんは、目をシバシバさせた。
「お手伝いしましょうか」
私が言うと、おばあさんはニッコリ笑って編みかけの帽子を差し出した。
「おや、あんた上手だねえ」
「編み物、得意なんです」
恋人にも何枚もセーターを編んだ。きっと新しい恋人に全部捨てられてしまっただろう。
無駄な時間だった。こうしてお地蔵さまの帽子を編む方が、どれだけ有意義だろう。
静寂の中で一目一目丁寧に編んでいく。こんな時間もいいなと、しみじみ思った。
目覚めると、雪はすっかりやんでいた。
硝子のような陽ざしが、雪に反射している。
ふと見ると、小指に赤い毛糸が巻き付いている。
「なにかしら」
結び目は決してきつくないのに、どうしても外れない。
私はおばあさんのところへ行き、指に巻き付いた毛糸を見せた。
「おやまあ」と、おばあさんの顔がぱあっと輝いた。
「あんた、選ばれたんだね。お地蔵さまに選ばれたんだね」
おばあさんに促されて、外に出て糸を手繰ると、お地蔵様の指に繋がっていた。
糸がほつれて、お地蔵さまの帽子がなくなっている。
「ほらね、これからはあんたが帽子を編むんだよ。ほらほら、早く被せてあげないと、お地蔵さまが風邪をひくよ」
「無理です。私帰らないと。今すぐハサミで切ってください」
「ハサミなんかじゃ切れないよ。運命の赤い糸だもの。大丈夫。糸は長いから、自由に動けるよ。この村からは出られないけどね」
「困ります」
「仕方ないよ。選ばれちゃったんだから」
おばあさんは嬉しそうに言って、大きく伸びをした。
心なしか、いくらか若返ったようにみえる。
「ああ、縛られていた50年を、今から取り戻そうかね」
「50年?」
おばあさんは、すっかり若返り、羽が生えたように軽やかに雪道を走っていった。
ああ、帽子を編まなければ。早く帽子を。
赤い糸に操られるように、編み棒を手に取る。
ひと目編むごとに、何かを忘れていくような気がした。
雪が、また降り出した。心地よい静寂だ。
景色に見とれて、小さな駅でうっかり途中下車してしまった。
次の電車はもうなかった。閑静な田舎町で、宿などない。
「失敗したなあ」と途方に暮れて歩いていると、道端にお地蔵さまがいた。
赤いニット帽を頭にかぶっている。
「まあ、可愛らしい」
雪を払ってお参りすると、お地蔵さんが少し笑ったように見えた。
「お嬢さん、見かけない顔だね。どうかしたのかい?」
通りかかったおばあさんに事情を話すと、快く「うちに泊まりなさい」と言ってくれた。
おばあさんの家は、お地蔵様のすぐ近くで、ひとり暮らしのようだ。
「さあ、さあ、温まって。古い家で驚いたかい」
ストーブの炎が優しくて、心まで溶けていくのを感じる。
恋人と別れて、ひとりの傷心旅行だった。
特に急ぐわけでもなく、宛てもなかった。
「さあさあ、たくさんお食べ」
おばあさんが、ご馳走を用意してくれた。野菜中心の優しい御飯だ。
食べ終わるとおばあさんは、籐のカゴから赤い毛糸をとりだして、帽子を編み始めた。
「お地蔵さん帽子ですか? おばあさんが編んでいたのね」
「その昔、村の女の子がね、寒そうなお地蔵さまに赤い毛糸の帽子をかぶせたのさ。そうしたら、その年は災害もなく大豊作だったそうだ。それからね、お地蔵さまに赤い帽子を被せることが習わしになったんだ」
「そうなんですか。今はおばあさんが編んでいるんですね」
「でもね、年のせいかすっかり編み目が見えなくなってねえ」
おばあさんは、目をシバシバさせた。
「お手伝いしましょうか」
私が言うと、おばあさんはニッコリ笑って編みかけの帽子を差し出した。
「おや、あんた上手だねえ」
「編み物、得意なんです」
恋人にも何枚もセーターを編んだ。きっと新しい恋人に全部捨てられてしまっただろう。
無駄な時間だった。こうしてお地蔵さまの帽子を編む方が、どれだけ有意義だろう。
静寂の中で一目一目丁寧に編んでいく。こんな時間もいいなと、しみじみ思った。
目覚めると、雪はすっかりやんでいた。
硝子のような陽ざしが、雪に反射している。
ふと見ると、小指に赤い毛糸が巻き付いている。
「なにかしら」
結び目は決してきつくないのに、どうしても外れない。
私はおばあさんのところへ行き、指に巻き付いた毛糸を見せた。
「おやまあ」と、おばあさんの顔がぱあっと輝いた。
「あんた、選ばれたんだね。お地蔵さまに選ばれたんだね」
おばあさんに促されて、外に出て糸を手繰ると、お地蔵様の指に繋がっていた。
糸がほつれて、お地蔵さまの帽子がなくなっている。
「ほらね、これからはあんたが帽子を編むんだよ。ほらほら、早く被せてあげないと、お地蔵さまが風邪をひくよ」
「無理です。私帰らないと。今すぐハサミで切ってください」
「ハサミなんかじゃ切れないよ。運命の赤い糸だもの。大丈夫。糸は長いから、自由に動けるよ。この村からは出られないけどね」
「困ります」
「仕方ないよ。選ばれちゃったんだから」
おばあさんは嬉しそうに言って、大きく伸びをした。
心なしか、いくらか若返ったようにみえる。
「ああ、縛られていた50年を、今から取り戻そうかね」
「50年?」
おばあさんは、すっかり若返り、羽が生えたように軽やかに雪道を走っていった。
ああ、帽子を編まなければ。早く帽子を。
赤い糸に操られるように、編み棒を手に取る。
ひと目編むごとに、何かを忘れていくような気がした。
雪が、また降り出した。心地よい静寂だ。
女子大生ソーシャルディスタンス [コメディー]
楽しみにしていた成人式が中止になった。
本当に楽しみにしていたのは、その後の同窓会だったけど、どっちみちこの状況では無理だ。
「あーあ、あたしたちって不幸だよね」
友達の佳奈ちゃんに、ついつい愚痴る。
「あたしさあ、中学のとき、今より20キロも太ってたんだ。痩せてギャルになった姿を見て、クラスメートが驚く顔を見たかったなあ。あーあ、大学には行けないし、カラオケも行けないし、実家にも帰れない。あたしたちって、マジで最悪だよね」
「そうね」と佳奈ちゃんはアクリル板越しに微笑んだ。
佳奈ちゃんは、学部は違うけど大学が一緒で、同じ寮にいる。
以前は顔を合わせる程度だったけど、コロナ禍で大学に行けなくなり、一緒にいる時間が急激に増えた。
おっとりしていて清楚なお嬢様タイプ。手作りっぽいマスクが愛らしい。
「佳奈ちゃんも振袖着たかったでしょう」
「そうね。パパとママもがっかりしていたわ」
「だよね。イケてるギャルメイクで髪も盛りたかったよね」
「ふふ、そうね。似合いそうだわ、エリちゃん」
「ああ、何回も言うけど、マジで最悪」
「そうかな」と佳奈ちゃんは私の顔をじっと見た。
「最悪じゃないよ。もっと困っている人がたくさんいるわ。特に医療従事者の方は、本当に大変よ。重症患者が日に日に増えて、医療現場はひっ迫しているのよ。家にも帰れないかもしれないわ。毎日感染の恐怖に怯えながら、患者さんを看ていらっしゃるのよ。本当に尊敬するわ」
「え……」
なんか、胸に杭を打たれたみたい。言われてみればその通り。
職を失った人もいる中で、オンラインでも授業が受けられるあたしたちって、まだ幸せなのかも。寮には友達がいるし、親とはリモートで会話できる。カラオケ行けないくらい何なのさ。
佳奈ちゃん素敵。偉い。いい子。きっと育ちが違うんだ。
あたしのように卑屈な青春送ってないんだ。
「佳奈ちゃん、あたしったら自分のことばっかりで恥ずかしいよ。昔ブタ扱いした同級生を見返すことばっかり考えてた。根性曲がってるよ。そうだよね。コロナが終息したら、いくらでも同窓会出来るもんね。マジで感動したよ。佳奈ちゃん、あたしにできることってあるかな」
「私たちにできることは、感染しないことよ。しっかり予防をして、なるべく人との接触を避けるの。不要不急の外出は自粛してね。カラオケなんて以ての外よ。あと、栄養と睡眠もしっかりとってね。免疫つけてね」
「わかった。佳奈ちゃんって、本当に偉いね」
「やだ、別に偉くなんかないわよ。彼氏が医者なだけよ」
「え……」
彼氏が医者?
「本当はね、20歳の誕生日に夜景が見えるレストランに連れて行ってもらえるはずだったの。プラダのバッグもおねだりしてたの。成人式のお祝いには、ブルガリの指輪をもらう予定だったの。エルメスもカルティエも、コロナのせいで全部先延ばしになっちゃった」
「へ、へえ……」
「だからね、これ以上感染を拡大させたら絶対にダメなのよ」
さっきまで女神に見えていた佳奈ちゃんが、ただのブランド好きの女子大生に見えてきた。そういえば、時計もピアスも高そうだ。マスクも何かのブランドなのかな?
「あっ、そろそろ換気しなきゃ」
佳奈ちゃんは窓を開けて冷たい風を循環させた。
「じゃあそろそろ30分だから、部屋に戻るね。エリちゃん、イスとテーブル、除菌してね」
佳奈ちゃんが言ってることもやってることも、すごく正しいんだけど……。
何だかちょっとムカつくのはなぜ。
「ちょっと佳奈ちゃん!」
「なあに?」
「コロナが収まったら、彼氏の友達を紹介しなさいよ」
本当に楽しみにしていたのは、その後の同窓会だったけど、どっちみちこの状況では無理だ。
「あーあ、あたしたちって不幸だよね」
友達の佳奈ちゃんに、ついつい愚痴る。
「あたしさあ、中学のとき、今より20キロも太ってたんだ。痩せてギャルになった姿を見て、クラスメートが驚く顔を見たかったなあ。あーあ、大学には行けないし、カラオケも行けないし、実家にも帰れない。あたしたちって、マジで最悪だよね」
「そうね」と佳奈ちゃんはアクリル板越しに微笑んだ。
佳奈ちゃんは、学部は違うけど大学が一緒で、同じ寮にいる。
以前は顔を合わせる程度だったけど、コロナ禍で大学に行けなくなり、一緒にいる時間が急激に増えた。
おっとりしていて清楚なお嬢様タイプ。手作りっぽいマスクが愛らしい。
「佳奈ちゃんも振袖着たかったでしょう」
「そうね。パパとママもがっかりしていたわ」
「だよね。イケてるギャルメイクで髪も盛りたかったよね」
「ふふ、そうね。似合いそうだわ、エリちゃん」
「ああ、何回も言うけど、マジで最悪」
「そうかな」と佳奈ちゃんは私の顔をじっと見た。
「最悪じゃないよ。もっと困っている人がたくさんいるわ。特に医療従事者の方は、本当に大変よ。重症患者が日に日に増えて、医療現場はひっ迫しているのよ。家にも帰れないかもしれないわ。毎日感染の恐怖に怯えながら、患者さんを看ていらっしゃるのよ。本当に尊敬するわ」
「え……」
なんか、胸に杭を打たれたみたい。言われてみればその通り。
職を失った人もいる中で、オンラインでも授業が受けられるあたしたちって、まだ幸せなのかも。寮には友達がいるし、親とはリモートで会話できる。カラオケ行けないくらい何なのさ。
佳奈ちゃん素敵。偉い。いい子。きっと育ちが違うんだ。
あたしのように卑屈な青春送ってないんだ。
「佳奈ちゃん、あたしったら自分のことばっかりで恥ずかしいよ。昔ブタ扱いした同級生を見返すことばっかり考えてた。根性曲がってるよ。そうだよね。コロナが終息したら、いくらでも同窓会出来るもんね。マジで感動したよ。佳奈ちゃん、あたしにできることってあるかな」
「私たちにできることは、感染しないことよ。しっかり予防をして、なるべく人との接触を避けるの。不要不急の外出は自粛してね。カラオケなんて以ての外よ。あと、栄養と睡眠もしっかりとってね。免疫つけてね」
「わかった。佳奈ちゃんって、本当に偉いね」
「やだ、別に偉くなんかないわよ。彼氏が医者なだけよ」
「え……」
彼氏が医者?
「本当はね、20歳の誕生日に夜景が見えるレストランに連れて行ってもらえるはずだったの。プラダのバッグもおねだりしてたの。成人式のお祝いには、ブルガリの指輪をもらう予定だったの。エルメスもカルティエも、コロナのせいで全部先延ばしになっちゃった」
「へ、へえ……」
「だからね、これ以上感染を拡大させたら絶対にダメなのよ」
さっきまで女神に見えていた佳奈ちゃんが、ただのブランド好きの女子大生に見えてきた。そういえば、時計もピアスも高そうだ。マスクも何かのブランドなのかな?
「あっ、そろそろ換気しなきゃ」
佳奈ちゃんは窓を開けて冷たい風を循環させた。
「じゃあそろそろ30分だから、部屋に戻るね。エリちゃん、イスとテーブル、除菌してね」
佳奈ちゃんが言ってることもやってることも、すごく正しいんだけど……。
何だかちょっとムカつくのはなぜ。
「ちょっと佳奈ちゃん!」
「なあに?」
「コロナが収まったら、彼氏の友達を紹介しなさいよ」
福の神 福子さん
福子さんは、その名の通り福の神だ。
小さな町の商店街、福子さんが気に入った店は何故か必ず繁盛する。
カフェ、パン屋、ラーメン屋、雑貨屋に古本屋。
彼女が気に入れば客が増え、ネットで話題になり、テレビの取材まで来るほどだ。
「どうか、うちの店に来てください」
賄賂を持って訪ねてくる店主も数知れず。
しかし福子さんは、そんなものには全くなびかない。
行列が出来ているラーメン屋を横目で見ながら、とんかつ屋の店主は考えた。
「そうだ、圭太、おまえ福子さんと結婚しろ」
いきなり話を振られた息子の圭太は「はあ?」と目を丸くした。
「だってそうだろ。福子さんが嫁に来てくれたら、この店は一生大繁盛だ」
「そうよ、どうせあんた恋人いないんでしょう。そうだ、映画のチケットが2枚あるから今すぐ誘ってきなさい」
「今すぐって、家なんか知らないよ」
「さっき駅裏のカフェにいたわよ。早く行きなさい」
母親に背中を押され、圭太は家を出た。どうせ店は閑古鳥が鳴いている。
福子さんはちょうどカフェを出たところだった。
「福子さん、こんにちは」
「あら、とんかつ屋さん。今日はお店休みなの?」
「いえ、客がいなくてヒマだから、映画でも行こうと思って」
わざとらしくチケットを見せる。
「映画? いいわね」
「行きますか? おふくろがくれた古い映画のチケットなんだけど」
「古い映画、大好きよ」
圭太は、心の中でガッツポーズ。福子さんはまあまあ美人だし、好みのタイプだ。
ふたりは、隣町の古びた映画館に来た。
オーナーの趣味で古い映画ばかりを上映している寂れた映画館だ。
椅子も堅いし、つまらない時代劇だったけど、福子さんはとても楽しそうだ。
「いいわね、時代劇。レトロな雰囲気もすごく気に入ったわ」
福子さんがそう言った途端、寂れた映画館にたくさんの人が押し寄せた。
チケットのもぎりが間に合わないほどの大盛況だ。
映画の後は、老夫婦でやっている昔ながらの洋食屋で、遅めのランチをした。
ふたり以外に客はいない。貸し切りみたいだ。
「このオムライス、すごくおいしい。私絶対また来るわ」
福子さんがそう言った途端、客が次々入ってきて、あっという間に満席だ。
「ちょっとあんた、バブル期以来の繁盛だね」
老夫婦が嬉しい悲鳴を上げていた。
本物だ。福子さんの力は本物だ。圭太はますます好きになった。
何しろ福の神だ。これを逃せば後がない。
「あの、福子さん、僕とお付き合いして頂けませんか」
「えっ、本当? 実は私、前からあなたのこと気に入っていたのよ」
福子さんが頬を赤らめて言った途端、圭太のもとに女性たちがどっと押しかけた。
「圭太君はあたしの物よ」
「いいえ、圭太さんは私と付き合うのよ」
いきなり現れた女性たちは、圭太の取り合いを始めた。
「ええ? いきなりのモテ期到来? 選び放題だ」
福子さんは深いため息をついた。
「ああ、私が好きになる人は、必ず浮気するのよね」
おめでたい話を書こうと思ったら、こんな話になってしまいました。
何はともあれ、今年もよろしくお願いします。
小さな町の商店街、福子さんが気に入った店は何故か必ず繁盛する。
カフェ、パン屋、ラーメン屋、雑貨屋に古本屋。
彼女が気に入れば客が増え、ネットで話題になり、テレビの取材まで来るほどだ。
「どうか、うちの店に来てください」
賄賂を持って訪ねてくる店主も数知れず。
しかし福子さんは、そんなものには全くなびかない。
行列が出来ているラーメン屋を横目で見ながら、とんかつ屋の店主は考えた。
「そうだ、圭太、おまえ福子さんと結婚しろ」
いきなり話を振られた息子の圭太は「はあ?」と目を丸くした。
「だってそうだろ。福子さんが嫁に来てくれたら、この店は一生大繁盛だ」
「そうよ、どうせあんた恋人いないんでしょう。そうだ、映画のチケットが2枚あるから今すぐ誘ってきなさい」
「今すぐって、家なんか知らないよ」
「さっき駅裏のカフェにいたわよ。早く行きなさい」
母親に背中を押され、圭太は家を出た。どうせ店は閑古鳥が鳴いている。
福子さんはちょうどカフェを出たところだった。
「福子さん、こんにちは」
「あら、とんかつ屋さん。今日はお店休みなの?」
「いえ、客がいなくてヒマだから、映画でも行こうと思って」
わざとらしくチケットを見せる。
「映画? いいわね」
「行きますか? おふくろがくれた古い映画のチケットなんだけど」
「古い映画、大好きよ」
圭太は、心の中でガッツポーズ。福子さんはまあまあ美人だし、好みのタイプだ。
ふたりは、隣町の古びた映画館に来た。
オーナーの趣味で古い映画ばかりを上映している寂れた映画館だ。
椅子も堅いし、つまらない時代劇だったけど、福子さんはとても楽しそうだ。
「いいわね、時代劇。レトロな雰囲気もすごく気に入ったわ」
福子さんがそう言った途端、寂れた映画館にたくさんの人が押し寄せた。
チケットのもぎりが間に合わないほどの大盛況だ。
映画の後は、老夫婦でやっている昔ながらの洋食屋で、遅めのランチをした。
ふたり以外に客はいない。貸し切りみたいだ。
「このオムライス、すごくおいしい。私絶対また来るわ」
福子さんがそう言った途端、客が次々入ってきて、あっという間に満席だ。
「ちょっとあんた、バブル期以来の繁盛だね」
老夫婦が嬉しい悲鳴を上げていた。
本物だ。福子さんの力は本物だ。圭太はますます好きになった。
何しろ福の神だ。これを逃せば後がない。
「あの、福子さん、僕とお付き合いして頂けませんか」
「えっ、本当? 実は私、前からあなたのこと気に入っていたのよ」
福子さんが頬を赤らめて言った途端、圭太のもとに女性たちがどっと押しかけた。
「圭太君はあたしの物よ」
「いいえ、圭太さんは私と付き合うのよ」
いきなり現れた女性たちは、圭太の取り合いを始めた。
「ええ? いきなりのモテ期到来? 選び放題だ」
福子さんは深いため息をついた。
「ああ、私が好きになる人は、必ず浮気するのよね」
おめでたい話を書こうと思ったら、こんな話になってしまいました。
何はともあれ、今年もよろしくお願いします。