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もどき [コメディー]

ああ、やっと退院できた。
長くてつらい入院生活だったぜ。
なにしろ酒もたばこも女も我慢。生きてる意味がないぜ。
「山田さん、いいですか。退院したからといって、不摂生はいけませんよ。規則正しい生活を心がけてくださいね」
怖い看護師に言われたけどよ、退院したらこっちのもんさ。
ああ、早く一服したいぜ。

「セブンスター2箱くれ」
「お客様、当店ではたばこは扱っておりません」
「はあ? コンビニでタバコ売ってねえってどういうことだよ」
「お客様、たばこは今、どこでも買えませんよ。たばこもどきならありますけどね」
「たばこもどき?」
「はい、ミントやレモンなど、いろんな味がありますよ」
「ガキじゃあるまいし。もういい。酒はあるか?」
「お酒もどきならございます。ビールもどき、チューハイもどき、日本酒もどき、どれになさいますか?」
「もどきなんかいるか!」
頭にきて店を出てきた。一体どうなってるんだ、最近のコンビニは。
しかしスーパーに行っても、酒屋に行っても、たばこも酒も売っていない。
「そうだ。飲みに行けばいいんだ。ちょうど腹も減ってきたぜ」

「いらっしゃいませ」
「ビールくれ」
「はい、ビールもどきでございますね」
「もどきじゃねえ。本物のビールを出せ」
「お、お客さん、大声で何言ってるんですか。警察に通報されたら営業できなくなりますよ。うちの店は健全です。本物のビールなんてありませんよ」
「ちっ、またもどきか。おれが入院している間に何があった」
「お客さん、長いこと入院していたんですね。それじゃあ無理もない。一年前にね、酒もたばこも禁止になったんですよ。酒がらみの犯罪が急に増えてね、たばこはほら、健康に悪いからさ、まとめて禁止にしちゃったんですよ。今や闇取引でしか買えません」
「まるで麻薬だな」
「もどきも、慣れれば旨いですよ。飲んでみます?」
「いらねえよ」
店を出たところで、怪しげな男に声をかけられた。
「にいちゃん、酒とたばこ、あるよ」
「本物?」
「上物だよ。30でどう?」
「30万? ふざけるな。高すぎるだろ」

ああ、もう酒もたばこもいらねえ。なじみの女でも呼び出すか。
「はい、スナックチェリーです。あらあ、山ちゃん? ずいぶんご無沙汰じゃないの。えっ、サユリちゃん? サユリちゃんはいないのよ。サユリちゃんもどきならいるけどね」
またもどきか。しかしサユリのもどきはちょっと興味がある。
店に行ってみた。
「いらっしゃい、山ちゃん。どのサユリちゃんにする?」
ママが指さす先に、サユリもどきが5人いる。
「どうしてサユリがこんなにいるんだ。クローンか」
「クローンじゃないわよ。もどきよ」
ああ、もういい。何なんだこの世界は。俺の頭が変になったのか?
もう一度病院に行ってみよう。

「あら山田さん、退院したばかりなのにどうしたんですか?」
「頭がおかしくなったんだ。医者に診てほしい」
「お医者さんは今いないんですよ。医者もどきならおりますが」
またもどきか!

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懺悔の春 [男と女ストーリー]

穏やかな、早春の庭である。

「梅の花が咲きましたね」
「ああ、春だな」
「春ですね」
「おまえには、今まで苦労かけて悪かったな」
「あら、何ですか、急に」
「家のことをきちんとやって、毎日弁当を作ってもらったのに礼も言わず、数々の女性蔑視発言、本当にすまなかった」
「あらあら、どうしちゃったんです?」
「女は黙っていろ、女のくせにと、事あるごとに言ってきた。風呂はまだか、めしはまだか、お茶くれ、酒出せと、当然のように言ってきた」
「まあ、そうですねえ」
「大いに反省した。だからおまえ、離婚なんて考えないでくれ」
「あらいやだ、あなた。フフフ、引き出しの離婚届を見たんですね」
「そうだ。爪切りを探しておまえのタンスを開けてしまった。まさか離婚を考えていたなんて」
「ちがいますよ。あれはね、お守り代わりに母が持たせてくれたんです。いつでも離婚できると思ったら、大概のことは我慢できるからって」
「そうなのか。なんだ、そうか。俺はてっきり熟年離婚されるものだと思っていた」
「そんなことしませんよ」
「まったく、紛らわしい物をタンスに入れておくな」
「はいはい。あっ、それからあなた。おまえって呼ぶのもアウトですよ。私には美佐子という名前があるんですからね」
「ああ、そうか。じゃあ、美佐子、ジョンの散歩に行ってくる」
「行ってらっしゃい。陽介さん」

美佐子は、夫を見送ってポケットからスマホをとりだした。
「もしもし、ヒロシさん。私やっぱり、夫とは離婚できないわ。あんな人でも情はあるし、それにね、わりと可愛いところもあるのよ。だからごめんなさい。私たち、お別れしましょう」

梅の花が見事に咲いた早春の庭。
「懺悔するのは私の方ね」

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五年後の卒業式 [公募]

久ぶりに降りた故郷の駅は、すっかり変わっていた。
大きなビルが立ち並び、あの日の災害がまるで嘘のようだ。

五年前、町を呑み込むような大きな災害があった。高校の卒業式の前日だった。
両親は亡くなり、僕は町を離れた。
ようやく落ち着いた頃、「卒業式を兼ねた同窓会」の案内が届いた。
懐かしい。もちろん出席に〇をつけた。

「拓郎君、待ち合わせして一緒に行こう。五年ぶりの待ち合わせだね」
そんな手紙をくれたのはクラスメートの由香里だ。
家の方向が一緒だから、よく待ち合わせをして一緒に帰った。
実は卒業式の日に告白しようと思っていた。
だけどそれどころじゃなくて、あれから一度も会っていない。
手紙には、待ち合わせ場所と、目印の白い造花が同封されていた。

「ちょっと早すぎたかな」
駅前のホテルのロビーで、白い花を胸にさして由香里を待った。何だか照れる。
十分が過ぎたころ、白い花を持った女性が入ってきた。
だけど由香里じゃない。どうみてもおばあさんだ。
その後ろから、また白い花を持った人が入ってきた。今度は知らない男だ。
一体どういうことだ? 流行っているのか、白い花? 
不思議に思っていたら、ロビーは白い花を持った人でいっぱいになった。

「拓郎」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、五年前に死んだはずの父と母が立っていた。
同じように白い花を持っている。
「拓郎、やっと会えたね」と、僕にすがりつき、涙をこぼした。
夢でも見ているのだろうか。それともあの災害で死んだと思っていたのは間違いで、どこかでひっそり暮らしていたのだろうか。
「じゃあね、拓郎。あなたの卒業式、楽しみにしているね」
父と母はそう言って、たくさんの集団の中に消えた。呆然と見送りながら、由香里を探した。
彼女なら、きっと何かを知っている。

「よう、拓郎」
ようやく同級生が現れた。同じクラスの長山だ。やはり白い花を持っている。
さほど親しくはなかったけれどホッとした。
「なあ、長山、僕は由香里と待ち合わせをしているんだ。同窓会の会場はここじゃないんだろう? この人たちは一体何なんだ?」
「今から会場に向かうんだよ。ここは単なる待ち合わせ場所さ。ああ、でもよかったな。やっと卒業式が出来るよ」
よく見ると、知った顔がたくさんいた。同級生とその親、先生。
なんだ。待ち合わせをしていたのは、僕だけじゃなかったのか。

しばらくして、由香里が来た。大人びた黒いパンツスーツがとても似合っている。
なぜか彼女は、白い花を持っていない。
「拓郎君、よかった。やっと会えたね」
「元気そうだね。五年ぶりだ」
できれば二人だけで逢いたかったと、本音を飲み込んで笑った。
由香里はバスガイドみたいに大勢の人たちを誘導した。
表にはバスが停まっていて、みんな順番に乗り込んでいく。
最後に乗った由香里は、僕の隣に座った。
「どこへ行くの?」
「もちろん私たちの高校よ」
「あの日、壊れてなくなったんじゃないの? 建て替えたの?」
「いいえ、昔のままよ。同じ場所で、みんなが揃うのを待っているのよ」

学校はあった。まるで五年前と同じだった。体育館の入口に、卒業式の看板があった。
僕たちは、いつの間にか制服を着ている。ただ一人、由香里だけが黒のスーツだ。
校長の話、卒業証書の授与、校歌、女生徒のすすり泣き、保護者たちの拍手。
五年ぶりの卒業式が終わった後、同級生たちが僕の周りに集まった。
「待ちくたびれたよ、拓郎。お前、なかなか見つからないんだもん」
「そうそう、全員揃って卒業したかったからさ、みんなここで待っていたんだ」
「お前の遺体だけ、見つからなくてさ」

 えっ? 遺体って何? 意味が分からない。
同級生たちの身体が、だんだん薄くなっていく。
周りを囲む親や先生も、徐々に色を失っていく。
それなのに僕の隣にいる由香里だけが、鮮明な輪郭を保っている。
「ごめんね、拓郎君。あの日、私だけが助かったの。具合が悪くて隣町の病院にいたから災害に遭わなかったの。私以外は全滅だった」
由香里が泣いている。ずっとずっと、僕の遺体を捜していたと、辛そうに言った。
「五年もかかっちゃった。でもこれで、ちゃんと見送ることが出来るよ」
父と母が、僕の手を取った。一緒に逝こうと優しく言った。

僕は空に昇っていく。由香里は、何もない荒れ地に佇んで、ずっと手を振っている。
どうやら僕の恋は実らなかったようだ。
だけど、最期に君と待ち合わせが出来て嬉しかった。
ありがとう。さよなら。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「待ち合わせ」でした。
先月号の最優秀集を読んだとき、「かぶった」と思いました。
先月号も死んだ子供が教室に行く話で、「ああ、似たような設定だ。こりゃあダメだな」と思いました。今回の最優秀は素敵な話でした。とりわけ新しくはないけど、いいなあ~と思いました。
私も頑張ろう^^

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リフォーム大作戦 [コメディー]

マンションのお風呂が突然壊れて、仕方なく親子3人、実家の風呂を借りることになった。
古い家で昔ながらのタイルの風呂だけど、入れないよりマシだと思った。
しかし、実家の風呂はいつの間にかリフォームされていた。
「うわあ、おじいちゃん家のお風呂、広くてきれい。しかもジャグジー。えっ、24時間沸いてるの? 温泉みたい。暖房もついてるよ。ねえお母さん、あたし一番に入っていい?」
娘が興奮気味に言った。風呂も洗面所も驚くほどきれいだ。

「お父さん、これ、どうしたの?」
「見りゃわかるだろう。リフォームしたんだ」
「いくらかかったのよ。一人暮らしにこんな贅沢なお風呂必要?」
「去年の夏ごろにな、業者が営業にきて、トイレとセットで直せば安くしてくれるって言うから頼んだんだ」
「トイレも?」
「自動で蓋が開くぞ。こりゃ清潔だ」と夫が目を輝かせている。
「2階のトイレもサービスでウォシュレットにしてもらったんだ。いいだろう」
「2階? 一人暮らしなのに2階のトイレなんて必要ないでしょう。ねえお父さん、悪徳業者に騙されたんじゃないの。年寄りだと思って、いいように契約させられたのよ」
「そんなことはない。メンテナンスもしっかりしてるし、何より話し相手になってくれる」
「それが手なのよ。もう、どうして相談してくれないのよ」
「相談も何も、おまえ家に来ても、用事済ませたら玄関先で帰っちゃうじゃないか」
「忙しいのよ。それにコロナもあったし」

父との話は平行線。
そのうち娘が上機嫌で風呂から出てきた。
「お母さん、お風呂最高だよ。ミストのシャワーもあるの。お肌すべすべ。ああ、あたしこの家に住みたいな」
「何言ってるのよ。あなたの家は駅前のマンションよ。歩いて1分のところにコンビニがある生活を捨てられるの?」
「この先に新しいスーパーが出来たぞ」
「お父さんは黙ってて。ねえ、いったいいくらつぎ込んだのよ。お母さんの保険金も貯金も全部使っちゃったんじゃないの」
「俺の金だ。どう使おうと自由だろ」
「築35年の家にこんな立派なお風呂要らないでしょ。お父さんはもうすぐ80なのよ。あと何年住むつもりなのよ。いくらかでも現金を子供に残すのが親なんじゃないの?」
「この家が残るだろう」
「要らないわよ。筑35年よ。駅からも遠いし、どうせ二束三文よ。駅前のマンションなら中古でも高値で売れるけどね、この家は無理よ」

「じゃあ、マンション売る?」
いつの間にか夫が風呂から出ていた。幸せそうな顔をしている。
「お義父さん、ビールもらってもいいですか」
「ちょっとあなた、車でしょう」
「泊っていこうよ。明日休みだし。ねえ、お父さん、いいでしょう」
「まったく。ところであなた、マンション売るって何なの?」
「うーん、前から考えていたんだよね。やっぱり狭いよね。テレワークが続いたとき思ったんだよね。自分の部屋欲しいなあって」
夫と父は、いつの間にかビールを酌み交わしている。
「お義父さん、2階、3つ部屋がありましたよね」
「あるぞ。8畳一間と6畳二間だ。使ってないけど掃除はしてるぞ」
「一部屋欲しいな。家族に気を遣ってのテレワーク、きつかったな」
「マンション売ってこの家に住むつもり?」
「うん。だって駅前のマンションなら高値で売れるんでしょ。会社の働き方も変わってきたし、駐車場も高いし、駅前に住むメリットってそんなにあるかな」
「あたしもそう思う。もうすぐ18歳で免許取れるし、どうせ地元の大学に行くんだし、車の方がいいもん。この家、庭広いし」
何だか、どんどん同居の方向に話が進んでいる。いやいや、ちょっと待って。
私はいやよ。こんな古い家。

そのとき、2本目のビールを取ってきた夫が言った。
「ああ、そういえば、台所が最新のシステムキッチンになっていたよ」
「なんですって! 最新のキッチン!」
……私は、同居を決めた。

今回の風呂騒動が、リフォーム業者と父によって仕組まれたことだと知るのは、引っ越した後だった。
とりあえず父の老後は安泰で、仏壇の母の写真も、心なしか嬉しそう。
私はといえば、最新のシステムキッチンと、毎日のミストシャワーと、父の貯金が思ったよりも多かったことに満足している。
「お父さん、来年は床暖房にしない?」(現金なヤツ)

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