SSブログ

墓前デート [男と女ストーリー]

久志のお母さんに初めて会うから、ちょっとおしゃれした。
袖がレースのブラウスと、淡いグリーンのフレアースカート。
5センチのハイヒールは買ったばかりの新品。ウキウキしながら彼の車に乗り込んだ。
「えっ、愛里ちゃんどうしたの。その服」
「だって、初めて久志のお母さんに会うんだよ。気合い入れたの」
「いつもの服で良かったんだけど。母さんに会うって言っても、墓参りだし」
「お墓参りでも何でも、初めて会うのに変わりないでしょ」
「そうだけどさ」
「何なのよ。ムカつく。あたしがこんなにおしゃれしてるのに、あんたは何? 訳わかんないキャラクターのTシャツとスウェット? 登山靴みたいなごついスニーカー。季節感ゼロじゃん。車だってしょぼい軽自動車だし、あーあ、浮かれて損した」
「ごめん。だけどさ……」
「もういい」
女心がわからない無粋な奴。それが久志。
着くまで口きかないから。

気がついたら景色が変わっている。林道で車が停車した。
「えっ、ちょっと、ここどこ? 山の中?」
「お墓は山の中腹にあるんだ。車で行けるのはここまで。ここからは徒歩で登るんだ」
「ゲッ! 何てこと!」

そこからの10分間は地獄だった。道はあるけど石と草だらけのひどい道。
買ったばかりのハイヒールは傷だらけ。スカートには変な草がくっついて取れない。
久志は登山靴だからスイスイ歩く。
「もう少しだよ。がんばれ~」って、部活の顧問か!
山の中腹の小さな墓地に着いた時には、身も心もボロボロ。
髪もブラウスも汗で張り付く。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。こんな山登るなら、事前に言ってよ。あんたっていつも言葉足らずね」
「ごめん。だって、愛里ちゃんいつもジーパンだからさ、まさかスカートで来ると思わなかったんだ」
「悪かったわね。あームカつく。帰りも絶対口きかないから」
「ごめん。でもきっと帰りは爆睡だよ。愛里ちゃん、いつもそうだもん」

久志は持ってきたカーネーションを墓に供えて、慣れた手つきで線香に火をつけた。
マイペースな奴。ムカつくけどせっかく来たから隣りにしゃがんで手を合わせた。
「お母さん、愛里ちゃんだよ。若く見えるけど32歳なんだ」
「年齢言わなくてもいいでしょ」
「母さんの遺言通り、健康そうな人を選んだよ」
「何気に失礼なんだけど、あたしの取柄ってそれだけ?」
「よく食べるし、酒も強いんだ」
「褒めてんの? けなしてんの?」
「これから墓参りは、ずっと愛里ちゃんと一緒に来るから」
「いや勘弁してよ。毎回はきついわ」
……って、久志、耳まで真っ赤なんだけど。
「今のって、もしかしてプロポーズ? まさかね。お墓でプロポーズなんてありえない」
「ごめん。この先にすごく景色がいい展望台があってさ、そこで決めようと思ったんだけど、愛里ちゃん、その靴じゃ無理でしょ。だから、ここでいいかなって……」
「なにそれ。お母さんの墓前じゃなかったら張り倒すところだわ」
「ごめん」
ごめんばっかり言ってるな、この人。謝らせてるのは私なんだけど。

「本当にごめん。返事は、今じゃなくてもいいから」
「登山靴買って」
「えっ?」
「それが返事」

5月はカーネーション、6月はバラ、7月は桔梗、8月はひまわり。
季節の花を持って、このお墓を訪れるふたりの姿が想像できる。
だからOK。
よろしくお願いしますね、お義母さん。

nice!(7)  コメント(6)