SSブログ

異星人と犬 [コメディー]

若い女が、ベンチで水を飲んでいる。
傍らには、やや大きめの犬がいる。
「犬の散歩」という行為の途中で、のどが渇いて休んでいるのだ。
横顔しか見えないが、なかなかの美人だ。
身なりもいい。服もシューズも高級品だ。
彼女に決めるか。いやしかし、犬が気になる。
犬は敏感だ。余計なことを感じ取ってしまうかもしれない。

私は、遠い星から来た。今はまだ体を持たない。水のような流体だ。
ターゲットを探している。性別はどちらでもいいが、女の方に興味がある。
すうっと入り込み脳を支配して、地球人に成りすますのだ。
そして我々の星にとって有益なデータを持ち帰ることが目的だ。
誰でもいいわけではない。容姿は重要。生活水準も高い方がいい。
あの女は、大企業の重役秘書をしている。申し分ない。
犬さえいなければ。

私には時間がない。地球時間で5時間以内に入り込まないと、気体になって宇宙に戻ってしまうのだ。
意を決して、女に近づいた。耳の穴から入り込む。一瞬で終わる。
一気に飛び込もうとジャンプした私の前に、犬が突然現れて大きく吠えた。
しまった。犬の中に入ってしまった。

「ジョン、急に吠えてどうしたの?」
女が、私の頭を撫でている。どうしたものか。
地球人については学習してきたが、犬についてはまったくの無知だ。
逃げようと思ったが、首から紐状のもので繋がれている。
「お腹空いたのね。帰りましょ」
とりあえず、犬になりきって様子を見よう。そしてチャンスを狙って女の方に移るのだ。
立ち上がって歩き出した私を見て、女が目を丸くした。
「ジョン、2足歩行が出来るの? すごいわ。ちょっと待って、動画撮るから」
しまった。犬は4本足だった。

それから私は「人間みたいな犬」として、ユーチューブでバズりまくった。
ソファーでテレビを見たり、フォークを使って食事をしたり、人間用のトイレで用を足したりするところをネットで晒された。
屈辱だったが、女と同じベッドで寝られることだけは、まあよかった。
女は優しくて、いつも私を撫でてくれた。
「いい子、いい子」と褒めてくれたし、おやつもくれた。
女が眠っている間に、犬の身体から女の身体に移動することは容易い。
しかし女の無防備な寝顔を見ると、なぜか躊躇してしまうのだ。

ある日、散歩中に女子高生が近づいてきた。私のファンだという。
「人気ユーチューバー犬のジョン君、こんにちは」
彼女は私の耳元でささやいた。
「23:55に集合よ。帰還命令がきたわ」

いよいよ星に帰る日が来た。私は犬の身体から、そうっと抜け出した。
最後に女の顔を見る。あどけない顔で眠っている。天使のようだ。
ありがとう。有益なデータは手に入らなかったが、地球の女の美しさを十分に伝えよう。

そのとき、急に犬が吠えた。
女がぱちりと目を開けて、私を見た。しまった。見られたか。

「ちょっとジョン、こんなところでオシッコしないでよ。もう、バカ犬!」

あっ、私、液体だった……。

nice!(12)  コメント(6) 

細かいことが気になる「桃太郎」 [名作パロディー]

「おじいちゃん、この本読んで」
「おお、桃太郎か。よし、読んであげよう」
『むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました』

「昔って、どのくらい昔?」
「そうだな。100年……200年くらい前かな」
「ふうん。じゃあ、あるところってどこ?」
「あー、そうだなあ、岡山とか、そのあたり……かな」

『おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました』

「ちょっとまって。ふたりとも出掛けたの?家を空けて大丈夫? 鍵は掛けた?」
「あー、昔は、鍵なんか掛けなくても大丈夫なんだよ」
「ふうん。平和なんだね。だけどちょっと心配だな」

『おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。おばあさんはそれを家に持って帰りました』

「大きいって、どのくらい大きいの?」
「うーん。直径1メートルくらいかな」
「おばあさんは、どうやって持って帰ったの?」
「そりゃあ、両手で抱えて持ち帰ったんだろ」
「洗濯物は? 川に洗濯をしに行ったんだろ。両手で桃を持ったら、洗濯物が持てないよ」
「たしかに。あっ、後で取りに行くんだ。じいさんとばあさんの洗濯物なんか、誰も持って行かないだろう」

『家に帰って桃を切ろうとしたら、中から元気な男の赤ん坊が出てきました。おじいさんとおばあさんは、桃太郎と名付けて大事に育てました』

「赤ん坊が入っていたのか。さぞかし重かっただろうね。で、洗濯物は取りに行った?」
「行ったと思うよ。乾いたかどうかは分からないけどね」

『桃太郎は、あっという間に大きくなって、ある日、鬼ヶ島へ鬼退治に行くことになりました』

「鬼退治?鬼って退治されるような悪いことをしたの?」
「村人の宝を盗んで、鬼ヶ島で悠々自適に暮らしていたんだ」
「ほら見ろ、僕の杞憂が現実になったね」
「杞憂?」
「さっき言ったじゃないか。出掛けるとき、鍵は掛けたのかって。鍵を掛けずに出掛けるから盗まれるんだ。鬼のせいばかりとは言えないね」
「そうだな。戸締りは大事だ」

『桃太郎はサル、イヌ、キジを家来にして、鬼ヶ島に向かいました』

「家来が動物と鳥? 意思の疎通は出来たのかな? あ、出来ない方が都合いいんだ。家来として使いやすいからね」
「そうかもしれんな」

『桃太郎は、見事に鬼を退治して、宝物をごっそり持って家に帰りました。めでたし、めでたし』

「宝物って何?」
「そりゃあ、金銀財宝だろう」
「今は金の相場が高いから、相当なお金になるね。鍵を掛けるくらいじゃだめだね。警備会社に依頼して、セキュリティを強化した方がいいよ」
「ああ、その通りだな」
「それから、村人にお金を返して余ったら、桃太郎は寄付をするべきだと思う」
「寄付? どこへだい?」
「動物愛護団体だよ。このままだと動物虐待で訴えられるよ」
「なるほど」

「おじいちゃん。次はこれ読んで。浦島太郎」
「もう勘弁してくれ」

※「細かいことが気になる浦島太郎」近日公開???

*******
先日、「林家たい平落語会」に行ってきました。
面白かったです。めっちゃ笑いました。
やっぱり笑いが一番ですね。

nice!(9)  コメント(8) 

次の恋 [男と女ストーリー]

Aと別れた1か月後にBとつき合って、Bと別れた2週間後にCとつき合って、Cと別れた1週間後にDとつき合って……。
恋が終わって次の恋が始まるスパンが、年々短くなっている。

「あんたさあ、よくそんなに次から次へと彼氏が出来るよね」
親友のレイコは、呆れ顔でウーロン茶を飲み干した。
「久々に飲もうって誘っておきながら、ウーロン茶って何?舐めてんの?」
「車で来ちゃったんだもん。しょうがないでしょ」

レイコには、付き合って12年の腐れ縁彼氏がいる。
同級生のタカシくんだ。高3で付き合い始めて今に至る。
干支が一周してもまだ同じ男って、そっちの方がよっぽど異常だよ。

「今度の彼はイケメンだよ。学生の時、モデルのバイトしてたんだって」
「えー、なんかチャラそう。あのさ、あんたが恋に本気になれないのは、最初の恋が忘れられないんじゃないの? ほら、大学のとき、初めて彼氏に会わせてくれたじゃない」
「はあ? あんなのとっくに記憶から抹消されてるよ。データ上書きし過ぎて顔も思い出せない」
「ふうん」
「今の彼とは結構いい感じなんだ。趣味も合うし、もしかしたらレイコより先に結婚しちゃうかも」
「ああ、それはないわ。私たち、入籍したから」

「えっ、入籍? い、いつ?」
「おととい。ほら、私来月30歳の誕生日だから、20代のうちに籍入れようか、みたいな話になって、じゃあ今日行く? 大安だしってことになって入籍したの」
「なんじゃ、それ。軽すぎ。結婚式は? 披露宴は?」
「このご時世だし、そういうのはいいかな。ほら、12年も一緒にいると、もう家族みたいなものなのよ。お互いの親も公認だしね。あとはタイミングだけだったからね」

なにそれ、なにそれ。なぜ事後報告? 親友なのに。
ちょっとコンビニ行くみたいに入籍したって? なにそれ。

「来月新居に引っ越すからさ、そしたら遊びに来てね。くれぐれも手ぶらで来るなよ」
笑うところなのに、動揺してうまく返せない。
レイコと別れて家に帰っても、気持ちの整理がなかなかつかない。
式も披露宴もやらないなんて。
私、レイコの披露宴でスピーチやるって決めてたのに。
だって、二人をいちばん近くで見て来た親友だもん。

そのとき、Dから電話が来た。
「もしもし、あのさ、次のデート、キャンセルでいい? やっぱ俺ら、ちょっと違うかも」
「えっ、なんで?」
「だってさ、君、俺のこと好きじゃないでしょ。他にいるよね、好きな奴。そういうのってわかるからさ、気を付けた方がいいよ。次の恋をするときはね」

Dとの恋が終わった。何だよ、偉そうに。
だけど、本当のことだ。

高3の春、初めて本気で恋したタカシをレイコに取られた。
忘れるためにつき合った大学生も、その後の人も、本気で好きになれなかった。
タカシをまだ好きなわけじゃない。
ふたりの結婚も心から望んでいた。
ふたりが結婚すれば吹っ切れるって、勝手に思っていた。
結婚式のスピーチで「昔、新郎のタカシさんに恋してました」って、笑い話みたいに告白して、ピリオドって思っていた。
それなのに、ATMでお金降ろすみたいなテンションで入籍って……。
ああ、もう、消化不良。お祝いに、離婚届の紙を持って行ってやる。

翌日、レイコからスマホに写真が送られてきた。
なに、この黒い写真? 嫌がらせ?
『私の赤ちゃん。お腹の中にいる、小さな命』
えっ、これ、赤ちゃんなの?
『12年も付き合って、出来ちゃった結婚って、恥ずかしくて言えなかった。ごめん』
なんだ。そういうことか。早く言えよ。
『おめでとう』って返しながら、私泣いてた。
最高のピリオドだよ。
次は私、ちゃんと本気で恋するから。いつかママ友になろうぜ、レイコ。

nice!(11)  コメント(6) 

祝! 1,100記事 [コメディー]

本日は、「りんのショートストーリー」1,100話記念パーティにお越しいただきましてありがとうございます。
このブログを始めて12年。
1,100ものお話を、どうにかこうにか書いてこられたのは、ひとえに読者の皆様のおかげでございます。
心より御礼申し上げ……

ん? なにやら外が騒がしいですね。
何事でしょう?

「りんさん、乱入者です。招待状もないのに、りんさんに会わせろと数人の男女が……」
「何ですって? おめでたい席なのに、追い返しなさい」
「いや、もう入ってきちゃいました」

「りんさん、原稿料がぜんぜん振り込まれてないけど、どういうことなんだ」
「払ってもらわないと住宅ローンが」

ヤバい。私のゴーストライターたちだわ。

「おとぎ話(笑)の原稿料、12までしかお金もらってないわよ」
「俺のミステリーの原稿料が先だ」
「コメディ散々書かせておいて、笑い事じゃすまないぞ」
「今すぐ耳を揃えて払ってくれ」

「りんさん、これはどういうことですか? あなた、ブログを誰かに書かせていたんですか?」
「だって、1,100も書いてたら、ネタも尽きるでしょう」
「おかしいと思ったんですよ。いろんなジャンルの話を一人で書いていたなんて、無理があると思っていたんです」
「仕方ないじゃないの。たまにはスランプもあるのよ」

「あの~、夏に向けてホラーを2本ほど書いてきたんですが、前払いで頂けませんか」
「こっちが先だ。ミステリーの原稿料、早く寄越せ」
「おとぎ話(笑)の原稿が先よ」

「もう、パーティがめちゃめちゃですよ。どうするんですか、りんさん」
「りんさん」「りんさん」「りんさん」

「りんさんってば、起きてよ」
「はっ、夢だったの?」
「キーボードの上で寝ないでよ」

なんだ夢か。そうよね。この1,100話は、正真正銘、全部私が書いたものよ。

「りんさん、いいから早く次の話書いてよ。締め切りが迫っているのよ」
「ああ、そうでした。ちなみに、原稿料、前払いにしてもらえる?」
「しがないゴーストライターが、ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
「はい、すみません」


というわけで、おかげさまでブロブの記事がなんと1,100話になりました。
いつも読んでくれてありがとうございます。
これからも、ゴーストライターを使わずに、コツコツ書いていきます。
よろしくお願いします。
ちなみに私、誰のゴーストライターもやっていません(笑)


nice!(11)  コメント(12)