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かぐや姫とオオカミ男 [コメディー]

ここだけの話だけど、わたし、かぐや姫なの。
生まれたときから、月が恋しくて仕方ない。
こんな満月の夜は、月からの使者が迎えに来るはず。
だからこっそり家を抜け出すの。
パパとママには悪いけど、やっぱり地球はわたしの居場所じゃないの。
月に帰りたい。
こんな素敵な満月の夜だもの。きっと奇跡は起こるわ。


ここだけの話だけど、おれはオオカミ男だ。
子供の頃から月を見ると吠えていた。
満月の夜には黒い毛が生えて、牙が生えて、オオカミになるんだ。
だから夜は家にいようと決めていたのに、なんてことだ。
すっかり遅くなってしまった。
地下道を通っているうちは大丈夫。
だけど地上に上がったら、もうその先はわからない。
5番の出口は公園につながっている。
誰もいない夜の公園を一気に走り抜けたら、完全なオオカミになる前に家に着ける。
よし、行こう!


さあ、月の使者、わたしはここよ。
誰もいない夜の公園で、わたしは待つの。
きらびやかな牛舎に乗った月の殿方。きっと優雅な美男子だわ。
うっとりしていたら、突然暴れ馬みたいに突進してきた男とぶつかった。
「ああ、すみません。人がいるとは思わなくて」
男はずいぶん急いでいる様子で、すぐに立ち去ろうとした。
思わずシャツの裾を掴んで引き留めた。
「ちょっと待ちなさいよ。あなたのせいで転んだのよ」
「だから謝ったでしょ。おれ、すぐに帰らないと大変なことになるから」
「服が汚れたわ。こんな格好じゃ月に帰れないわよ」


参った。まさかこんな真っ暗な公園に、人がいるなんて。
変な女だ。月に帰るだと? 頭おかしいのか?
「明日の昼に話そう。11時にここに来て。とにかくおれ、今はダメなんだ。早く帰らないと君を襲うかも」
「そんなことをしたら、月があなたを成敗するわ」
「とにかく離してくれ。ほら、腕に黒い毛が……」
あれ、生えてこない。全然大丈夫だ。
あっ、そうか。月が雲に隠れたんだ。あー、助かった。


「月が隠れちゃったわ。あーあ、今夜も月に帰れなかった」
「月が隠れた。ああ、今夜も変身せずに済んだ」
「何だか急に暗くなっちゃったわね」
「そうだね。あっ、クリーニング代払うよ」
「もういいわ。今夜は地球の家に帰って寝るだけだから」
「じゃあ家まで送るよ」
「えー、送りオオカミにならないでよ」
「うん。今日は大丈夫」

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双子の美人の霊 [コメディー]

深夜のカフェに入ると、店員に声を掛けられた。
「3名様ですか」
「いや、ひとりだけど」
思わず振り向いたけど、もちろん誰もいない。僕はひとりでここに来た。
「あっ、失礼しました」
店員はうつむきながら、僕をテーブルに案内した。

テーブルに座ると、別の店員が水を3つ持ってきた。
「いや、ひとりだけど」
「あっ、失礼しました」

僕の前に、誰か座っているのか? しかもふたり?
気持ちが悪いので出ようとしたら、店長が来た。

「お客様。大変申し上げにくいのですが、お客様の前に双子の霊が座っています」
「双子の幽霊?」
「はい。かなりの美人です。お心当たりはございますか?」
「いや、全くないなあ。美人とは縁がないから」
この店の店員には、全員霊感があるのだろうか。
どんなに目を凝らしても、僕には美人の双子は見えない。

「それで、あの、こちらの双子の美人の幽霊さまが、パンケーキを注文したいとおっしゃってますが、いかがいたしましょう」
「幽霊がパンケーキ? 食べられないでしょう」
「はい。ですが、このふたり、パンケーキを食べ行く途中で事故に遭われたようで、パンケーキを一目見ないと成仏できないと言ってます。なんてお気の毒な。こんなに若くて美人なのに」
店長は涙声で言った。

「いいけどさ、支払いはどうなるの?」
「それはお客様が。お客様のお連れ様ですから」
「見ず知らずの幽霊に、俺がご馳走するの?」
「はい。双子の美人はお客様に一目ぼれしたそうです。好みのタイプだそうです。一緒にパンケーキが食べたいと、おっしゃっています」
「うーん。悪い気はしないな。で、本当に美人なの?」
「はい。店に入ってこられた時、石原さとみかと思いました」
「石原さとみ? 本当に?」
「はい。大きな瞳や、ふっくらした唇など、もう石原さとみそのものです」
「あの唇、いいよね」
「はい。今まさに、お客様の目の前に、石原さとみがふたりいるんですよ」
「まいったなあ。わかった。パンケーキ3つ」
「スペシャルの方でよろしかったでしょうか。オーダー入ります。スペシャルパンケーキセット3つ!」

というわけで、深夜にフルーツと生クリームがたっぷり乗ったパンケーキを食べている。
石原さとみに見られていると思うと緊張する。
「お、おいしいですね」などと声をかけてみたが、当然返事はない。
店長が通りかかったので尋ねてみた。
「ねえ、店長さん、彼女たち、何か言ってる?」
「ああ、とっくに成仏されましたよ。もういません」
「えっ、もう? 成仏早くない?」
店長は「そういうものです」と伝票を置いて、さっさと厨房へ下がった。

伝票を見ると『9,800円』
コーヒー一杯だけのつもりが、9,800円! 
テーブルには、手つかずのスペシャルパンケーキがふたつ。
もったいないけど、もう食べられない。

伝票を持って立ち上がり、名残惜しそうにふたつのパンケーキを見た。
すると店員がやってきて、にこやかに言った。
「ご心配なく。食品ロスにならないよう、私たち店員が責任をもっておいしくいただきますので。ありがとうございました」

ああ、なんか胸やけする。

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新盆帰り [ファンタジー]

新盆で家に帰る途中、迷っている男の霊と会った。
「どうされました? 家がわからないのですか?」
「ええ、すっかり迷ってしまいまして。足がないから感覚が掴めないんですよね」
「ははは、わかりますよ。私も初めての盆帰りでね、どうも勝手がわかりません」
「そうですか。新盆ですか。それは賑やかで羨ましい。私なんぞは12年目ですからね。寂しいもんです」
「12年目なのに迷子なんですか?」
「ええ、どうやら引っ越したらしいんですよ」
「お気の毒に。よかったらうちに来ませんか?」
「いやあ、そんな。よそ様の家に帰っても」
「いいじゃないですか。どうせ見えないんだから」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

家に着いた。みんなが集まっているのだろう。笑い声が聞こえる。
私は、初対面の幽霊さんと一緒に家に入った。
「賑やかでいいですね」
「妻と息子が3人、孫が5人いますからね」
居間では酒盛りが行われていた。
息子たちは赤い顔で近況を話し合っている。
妻と、3人の嫁がおしゃべりしながら料理を運び、孫たちはゲームをしている。
「いやあ、お恥ずかしい。誰も仏壇なんか見ていませんよ」
「どこの家もそういうものですよ。いつまでもしんみりしている方が珍しい」

仏壇には、酒が供えられている。
「どうです、一杯」
「いいですなあ。いただきましょう」
「次男の嫁の実家が造り酒屋でしてね、旨い酒を送ってくれるんです」
「ほう、これは旨い」
酒を酌み交わしているのに、仏壇の酒は全然減らない。
テーブルに並ぶ料理も、匂いだけで充分楽しめる。
死なないと分からないこともあるものだ。

宴もたけなわ。盛り上がったところに、突然女の霊が現れた。
壁からひょっこりやってきて、男の袖を引っ張った。
「あんた。またこんなところに上がり込んで、迷惑でしょう」
男は一気に酔いがさめたように静かになった。
「あの、あなたはいったい?」
「あたしはこの男と、生前ちょいと縁があった者よ。この人はね、無縁仏なの。墓もなければ帰る家もないのよ」
男は、ばつが悪そうに下を向いた。
「好き勝手に生きて、女房と子どもに縁を切られた哀れな男よ。帰る場所がないものだから、毎年こうやって、新盆の家にお邪魔してご相伴に預かっているってわけ」

「ほらほら行くわよ」と、男は女に首根っこを掴まれて、すごすごと出て行った。
馴染の客と女将さん。そんな関係だろうか。何だか少し羨ましい。
急に寂しくなった。
無縁仏か。そういう人もいるんだな。
私は仏壇に供えられたたくさんの進物や果物を見た。
幸せだな。私は。

テレビから、北島三郎の歌が聞こえて来た。
「あっ、これ、おじいちゃんの十八番!」
孫の一人が言った。
「こればっか歌ってたよね」
「たいして上手でもないのにね」
どっと笑いが起こって、みんなが仏壇を見た。
妻が、少し寂しそうに言った。
「下手でも、もう一回くらい聴きたいわね」

私は歌った。きっと誰にも聞こえないだろう。
みんなの視線はテレビに戻った。
それでいいんだ。
たまに思い出してくれたら、それでいいよ。



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彼からのエアメール [男と女ストーリー]

オーストラリアに赴任したKからエアメールが届いた。
『シドニーで運命の人に出逢った。だから僕のことは待たないでください』
なにこれ。白いオペラハウスのポストカードに書く内容か?
しかもKと私は、恋人でも何でもない。ただの同僚だ。
告白もされてないし、こっちからもしていない。
始まってもいないのに幕を閉じた舞台みたい。
『もちろん待ちませんとも。あなたとは付き合っていないので』
なんて返事を送ろうかと思ったけれど、面倒なのでやめた。

あれから3年。
Kが帰国して、今日から会社に復帰する。
金髪の嫁を連れて来たと、部内ではもっぱらの噂だ。
さて、どんな顔をして会えばいいのか。
いや、気にすることはない。元カレでも元カノでもないのに、意識する方が変。

会わないようにしようと思っていたのに、エレベーターでばったり再開した。
「久しぶり。変わらないね」
Kは、以前と同じように話しかけてきた。
「あら、無事で何より。お元気そうね」
「やっぱり日本はいいな。落ち着くよ」
「結婚したそうね」
「そうなんだよ。帰国するとき向こうの両親に泣かれてさ、年に一度は帰国させる約束でやっと許してもらったんだ」
「へえ、それは何より」
エレベーターが11階に着くと、Kは振り向きもせずさっさと降りてデスクに向かった。
みんなに「おかえり」と声を掛けられて、笑顔で応えている。
もやもやする。そりゃあ、ただの同僚だから、よそよそしい態度の方がおかしい。
だけど、あのポストカードを未だに引きずる私の気持ちはどうなるの?

私は彼のところに行き、鞄からポストカードを出して机に叩きつけた。
「これ、どういう意味?」
Kが驚いて私を見た。
「嘘だろ。このハガキ、持ち歩いていたの?」
「そうよ。3年前から手帳に挟んで持ち歩いてるわ。年が変わって新しい手帳になっても、また挟んで持ち歩いたわ。文句ある?」
まわりの社員が覗き込む。
「えっ?なになに。君たち、付き合ってたの?」
「付き合ってないわよ。恋人でも何でもないのに、いきなりこれが届いたのよ。意味が分からないでしょう」
「だって、待ってたら悪いと思って」
「待ってるわけないでしょ。恋人じゃないんだから」
Kが、頭を掻きながら面倒くさそうに言った。
「でも、君は俺のこと好きだったよね」
心臓をつかまれたように胸が痛み、涙が出てきた。

好きだった。ずっと好きだった。隠しても気づかれてしまうほど好きだった。
だけどKの海外赴任をきっかけに、私は自分の気持ちに蓋をした。
それなのに、彼からのエアメールに心が揺れた。
勝手な内容に頭にきて、気持ちの整理がつかなかった。
女子社員たちの冷たい視線が刺さる。私は社内一の痛い女だ。

「燃やせばいいんじゃね?」
先月から配属された派遣社員のSが、いきなりハガキを取り上げた。
「いつまでも持ってるから終われないんじゃね?」
そう言って、ライターで火を点けた。ポストカードが端から燃えていく。
慌てて火を消すKと、呆気にとられる私。
スチールの机にほんの少しの焦げを残し、ポストカードは煙の匂いと一緒に消えた。

「はい、おしまい。さあ、仕事しましょう。社員の皆さん」
そう言って私に笑いかけたSに、久しぶりにときめいた。

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