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姉の存在

姉は子どもの頃から、わがままで手に負えなかったという。
中学くらいから悪い仲間と付き合いだして、万引きで捕まって高校を退学。
18歳で家を出てから10年間、一度も帰ってこない。

子どもの頃から大人しかった私は、姉を反面教師にして高校・大学を問題なく卒業した。
今は、地元ではわりと大きな安定した会社で働いている。
姉と違って優等生。それが私の立ち位置だ。

父も母も、姉の話をしない。
部屋はそのまま残っているのに、最初からいないように話題を避ける。

ある日、家族でご飯を食べていたら、テレビで詐欺師が捕まったニュースをやっていた。
その詐欺師が、姉と同姓同名だったので、私たちは箸を止めてテレビを見た。
だけど捕まった女は50過ぎの太った女で、ちらりと映った顔は姉とはまるで別人だった。
姉の名前はありふれているから、こういうことは時々ある。
「あー、びっくりした」
「いくら何でも詐欺なんてねえ」
「お姉ちゃんが、そんなことするわけないよ」
私が言うと、父と母は黙って下を向いた。

「どうだ。仕事は大変か?」と父が話題を変える。
「大丈夫。みんな優しいから」
「いい会社でよかったわね」
テレビは天気予報に変わり、いつもの食卓が戻った。

クリスマスソングが流れるショッピングモール。
街には、キラキラしたものが溢れている。
大好きなファンシーショップで、リップクリームや髪留めやアクセサリーをポケットに入れた。
初めてじゃない。
防犯カメラが死角になる場所を、私は知っている。

店を出ようとしたら、腕をつかまれた。
「返しなさい」
耳元でささやかれて振り向くと、姉だった。

商品を全部戻した後、フードコートの隅っこで姉と向き合った。
「仕事うまくいかないの?」
「うん。怒られてばっかり。私は真面目過ぎて機転が利かないんだって。お昼休みもひとりだし、息を吸うのも辛いときがある」
「だからって、万引きは犯罪だよ。今度やったら警察に突き出すから」
「ごめん。もうしない」

姉は、ファンシーショップの店長だ。
それを知ってて、この店を選んだ。姉が止めてくれるから。

10年前に万引きをしたのは、姉ではなく私だ。
当時私は受験生で、周りの期待に押しつぶされそうだった。
姉は、私の身代わりになった。
そして、父と母もそれを知っていた。

「お姉ちゃん、家にはもう帰らないの?」
「あたしが帰ったら、みんな気まずいでしょ」
「でも、こんなに近くにいるのに」
「いいから帰りな。お父さんとお母さんに余計なこと言うなよ」
「わかった」
「辛くなったらまたおいで。ただし、万引きはダメだよ」

木枯らしが吹く舗道を歩いて帰った。
何があっても、満面の笑みで私を迎える両親の元へ。
お姉ちゃんが羨ましい。
そんなことを言ったら、罰が当たるね。

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ニュースつくばのコラム「短いおはなし」
10月28日に私のノベルが掲載されます。
よかったら読んでみてください。
https://newstsukuba.jp/

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祭りのあとの街 [ファンタジー]

10月になると、ショーウィンドウはハロウィン一色です。
どこもかしこもオレンジ色のお化けカボチャが並んでいます。
街角のデパート。お化けカボチャたちのおしゃべりが聞こえてきます。

「あー、今日はいよいよハロウィンだな」
「この大通りを、仮装した人間たちがぞろぞろ歩くんだ」
「いいなあ。一度でいいからあのパレードに加わってみたい」
「じゃあさ、抜け出しちゃう?」
「そうだな。今夜なら、誰にもバレないぞ」
「仮装パレードに混ざって歩くんだ。最後の夜だ。楽しもうぜ」
「そうだな。明日には俺たち、倉庫行きだもんな」

夜になり、人出が増えて来ました。
お化けカボチャたちはショーウィンドウを抜け出して、パレードの中に紛れ込みました。
「うひゃー、楽しい。テンション上がるぜ」
「人間の仮装すげーな。俺たちぜんぜん目立たない」
魔女やゾンビや流行りのキャラクター。何でもありのハロウィンパーティ。
お化けカボチャたちは踊りながら歩き続けました。

お祭り騒ぎは夜通し続きます。
飲んで騒いで踊りまくる人間たち。
お化けカボチャも負けてはいません。見るものすべてが楽しくて仕方ありません。
朝になり、人間たちは、ぽつりぽつりと家に帰っていきます。

「朝日が昇って来たぞ」
「ああ、もう終わりか。楽しかったね」
「名残惜しいな。まだショーウィンドウに帰りたくないよ」

そのとき、大通りにたくさんの人間たちが集まってきました。
「あれ、また何か始まるのか?」
「楽しそうだな。混ぜてもらおうぜ」

人間のひとりが近づいてきて言いました。
「仮装したお化けカボチャさんたち、ゴミ拾いを手伝ってください」
「ゴミ拾い?」
見ると、大通りはたくさんのゴミであふれています。

「ゴミ拾いだって」
「人間って、楽しいだけじゃないんだな」
「仕方ない。拾うか」

「ああ、お化けカボチャさんたち、ちゃんと分別してくださいよ。缶は缶、瓶は瓶、紙は紙」
「ぶんべつ?」
「そんなこともするのか。人間って大変だな」
すっかりきれいになった大通りを眺めながら、お化けカボチャたちは、ショーウィンドウに帰りました。

「あれれ、ショーウィンドウが、クリスマスになってる」
「いつの間に?」
「夜中から作業してたのか?」
「人間って大変だな」

赤と緑のツリーの前に座り込んだお化けカボチャたちを、業者が来てひょいと持ち上げました。
「カボチャ3体、ここにありました。引き揚げます」
お化けカボチャたちは車に乗せられて、来年の秋までゆっくり眠ります。
夕べの騒ぎが嘘みたいに、早朝の街は静かです。
あくびをしながら運転する業者さん。
夜勤明けのサラリーマン。
デパートの開店前に働く清掃員。
「みなさん、おつかれさまです!」

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ただの幼なじみ [男と女ストーリー]

幼なじみの太一が嫁をもらった。
東京の大学で知り合って、卒業と同時に式を挙げたって。
お金がないから、地元に帰って親と同居するらしい。
同居ってことは隣に住むんだ。嫌でも顔を合わせるしかない。

太一とあたしは、小学校から高校まで、ずっと一緒に通った。
朝はどちらかが迎えに行き、帰りも一緒に帰った。
どちらかが部活で遅いときは、待ってて一緒に帰った。
まるで付き合っているみたいだった。将来結婚するかもって、ちょっと思っていた。
でもまあ、そう思っていたのはあたしだけ。
太一にとっては、隣に住んでいるだけの、ただの幼なじみ。
「あーあ、家出ようかな。でも就職したばっかりだしな」
つぶやきながら隣の窓を見た。もうすぐ、太一と嫁が帰ってくる。

「おはよう。麻衣子さん」
「おはよう。実花さん」
太一の嫁の実花さんと、毎朝挨拶を交わす。
「行ってらっしゃい」と、実花さんに見送られて、太一と一緒に歩き出す。
太一の就職先は、あたしと同じ会社だった。
この辺りでいちばん大きな工場で、太一は営業部、あたしは総務部だ。
「ねえ太一、会社が同じだからって、毎朝一緒に行くことないんじゃない?」
「だって、同じ場所に同じ時間に行くんだから、一緒に行くのは必然だろ」
「いや、だけどさ。実花さんが気にするでしょう?」
「えー、気にするって何を?」
相変わらず、鈍感な奴。女心がわからない。
帰りも、残業や部署の飲み会以外は一緒に帰る。
これって学生時代と同じだ。まずい。封印した気持ちがよみがえりそうだ。

1か月後、実花さんが訪ねて来た。太一が職場の飲み会でいない夜だ。
きっと、太一と一緒に会社に行くのをやめて欲しいとお願いに来たのだ。
「麻衣子さんにお願いがあるの」
ほら来た。
「麻衣子さん、知っていると思うけど、太一君って、すごくモテるの」
あっ、そうなの?
「大学にもバイト先にもファンがいたの。でもね、太一君って鈍感だからそういうの、全然気づかないの」
うん、それは分かる
「でね、私、太一君に色目使う女を最大限のパワーでブロックしてきたのね」
ラ、ラスボスか?
「でもさ、会社ではそうはいかないでしょう。一緒に行くわけにいかないし」
そりゃそうだ。妻同伴じゃ仕事にならないもん。
「会社って危険よ。オフィスラブとか社内不倫とか」
ドラマの見過ぎだよ。
「私、麻衣子さんが同じ会社だって聞いて、すごく安心したの。だって麻衣子さんがずっと目を光らせていたら、悪い虫がつかないでしょ」
はっ?あたしゃ防虫剤か!
「私ね、すごく不思議だったの。あんなにカッコよくて優しい太一君が、大学まで恋愛経験ゼロだなんて信じられなかった。だけどね、小学校から高校まで、登下校が常に麻衣子さんと一緒だったと聞いて納得したのよ。麻衣子さんがいたから、誰も彼に近づけなかったの」
えっ、あたし、結界張ってた?
「だからね、これからも太一君を守って欲しいの」
お願いって、それ? あたしゃボディガードか!

「あの、実花さん、ひとつ聞いてもいい?」
「なあに?」
「あたしのことは、心配じゃないの?」
「ぜんぜん。だって、ただの幼なじみでしょう。あっ、太一君からラインきた。もうすぐ帰るって。ねえ、飲んできた夫にお茶漬けを出すのって、妻の務めかしら?梅と鮭どっちがいいと思う?じゃあ帰るね。主婦って、いろいろ大変なんだよ」
実花さんは、嬉しそうに帰って行った。

まったく、鈍くて空気の読めない夫婦だな。
それにしても、ただの幼なじみって、不憫な生き物だ。

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生まれ変わったら

「生まれ変わったら、お金持ちの家の子になりたいです。そして町で困っている人を見かけたら、100万円ずつ配ってあげます」

私が発表すると、クラスのみんながどっと笑った。
「佐伯さんは優しいのね。だけどね、昨日の宿題は、将来の夢ですよ。生まれ変わったらの話じゃないのよ」
みんながさらに笑った。

先生、私には将来はないんです。だってもうすぐ死ぬんだもの。
昨日の夜、パパとママが話すのを聞いてしまったんです。
コロナでお店がダメになって、借金もたくさんあって(たぶん100万円より多いです)、もうみんなで首をくくるしかないって言ってました。
だからもう、学校へ来るのも最後かもしれません。

金曜日の午後、私は仲良しのクラスメートに「元気でね」と言って別れた。
不思議そうな顔をしていた。
だって、今日が最後かもしれない。そんな予感がする。

家に帰ると、お客さんが来ていた。
真っ黒な服に身を包んだ、やけに痩せた青白い顔の男。
死神だ。絶対そうだ。パパが死ぬ情報を聞きつけて、魂を取りに来たんだ。
パパとママは、死神の前にかしこまって座っている。
「エリナ、奥に行っていなさい」
パパが言ったけど、私は動けなかった。
「お嬢さんも一緒にどうぞ」
死神が言った。低い声だ。私も一緒に連れて行くつもりだ。
天国か、地獄か。生まれ変われるならどっちでもいい。
パパとママの後ろにちょこんと座った。

「さて」と言いながら、死神が鞄から書類を取り出した。
死神と契約するつもりなんだ。どんな契約? 苦しまないで天国に行ける契約?
それなら私もサインする。

「こちらが、佐伯様が相続する財産でございます」
財産? ちらっと覗いたら、数字が並んでいる。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。すごい。100万よりずっと多い。
「突然言われても」と言いながら、パパも数字を目で追っている。
「故人の遺言でございます。故人とお母さまが離婚されて、幼少期に家を出たとはいえ、立派な血縁がございます。当然の権利ですよ」

死神……じゃなくてパパのお父さんの弁護士が帰った後、パパとママは呆然としていた。
パパのお父さんがものすごくお金持ちだってことを、パパとママはまるで知らなかったみたい。おばあちゃんは何も言わずに死んじゃったから。
「お店、続けられるね」
ママが、涙声で言った。
「首をくくらなくていいんだね」
私が言うと、パパとママは驚いだ顔をした。
「ばかだな。そんなことするわけないだろう」
笑った。久しぶりに、みんなで笑った。

「私の将来の夢は、パパのお店を大きくすることです。今は小さなレストランだけど、100人くらい座れる大きな店にして、先生やみんなを無料で招待します」
月曜日、私は大きな声で発表をした。
「ありがとう、佐伯さん。先生、うんと長生きしなくちゃね」
みんなが笑った。
将来があるって、いいなあと思った。

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プロフィールをちゃんとしました

このブログを始めて、もう13年も経つというのに、プロフィールがいい加減でした。
私の場合、カテゴリー分けもかなりいい加減で、ずぼらな性格が出てるなあ~とお恥ずかしい限りです。

この度、プロフィールを書き換えることにしました。
というのも、3月からウェブサイト「ニュースつくば」で連載を始めました。
月に1度(ほぼ月末)に、このブログから抜粋したショートストーリーを少しアレンジして掲載させていただいています。
伊東葎花という筆名で書かせていただいています。
たぶんこのブログよりも多くの人の目に触れていると思うので、本家のブログの方もちゃんとしなきゃと思った次第です。
「短いおはなし」というコラムです。よかった覗いてみてください。
https://newstsukuba.jp/

これまであまり載せなかった受賞歴も、主なものをプロフィールに載せてみました。
けっこう時間がかかっちゃいました。
やっぱり小説書く方が楽しいわ♪

みなさま、これからもよろしくお願いします。

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