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迎え盆

まだかなあ。おそいなあ。
「迎えに来たよ、お父さん」
ああ、となりの墓か。
「お迎えに来たよ。おばあちゃん」
斜め前の墓だ。

日が暮れちまったぞ。うちの迎えはまだか。
せっかくのお盆だというのに、迎えがないと帰れないじゃないか。
おや、誰か来たぞ。提灯をぶら下げた若い女だ。
右に曲がった。と思ったら戻ってきて左に曲がった。
ウロウロしている。こりゃあ迷ったな。何しろ大きな墓地だからな。

女がこちらに向かって歩いてきた。
「あった~。よかった~」って、ここは俺の墓だぞ。
あんた間違ってる。
「さあ、おじいちゃん、帰ろう」
いや待て。俺はあんたを知らん。どこへつれていく気だ。
女が歩き出した。「ちがうちがう」と思いながら、提灯に付いて行ってしまう。
このままでは、知らない家に帰ってしまうぞ。
女は、駐車場までの道を5回まちがえ、家までの道を数回まちがえた。
「あっ、今のところ左だった」とまあ、方向音痴にもほどがある。
そうしてたどり着いたのは、懐かしい我が家だ。
なんだ、俺の家じゃないか。

「おかえりなさい」
ばあさんだ。ばあさんが俺を迎えてくれた。
「悪かったね、ミカちゃん。お迎えに行かせちゃって」
「いいよ。仕方ないよ。家族みんなで食あたりだなんて、超ウケるんだけど」
女がへへっと笑った。
おや、この笑い方には覚えがあるぞ。近所の悪ガキだ。
女だてらに木に登って、悪さばっかりしてた子だ。
孫のタケシをいつも泣かせてたおてんば娘、ミカだ。
「おじいちゃんにはよく怒られたな。でもあたし、おじいちゃんのこと好きだったよ」
ミカはそう言いながら、線香を立てて俺の写真に手を合わせた。
よく見ると、悪ガキもすっかり美人の娘さんだ。

「ミカちゃん、ありがとうね」
「うん。じゃあ帰るね。おじさん、おばさん、タケシ、お大事にね~」
「あっ、ミカちゃん、玄関は右だよ」

ミカは帰った。
どうやら息子夫婦と孫は、食あたりで寝込んでいるようだ。
ばあさんが、俺の好きな酒を注いでくれた。飲めないのが残念。
「おじいさん、お帰りなさい。寂しいお盆でごめんね。明日には、みんな元気になるから」
俺は、おまえがいればそれでいいさ。
「そうそう、ミカちゃんね、タケシの嫁になるんだよ。秋には結婚式だ。この家もにぎやかになるね」
なんだって? あの悪ガキが、タケシの嫁に?
いつも泣かされていた、あの子を嫁に?
世の中、わからないものだな。
なんて思っていたら、帰ったはずのミカがひょっこり顔を出した。
「あらミカちゃん、どうしたの?」
「玄関だと思って開けたらお風呂だった。今度こそ帰るね」
「だから玄関は右だよ。いい加減に家の間取りを覚えておくれよ」

まったく、何という方向音痴だ。
この子が嫁に来るのか。
もう少し長生きしたかったな。

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