衣替えの季節 [男と女ストーリー]
柊子が大きなスーツケースを持って家に来た。
「冬物を取りに来たわ。なんかさあ、急に寒くなったよね」
柊子はスーツケースからTシャツや、夏物のワンピースを出してクローゼットに仕舞い、代わりにセーターやコートを取り出した。
「いや、ちょっと待って。どうして夏物置いていくの?」
「えっ、だってさすがに着ないでしょう。もう11月だよ」
「そうじゃなくて、僕たち離婚したよね。ここはもう、君の家じゃないよ」
「わかってるよ、そんなこと。だけどしょうがないじゃない。私の家は狭いのよ。3LDKに4人で暮らしているの。私の部屋なんか、たったの6畳よ。服を仕舞うところなんかないのよ」
「いや、でも」
柊子が離婚届を置いて出て行ったのは2か月前だ。
「とにかく別れたい」の一点張りで、よくわからないまま別れた。
何がいけなかったのか、いまだにわからない。
「そうだ、ブーツも持って行こう」
柊子はそう言って、シューズボックスを開けてサンダルとブーツを入れ替えた。
「僕の家は物置じゃない。トランクルームでも借りればいいだろう」
「いやよ。面倒だし、お金もかかるわ。いいじゃないの。荷物くらい置かせてよ。あなたは余計な物を持たないミニマリストだし、2LDKをひとりで使えるんだから」
柊子は衣替えをすっかり終えると、冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。
もちろん、僕のビールだ。
彼女はふうっと息を吐きながら、ベランダで揺れる洗濯物を見た。
「相変わらず、きちんと暮らしているのね。ミニマリストさんは」
「うん、まあ」
「無駄なものがひとつもないわ。この部屋も、冷蔵庫の中も、皺をきちんと伸ばした洗濯物も、すべて完璧」
「そういう性格なんだ」
「私の家は、無駄な物ばかり。玄関には、下駄箱に入りきらない靴が散乱してるし、誰かにもらったお面とか置物、季節関係なく飾られたタペストリーとかね」
「うん」
「リビングもごちゃごちゃしてる。統一性のない家具や食器や、カレンダーにぬいぐるみ。あなた、うちに来たとき、居心地悪かったでしょう?」
「いや、まあ、確かに、ごちゃごちゃしてるなあ、とは思った」
「でしょ。私もそう思ってた。あなたと結婚して、きれいな部屋に住んで最高に快適だったわ。だけどね、それは最初だけ。ごちゃごちゃが、恋しくなったんだよね」
「えっ、それが離婚の理由? だから別れたの?」
「だって、実家に帰るとホッとするなんて、一緒にいる意味ないでしょう」
「でも、だったらお互いに話し合って、妥協できるところは妥協して、上手くやれたんじゃないかな。今からだって……」
「無理だよ。あなたは自分を変えられない。そして私も」
柊子は、パンパンになったスーツケースを引きずって部屋を出た。
「私の物、無駄だと思ったら捨てていいから」
「捨てないよ。無駄だなんて、思うわけないだろう」
「そうか。じゃあ、また来るわ。春になったらね」
柊子は出て行った。
ピカピカに磨いたシンクに、ビールの空き缶が転がっていた。
すぐにでも捨てたい、ただのゴミなのに、不思議だ。
すごく愛おしい。
「冬物を取りに来たわ。なんかさあ、急に寒くなったよね」
柊子はスーツケースからTシャツや、夏物のワンピースを出してクローゼットに仕舞い、代わりにセーターやコートを取り出した。
「いや、ちょっと待って。どうして夏物置いていくの?」
「えっ、だってさすがに着ないでしょう。もう11月だよ」
「そうじゃなくて、僕たち離婚したよね。ここはもう、君の家じゃないよ」
「わかってるよ、そんなこと。だけどしょうがないじゃない。私の家は狭いのよ。3LDKに4人で暮らしているの。私の部屋なんか、たったの6畳よ。服を仕舞うところなんかないのよ」
「いや、でも」
柊子が離婚届を置いて出て行ったのは2か月前だ。
「とにかく別れたい」の一点張りで、よくわからないまま別れた。
何がいけなかったのか、いまだにわからない。
「そうだ、ブーツも持って行こう」
柊子はそう言って、シューズボックスを開けてサンダルとブーツを入れ替えた。
「僕の家は物置じゃない。トランクルームでも借りればいいだろう」
「いやよ。面倒だし、お金もかかるわ。いいじゃないの。荷物くらい置かせてよ。あなたは余計な物を持たないミニマリストだし、2LDKをひとりで使えるんだから」
柊子は衣替えをすっかり終えると、冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。
もちろん、僕のビールだ。
彼女はふうっと息を吐きながら、ベランダで揺れる洗濯物を見た。
「相変わらず、きちんと暮らしているのね。ミニマリストさんは」
「うん、まあ」
「無駄なものがひとつもないわ。この部屋も、冷蔵庫の中も、皺をきちんと伸ばした洗濯物も、すべて完璧」
「そういう性格なんだ」
「私の家は、無駄な物ばかり。玄関には、下駄箱に入りきらない靴が散乱してるし、誰かにもらったお面とか置物、季節関係なく飾られたタペストリーとかね」
「うん」
「リビングもごちゃごちゃしてる。統一性のない家具や食器や、カレンダーにぬいぐるみ。あなた、うちに来たとき、居心地悪かったでしょう?」
「いや、まあ、確かに、ごちゃごちゃしてるなあ、とは思った」
「でしょ。私もそう思ってた。あなたと結婚して、きれいな部屋に住んで最高に快適だったわ。だけどね、それは最初だけ。ごちゃごちゃが、恋しくなったんだよね」
「えっ、それが離婚の理由? だから別れたの?」
「だって、実家に帰るとホッとするなんて、一緒にいる意味ないでしょう」
「でも、だったらお互いに話し合って、妥協できるところは妥協して、上手くやれたんじゃないかな。今からだって……」
「無理だよ。あなたは自分を変えられない。そして私も」
柊子は、パンパンになったスーツケースを引きずって部屋を出た。
「私の物、無駄だと思ったら捨てていいから」
「捨てないよ。無駄だなんて、思うわけないだろう」
「そうか。じゃあ、また来るわ。春になったらね」
柊子は出て行った。
ピカピカに磨いたシンクに、ビールの空き缶が転がっていた。
すぐにでも捨てたい、ただのゴミなのに、不思議だ。
すごく愛おしい。