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龍の子ども [ファンタジー]

結婚して7年経ちますが、なかなか子宝に恵まれません。
夫とふたりで出掛けた初詣の神社で、私は熱心に祈りました。
「どうか今年こそ、子どもが授かりますように」
夫が毎年欠かさず参拝するこの神社は、龍神様を祀っています。

急に辺りが暗くなりました。
多くの参拝客で賑わっていたはずの拝殿から人が消えました。
何が起こったのでしょう。
「おまえに子どもを授けてやろう」
暗やみから声がしました。大地を這うような恐ろしい声です。
怯える私の前に、大きな龍が現れました。血の塊みたいな赤い目で私を見ました。
「願いを、聞いてくださるのですか?」
「ああ、授けよう。ただし生まれてくる子は龍の子どもだ。大切に育てろ」
「龍の子ども? それはどういうことですか」
龍は、私の問いには答えずに消えてしまいました。

気がつくと私は、神社の隅でうずくまっていました。
「大丈夫? 貧血かな」
夫が心配そうに背中をさすってくれました。
「違うの。私、たぶん妊娠した」
「えっ」

私は本当に子どもを授かりました。
夫はとても喜びましたが、私は不安でした。
あの龍のお告げが、夢だとは思えなかったからです。
龍が生まれた子どもをさらっていくのではないか、そんなことばかり考えました。
だけどお腹が大きくなるにつれて、そんな不安は消えました。
私の中に宿った小さな命が愛おしくてたまりませんでした。
とにかく無事に生まれて欲しい。そればかり祈りました。

秋になって、私は女の子を出産しました。
紛れもない人間の赤ん坊です。鱗もなければ角もありません。
「可愛いなあ」
夫は生まれたばかりの子どもを不器用に抱きながら、優しく頬ずりしました。
ホッとしました。神様は、純粋に私の願いを聞いてくれただけなのです。
恐れることなど何もありません。

「お宮参りに行こう」
夫が言いました。
「君の祈りが通じて僕たちは親になれた。龍神様にお礼に行こう」
初詣の記憶が甦って少し怖くなりましたが、夫の言う通り、きちんとお礼をしようと思いました。
すやすや眠る娘を抱いて、神社に行きました。
拝殿の前に立つと、突然娘が目が開けて私を見ました。
その目は、赤く光っていました。
あのときの龍と同じ目です。驚いて思わず娘を落としそうになりました。
「大丈夫。気を付けてくれよ。僕たちの宝物なんだから」
夫が、私の代わりに娘を抱きました。
そして娘を抱いたまま、長い長いお祈りをしました。

祈りを終えた夫が振り向いて言いました。
「大丈夫だよ。龍神様はこの子を連れて行ったりしないから」
「えっ?」
夫は娘の頬を優しく撫でながら微笑みました。夫はすべてを知っていたのです。

「じつは僕も、龍の子どもなんだ。母が36年前に授かった子どもだよ」
夫は毎年龍神様に、元気で生きていることを伝えているそうです。
「毎年お参りを欠かさなければ大丈夫」
夫が私の手を握りました。温かい大きな手です。
「毎年お参りに来るわ。この子を大切に育てるわ」
私は夫の肩にそっと寄り添いました。

娘はすくすく成長しています。毎日幸せです。
辰年生まれの夫と娘が、ふたりで空を見上げています。
その目が赤く光っていることには、気づかない振りをしています。

*****
あけましておめでとうございます……とはいえ、もう1月も半ばです。
正月休みがいつもより長かったことと、我が家にしては珍しく2回も温泉旅行に行ったおかげで、どうもペースを戻せません。
とりあえず、こんな私ですが今年もよろしくお願いします。

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寒空に咲く花 [ファンタジー]

11月の、高い高い空に向かって咲く美しい花がある。
青空に映えるうす紅色の可憐な花。
僕はその美しさに魅了されて、毎日飽きもせず眺めている。

KIMG2356.JPG

「ちょっと、空ばかり見てないで働きなさいよ」
「誰かと思えばコスモスか」
「空に食べ物はないわよ」
「分かってるよ。俺は空を見てるんじゃない。あの美しい花を見てるんだ」
「ああ、皇帝ダリアね」
「皇帝ダリアっていうのか。なんて気高い名前だ。美しい花にぴったりだ」
「大したことないわよ。あたしも同じピンクの花よ」
「全然ちがう。おまえみたいな草花と一緒にするな」
「まあ失礼ね。あんたこそ、ちっぽけなアリじゃないの。ほら、早く食べ物を運びなさい。冬が来るわよ」
「うるさいな。どうせ俺はちっぽけな働きアリだよ」

ああ、一度でいいから、あの美しい花びらに触れてみたい。
下ばかり向いてる人生なんてウンザリだ。

「あっ、またさぼってる」
「うるさいコスモスだな。さぼってるわけじゃない。今日の仕事はもう終わり」
「へえ、それでマヌケな顔で皇帝ダリアを見ていたのね」
「放っといてくれ。あれ、コスモス、ちょっと痩せた?」
「うん、そろそろ寿命」
「そうか。花は散るもんな」
「皇帝ダリアもやがて散るわ。会いに行くなら今よ」
「会いに行く?」
「そうよ。あなたには立派な足がある。あの太い茎を登って会いに行くのよ」
「あんな上まで?」
「行けるわよ。そして教えて。そこから見える景色を」

コスモスは、いつもよりも元気がなかった。
冬が近づいているから仕方ない。
僕だって、もうすぐ冬ごもりだ。そうだ、今しかない。
僕は皇帝ダリアの太い茎を、ゆっくり登って行った。
上に行くほど風が強い。
こんな風に耐えながら、皇帝ダリアは美しい花を咲かせているのだ。
わあ、すぐ近くに花が見える。思ったよりもずっと優しくて可憐だ。
近くで見ても美しい。

突然の冷たい突風にしがみつくと、皇帝ダリアの花が大きく揺れた。
「あっ」と思ったら、花びらが僕の目の前で次々と散った。
風に舞う花びらさえも美しい。胸を張って飛んでいるように見える。
だけど不思議だ。悲しくない。何も感じない。
あんなに憧れた花が目の前で散ったのに。
それよりも僕は、だらりと頭を下げて地面を見つめるコスモスの最期を思った。
この野原を一面紅く染めていたコスモスは、どれだけきれいだっただろう。
僕はむしろ、その景色が見たいと思った。

「どうだった? きれいだった?」
下りてきた僕に、コスモスが話しかけた。
「きれいだったよ」
「よかったね」
「うん。頭を下げてもしぶとく咲いているコスモスが、きれいだった」
「えっ?」
萎れそうなコスモスが、ぽっと紅くなった。
「来年また会おう」
僕は食べ物を運ぶ仲間に合流した。

冬が来る。
小さくても、弱くても、僕たちは生きている。

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あした、雨になれ [ファンタジー]

明日は運動会。
だけどわたし、運動会は大嫌い。
かけっこビリだし、ダンスも下手くそ。
いいことなんて何もない。
そうだ。テルテル坊主を逆さに吊るそう。
「あーした雨になあれ~♪」
ふふふ。これでよし。明日は土砂降りだ。

翌朝、本当に雨が降った。
やった。運動会中止だ。
スキップしながらリビングに行ったら、パパとママがガッカリしていた。
「お弁当の用意してたのに」
「せっかく有給取ったのに」
ふたりともがっくり肩を落としている。
予想以上にしょげている。
「天気予報は晴れだったわよねえ」
ママがそう言いながらテレビをつけた。

『今入ったニュースです。○○町の○○小学校の運動会が、雨で中止になりました』
えっ?? うちの学校?
『運動会中止により、全児童623名及びその保護者、そして数日前から準備していた教員25名に影響が出ています。3年2組の担任S先生に今の心境を伺いました』
『3年2組担任の鈴木です。悔しいです。何日も前から競技やダンスの練習をしてきた生徒たちが可哀想です。そして私も可哀想です。教師になって初めての運動会を、母が見に来るはずだったのに』
先生、泣いてる。。。

『いやあ、これはひどい事態ですね。まさか雨が降るとは。これはね、気象予報士も責任を免れませんよ。そのあたり、どう思っているんですか? お天気キャスターの石原さん』
『昨日の予報は間違いなく晴れだったんですよ。これは私たちには予想できない何らかの力が加わったものだと思われます』
『何らかの力とは?』
『例えばおまじないです。テルテル坊主を逆さに吊るした悪魔のような子どもがいたかもしれません』
『ひどいことをしますね。では、次のニュースです。○○中学で飼っていたウサギが逃げました』

「おいママ、テルテル坊主を逆さに吊るした子がいたらしいぞ」
「まあ、そうなの? 誰かしら。PTAで問題にしようかしら」
えっ、ヤバい。わたし、逮捕される?

わたしは急いで部屋に戻って、逆さのテルテル坊主を外した。
ごめんなさい。テルテル坊主さん。許してください。もうしません。
途端に雨がやんで、眩しいくらいのお日様が出て来た。

「エリカちゃん、起きて……。あら、早起きねえ。もう起きてたの?」
ママが来た。
「ママ、雨がやんでよかったね。運動会できるね」
「何言ってるの? 雨なんか降ってないわよ。きのうからずっといいお天気。お天気キャスターの石原さんの言う通り。あの人の予報、当たるんだから」
「えっ?」
見ると、水たまりも何もない。あれ、わたし、夢見てた?
机の上に置いたテルテル坊主が、にっこり笑ってる。

「さあ、張り切ってお弁当作りましょう」
「わたしも張り切って走るね」
「あまり張り切っちゃダメよ。転んでけがしたら大変」
「どうせビリだしね」
「ビリでもいいじゃない。運動会の一番の楽しみは、何と言ってもお弁当なんだから。ママが学校一のお弁当を作ってあげる」
ふう。ママって、ちょっとズレてるんだよね。
でも不思議。運動会が、ちょっと楽しみになってきた。

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祭りのあとの街 [ファンタジー]

10月になると、ショーウィンドウはハロウィン一色です。
どこもかしこもオレンジ色のお化けカボチャが並んでいます。
街角のデパート。お化けカボチャたちのおしゃべりが聞こえてきます。

「あー、今日はいよいよハロウィンだな」
「この大通りを、仮装した人間たちがぞろぞろ歩くんだ」
「いいなあ。一度でいいからあのパレードに加わってみたい」
「じゃあさ、抜け出しちゃう?」
「そうだな。今夜なら、誰にもバレないぞ」
「仮装パレードに混ざって歩くんだ。最後の夜だ。楽しもうぜ」
「そうだな。明日には俺たち、倉庫行きだもんな」

夜になり、人出が増えて来ました。
お化けカボチャたちはショーウィンドウを抜け出して、パレードの中に紛れ込みました。
「うひゃー、楽しい。テンション上がるぜ」
「人間の仮装すげーな。俺たちぜんぜん目立たない」
魔女やゾンビや流行りのキャラクター。何でもありのハロウィンパーティ。
お化けカボチャたちは踊りながら歩き続けました。

お祭り騒ぎは夜通し続きます。
飲んで騒いで踊りまくる人間たち。
お化けカボチャも負けてはいません。見るものすべてが楽しくて仕方ありません。
朝になり、人間たちは、ぽつりぽつりと家に帰っていきます。

「朝日が昇って来たぞ」
「ああ、もう終わりか。楽しかったね」
「名残惜しいな。まだショーウィンドウに帰りたくないよ」

そのとき、大通りにたくさんの人間たちが集まってきました。
「あれ、また何か始まるのか?」
「楽しそうだな。混ぜてもらおうぜ」

人間のひとりが近づいてきて言いました。
「仮装したお化けカボチャさんたち、ゴミ拾いを手伝ってください」
「ゴミ拾い?」
見ると、大通りはたくさんのゴミであふれています。

「ゴミ拾いだって」
「人間って、楽しいだけじゃないんだな」
「仕方ない。拾うか」

「ああ、お化けカボチャさんたち、ちゃんと分別してくださいよ。缶は缶、瓶は瓶、紙は紙」
「ぶんべつ?」
「そんなこともするのか。人間って大変だな」
すっかりきれいになった大通りを眺めながら、お化けカボチャたちは、ショーウィンドウに帰りました。

「あれれ、ショーウィンドウが、クリスマスになってる」
「いつの間に?」
「夜中から作業してたのか?」
「人間って大変だな」

赤と緑のツリーの前に座り込んだお化けカボチャたちを、業者が来てひょいと持ち上げました。
「カボチャ3体、ここにありました。引き揚げます」
お化けカボチャたちは車に乗せられて、来年の秋までゆっくり眠ります。
夕べの騒ぎが嘘みたいに、早朝の街は静かです。
あくびをしながら運転する業者さん。
夜勤明けのサラリーマン。
デパートの開店前に働く清掃員。
「みなさん、おつかれさまです!」

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新盆帰り [ファンタジー]

新盆で家に帰る途中、迷っている男の霊と会った。
「どうされました? 家がわからないのですか?」
「ええ、すっかり迷ってしまいまして。足がないから感覚が掴めないんですよね」
「ははは、わかりますよ。私も初めての盆帰りでね、どうも勝手がわかりません」
「そうですか。新盆ですか。それは賑やかで羨ましい。私なんぞは12年目ですからね。寂しいもんです」
「12年目なのに迷子なんですか?」
「ええ、どうやら引っ越したらしいんですよ」
「お気の毒に。よかったらうちに来ませんか?」
「いやあ、そんな。よそ様の家に帰っても」
「いいじゃないですか。どうせ見えないんだから」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

家に着いた。みんなが集まっているのだろう。笑い声が聞こえる。
私は、初対面の幽霊さんと一緒に家に入った。
「賑やかでいいですね」
「妻と息子が3人、孫が5人いますからね」
居間では酒盛りが行われていた。
息子たちは赤い顔で近況を話し合っている。
妻と、3人の嫁がおしゃべりしながら料理を運び、孫たちはゲームをしている。
「いやあ、お恥ずかしい。誰も仏壇なんか見ていませんよ」
「どこの家もそういうものですよ。いつまでもしんみりしている方が珍しい」

仏壇には、酒が供えられている。
「どうです、一杯」
「いいですなあ。いただきましょう」
「次男の嫁の実家が造り酒屋でしてね、旨い酒を送ってくれるんです」
「ほう、これは旨い」
酒を酌み交わしているのに、仏壇の酒は全然減らない。
テーブルに並ぶ料理も、匂いだけで充分楽しめる。
死なないと分からないこともあるものだ。

宴もたけなわ。盛り上がったところに、突然女の霊が現れた。
壁からひょっこりやってきて、男の袖を引っ張った。
「あんた。またこんなところに上がり込んで、迷惑でしょう」
男は一気に酔いがさめたように静かになった。
「あの、あなたはいったい?」
「あたしはこの男と、生前ちょいと縁があった者よ。この人はね、無縁仏なの。墓もなければ帰る家もないのよ」
男は、ばつが悪そうに下を向いた。
「好き勝手に生きて、女房と子どもに縁を切られた哀れな男よ。帰る場所がないものだから、毎年こうやって、新盆の家にお邪魔してご相伴に預かっているってわけ」

「ほらほら行くわよ」と、男は女に首根っこを掴まれて、すごすごと出て行った。
馴染の客と女将さん。そんな関係だろうか。何だか少し羨ましい。
急に寂しくなった。
無縁仏か。そういう人もいるんだな。
私は仏壇に供えられたたくさんの進物や果物を見た。
幸せだな。私は。

テレビから、北島三郎の歌が聞こえて来た。
「あっ、これ、おじいちゃんの十八番!」
孫の一人が言った。
「こればっか歌ってたよね」
「たいして上手でもないのにね」
どっと笑いが起こって、みんなが仏壇を見た。
妻が、少し寂しそうに言った。
「下手でも、もう一回くらい聴きたいわね」

私は歌った。きっと誰にも聞こえないだろう。
みんなの視線はテレビに戻った。
それでいいんだ。
たまに思い出してくれたら、それでいいよ。



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願いが叶いますように [ファンタジー]

地球の人たちが、短冊にたくさんの願い事を書いているわ。
世界平和や合格祈願、恋愛成就、宝くじ当選。
いろんな願い事に混ざって、毎年必ずあるの。

『織姫と彦星が逢えますように』

私たちのことを願ってくれてありがとう。
だけど心配無用よ。そちらは雨でも、こちらは大丈夫。
私たち、雲よりずっとずっと上にいるんだもの。

私たち、仕事をしないでいちゃついていたから引き離されちゃったんだけどね、幸か不幸か、一年に一度の距離感って、案外いいのよ。
自由な時間はたくさんあるし、何より新鮮でしょ。
一緒にいるより、彼のことを考える時間が増えて、ずっと恋愛中の気分なの。

一年って長いと思うでしょ。
それがね、そうでもないの。
次に会うまでにダイエットしようと思っても、いつも間に合わないのよ。
あっという間に七月七日(笑)

さて、そろそろ行こうかしら。
今日のために織った着物よ。彦星さん、気に入ってくれるかしら。
いそいそと出かけたけれど、天の川に橋が架かっていない。
川岸で、怖そうな番人が睨んでいるわ。
「あの、川を渡りたいんだけど。向こう岸の彼と待ち合わせなの」
「向こう岸には行けない。知らないのか。向こうの村で恐ろしい流行り病が発生した。村は封鎖された。ネズミ一匹通すことは出来ん」
「流行り病?彦星さんは大丈夫なの?」
「そういった問い合わせには一切答えられん。さあ、帰りなさい」

ひどいわ。流行り病で村が封鎖だなんて。
あと一年待つなんて最悪だわ。

となり村で流行した病は、一向に収まらない。
次の七夕も逢えなかった。怖い番人に村の様子を訊ねても「帰れ」のひと言。ムカつく。
こんな時は神だのみ。地球の皆さんを見習って、短冊に書いたわ。
『彦星さんに逢えますように』

願い事のほとんどが叶わないことは知っている。
それでも書いたの。笹が見えなくなるくらいに。
そしてようやく逢えたのは、三年後の七月七日。流行り病がようやく終息したの。

「彦星さん、ずいぶん痩せたわね」
「一歩も外に出られなくて、僅かばかりの配給で暮らしていたからね」
「可哀想に。ねえ、うちで一緒に暮らしましょう。もう1秒も離れたくないわ。お父さまもきっと許してくれる」

というわけで、一緒に暮らし始めた私たち。
ずっと逢っていなかったから、24時間ひと時も離れたくなくて、仕事なんかそっちのけ。
毎日べたべたしていたら、やっぱりお父さまに叱られた。
彦星さんを、再び向こう岸の村へ追いやろうとしたの。
だけどもう言いなりにはならないわ。
私たち、駆け落ちします。
行き先は地球。ずっと憧れていたの。
決行は、2022年7月7日よ。
えっ、コロナ? 感染症? まだ収まっていない?
嘘でしょう。あと一年待てば大丈夫かしら。分からないって、どういうこと?
こうなったら短冊に書くわ。

『地球のコロナが終息しますように 織姫・彦星』
どうか願いが叶いますように。

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ノラ猫だけど何か? [ファンタジー]

おいらはノラ猫。
去年までは家ネコだった。
飼い主さんが突然死んじゃって、おいらノラになっちゃった。

飼い主さんが死んだあと、家族や親戚たちが集まって、遺産がどうとか揉めていた。
だけど、おいらのことを気にかけてくれる人間はひとりもいなかった。
おいらもあまり好きなタイプの人間じゃなかったから、そうっと家を出たのさ。
たまに家が恋しくなったけど、飼い主さんの家には息子や娘がいつもいた。
生きていたころは顔も見せなかったくせにさ。

あれから1年。
怖いノラ猫に追いかけられたり、車に轢かれそうになったりしながら何とか生きて来た。
ノラ猫にご飯をくれる人がいるという情報をキャッチすると、おこぼれをもらいに行った。
みんなに混ざって食べていると、必ず言われる。
「あんた、どこかの飼い猫だろう。おうちにお帰り」
おいらが首輪をしているから、どこに行っても飼い猫扱いだ。

首輪は重いし邪魔だけど、飼い主さんがくれた宝物だから外したくないんだ。
雨が降ってきた。
いつまで経っても雨には慣れないな。
ちょっとこの家の軒下を借りるか。

「ママ、ネコがいるよ」
しまった。子どもに見つかった。子どもは苦手だ。
走り出したら車が通り過ぎて、思い切り泥水を浴びてしまった。ツイてないぜ。
「あらあら大変。泥だらけね」
ママと呼ばれた女の人が、おいらをすっと抱き上げた。
「首輪をしているから、どこかのネコちゃんかな。おいで。洗ってあげる」
その人は、自分の服が汚れるのも構わずに、おいらを抱いて風呂場に行った。
えっ、風呂? シャワー? わあ、何だか懐かしいな。この感じ。
おいらは、久しぶりに首輪を外して体を洗ってもらった。
この人間、洗うの上手いな。飼い主さんより上手だ。

「うわあ、毛がぺったんこだね」
「そうだね。タオルでよく拭いてあげようね」
「ドライヤーで乾かしたら?」
「ネコはドライヤーの音が苦手なの。だからフカフカのタオルで拭いてあげよう」
「ママ、ネコ飼ってたの?」
「飼ったことはないけど、ペットショップで働いていたことがあるから慣れてるのよ」
「ふうん。ママ、この子の首輪、きれいだね」
「あら本当だ。裏側にキラキラがいっぱい付いてるね」
「ダイヤモンドみたいだね」
「そうだね。本物だったらすごいね」
「ママ、小さく電話番号が書いてあるよ」
「あら本当だ。きっとこの子の飼い主ね。電話してあげようか」

そうこうするうちに、おいらの毛はすっかり乾いて、かつお節と煮干しをご馳走になった。
ママさんは首輪に書いてあった番号に電話をかけた。
飼い主さんがいない家に連れ戻されるのはいやだ。
「電話しなくていいです。お構いなく」と言ってみたけど通じない。

「あっ、もしもし。あのですね、お宅のネコちゃんが迷子になっていたので保護しました。茶トラの成猫です。首輪に電話番号が……」
「昔ばあさんが飼ってたネコだ。もう死んじまったからいらねーよ。捨てるなり保健所に持っていくなり好きにしてくれ」
電話は乱暴に切られた。
「まあ、なんて人かしら。こんなに可愛いのに」

おいらは結局、この家にお世話になることになった。
フカフカのお布団と、キャットフード。ありがたいね。
新しい名前は「ダイヤ」
首輪の裏側のキラキラが、ダイヤモンドみたいだからだってさ。

あのさ、ひとつ報告がある。
そのダイヤは、本物だぜ。
きっと今でも、息子や娘が血眼になって探しているはずさ。
まさかおいらの首輪に隠したなんて、夢にも思ってないだろう。

「ダイヤ~、おやつだよ」
やった!
まあ、おいらにとっては、ダイヤモンドよりチュール
の方がありがたいけどね。



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傘の小さな物語 [ファンタジー]

私は傘。どこにでも売ってるビニール傘よ。
今、電車に乗っているの。いったいどこまで行くのかしら。
別に乗りたくて乗ってるわけじゃないけどね。

持ち主さんは、私を置いて電車を降りちゃった。
忘れられたの。無理もないわ。雨がやんだから必要なくなったのよ。
終点で駅員さんに回収されると思ったら、そのまま折り返し運転。
私はドア近くのシートの隣に掛けられたまま、来た道を戻っている。

途中の駅で乗ってきた紳士が、私の隣に傘を掛けた。
わあ、バーバリーの傘だ。とても高そう。
「こんにちは。となり、失礼します」
「まあ、ご丁寧なお方。やっぱりブランド物はちがうわ。こんな、どこにでも売ってるビニール傘に話しかけてくれるなんて」
「ブランドなんて関係ないですよ。僕たちの役目は、持ち主が雨に濡れないように守ることです。みんな同じ目的で作られたんですから」
「立派な考えね。持ち主さんに大事にされているのね」
「ええ。雨の日はいつも一緒です。あなたの持ち主さんはどこです?」
「私、忘れられちゃったの。持ち主さん、私を置いて降りちゃった。雨が降ったから傘を買って、雨がやんだらお払い箱よ。短い付き合いだったわ」
「お気の毒に」

電車が駅に着くと、バーバリーさんの持ち主さんは、慌てた様子で立ち上がった。
そしてバーバリーさんを残して、電車を降りてしまった。
バーバリーさんから、涙みたいなしずくがポトリと落ちた。
「あなたの持ち主さん、急いで降りたから忘れちゃったのね」
「置いて行かれてしまいました。こんなことは初めてです。ああ、どうしよう」
「大丈夫よ。きっと高い傘だから、駅に連絡して引き取りに来るわ。私みたいなビニール傘は、忘れたことにも気づかれず、どこかで処分されちゃうけど」
「もし引き取りに来なかったら、僕も処分されるのでしょうか」
「うーん。あなたはブランド物だから、誰かが持って帰るかも。持ち主が変わるだけの話よ」
「それは悲しいです」
「持ち主さんが好きだったのね。私はそこまでの愛着はないな。今日たまたまコンビニで買われただけだし。まあ、ちょっと可愛い女の子だったけどね」

次の駅について電車が止まると、見覚えのある女子高生が乗ってきた。
「あっ、私の持ち主さんだ」
持ち主さんは、私とバーバリーさんをひょいと掴んで、そのまま電車を降りた。
どういうこと? 私だけじゃなく、バーバリーさんも一緒に持っていくなんて?
持ち主さんは電車を降りるとスマホを取り出して、誰かに電話をかけた。

「もしもしパパ。バーバリーの傘、あったよ。ママからのプレゼントの傘を忘れるなんて、2週間口きいてもらえなくなるところだったよ。たまたま私が、ひとつ先の駅にいたからよかったけど。うん。今から帰る。ああ、そういえば不思議なんだけどね、あたしがお昼に忘れた傘が、パパの傘の隣にあったの。コンビニで買ったビニール傘だけど、柄のところにプリクラ貼ってたんだ。見つかってよかったよ」

そう。バーバリーさんの持ち主さんと、私の持ち主さんは親子だったの。
そして私は、バーバリーさんと同じ傘立てに入り、雨を待つ日々を送っている。
安いビニール傘だけど、柄に貼られたプリクラのおかげで大事にされている。
だけどひとつだけ残念なことが。
バーバリーさんは、モリハナエさんと相思相愛だったの。
すごくきれいな花柄さん。悔しいけどお似合いよ。
外はすっかり五月晴れだけど、私の心は土砂降りよ。

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地獄か天国か [ファンタジー]

天国に行くか地獄に行くか。
裁かれるのは一人の男。
天国代表の裁判員に選ばれてしまった私は責任重大。
だって、彼の来世がかかっているんだもの。

地獄側の検察官が、男の様々な悪事を並べ立てる。
窃盗、詐欺、障害事件、暴力沙汰。
相当な悪人だ。地獄行きは、ほぼ確定ね。
そして次に、天国側の弁護士が登場した。
「どうせ地獄だろ。早く終わらせてくれ」
男が悪態をついている。
バカね。閻魔裁判長の印象が悪くなるのに。

「今からあなたが行った善行を申し上げます。善行が悪行に勝れば、天国に行ける可能性はありますよ」
弁護士はそう言ったけれど、悪行の方が多いに決まっている。
まあ、聴くだけ聞いてやろう。

「1972年、あなたが小学一年生のとき、となりの席の女の子にクレヨンをあげましたね。名前はゆみこちゃん。ゆみこちゃんは青のクレヨンがなくて空が塗れないと泣いていて、あなたは自分のクレヨンをゆみこちゃんにあげました。床に落ちていたと嘘をついて」
「覚えてねえな」
「そしてあなたは、なぜ空を塗らないのかと先生に尋ねられ、困って描いた絵を黒く塗りつぶしました。先生はあなたが精神的に問題があると思い、母親に相談。無理やり病院に連れて行かれ、あなたは学校へ行けなくなりました」

そんなことが……。聞いてみなければわからないものね。

「1990年、あなたは傷害事件で逮捕されます。悪い男に騙されて、風俗に売られそうになった女性を助けるために、その男を半殺しにします。女性の名前はゆみこさん。そう、あのクレヨンのゆみこちゃんです」

「2015年、すさんだ生活を続け2度の刑期を終えたあなたは、病院の清掃の仕事に就いていました。そこで重い病気の女性と出逢います。名前はゆみこさん。そう、クレヨンのゆみこちゃんです。ゆみこさんには移植手術が必要でしたが、そんな大金とても払えません。そこであなたは、昔の仲間の暴力団員を騙し、大金を手に入れてゆみこさんのもとに向かいましたが、時すでに遅し。ゆみこさんは息を引き取りました。それからあなたは逃げ続け、2021年12月、ついに殺されます」

ああ、なんだか泣けちゃう。
この人、ゆみこに人生を捧げたみたいじゃないの。
地獄行き決定だと思ったけど、心が揺れている。
ゆみこっていう名前に胸が締め付けられるのはなぜ?
私の現世での名前、ゆみこだったような気がする。
なんだか大切なことを思い出しそう。

「天国代表裁判員、あなたの意見は?」
「えっ、あっ、少々お待ちを」
ええ…と、私が死んだのは2015年12月。彼が私の手を握って言った。
『ゆみこ、金は俺が何とかする』
『もういいよ。覚悟は出来てる。先に天国に行って待ってるから』
『バカ言え。俺が天国に行けるわけがねえ』
『行けるよ。だってヒロ君、すごく優しいもん』
あっ、思い出した。彼はヒロ君だ!

「天国代表裁判員、早く結論を」
そうだ。私は彼に何度も助けられた。
「天国代表裁判員、早く結論を」

「天国です。ねっ、いっしょに天国に行こう。ヒロ君」
驚いて振り向いたヒロ君は、私をじっと見た。
そして、裁判史上最高の優しい顔で笑った。
地獄の札を上げかけていた閻魔の気持ちが揺れた。

「天国、勝訴!」


あけましておめでとうございます。
今年もゆるゆると続けていきます^^
よろしくお願いします。

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プレゼント交換 [ファンタジー]

幼いころ、クリスマスに友達とプレゼント交換をしていた。
缶バッチやマンガ本といった他愛のない物だ。
しかしその友達は、遠い北の国に行ってしまった。
もう何十年も会っていない。
携帯でもあれば連絡を取り合っただろうが、あいにくずいぶん昔の話だ。
携帯はおろか、エアメールの送り方さえ知らなかった。
遠い昔の話だが、クリスマスになると何故か彼を思い出す。

私はプレゼント交換をやめなかった。
恋人とプレゼントを交換し合い、妻と交換し合い、子どもと交換し合った。
そして今は、5歳になる可愛い孫とプレゼント交換をしている。
今年のプレゼントは、折り紙で作ったサンタクロースだ。
私からは長靴に入ったお菓子をあげた。
「タツヤはサンタさんに何をお願いしたんだい?」
「あのね、恐竜の図鑑にしたの。ぼく、恐竜が好きだから」
「そうかい。届くといいね」
「絶対届くよ。だってサンタクロースだもん」

妻を亡くしてから、息子夫婦と同居をしている。
私は1階、息子の家族は2階で暮らす。
イブの夜は静かだ。
チキンとケーキを食べて、孫とプレゼントを交換したらもうやることはない。
部屋に引き上げて、静かにウイスキーでも飲んで過ごそう。

深夜になっても何故か寝付けず、起き上がってまたウイスキーを飲んだ。
窓の外には雪が降り始めた。
プレゼント交換をしたあの子は、今頃どうしているだろう。
家族と幸せに過ごしているだろうか。

鈴の音が聞こえた。ああ、サンタクロースがやってきたんだな。
2階の子ども部屋に、サンタがこっそり入る気配がした。
ぼんやりと窓の外を見ていたら、目の前にサンタクロースが現れた。
手にプレゼントを持っている。思わず窓を開けて言った。
「私は子どもじゃないよ。プレゼントは要らないよ」
「メリークリスマス、ショウちゃん」
「えっ、どうして私の名前を?」
「僕だよ。子どもの頃にプレゼント交換をした聖夜だよ」
「えっ、きみ、せいちゃんか?」
「そうだよ。すっかりおじいちゃんになっちゃったよ」
「それはお互い様だ」
「うちは元々サンタクロースの家系でね、父が修行の為に北欧に行って、僕はそのあとを継いだというわけさ」
「驚いたな。せいちゃんがサンタクロースだなんて」
「今年から担当が日本になったんだ。今タツヤ君の顔を見て、君にそっくりだったから驚いた。もしやと思って覗いたら、やっぱりショウちゃんだった」
「そうかい。それでわざわざ寄ってくれたのか」
「久しぶりのプレゼント交換をしよう。僕からは、北欧の絵葉書だ」
「ありがとう。しかし困ったな、君にあげるものが何もない」
「じゃあ、ウイスキーを一杯おくれ。寒くてかなわない」
「お安い御用だ」
私は、グラスにウイスキーを入れて渡した。
彼はそれを一気に飲んで、ほんのり赤い頬で橇に乗り込んだ。
「ああ、あったまった。最高のプレゼントをありがとう。また来年会おう」
彼は手を振って、鈴の音と共に夜空へ消えた。

翌朝、「やったー、恐竜図鑑だ」という孫の声で目が覚めた。
「じいじ、サンタさん、来たよ」
「おお、よかったな」

枕元に北欧の絵葉書、窓のふちに空のグラス。
私のところにもサンタは来た。だけどこれは内緒だね。
来年は、もっと高級なウイスキーを用意しよう。
私はもう、来年のプレゼント交換を楽しみにしている。

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