SSブログ

3年越しの結婚式 [コメディー]

コロナのせいで結婚式が延期になって、早2年。
終息したら絶対に式を挙げようと約束して、籍だけ入れた。

だけどコロナは一向に収まらない。
彼はすっかり諦めモードだ。
「もういいんじゃない」とか言い出した。
生活が始まってしまったら、式だの披露宴だの、どうでもいいみたい。

「そりゃあ、君の気持はわかるよ。式場見に行って、ドレス選んで、エステに通ってダイエットもしたんだろう。最高の笑顔で、たくさんの人に祝福されたいのは分かるけどさ」
「全然分かってない。あなた全然分かってないわよ」
私は手帳を取り出して、広げて見せた。
「なに、これ?」

「私が今までに出したご祝儀よ。友達、職場の同僚、先輩、後輩、いとこ、はとこ。隣の数字は出した金額。これだけご祝儀を包んできたのに、自分のときにもらえないなんて、悔しくて夜も眠れないじゃないの」
「えええ、君がどうしても式を挙げたい理由って、それ?」
「そうよ。ああ、考えただけでムカつく。ああ、マジでムカつく。胸がムカムカする。気持ち悪い。吐きそう……」

……妊娠した。5週目だって。
彼はすごく喜んだ。
もちろん私も嬉しいけれど、これで結婚式の希望が途絶えた。

彼が私のお腹をさすりながら、満面の笑みで言った。
「よかったじゃないか。これで元が取れるね」
「どうして?」
「出産祝いがもらえるじゃないか。それに、東京都からもお金がもらえるんだよ。たしか10万円」
「えっ、そんなに?」
「うん。だからさ、結婚式にこだわらないで、ふたりで子育て頑張ろうね」
「わかった。じゃあ結婚式は、この子が生まれてからにしましょう。結婚祝いと出産祝い、いっしょにもらっちゃおう。あと、子育て支援金もね」

「が、がめつい。。。」

***
今月、親戚の結婚式に出席します。
コロナで延び延びになっていた結婚式は、可愛い子連れ結婚式になります。
でも、このお話のようながめつい子じゃありません。
いい子です^^ 念のため(笑)

nice!(11)  コメント(8) 

福の神に来てほしい(切実) [コメディー]

「あれ、お母さん、正月早々何張り切ってんの?」
「タカシおはよう。あのね、福の神が来るのよ。精いっぱいおもてなししなきゃ」
「ここ、3DKのマンションだよ。神様って、由緒正しいお屋敷に来るんじゃないの?」
「私もビックリよ。でもね、今朝電話があったのよ。今日伺いますって」
「福の神が来たらどうなるの?」
「そりゃあ、福が舞い込むのよ。宝くじが当たるのよ」
「マジで?」
「お母さん、電話受けてすぐ、ネットでブランドバッグ爆買いしちゃった」
「早! 俺さ、免許取ったら車欲しい」
「大きい車がいいね。コストコでいっぱい買い物できるし。お父さんの軽じゃ、いくらも積めないし」
「そういえばお父さんは?」
「駅に神様を迎えに行ってるわ」
「はっ? 神様、電車で来るの? 雲とかに乗って来るんだと思った」
「それは仙人でしょ。福の神は、どこかの由緒正しい神社から来るのよ」
「ふうん」

「ただいま」
「あら、お父さん。あれ? 神様は?」
「それがさあ、改札で待ってたけど来なかったんだよ」
「えー、ちゃんと『歓迎!神様[黒ハート]』のフリップ掲げてた?」
「ちゃんと持ってたよ。でも来なかったんだ。しかも車に戻ったら駐車違反の紙貼られてるし、踏んだり蹴ったりだ」

「お母さん、もしかして詐欺じゃない? 福の神詐欺」
「まさか。だってお金振り込んでないわよ」
「じゃあ、誰かのイタズラかな」

「ああ!」
「どうしたの、お父さん」
「ボスからメールだ。もう会社に来なくていいって。つまりクビだよ」
「そんな急に?」
「年末にボスが変わったんだ。大量にリストラされると言うウワサがあったんだ」
「新年早々からひどい会社ね。訴えたら?」
「外資系だからな。そういうの通用しないかも」

「ああ!」
「タカシ、いったい何?」
「パソコンがウイルスに感染した。昨日見た闇サイトが原因かも」
「もう、正月早々何やってるのよ。まるで疫病神に憑りつかれたみたいじゃないの」

「……そうよ。疫病神よ。神様が来るって言うからてっきり福の神だと思ったけど、疫病神だったのよ! お父さん、駅で疫病神に憑りつかれたのよ」
「大変だ。急いで神社でお祓いしてこよう」

<翌日>
「ああ、お祓いしてよかった。すっかり元通りになったわね」
「ああ、会社からのメールも間違いだったし」
「パソコンも直ったしね」
「ああ、よかった。やっぱり普通が一番よね。あれ?」
「どうしたの、お母さん」
「カードの残高が減ってるわ。50万も減ってる。やっぱり疫病神はまだいるのよ」

ネットでブランドバッグを爆買いしたことを、すっかり忘れているお母さんであった。


*****
あけましておめでとうございます。
とはいえ、もう9日。すっかり出遅れております。
というのも、元旦から夫がコロナに感染して、その後私も感染しました。
症状は、驚くほど軽症でしたが、この10日間、一歩も外に出られず、全ての予定をキャンセルしました。
家にいるならたくさん話が書けるだろうと思いきや、これがさっぱり浮かばない。
そういうものですかね。
自粛期間は今日までなので、明日からは通常通り。
ぼちぼち調子を戻していこうと思っています。
今年もよろしくお願いします。
2023年は最悪の始まりだったけど、これからは良くなってほしいな。
福の神様、待ってまーす。

nice!(10)  コメント(15) 

コタツ生活 [コメディー]

朝、いつものようにタカシ君を迎えに行った。
「タカシ君。学校行こう」
家の中から声がした。
「ごめん、ユウ君。コタツから出られないんだ」
「えっ、何言ってるの? 早くおいでよ」
タカシ君のお母さんが出てきて言った。
「ごめんね、ユウ君。コタツがタカシを放してくれないのよ。今日はお休みさせるから、ユウ君ひとりで行ってね。気を付けるのよ」
「はあい」

???コタツがタカシ君を放さないってどういうこと?
寒くてコタツから出られないだけだろう。

学校が終わってから、ぼくはまたタカシ君の家に行った。
「タカシ君、プリント持ってきたよ」
「ユウ君、玄関開いてるから入って」
「おじゃましまーす」と上がって部屋に行くと、タカシ君はコタツに寝そべってマンガを読んでいた。
「なんだ。やっぱりさぼりじゃないか」
「違うよ。コタツがぼくを放さないんだ。コタツ布団をめくってごらん」
言われた通りめくってみると、コタツの足がタカシ君の足に絡まっている。
「ねっ、コタツから出られない理由がわかったでしょ」
「大変じゃないか。トイレとかどうするの?」
「それがさ、ぜんぜん平気なんだよね。ぼくの身体がコタツの一部になったみたいでさ、感覚がないんだ。ほら、コタツはトイレ行かないだろう」
「つらくないの?」
「ぜんぜん。だってこうしてマンガは読めるしご飯も食べられるよ。それに何よりあったかいからね」
ぼくは、プリントを置いて帰った。
タカシ君は、コタツの中で手を振った。

翌日も、プリントを持ってタカシ君の家に行った。
今度は、お母さんもいた。コタツに入りながらミカンを食べている。
「もしかして、お母さんも?」
「そうなのよ。夕べうっかりコタツで寝ちゃったら、もう出られなくなっちゃたのよ」
「ごはんとか、どうするんですか」
「ああ、ウーバーイーツがあるから大丈夫。スマホがあれば何でも買えるわ。あら、来たみたい。ユウ君、悪いけど受け取ってくれる。そうだ。パパに電話して、明日のパンを買ってきてもらいましょ」
コタツの一部になっても、お腹は空くんだな~と思いながら、玄関でお弁当を受け取った。

家に帰って、ママに尋ねた。
「ねえママ、うちにはコタツはないの?」
「ないわよ。コタツは人間を怠惰にさせるからね。コタツから出られなくなったら困るでしょ。私はこの温風ヒーターがあれば充分よ。ほら、温かいわよ」
ママが温風ヒーターにへばりついた。
温風ヒーターから手が伸びて、ママの足に絡みついた。
「あらいやだ。温風ヒーターの前から離れられなくなっちゃった。ユウちゃん、テレビのリモコンとスマホとお茶とミカン、手の届くところに置いてちょうだい」

なんてこった。早く春が来ないかな。
(まだ11月です)

****
ニュースつくば、「短いおはなし」25日掲載です。
お時間あるときにどうぞ。

https://newstsukuba.jp/

nice!(9)  コメント(8) 

かぐや姫とオオカミ男 [コメディー]

ここだけの話だけど、わたし、かぐや姫なの。
生まれたときから、月が恋しくて仕方ない。
こんな満月の夜は、月からの使者が迎えに来るはず。
だからこっそり家を抜け出すの。
パパとママには悪いけど、やっぱり地球はわたしの居場所じゃないの。
月に帰りたい。
こんな素敵な満月の夜だもの。きっと奇跡は起こるわ。


ここだけの話だけど、おれはオオカミ男だ。
子供の頃から月を見ると吠えていた。
満月の夜には黒い毛が生えて、牙が生えて、オオカミになるんだ。
だから夜は家にいようと決めていたのに、なんてことだ。
すっかり遅くなってしまった。
地下道を通っているうちは大丈夫。
だけど地上に上がったら、もうその先はわからない。
5番の出口は公園につながっている。
誰もいない夜の公園を一気に走り抜けたら、完全なオオカミになる前に家に着ける。
よし、行こう!


さあ、月の使者、わたしはここよ。
誰もいない夜の公園で、わたしは待つの。
きらびやかな牛舎に乗った月の殿方。きっと優雅な美男子だわ。
うっとりしていたら、突然暴れ馬みたいに突進してきた男とぶつかった。
「ああ、すみません。人がいるとは思わなくて」
男はずいぶん急いでいる様子で、すぐに立ち去ろうとした。
思わずシャツの裾を掴んで引き留めた。
「ちょっと待ちなさいよ。あなたのせいで転んだのよ」
「だから謝ったでしょ。おれ、すぐに帰らないと大変なことになるから」
「服が汚れたわ。こんな格好じゃ月に帰れないわよ」


参った。まさかこんな真っ暗な公園に、人がいるなんて。
変な女だ。月に帰るだと? 頭おかしいのか?
「明日の昼に話そう。11時にここに来て。とにかくおれ、今はダメなんだ。早く帰らないと君を襲うかも」
「そんなことをしたら、月があなたを成敗するわ」
「とにかく離してくれ。ほら、腕に黒い毛が……」
あれ、生えてこない。全然大丈夫だ。
あっ、そうか。月が雲に隠れたんだ。あー、助かった。


「月が隠れちゃったわ。あーあ、今夜も月に帰れなかった」
「月が隠れた。ああ、今夜も変身せずに済んだ」
「何だか急に暗くなっちゃったわね」
「そうだね。あっ、クリーニング代払うよ」
「もういいわ。今夜は地球の家に帰って寝るだけだから」
「じゃあ家まで送るよ」
「えー、送りオオカミにならないでよ」
「うん。今日は大丈夫」

nice!(11)  コメント(4) 

双子の美人の霊 [コメディー]

深夜のカフェに入ると、店員に声を掛けられた。
「3名様ですか」
「いや、ひとりだけど」
思わず振り向いたけど、もちろん誰もいない。僕はひとりでここに来た。
「あっ、失礼しました」
店員はうつむきながら、僕をテーブルに案内した。

テーブルに座ると、別の店員が水を3つ持ってきた。
「いや、ひとりだけど」
「あっ、失礼しました」

僕の前に、誰か座っているのか? しかもふたり?
気持ちが悪いので出ようとしたら、店長が来た。

「お客様。大変申し上げにくいのですが、お客様の前に双子の霊が座っています」
「双子の幽霊?」
「はい。かなりの美人です。お心当たりはございますか?」
「いや、全くないなあ。美人とは縁がないから」
この店の店員には、全員霊感があるのだろうか。
どんなに目を凝らしても、僕には美人の双子は見えない。

「それで、あの、こちらの双子の美人の幽霊さまが、パンケーキを注文したいとおっしゃってますが、いかがいたしましょう」
「幽霊がパンケーキ? 食べられないでしょう」
「はい。ですが、このふたり、パンケーキを食べ行く途中で事故に遭われたようで、パンケーキを一目見ないと成仏できないと言ってます。なんてお気の毒な。こんなに若くて美人なのに」
店長は涙声で言った。

「いいけどさ、支払いはどうなるの?」
「それはお客様が。お客様のお連れ様ですから」
「見ず知らずの幽霊に、俺がご馳走するの?」
「はい。双子の美人はお客様に一目ぼれしたそうです。好みのタイプだそうです。一緒にパンケーキが食べたいと、おっしゃっています」
「うーん。悪い気はしないな。で、本当に美人なの?」
「はい。店に入ってこられた時、石原さとみかと思いました」
「石原さとみ? 本当に?」
「はい。大きな瞳や、ふっくらした唇など、もう石原さとみそのものです」
「あの唇、いいよね」
「はい。今まさに、お客様の目の前に、石原さとみがふたりいるんですよ」
「まいったなあ。わかった。パンケーキ3つ」
「スペシャルの方でよろしかったでしょうか。オーダー入ります。スペシャルパンケーキセット3つ!」

というわけで、深夜にフルーツと生クリームがたっぷり乗ったパンケーキを食べている。
石原さとみに見られていると思うと緊張する。
「お、おいしいですね」などと声をかけてみたが、当然返事はない。
店長が通りかかったので尋ねてみた。
「ねえ、店長さん、彼女たち、何か言ってる?」
「ああ、とっくに成仏されましたよ。もういません」
「えっ、もう? 成仏早くない?」
店長は「そういうものです」と伝票を置いて、さっさと厨房へ下がった。

伝票を見ると『9,800円』
コーヒー一杯だけのつもりが、9,800円! 
テーブルには、手つかずのスペシャルパンケーキがふたつ。
もったいないけど、もう食べられない。

伝票を持って立ち上がり、名残惜しそうにふたつのパンケーキを見た。
すると店員がやってきて、にこやかに言った。
「ご心配なく。食品ロスにならないよう、私たち店員が責任をもっておいしくいただきますので。ありがとうございました」

ああ、なんか胸やけする。

nice!(10)  コメント(8) 

節電の夏 [コメディー]

「10回」
「何が」
「この5分間に君が冷蔵庫を開けた回数。多すぎる」
「別にいいでしょう。取り出すものがいろいろあるのよ」
「この夏、政府からの節電要請を君はまるで無視している。エアコンの温度設定、23度は低すぎる」
「暑がりなのよ。あっ、マヨネーズ忘れた」
「11回め。素早く閉める!」
「あーもう、うるさいな」
「昨夜は洗面所の電気がつけっ放しだった」
「たまたま忘れたのよ」
「電力不足を甘く観てはいけない。ひとりひとりの心がけが、地球温暖化を防ぎ、しいては人間の未来のためになる」
「わかった、わかった。ちゃんと消すわ」
「待機電力も甘く観てはいけない」
「待機電力?」
「使わない電源はこまめに消す。パソコンの電源入れっぱなし、スマホの充電フル活動、昨日はドライヤーのコンセントを入れっぱなしだった」
「ちょっと忘れただけよ」
「ドライヤーは危険だ。今度やったら通報するぞ」
「あー、マジでウザい。あんたの電源切ってやる」

ブチッ

ピーピーピー
「スズキ様、ただいま節電ロボ警戒レベル4が強制停止いたしましたが、何かありましたでしょうか」
「あんまり節電節電うるさいから電源切ったの。これも節電でしょ」
「いいえ、私共のロボットは、超低燃費の自然エネルギーを使用しておりますのでご心配には及びません。ところでスズキ様、私共で検討いたしました結果、スズキ様にはレベル5のロボットがふさわしいと思いますので、そちらに切り替えます」
「えっ、レベル5? 最高レベルじゃん。やだよ」

「節電ロボ・レベル5、ただいまより発動いたします」

「おい、冷蔵庫のドアは一回2秒だ。2秒で閉めろ」
「エアコンの温度は28度だ。たまの換気も忘れるな」
「コンセントのスイッチはこまめに切る。つけた電気は必ず消す」
「地球温暖化でどこかの島が無くなってもいいのか」
「地球の温度が上昇し続けたら、災害も増えるんだぞ」
「わかったか。守れなかった日は腹筋30回だ」

「うわああ、暑苦しい」

ブチッ

nice!(12)  コメント(8) 

異星人と犬 [コメディー]

若い女が、ベンチで水を飲んでいる。
傍らには、やや大きめの犬がいる。
「犬の散歩」という行為の途中で、のどが渇いて休んでいるのだ。
横顔しか見えないが、なかなかの美人だ。
身なりもいい。服もシューズも高級品だ。
彼女に決めるか。いやしかし、犬が気になる。
犬は敏感だ。余計なことを感じ取ってしまうかもしれない。

私は、遠い星から来た。今はまだ体を持たない。水のような流体だ。
ターゲットを探している。性別はどちらでもいいが、女の方に興味がある。
すうっと入り込み脳を支配して、地球人に成りすますのだ。
そして我々の星にとって有益なデータを持ち帰ることが目的だ。
誰でもいいわけではない。容姿は重要。生活水準も高い方がいい。
あの女は、大企業の重役秘書をしている。申し分ない。
犬さえいなければ。

私には時間がない。地球時間で5時間以内に入り込まないと、気体になって宇宙に戻ってしまうのだ。
意を決して、女に近づいた。耳の穴から入り込む。一瞬で終わる。
一気に飛び込もうとジャンプした私の前に、犬が突然現れて大きく吠えた。
しまった。犬の中に入ってしまった。

「ジョン、急に吠えてどうしたの?」
女が、私の頭を撫でている。どうしたものか。
地球人については学習してきたが、犬についてはまったくの無知だ。
逃げようと思ったが、首から紐状のもので繋がれている。
「お腹空いたのね。帰りましょ」
とりあえず、犬になりきって様子を見よう。そしてチャンスを狙って女の方に移るのだ。
立ち上がって歩き出した私を見て、女が目を丸くした。
「ジョン、2足歩行が出来るの? すごいわ。ちょっと待って、動画撮るから」
しまった。犬は4本足だった。

それから私は「人間みたいな犬」として、ユーチューブでバズりまくった。
ソファーでテレビを見たり、フォークを使って食事をしたり、人間用のトイレで用を足したりするところをネットで晒された。
屈辱だったが、女と同じベッドで寝られることだけは、まあよかった。
女は優しくて、いつも私を撫でてくれた。
「いい子、いい子」と褒めてくれたし、おやつもくれた。
女が眠っている間に、犬の身体から女の身体に移動することは容易い。
しかし女の無防備な寝顔を見ると、なぜか躊躇してしまうのだ。

ある日、散歩中に女子高生が近づいてきた。私のファンだという。
「人気ユーチューバー犬のジョン君、こんにちは」
彼女は私の耳元でささやいた。
「23:55に集合よ。帰還命令がきたわ」

いよいよ星に帰る日が来た。私は犬の身体から、そうっと抜け出した。
最後に女の顔を見る。あどけない顔で眠っている。天使のようだ。
ありがとう。有益なデータは手に入らなかったが、地球の女の美しさを十分に伝えよう。

そのとき、急に犬が吠えた。
女がぱちりと目を開けて、私を見た。しまった。見られたか。

「ちょっとジョン、こんなところでオシッコしないでよ。もう、バカ犬!」

あっ、私、液体だった……。

nice!(12)  コメント(6) 

祝! 1,100記事 [コメディー]

本日は、「りんのショートストーリー」1,100話記念パーティにお越しいただきましてありがとうございます。
このブログを始めて12年。
1,100ものお話を、どうにかこうにか書いてこられたのは、ひとえに読者の皆様のおかげでございます。
心より御礼申し上げ……

ん? なにやら外が騒がしいですね。
何事でしょう?

「りんさん、乱入者です。招待状もないのに、りんさんに会わせろと数人の男女が……」
「何ですって? おめでたい席なのに、追い返しなさい」
「いや、もう入ってきちゃいました」

「りんさん、原稿料がぜんぜん振り込まれてないけど、どういうことなんだ」
「払ってもらわないと住宅ローンが」

ヤバい。私のゴーストライターたちだわ。

「おとぎ話(笑)の原稿料、12までしかお金もらってないわよ」
「俺のミステリーの原稿料が先だ」
「コメディ散々書かせておいて、笑い事じゃすまないぞ」
「今すぐ耳を揃えて払ってくれ」

「りんさん、これはどういうことですか? あなた、ブログを誰かに書かせていたんですか?」
「だって、1,100も書いてたら、ネタも尽きるでしょう」
「おかしいと思ったんですよ。いろんなジャンルの話を一人で書いていたなんて、無理があると思っていたんです」
「仕方ないじゃないの。たまにはスランプもあるのよ」

「あの~、夏に向けてホラーを2本ほど書いてきたんですが、前払いで頂けませんか」
「こっちが先だ。ミステリーの原稿料、早く寄越せ」
「おとぎ話(笑)の原稿が先よ」

「もう、パーティがめちゃめちゃですよ。どうするんですか、りんさん」
「りんさん」「りんさん」「りんさん」

「りんさんってば、起きてよ」
「はっ、夢だったの?」
「キーボードの上で寝ないでよ」

なんだ夢か。そうよね。この1,100話は、正真正銘、全部私が書いたものよ。

「りんさん、いいから早く次の話書いてよ。締め切りが迫っているのよ」
「ああ、そうでした。ちなみに、原稿料、前払いにしてもらえる?」
「しがないゴーストライターが、ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
「はい、すみません」


というわけで、おかげさまでブロブの記事がなんと1,100話になりました。
いつも読んでくれてありがとうございます。
これからも、ゴーストライターを使わずに、コツコツ書いていきます。
よろしくお願いします。
ちなみに私、誰のゴーストライターもやっていません(笑)


nice!(11)  コメント(12) 

猫の恋 [コメディー]

「ねえ、パルくん。猫の恋って春の季語なんだって」
菫ちゃんが僕の背中を撫でながら言った。
この前まで漫画しか読まなかったのに、歳時記なんか買って来た。
「パルくんは去勢しているから、恋はしないよね。なんか可哀想だな。恋を知らずに一生を終えるなんて。あっ、一句浮かんだ」

― 縁側に 並んだ二匹 猫の恋 ―

なんじゃそりゃあ。小学生か。
僕を膝に乗せて、作った俳句を読んで聞かせるんだけど、これがまあ、交通安全の標語みたいな迷句ばかり。聞く方の身にもなってよ。

きっかけは、アパートの隣に越してきて大学院生だ。
大学で俳句の研究をしている彼に、菫ちゃんはひとめぼれ。
すっかりのぼせているというわけだ。

「ねえ、パルくん。今度彼を夕食に誘おうと思うの。恋は胃袋からって言うじゃない」
菫ちゃんは、こう見えて料理はかなりの腕前だ。
今はカフェで働いているけれど、いつか自分の店を出すのが夢なんだって。

「こんにちは」
あっ、隣の大学院生が来た。
「歳時記を買ったとおっしゃっていたので、今日は僕が尊敬する高浜虚子の句集を持ってきました。ぜひ読んでみてください」
「キョ、キョンシー?」
「きょしです」
「ありがとうございます。あの、お礼に明日、夕飯を食べに来ませんか。いつも作り過ぎちゃうんです」
「いいんですか。助かります。コンビニ弁当に飽きていたので」

菫ちゃん、ガッツポーズ。
「やったわ、パルくん。明日はご馳走よ」
そう言いながら、高浜虚子をパラパラめくった。
「へえ、いいじゃん。キョンシー」
きょし、だけどね。

そして翌日、菫ちゃんは張り切っていた。
テーブルクロスに可愛いエプロン。僕までが、蝶ネクタイの首輪を付けられた。
スープにサラダ。メインはローストビーフとポテトのグラタン。
チャイムが鳴って彼が来た。
「わあ、美味しそうな匂いだな」
いらっしゃい、と、僕も挨拶代わりに足にすりすり。
するとその途端、彼が悲鳴を上げた。
「ね、猫を飼っているんですか? 無理です。僕、ネコアレルギーです。あれ、このアパート、ペットOKでしたっけ? ああ、ダメだ。かゆくなってきた。ごめん。帰ります」
呆然と、彼を見送る菫ちゃん。僕、余計なことしちゃったかな。
菫ちゃん、おたまを持ったまま膝から崩れ落ちた。
「猫がダメな人なんて、こっちから願い下げ」って言いながら、僕の頭を撫でて一句。

― この次は 猫好きな人 猫の恋 ―

だから~、なんじゃそりゃ。
残念だったね、菫ちゃん。でもさ、僕がいるじゃないか。
知ってる? 去勢した猫は、人間に恋をするんだよ。
実らないけどさ。

― 鳴かずとも ひそかに想う 猫の恋 ―

あれ、僕の方が「才能あり」じゃない?

Point Blur_20211102_222328 (1).jpg
パソコンに乗るネコ
邪魔です。


nice!(10)  コメント(8) 

コロナを知らない子どもたち [コメディー]

「大人って、いつも同じ話をするよね」
「あー、するする。あなたが生まれたときは大変だったのよ~って、その話ばっかり」
「そうそう、コロナ禍だったから、誰も病院に来れなくてひとりで産んだって話」
「うん。入院中も心細かったって話」
「あのときの子が、もう14歳だなんて、って言いながら涙ぐむんだ」
「あー、うちも同じ」
「田舎のおばあちゃんにやっと会わせたのは2年後だった、とかね」
「あと、旅行に行けなかったとか、パパが家で仕事していてウザかったとか」
「そうそう、ママたちが集まるとその話ばっかり」
「コロナを知らないあなたたちは幸せなのよ~って、必ず言うよね」
「そりゃ知らないよね。赤ちゃんだったんだから」

「あとさ、先生も何かにつけてコロナ持ち出すよね」
「ああ、修学旅行も遠足も行けなかった話ね」
「卒業式や入学式が普通に出来るのはありがたいことだって言うけどさ、普通じゃないのがわからないもん。何をありがたがればいいわけ?」
「でもさ、バンドのライブやコンサートも中止になったって話だよ」
「それはちょっとキツイね」
「それでかな。うちのママ、今ライブ行きまくってるよ」


「こら、君たちいつまでも喋ってないで帰りなさい」
「あ、ヤバい。先生だ」
「みんな近づきすぎだぞ。密だぞ。離れなさい」
「出たよ。密!口癖か」
「ほら、帰りなさい。昇降口で消毒するんだぞ」
「はあい。先生さようなら」


「あーあ、密ってなんだよ」
「しょうがないよ。もう癖になってるんだ。うちのパパもたまに言うもん」
「あれ、前歩いてるの、ガリ勉くんじゃない?」
「本当だ。おおいガリくん、本読みながら歩くと車に轢かれるよ」
「ああ君たち、今帰り?」
「何読んでるの?」
「受験に出そうなワードを暗記してたんだ」
「どんな単語?」
「ソーシャルディスタンス、クラスター、三密、人流、アマビエ、不織布、アベノマスク」
「アベノマスク、家にあるかも」
「うちにもあるよ」
「そんなのテストに出る?」
「ソーシャル……なんだっけ?」
「ゴホ、ゴホ。風邪かな。あれ?みんなどうしたの?急に距離とって」
「あっ、つい。誰かが咳したら2メートル離れるように親に言われてるから」
「そう!それがソーシャルディスタンス!」
「そっか~」
あははははは

こんな日が、必ず来るよ^^

nice!(9)  コメント(8)