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ママの第二ボタン [男と女ストーリー]

ブラウスのボタンが取れちゃったから、似たようなボタンを探そうと思って、ママの裁縫箱を開けた。
ママの裁縫箱には、とにかくたくさんのボタンが入っている。
その中に、男子学生の制服のボタンがあった。
「ママ、これって、第二ボタンってやつ? 卒業式で彼氏からもらうやつ?」
「あー、そうだね。制服の第二ボタンだね」
「誰にもらったの? JKだったころの彼氏?」
「憶えてないわね」
「うそ。今でも大切に取ってあるのに、憶えてないの?」
「憶えてないわよ。そんな昔の話」

ママの初恋の人って、全然想像できないんだけど。
パパとは、30歳を過ぎてからお見合い結婚したって聞いた。
ママは年頃になっても全然恋人が出来なくて、おばあちゃんの方が焦って相手を探したそうだ。
当たり前だけど、ママにもちゃんと初恋があったんだよね。どんな人だろう。
ママは面食いじゃないよね。だってパパを選んだんだし。あっ、パパを選んだのはおばあちゃんか。

翌日、おばあちゃんの家に行って、ママの卒業アルバムを見せてもらった。
ママはメガネに三つ編みの、いかにも優等生って感じだ。
「本当に真面目な子でね、彼氏なんていなかったと思うよ。あたしが知る限り、第二ボタンをもらうような男の子はいなかったわね」
「そうか。ねえ、おばあちゃん。パパとママはお見合い結婚なんでしょう」
「そうよ。3回目のお見合いで決まったの。それまでは全然乗り気じゃなかったのに、あんたのパパとはビックリするほど早く話が進んだのよ」
「好みのタイプだったのかな?」
「同じ年だし、話が合ったんでしょ」
「今も仲良しだよ。おばあちゃん、すごいね。私もお見合いしようかな」
「何言ってるの。あんたはまだ高校生でしょ」

結局ママの初恋に関しては、何もわからなかった。
夜、帰って来たパパに聞いた。
「ねえパパ、高校の卒業式の日、第二ボタン誰かにあげた?」
「いや、あげてないよ。パパが卒業したのは男子校だしな。あっ、でも、第二ボタン取られたことあるな」
「取られた? 男子校で? それってBL?」
「違う、違う、パパは家の都合で一度転校してるんだ。前の高校が共学で、転校する日にボタンを取られた。話したこともない女子がいきなりハサミを持って近づいてきて、パパの第二ボタンを取っていった。ビックリしたよ。刺されるかと思った」
「あはは。第二ボタン強盗だね。その女の子、パパのことが好きだったんだね。意外だな~。ちっともイケメンじゃないのに」
「パパだって昔はイケメンだったぞ」
「えー、マジで。ねえママ、どう思う?」

振り向くと、キッチンバサミを持ったママが、真っ赤な顔をしていた。
「ママ。ハサミ怖いよ」
「あっ、ごめん。海苔を切っていたら、話が聞こえて……」
パパがポカンと口を開けて、ハサミを持ったママを見ている。
「あのときと同じだ」

まさかの展開! 第二ボタン強盗はママだった。
あのボタンは、パパのボタンだった。
憶えてないなんて嘘。言えるわけないよね、無理やり取ったボタンだなんて。
あのボタンのおかげか、おばあちゃんのおかげか、ママはパパに再会して結婚を決めて、そして私が生まれたんだ。
ひとつのボタンにも、物語があるなあ。

もうすぐ大好きな先輩の卒業式。
ネクタイもらおうと思ったけど、やっぱりボタンにしようかな。

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コロナ禍の恋 [男と女ストーリー]

あの人は、病室の窓からいつも手を振ってくれた。

彼が交通事故で入院したと聞いてから、私は生きた心地がしなかった。
すぐにでもお見舞いに行きたかったけれど、コロナのせいで面会禁止。
事故でスマホも壊れたらしく、電話もメールも通じない。
心配で眠れない夜を過ごし、病院の裏庭で彼の病棟を眺めた。
命に別状はないと言っていたし、一目でも顔が見たいと思った。

そして5階の端の窓からあの人の姿が見えたとき、私の胸は大きく高鳴った。
ドキドキし過ぎて倒れそうなくらいだった。
「気づいて、気づいて」と念を送ったけれど、あの人は看護師との話に夢中で、私にまるで気づかない。
だけど逢えたことが嬉しくて、私は翌日も同じ時間に同じ窓を見た。
あの人が見えた。今日は、看護師はいない。
思い切って手を振ってみた。
「気づいて。私はここよ」
念が通じて、あの人が私を見て、少し戸惑いながら遠慮がちに手を振り返してくれた。
奥に昨日の看護師がいるのかもしれない。
はにかんだ笑顔が素敵。

それから毎日、同じ時間に彼の病棟を眺めた。
雨にも負けず、風にも負けず、花粉にも負けず、欠かさず出かけた。
そして私たちは、ほんの短い時間、見つめ合って手を振り合う。
触れ合えなくても、言葉を交わせなくても、気持ちは通じ合っている。


そしてついに、その日が来た。
彼が入院して1か月半、コロナが5類に移行して、面会が可能になった。
私はすぐに病院に行って、彼と面会をした。
5階の談話室に、松葉杖の彼が来た。
「リハビリきつくてさー。でももうすぐ退院できそうだよ」
「あらそう」
そんなことはどうでもよかった。
「トイレに行く」と嘘をついて、私は部屋を出た。
5階のいちばん端の部屋に行きたくて。
そう、私が会いたいのは彼じゃない。
毎日5階の端の窓から手を振り合った「あの人」。
たぶん、この病院のお医者さん。
一目惚れなの。あの人に会った途端、彼のことなんか頭の中からすっかり消えた。

いちばん端の部屋は「プライベートルーム」の札が掛かっていた。
患者さんは入れない。やはりあの人はお医者さんだ。
「どうしたの?」
いつのまにか彼が後ろに立っていた。
「そこ、医者の喫煙室だよ。もちろん患者は入れないし、喫煙室ってことも、一応秘密になってるらしい。今は色々うるさいだろ。それにさ、さぼりに来てる医者もいるらしいよ。ほら、ちょうど出てきた」

喫煙室から出て来たのは、あの人だった。
続いて、髪が少し乱れた看護師が赤い顔で出て来た。
あのときの看護師だ。何をしていたかは想像できる。
あの人は私をちらりと見て、すぐに視線を戻した。
「あの医者、常習犯」
彼が耳元で言った。

なあんだ。近くで見たら、全然大したことないじゃない。
ガッカリだ。一時の気の迷いってやつだ。そもそも私、彼氏いるし。

「ねえ、退院したら、美味しいもの食べに行こうね。リハビリ頑張って」
私は彼の手を優しく握った。





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誓約書 [男と女ストーリー]

ユウコがめそめそ泣いている。
梅雨の雨みたいに鬱陶しい。
「ごめんね、キミちゃん。私、泣き上戸なの」
どうやら彼氏が浮気をしたらしい。

「別れなさいよ。そんな男」
ユウコは首を横に振った。
「彼、すごく反省してるの。二度としないって約束してくれたの。だからね、今回は許すことにしたの」
「えー、そういうやつに限ってまたやるんだよ」
「私は彼を信じるわ」
きっと、30歳手前で別れるのが嫌なんだろうな。
そういう男は、結婚してからも浮気するに決まってる。

「ねえユウコ。誓約書を書かせなさいよ」
「誓約書?」
「そう。今度浮気したら、罰金50万円」
「50万?」
「そう。慰謝料よ。二度としないと誓うなら、そのくらいの覚悟がないと」
「そうか。慰謝料なら、500万くらい欲しいけど」
「ダメダメ、無理のない金額の方がリアルでいいわ」

そうしてユウコは、彼に誓約書を書かせた。
自筆のサインと拇印まで押させた。
ここまですれば大丈夫、とユウコは自信満々。
しかし彼は、数か月後、やはり浮気した。

「あーあ、キミちゃんの言う通りだったね」
温泉につかりながら、ユウコがため息をついた。
「まあ、別れて正解だよ。あんな男」
「相手は行きずりの女って言ったけど、ワイシャツにまっ赤な口紅つけたり、車のシートの隙間に安っぽいイアリング落としたり、かなりの性悪女だわ」
「どんな女でも、浮気は浮気よ」
「信じた私がバカだった」
「ねえユウコ、このあとエステ行こうよ。それからバーでカクテル飲もう」
「そうだね。豪遊しよう。50万もあるんだから」

あー、極楽、極楽。
罰金の50万円で、女二人の温泉旅行。
ユウコは傷心旅行、私は慰安旅行ってところかな。
費用はすべてユウコ持ち。
性悪女なんて言われちゃったけど、あの浮気男からユウコを守れたし、全て計画通りだ。

「ねえ、キミちゃん、彼からもう一度やり直したいってメールが来た」
「はあ?しつこい奴だな。まさか応じるわけじゃないよね」
「でも、彼、私じゃなきゃダメだって」
「じゃあ誓約書を書かせよう。今度は罰金100万円」

ああ、また計画立てなきゃ。
100万だったら、海外行けるな。


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傘がない [男と女ストーリー]

電車を降りるとザーザー降りだ。
カバンに入れたはずの傘がなかった。
困ったな。タクシーは行列が出来ている。
コンビニまで走って傘を買うか。
だけどちょっと走っただけで、ずぶ濡れになりそうな雨だ。

女が隣に立って、傘を広げた。
「よかったら、コンビニまでご一緒しませんか?」
「えっ、いいんですか。肩が濡れてしまいますよ」
「構いませんよ。困ったときはお互い様。さあ、どうぞ」
女が開いた傘は、僕の傘にとても似ていた。
どこにでもあるチェック柄だけど、僕の傘には柄のところにJの文字が刻まれている。
僕の名前の頭文字だ。
「僕が持ちますよ」
そう言って傘を受け取って柄を見た。Jが刻まれている。

「あの、これはあなたの傘ですか?」
「違います。電車の中で拾ったんです」
「拾った? じゃあやっぱり、これは僕の傘だ」
「まあ、そうでしたか。届けようと思ったんですけどね、この雨でしょう。つい、持ってきちゃって」
「構いませんよ。返してもらえたら」
「では、コンビニまでご一緒したらお返しますね」
女はすまなそうに小さく笑った。
かわいい人だ。こんな出会いもいいかもしれない。

それにしても、カバンに入れていたはずなのに、どうして落ちたんだろう。
何かを取り出したときに落としたのかな。
寝ているあいだに落ちたかな。
ぜんぜん気づかなかったけど。

ふたりで並んで歩いた。
女の体が触れるたびにドキドキした。

コンビニに着いた。
「ありがとうございました。では私は、傘を買って帰りますね」
「こちらこそ、傘を拾ってくれてありがとう」
「雨が強くなってきましたよ。さあ、早く帰ってください」
「また会えるかな」
「同じ電車を利用しているんです。きっと会えますよ」
女は笑いながら手を振った。
そうだ。これが運命なら、きっとまた会える。

歩き出してから、家に何もないことを思い出した。
「弁当とビールでも買うか」
引き返してコンビニに行くと、女がレジで金を払っているところだった。
「あれ? その財布」
似ている。っていうか、僕の財布だ。

「その財布は、あなたのですか?」
女がにこやかに答えた。
「違います。さっき拾いました」


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二階の女 [男と女ストーリー]

二階の部屋の女が、コンビニ弁当を持ってやってきた。
「温めさせてくれる? 電子レンジが壊れちゃったの」
彼女は唐揚げ弁当をチンして帰った。

彼女は、翌日も来た。
「チンさせて」
「コンビニで温めてもらわなかったの?」
「アツアツが食べたいのよ、あたし」
「レンジ壊れてるのに?」
彼女はその日も、唐揚げ弁当をチンして帰った。

毎日来た。
一週間後には、チンした後ソファーに座って食べ始めた。
「ちょっと、自分の部屋で食べてくれよ」
「だって、プレゼンの資料でテーブルが埋まってるんだもん」
「早く新しい電子レンジ買いなよ」
「忙しくて電気屋行けないんだもん。いいじゃないの。食べたらさっさと帰るから」

彼女はだんだん図々しくなる。
ソファーで弁当を食べながら、ビールまで飲む。
「最近面白い番組ないわねえ」と言いながら、テレビを見る。
寝そべって、スマホゲームをする。

一か月後、さすがに我慢の限界だ。
「ねえ、いい加減、レンジ買いなよ」
「うーん、徒歩0分のところにレンジがあると思うと、買う必要ないかな~って思ってきたのよね」
「このレンジは僕のだ」
「ケチねえ」
「君が飲んでるビールも僕のだ」
「いいじゃん。細かいなあ」
彼女はそう言って、冷蔵庫から2本目のビールを出した。
「だから、それは僕の……」

彼女が振り向いて言った。
「ねえ、そろそろやめない? 家庭内別居」
「えっ、君が言い出したのに?」

お互いリモートで顔を合わせることが多くなり、小さなケンカが絶えなかった。
いっそ別々に暮らそうと言い出したのは君だ。
君が二階、僕が一階。
料理をしない君は、電子レンジと小さな冷蔵庫があれば充分だった。
快適快適、って言っていたじゃないか。

「なんかさあ、やっぱり不便だし、コンビニ弁当にも飽きちゃった。コロナも5類になったしさ」
「なんだよ、それ」
「それにさ、最近無性にあなたの煮込みハンバーグが食べたいの。あなたもそろそろ作りたくなったんじゃない?」
「勝手だな」
そう言いながら僕は、頭の中でハンバーグの具材を考えていた。

ナツメグ、あったかな?

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苦くて泣いた [男と女ストーリー]

今日はバレンタインデー。
甘いものが苦手なアキラさんのために、腕を振るってご馳走を作った。

「ただいま」
「おかえり。早かったね」
「うん。1本早い電車に乗れたんだ」
「よかった。じゃあご飯にしよう」
「うん。あれ、すごいご馳走だね。何かあったっけ?」
「バレンタインデーだから、一応」
「ああ、そうか。そういう行事、結婚すると忘れるもんだな」

アキラさんと向かい合って夕飯を食べる。
このひと時が、一番好き。
じっくり煮込んだビーフシチュー。赤ワインとチーズもある。

「ねえアキラさん、誰かからチョコもらった?」
「もらわないよ。バレンタインデーだってことも忘れてたんだから。それに、今どき職場で義理チョコもないだろ」
「結婚前はどうだった? たくさんもらった?」
「そんなにモテないよ、おれ」
「またまた。白状しなさいよ。人生でもらった本命チョコの数、教えてよ」
「やめてくれよ。刑事の尋問みたいだよ」
「あはは。ごめん。でもさ、甘いもの苦手だから、もらっても困るでしょ」
「まあ、そうだね」
「そう思って私、チョコ買ってないよ」
「いいよ。期待してないし」
楽しい。おしゃべりしながらのディナー、楽しい。

すごく楽しかったのに、玄関のドアが開いた。いちばんのお邪魔虫が帰って来た。
「ただいまー。なに、美味しそうな匂い」
姉だ。
「お姉ちゃん、夜勤じゃないの?」
「代わってもらったの。ここのところ夜勤多かったから」
姉は看護師をしている。姉の夜勤日には、こっそりハートマークをつけている。
アキラさんと二人になれるから。
「ビーフシチュー美味しそう。あたしの分ある?」
「あるけど」
「料理上手な妹がいて助かるわ。ねっ、アキラ」
「そうだね。おかげでおれ、太ったかも」
「じゃあ、もっと太らせてあげるね」
姉がそう言って、鞄からチョコレートを取り出した。
「はい、本命チョコ」
「ありがとう」
アキラさんは、嬉しそうに受け取った。
甘いもの苦手なのに。いかにも安っぽいチョコなのに。

アキラさんは、姉のダンナ。つまり私の義兄だ。
姉妹で暮らすこの家に、転がり込んできた図々しいヤツ。
私の料理を残さず食べるヤツ。
私を本当の妹だと思っている鈍いヤツ。

「じゃあ、あとは夫婦水入らずで、ごゆっくり」
私は部屋に引き上げた。分かってる。邪魔なのは私の方だって。
本当は買ってあったカカオ90%のビターチョコ。
包みを開けて自分で食べた。

あまりに苦くて涙が出た。

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運命の初夢 [男と女ストーリー]

初夢を見た。
夢の中に、見知らぬ女性が出て来た。
顔はぼんやりしているけれど、会ったことのない女性だ。

数日後、同僚の中村にその話をした。
「単なる夢だから普通は気にしないんだけどさ、初夢だから気になって」
「ふうん。初夢には意味があるって言うもんな。おまえさ、占いとか信じる?例えば血液型占いとか」
「信じないよ。おれ、B型だから、どうせ良いこと言われないし」
「あっ、おまえB型か。まあ、信じる信じないは別として、夢占いをしてみないか。知り合いに当たるって有名な占い師がいるんだ」
「えー、そういうのって高いだろ」
「店を構えてるわけじゃないんだ。だから知り合いしか見ない。連絡とってやるから、会ってみろよ」

中村に言われて、会うことにした。
何しろ中村は、会社でいちばん信用できる男だ。
仕事はできる、家庭を大事にする、先輩にも後輩にも好かれている。

週末、指定された喫茶店に行くと、奥の席に、髪の長い黒いワンピースの女性がいた。
僕に気づいた女性は、黒い瞳で僕をじっと見て会釈した。
「中村さんの紹介ですね。どうぞお座りください」
かなりの美人だ。ぼくはすっかり見とれてしまった。

「それは、運命ですね」
彼女が突然言った。
「運命? 夢に出て来た女性が、ということですか? 僕の顔を見ただけで分かるんですか?」
女性は、何故かうつむきながら頬を赤くした。

「実は、私も初夢を見たんです。見知らぬ男性が出てきました」
「あっ、そうなんですか」
「ええ、それで、あなたを見たときハッとしました。私の夢に出て来た男性が、あなただったからです」
「えっ」
そう言われてみたら、僕の夢に出てきた女性は、彼女だった気がする。
こらは、運命以外の何ものでもないだろう。


3か月後、僕と彼女は結婚した。
初めて会った日、彼女と僕は結ばれて、彼女の中に新しい命が芽生えた。
時間なんか関係ないんだ。運命だったんだ。

「おめでとう」と中村がお祝いしてくれた。
「中村君のおかげだよ。出会って2か月半で妊娠を告げられた時は驚いたけどさ、これも運命だったんだな」
「運命か」
中村は、嬉しそうにビールを飲んだ。
自分のことみたいに喜んでくれて、本当にいいやつだ。

「本当に運命だな。おまえが俺と同じB型だったことが」
「ん? どういう意味?」
「いや、特に意味はないよ。いい家庭を築いてくれ」
中村が僕の手を握った。痛い。力強すぎ。
まったく、熱くていいやつだな。

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ホチキッス [男と女ストーリー]

中条さんは文房具マニアだ。デスクの上は遊園地みたいだ。
パラソルみたいな七色のマーカーや、マーブル模様のボールペン、ハサミはワニの形だし、定規はピアノの鍵盤になっている。

瀬尾君は、この部署に移動して半年になる。
へんてこな文房具を愛する中条さんが気になっている。
中条さんは、誰にでも惜しげなく文房具を貸す。
マカロンみたいな消しゴムも、パンダの付箋も、カタツムリのセロテープも笑顔で差し出す。
だけど、なぜかホチキスだけは、誰にも貸さなかった。

ある日瀬尾君は見てしまった。
中条さんの引き出しに、ひっそり収まるホチキスを。
それは古い紺色のホチキスだった。カラフルなハートのクリップの隣で、それはやけに地味だった。
瀬尾君は不思議に思った。なぜそれだけが正統派の事務用品なのだろう。
可愛いホチキスって売っていないのかな。
地味だから誰にも貸したくないのかな。

「あのホチキスは、中条さんの恋人の形見だよ」
飲み会の席で、先輩社員が言った。
「同じ職場に恋人がいたんですか」
「ああ、結婚話も出てたけど、3年前に事故で亡くなったんだ」
瀬尾君は思った。
中条さんがヘンテコな文房具を集めるようになったのは、彼の形見のホチキスが寂しくないように、引き出しをカラフルにしているのかもしれない。
彼女の笑顔の裏には、どれだけの悲しみが隠れているのだろう。
くるくる回る地球儀が付いたシャープペンシルも、光るロボット型の電卓も、きっとあのホチキスにはかなわない。

すっかり冷え込んだ11月の下旬、瀬尾君は営業先のトラブルで、すっかり帰りが遅くなった。
誰もいないと思ったら、オフィスに弱い灯りが点いていた。
残っていたのは中条さんだ。彼女がこんな遅くまで残業しているなんて珍しい。

中条さんは、あのホチキスを見ていた。
包みこむように両手に乗せて、愛おしそうに眺めている。

中条さんは、そっと唇を寄せて、ホチキスに優しくキスをした。
瀬尾君は、慌てて身をひるがえし、忍者のようにロッカーの陰に隠れた。
中条さんは、暫く頬を寄せていたホチキスを仕舞って、静かに立ち上がった。
歩き出した彼女が泣いていたのは、暗くても何となくわかった。
中条さんは時おり、誰もいなくなったオフィスで、恋人が残したホチキスを抱きしめているのだ。

彼女が帰った後、瀬尾君はそっと引き出しを開けた。
古くて地味な紺色のホチキスに、中条さんの唇の跡が付いている。
さくら貝みたいに可愛らしい唇の跡がライトに浮かび上がっている。
瀬尾君は、愛おしくてたまらない気持ちになった。
間接キス……したい。

瀬尾君は、ホチキスを取り出して、中条さんの唇の跡が残ったところに自分の唇を近づけた。
唇が触れそうになった時、突然ホチキスがパックリ口を開けた。
「えっ?」と思ったのもつかの間、ホチキスは瀬尾君の下唇にガシャンと針を刺して、どこかへ消えてしまった。
「いててて。すみません。もうしません」
瀬尾君は、ヒイヒイ言いながら、ホチキスの針を外した。
血がにじんだ口の中は、錆びた鉄と情けない罪悪感の味がした。

翌日、中条さんは引き出しを開けて、ホチキスがないことに気づく。
だけど彼女は、まるで気にしない。
いつか別れが来ることを、わかっていたようだ。
「瀬尾君、今度ホチキス買いに行くの、付き合ってくれる?」
「も、もちろん」
微笑む中条さんの唇に、思わず赤面する瀬尾君だった。

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ただの幼なじみ [男と女ストーリー]

幼なじみの太一が嫁をもらった。
東京の大学で知り合って、卒業と同時に式を挙げたって。
お金がないから、地元に帰って親と同居するらしい。
同居ってことは隣に住むんだ。嫌でも顔を合わせるしかない。

太一とあたしは、小学校から高校まで、ずっと一緒に通った。
朝はどちらかが迎えに行き、帰りも一緒に帰った。
どちらかが部活で遅いときは、待ってて一緒に帰った。
まるで付き合っているみたいだった。将来結婚するかもって、ちょっと思っていた。
でもまあ、そう思っていたのはあたしだけ。
太一にとっては、隣に住んでいるだけの、ただの幼なじみ。
「あーあ、家出ようかな。でも就職したばっかりだしな」
つぶやきながら隣の窓を見た。もうすぐ、太一と嫁が帰ってくる。

「おはよう。麻衣子さん」
「おはよう。実花さん」
太一の嫁の実花さんと、毎朝挨拶を交わす。
「行ってらっしゃい」と、実花さんに見送られて、太一と一緒に歩き出す。
太一の就職先は、あたしと同じ会社だった。
この辺りでいちばん大きな工場で、太一は営業部、あたしは総務部だ。
「ねえ太一、会社が同じだからって、毎朝一緒に行くことないんじゃない?」
「だって、同じ場所に同じ時間に行くんだから、一緒に行くのは必然だろ」
「いや、だけどさ。実花さんが気にするでしょう?」
「えー、気にするって何を?」
相変わらず、鈍感な奴。女心がわからない。
帰りも、残業や部署の飲み会以外は一緒に帰る。
これって学生時代と同じだ。まずい。封印した気持ちがよみがえりそうだ。

1か月後、実花さんが訪ねて来た。太一が職場の飲み会でいない夜だ。
きっと、太一と一緒に会社に行くのをやめて欲しいとお願いに来たのだ。
「麻衣子さんにお願いがあるの」
ほら来た。
「麻衣子さん、知っていると思うけど、太一君って、すごくモテるの」
あっ、そうなの?
「大学にもバイト先にもファンがいたの。でもね、太一君って鈍感だからそういうの、全然気づかないの」
うん、それは分かる
「でね、私、太一君に色目使う女を最大限のパワーでブロックしてきたのね」
ラ、ラスボスか?
「でもさ、会社ではそうはいかないでしょう。一緒に行くわけにいかないし」
そりゃそうだ。妻同伴じゃ仕事にならないもん。
「会社って危険よ。オフィスラブとか社内不倫とか」
ドラマの見過ぎだよ。
「私、麻衣子さんが同じ会社だって聞いて、すごく安心したの。だって麻衣子さんがずっと目を光らせていたら、悪い虫がつかないでしょ」
はっ?あたしゃ防虫剤か!
「私ね、すごく不思議だったの。あんなにカッコよくて優しい太一君が、大学まで恋愛経験ゼロだなんて信じられなかった。だけどね、小学校から高校まで、登下校が常に麻衣子さんと一緒だったと聞いて納得したのよ。麻衣子さんがいたから、誰も彼に近づけなかったの」
えっ、あたし、結界張ってた?
「だからね、これからも太一君を守って欲しいの」
お願いって、それ? あたしゃボディガードか!

「あの、実花さん、ひとつ聞いてもいい?」
「なあに?」
「あたしのことは、心配じゃないの?」
「ぜんぜん。だって、ただの幼なじみでしょう。あっ、太一君からラインきた。もうすぐ帰るって。ねえ、飲んできた夫にお茶漬けを出すのって、妻の務めかしら?梅と鮭どっちがいいと思う?じゃあ帰るね。主婦って、いろいろ大変なんだよ」
実花さんは、嬉しそうに帰って行った。

まったく、鈍くて空気の読めない夫婦だな。
それにしても、ただの幼なじみって、不憫な生き物だ。

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ルール [男と女ストーリー]

55歳の姉が結婚するらしい。
シニアの婚活サイトで知り合った人で、姉より一つ上の56歳。
共に初婚だという。

「結婚する前に彼に会って欲しいのよ。経済的に問題はないし、穏やかでいい人なの。それにね、月の半分は日本にいないんですって。シンガポールに支店があって、そちらに行くらしいの。ねえ、好条件だと思わない?」

確かに、経済力があって束縛されない生活なんて、55年もひとりで生きて来た姉にとってはこれ以上の条件はない。

土曜日、ホテルのレストランを予約して、3人でランチをすることになった。
姉の婚約者の木村は少し遅れてやってきた。
背が高くてスマートな人だ。物腰も柔らかく、かなりの好印象だ。
「結婚しても束縛するつもりはありません。夫婦というより、人生のパートナーとして共に暮らしていきたいと思っているんです」
「素敵ですね。ところで、これまでご結婚を考えたことはなかったんですか」
「海外に行くことが多いのでね、なかなか出会いがありません。お付き合いをしても、半分は海外ですから、結局うまくいきません」
姉は木村の言葉にいちいち頷いている。
「きっと私と出逢うために、独身でいてくれたのよ」
夢見る少女みたいな言って、彼の肩にそっと寄り添った。

「僕は、このあと商談があるので」と木村が言ったので、店を出ることにした。
姉が、すっと伝票を持ってレジに向かった。
勿論、男が払うのが当たり前などとは思わないけれど、さも当然のように上着を羽織る木村に、少し違和感を覚えた。

「では、また」「連絡するね」
そう言って、ふたりは別れた。
帰り道、姉に訊いた。
「食事代、いつもお姉さんが払うの?」
「誘った方が払うの。そういうルールにしたのよ。気を遣わなくていいでしょ」
「向こうが誘ったら向こうが払うのね」
「そうね。でも、向こうから誘われたことはないかな」
「えっ、何それ。いつもお姉さんが払ってるんじゃない」
「仕方ないよ。ルールだもん」
おかしい。絶対おかしい。どうして疑問を持たないの?

次の週末、今度は私が二人を誘った。
老舗の鰻屋で少し遅めのランチをした。
和やかな食事の後、伝票を広げて言った。
「ひとり3,500円です」
木村が「えっ」という顔をした。
「誘った方が払うルールは、私には通用しませんよ。今日は割り勘です」
木村は、納得できないような顔で財布を取り出した。
高そうな財布には、数枚のゴールドカード。どうやら、自分のためには惜しみなく金を使うタイプのようだ。

「木村さん、3人で軽く飲みませんか。いいお店知ってます? 誘ってくださいよ。もちろん誘った木村さんの奢りでね」
木村は、「用事があるから」と、いくらか憤慨した様子で帰っていった。

その後、姉も何か気づいたのか、木村への連絡を絶った。木村からも連絡は来ず、結婚話は白紙に戻った。
あのまま結婚しても、姉は幸せだったかもしれない。
だけど、姉の財産は私が守らなきゃ。たった一人の身内だもの。
「お姉さん、結婚なんかやめて二人で暮らそう」
「そうねえ。姉妹で仲良く老後を過ごすのも悪くないかしらね」
「じゃあ、そうしよう」
「あんたが誘ったから、家賃はあんた持ちね」
ええ~。。。

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