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ケンカするほど……… [男と女ストーリー]

隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて、「またかよ」と彼が言った。
隣の夫婦は、ほとんど毎日ケンカをする。
「あんなに怒鳴り合って、よく疲れないな」
「体力消耗するよね。きっとすごくタフなのね、ふたりとも」
「こんなに罵り合っているのに、よく別れないよね」

私たちは、仲良しだ。ケンカなんてしない。
たまにしか会えないのに、ケンカしたらもったいない。
彼のために時間をかけて料理をして、大人の会話で夜を楽しむ。

『なんでビールがねえんだよ』
『あんたの稼ぎが少ないからだろう。飲みたきゃ自分で買ってきな』
『なんだその言い草は』

「ビールが飲めないだけでケンカしてるのか」
「大声出したら、余計に喉が渇くのにね」

茹で上がったパスタを皿に盛る。
生ハムのサラダとチーズの燻製を並べる。

『おまえのやりくりが下手なんだ。俺のせいにするな』
『あんたね、物価は上がってるんだよ。消費税も上がったんだ。上がらないのはあんたの給料だけだよ』
『それは俺のせいじゃねえ。国が悪い』
『じゃあ国にビール買ってもらえ』
『バカじゃね、金がないならお前も働け』
『働けるわけないだろ。お腹に子供がいるんだよ』

「へえ、お隣さん、子供が出来たんだ」
「どうりで奥さん、最近太ったと思ったわ」
「何だかんだ言って、仲いいじゃん」

赤ワインを注いで、彼の前に置く。

『あたしが里帰り出産している間に浮気したら、あんたを殺すからね』
『金もねえのに誰が浮気なんかするか、バーカ』
『じゃあ、あんた一生貧乏でいなよ』

「なんだよ、奥さん、ベタ惚れじゃん」
「そうだね」
「ケンカするほど仲がいいってやつか」
「そうだね」
「どうでもいいけど、やっと静かになったな」

彼が、ワインを口に運ぶ。奮発して買った、ちょっといいワイン。

「あなたもケンカするんでしょう。奥さんと」
「なんだよ、急に」
「家では安いビールしか飲めないって、前に言っていたでしょ」
「やめろよ、そんな話」
「私も一度くらい、あなたとケンカしてみたかったな」
「なんだよ。どうして過去形なんだよ」
「だってあなた、もうすぐ死ぬから」

ワイングラスが床に転がる。彼がゆっくり椅子から落ちる。
すごく勉強して、苦しまない方法を選んであげたのよ。

ねえ、お隣さん。男は金がなくても浮気するよ。
独占したくなるような、いい男だったらね。

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盆帰り [男と女ストーリー]

盆休みが終わったら、君が家を出て行く。
それは最初から決まっていたこと。
夕暮れの鐘が鳴る。午後5時なのに、日差しは容赦ない。
「もう少し、涼しくなってからにしたら?」
僕の提案に、君は小さく首を振った。
「これ以上はムリ。あなただって、私に居座られたら困るでしょ。新しい彼女がいるくせに」
「いや、だからそれは誤解だって」
「いいのよ。あなたの望み通り、私はもう消えるから」
君は静かに立ち上がり、部屋をぐるりと見て回った。
「捨てていいのよ。私のマグカップ」
「そうだね。何度か捨てようとしたけど、やっぱり勿体なくてさ」
「貧乏性。あんまりせこいと彼女に振られるわよ」
「だから誤解だって」

君は「じゃあ行くわ」と背を向けた。
僕は慌てて追いかけて、君を車に乗せた。
「送っていくよ」
「ありがとう。この車にも、彼女は乗った?」
「乗ってないよ。あのさ、何度も言うけど誤解だよ。彼女はただの同僚。しかも結婚してるし」
「やだ、ダブル不倫?」
「違うってば。君は昔から嫉妬深くて早とちりで、おまけに気が強くて泣き虫で」
「悪かったわね」
「君のようにインパクトがある女性を、3年やそこらで忘れられると思う?」
「出来れば一生忘れないで欲しいけど」

車は駐車場に着いた。
夕焼け雲が、高台の墓地をきれいに染めた。
僕の手には、手桶と花と線香。
君は白い顔で小さく笑って、ふわりと墓に帰って行った。
「来年のお盆に、また迎えに来るよ」
たぶん、この先もずっと、僕はひとりだ。

「だめだよ。私がめちゃくちゃ嫉妬するような彼女を見つけなさいよ。そうじゃないと張り合いがないわ」
線香の柔らかい煙の向こうから、君の声が聞こえた。
お盆で帰るたびに嫉妬されたらかなわないな。
僕はちょっと笑いながら、夕陽の階段をゆっくり降りた。

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真夏のマフラーとかき氷 [男と女ストーリー]

別れた恋人から小包が届いた。開けてみたらマフラーだった。
何だよ、これ。こんな真夏に嫌がらせか?
僕は頭にきて、元カノのサエに電話した。
「ああ、それね、タンスの中から出てきたから。あんたの忘れ物でしょ」
「わざわざ送らなくても。捨ててくれてもよかったのに」
「一日だって手元に置きたくなかったの。二度と見たくなかったのよ、あんたの物なんて。目が汚れるからね。本当はあんたの住所も名前も書きたくなかったよ。手が汚れるからね。それを無理して送ってやったのよ。感謝しなさいよ」
「はいはい」
ムカつきながら電話を切った。あいつは僕をゴキブリとでも思っているのか?
ああ、別れて正解。

一緒に暮らし始めて1年。別れる前はずっとこんな感じだった。
サエには、優しさと思いやりが欠如しているんだ。
マフラーを捨ててしまおうと箱から取り出すと、何だか柔らかいいい匂いがした。
「あいつ、わざわざ洗ったのか?」
バカみたいだ。どうせ捨てるのに。
元カノにもらったマフラーなんて持っていても、いいことなんかひとつもない。
ん? 元カノ? そうか。これはサエが編んだマフラーだ。
付き合い始めたころ、不器用ながら一生懸命編んでくれたマフラーだ。

「あんたっていつも背中丸めてるからさ、首が寒そうで見てられないんだよね。別に愛情とか込めてないから。そういうキモイことしてないから。巻きたきゃ巻けば」
サエはそう言って、マフラーをくれた。

ああ、そういえば、あいつは昔からああいうやつだった。
そういうところ、嫌いじゃなかった。
一緒に暮らし始めても、サエはずっと変わらなかった。
…っていうことは、変わったのは僕の方?

数日後、ふたりで暮らしていたアパートの近くまで行き、サエを呼び出した。
「何なの、急に。暇じゃないんだけど」
「いや、ちょっと用があって来たら、新しいカフェが出来ていたから。ここ、いつオープンしたの?」
「先月」
「ふうん。お勧めは?」
「知らないよ。あたしも初めて来たから」
「そうなの? 新しいカフェが出来たらすぐ行ってたのに、趣味変わった?」
「カフェ巡りを趣味にした覚えはないけど。それに、ひとりで入っても詰まらないでしょ」
サエは性格がきついから友達が少ない。出かけるときはいつも僕と二人だった。

「あ、かき氷がある。スペシャルメガイチゴフラッペとコーヒーにしよう」
「バカじゃないの。おなか壊すよ」
注文を済ますと、店員が「あの」と僕の顔を覗き込んだ。
「冷房、効きすぎてますか?」
「いえ、大丈夫です」
店員は、怪訝な顔で奥に下がった。
「別に普通だよね。冷房」
「あんたが首にマフラーなんか巻いてるからだよ。ホントにバカね」
サエが思い切り、呆れた顔をした。

このマフラーの意味を、僕は脳みそが溶けてサラサラの水になるまで考えた。
そしてひとつの結論を出した。
「あのさ、サエ、俺たちやり直そうよ」
サエが何か言おうとしたとき、タイミング悪く、スペシャルメガイチゴフラッペが運ばれてきた。

「すげえ。メニューの写真よりデカい」
「だからお腹壊すって言ったんだよ」
小学生を諭す母親みたいに、サエが腕組みをした。
「あんたがそのかき氷を、残さず食べたら考えてやるよ。かき氷食べるといつも頭が痛くなるくせに、ホントにバカだね」
サエが笑った。久しぶりに見る笑顔だ。
あ、キーンと頭が痛くなった。そんな僕を見て、サエがますます笑った。

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マリッジブルーの理由 [男と女ストーリー]

白川さんは、マリッジブルーに陥っていました。
周りからすれば、どうでもいいことで悩んでいたのです。
白川雪乃という美しい名前の彼女は、容姿も名前に負けないくらいきれいです。
白い肌、大きな瞳、血色のいい唇。雪原に咲く一輪の花のような美しさです。
会う人は必ずこう言います。私も言いました。
「お名前にぴったりの、きれいな方ですね」

そう、白川さんは、この名前を変えたくないのです。
結婚すれば苗字が変わります。夫婦別姓はまだ認められていません。
たとえ認められたとしても、頭の固い双方の両親はいい顔をしないだろうと、白川さんはうなだれました。

彼の名前は灰田といいます。結婚したら灰田雪乃になります。
まるで踏み潰されてぐちゃぐちゃになった路上の雪だと、白川さんは顔をしかめて訴えるのです。
「彼はステキな人よ。優しくて包容力があって、尊敬できる人よ。この先、彼のようなステキな人に巡り合える奇跡は起こらないわ」
問題は、苗字だけなのだと、白川さんは溜息をつきました。

「彼に、白川の姓を名乗ってもらったらどうですか?」
「無理よ。彼、ひとり息子だもの。彼が良くても灰田家のご先祖様が許さないわ」
さんざん悩んで気分もすぐれず、泣いた夜もたくさんありました。
それでも結婚式の準備は着々と進みました。

結婚式は6月の大安吉日。
梅雨の晴れ間の青空に、ステキな笑顔がそろいました。
白川さんは、マリッジブルーも何のその。晴れやかな顔で式に臨みました。
その花嫁姿は、新郎の灰田氏でさえも言葉を失うほど。
まるで時が止まったように見とれてしまう美しさです。
「私、今日から灰田雪乃になります」
優しく笑ったその顔には、一片の曇りもありません。

どんな心境の変化があったのでしょう。 
うふふ。それは、優秀なウエディングプランナーである私のおかげです。

数週間前、ドレスの試着にやってきた白川さんは、相変わらずの暗い顔をしていました。
美人の上にスタイルのいい白川さんは、どんなドレスも似合いました。
純白のドレス、あわいピンクのドレス、シックな黒のドレス。
どれも彼女の美しさを引き出すには十分すぎるほどでした。

そして最後に私は、彼女にとって最高のドレスを提案しました。
「このドレスはいかがでしょう」
「あら、きれいな色ね」
シンプルなデザインですが、それは彼女にとてもよく似合いました。
まるで、彼女のために作られたようなドレスでした。
「いいわね。これにしようかな」

ヨッシャ!と、私は心の中でガッツポーズをしました。
「白川さん、このドレスの色は、スノーグレーと言います。気品があって素敵でしょう」
「スノーグレー?」
「ええ。雪と灰色です。どうです。混ざり合うとこんなにきれいな色になるんですよ」
「まあ、そうなの。スノーグレーか。なんてステキ。すごく気に入ったわ。ありがとう」

そんなわけで、彼女の悩みは、今日の青空のようにすっきり晴れたのです。
白川さん、いや、灰田夫人、どうかブーケは私に投げてくださいな。
あ~あ、羨ましい。私も早く結婚したい。

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妄想王子様 [男と女ストーリー]

優馬センパイの指定席は、レースのカーテンが揺れる窓際の席。
いつも難しい本を読みながら、シナモンティーを飲む。
知的な横顔に、私はいつもウットリしてしまう。
ゆっくりとした優しい時間が流れる。
お水のお代わりを持っていくと「ありがとう」と微笑む。
それだけでいい。それ以上は望まない。
だって彼は、手の届かない王子様だから。

「おいアイ子、ラーメンと餃子、一番テーブルな。ぼうっとしてんじゃねーぞ」
ああ、もうお父ちゃんったら、素敵な妄想に入ってこないでよ。
「おい、ねえちゃん。醤油ラーメンとライス大盛」
「はいはい、おじさん確かネギ抜きだよね」
「おっ、わかってんじゃねーか。さすが跡継ぎだな」
「誰が継ぐか、こんなしょぼい店」

5分前まで優雅で上品な妄想をしていた私は、ラーメン屋の娘。
油ギトギトの窓と、漫画しかない本棚。
飲み物といえばビールかウーロン茶。
水のお代わりを持っていけば、一気に飲んで「もう一杯くれ」っていう客ばかり。
ああ、私の素敵な王子さまは、こんな店には来ないだろうな。
女子高で、夜と土日は店の手伝い。どこにも出逢いなんてありゃしない。

それは土曜の昼下がり。
客も落ち着いて、休憩に入ろうと思ったら、ネギ抜きおじさんがやってきた。
「いらっしゃい。おじさん、いまごろお昼?」
「いや、ちがうんだ。ちょっとねえちゃんに頼みがあってな」
「え? なに?」
「駅前に、白薔薇っている喫茶店があるだろ。そこで息子と待ち合わせしてるんだけどさ、代わりに行ってくれねーか」
「はあ? なにそれ。自分で行きなよ」
「いや、実はさ」
おじさんは、ぽりぽり頭をかいた。

おじさんは、10年前に家族を捨てた。
当時8歳だった一人息子が、何かのきっかけで父親の消息を知り、連絡してきたのだという。
「今更、どの面下げて会えばいいんだよ。おれ、まともな服の一枚も持ってないのにさ」
おじさんは、封筒を差し出した。
「たいした額じゃないけど、小遣いだ。あいつに渡してくれないか。ねえちゃんにも、後でお礼するからさ」
「わかったよ。で、その人の名前は?」
「優しい馬と書いて、優馬だ」
うそ!私の妄想王子と同じ名前だ。もっともこのおじさんの息子がイケメンである確率は限りなく低いけどね。

私はその足で、初めて喫茶白薔薇に行った。素敵なお店だ。
明るくて落ち着いた雰囲気は、私の妄想そのものだ。
窓際の席に、その人はいた。
難しそうな本を読んで、時おり時計を気にしてうつむく。
どうしよう。何となく、私の理想に近いんだけど。
「優馬…さん?」
「はい」
顔を上げた。やだ、カッコいい。しかも彼の飲み物は、シナモンティーだ。
私はドギマギしながら事情を話して封筒を渡した。
彼はふっと笑いながら、つぶやいた。
「相変わらず気が小さいやつだな」
「そうだね。ネギも食べられないしね。大人なのに」

彼は18歳。この春から、この街の大学に通っている。
母親が再婚して、今は幸せだということを、父親に伝えたかったらしい。
ネギ抜きおじさんに、その話をしたら泣き崩れた。
そして何度もお礼を言って、缶コーヒーを1本くれた。(缶コーヒーかよ!)
「もう会うことはないけど、元気ならよかったよ」
ネギ抜きおじさんはそう言ったけれど、また会う可能性は充分高い。
だって私、別れ際にラーメンのサービス券をあげたから。

あ、ちょっと待って。この小汚いラーメン屋に白薔薇王子が来る?
やばい!やばくない?
「ねえ、お父ちゃん、この店きれいに改装しない?」
「ばか、そんな金あるか。早くラーメン運べ」

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結婚記念日 [男と女ストーリー]

「結婚記念日?」
「うん。いや、俺も忘れてたんだけどね、カレンダーに○がついてて、しかも小さくハートマークも書かれていてさ、それでハッ思い出したんだ」
「ふうん、何年目?」
「10年目、ヤバいだろ。忘れたら大変な目に遭う。一生言われる」
「へえ、それで、何かするの?」
「うーん、食事か温泉。ママならどっちがいい?」
「そりゃあ温泉よ」
「温泉か。でもさ、結婚10年だし、大した会話もないし、飯食って風呂入ってゴロゴロして、家にいても変わらないんじゃないかな」
「わかってないわね。上げ膳据え膳って、女にとって最高の贅沢よ」
「そうか。じゃあ、温泉にするか」
「奥さん、可愛いじゃないの。カレンダーに○なんて」
「うん。あとさ、引き出しにプレゼントも隠してあった。あれはたぶんブランドの時計だな。おれも何か用意しなくちゃな。やっぱり指輪かな」
「はいはい、指輪でも竹輪でも何でもいいわ。それ飲んだら帰りなさい」

男は、行きつけの小料理屋を出て、9時過ぎに帰宅した。
ほぼ毎日、そこで食事をしてから帰る。
家に帰っても、何もないからだ。
「上げ膳据え膳っていうけど、うちのカミさん料理しないけどな」
互いに仕事を持ち、子どもはいない。束縛しないことが円満の秘訣だ。
夫婦というより、ルームシェアをしているパートナーみたいだが、男はその暮らしを割と気に入っていた。
「ただいま」
「おかえり。お風呂沸いてるよ」
「サンキュ。あのさ、来月温泉行こうよ」
「なに? 急にどうしたの?」
「いや、ほら、結婚記念日だからさ」
「え? マジ? そうだっけ?」
「とぼけんなよ。カレンダーに○つけてあるだろ」
「あ、そ、そうだった」
「ちょうど土曜日だし、一泊で行こうよ。俺、近場の宿探してみる」
「あのさ、悪いんだけど、別の日にしない。私、その日接待が入りそうなの。嫌だけど、もちろん温泉の方がいいけど、仕事だからね、仕方ないよ」
「そうか。翌週は俺がダメだし、有給でも取るかなあ」
「いいよ、無理しないで。何なら私、ファミレスのランチでいいよ。こういうのはさ、気持ちが大事だから、特別なことしなくてもいいんじゃない」
「そうか。君がいいなら」
男は風呂に入り、女は、ふうっとため息をついた。

「結婚記念日?」
「そうなのよ。すっかり忘れててさ、ダンナに温泉行こうって言われてビックリしたわ」
「いいじゃん、温泉。ますますきれいになっちゃうね」
「もう、やめてよ~。ボトル追加ね」
「ありがとうございま~す。でもさ、たまにはダンナにサービスしたほうがいいんじゃない?」
「わかってるわよ。でも、その日だけは絶対にダメ。だって、私の結婚記念日は、コージ君の誕生日なんだもん」
「憶えててくれたんだ。うれしいな」
「楽しみにしてて。プレゼントも買ってあるの」

女は、夜な夜な通い続けるホストクラブを後にして、深夜の月を見る。
「結婚記念日か。育毛剤でも買ってやるか」


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青春が終わった [男と女ストーリー]

大好きなバンドが解散した時、青春が終わったような気がした。
June party 通称JP。
デビューした時からの大ファンで、ライブにも行ったしCDも全部持っている。
ここ数年はあまり活動していなかったけれど、解散はさすがにショックだった。

「JP解散か。仲悪いって、ネットに書いてあったもんな」
夫が足の爪を切りながら言った。何も知らないくせに。
夫は、私がJPに夢中になっていた頃を知らない。
この虚しさを共有できるのは、元カレしかいない。
ライブにはいつも一緒に行ったし、ドライブのたびに聴きまくった。

スマホを取り出して、まだ消していない元カレのアドレスを開いてみる。
いやいや、今さらありえない。
閉じて開いてまた閉じて、スマホをポケットに入れた途端、着信があった。
元カレからだった。きっと彼も、私と同じ気持ちだったのだ。

「あ、カオリ? よかった~、番号変わってなくて」
「久しぶりね」
「俺さ、今実家に帰ってるんだよね。よかったら一度会えないかな」
少しは迷ったけど、お茶くらいならいいかと思って、出かけることにした。
何よりJPとの想い出を語れるのも、この喪失感を分け合えるのも彼しかいない。

待ち合わせは、懐かしいカフェ。
先に来ていた彼が窓側に席で手を振った。
「10年ぶりかな。カオリ、変わってないね」
「そんなことないよ。もうおばさんだよ」
「おれ、女盛りは35歳からだと思ってるから」
相変わらず口がうまい。だけど嬉しい。おしゃれしてきてよかった。
アイスコーヒーで喉を潤して、私は本題のJPの話を始めた。

「JP、解散しちゃったね」
「えっ、マジで?」
……。なに、この反応?
「へえ、知らなかったな~。でもまあ、仲悪いってネットに書いてあったからな」
……。夫と同じ反応。
喪失感を共有したくて、連絡をくれたとばかり思っていた。
行き場を失くした私の感情が、もやもやしたまま胸の中でしぼんでいく。

「ところでさ、俺、リストラされて今無職なんだ。カオリのダンナって、会社の社長だったよな。就職世話してくれないかな」
彼が目の前で両手を合わせた。「ごめん」と謝るときに、いつもしていた仕草。
浮気したとき、借金作ったとき、嘘をついたとき。思い出したら腹が立ってきた。

「俺、今は実家に世話になってるんだけど、親も年だし、それにさ、これがこれでさ」
小指を立てて、腹の前で円を描く。女房が妊娠中という意味か?
今どきこんなリアクションをする人いるかしら。バカみたい。
すっかり冷めた。おしゃれしてきて損した。

「夫の会社は、新卒しか雇わないから」
「冷たいこと言うなよ。マジで困ってるんだよ」
「生きてりゃ何とかなるわよ。JPの歌で、そんな歌詞があったでしょ」
「そうだっけ?」
そんなことも忘れちゃったんだね。

私はコーヒー代をテーブルに置いて立ちあがった。
バイバイ。アドレス、消しておくから。
私の青春が、またひとつ終わった。


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想い出の橋 [男と女ストーリー]

待ち合わせは、いつも橋の上。
芳人君の家は橋の向こう側で、私の家はこっち側。
だから橋で待ち合わせをして、どちらかの家に遊びに行った。
「しょうらい、けっこんしようね」なんて可愛い約束を、したような気もする。
大好きで、仲良しで、ずっと一緒だと思っていた…らしい。

その橋は、県境だった。
橋の向こうが埼玉県、こっちが群馬県。
だから当然、芳人君と私は、別々の小学校になる。
学区が違うどころじゃない。県が違う。
「いやだ、いやだ」とずいぶん泣いて、母を困らせたらしいけど、それもかなり昔の話。

30歳になった今、その思い出は、すっかり母の話のネタになっている。
「可愛かったのよ~。真美の初恋ね。いよいよもらい手がなかったら、芳人君を探して結婚してもらったらどう?」
「30歳の娘に、笑えない冗談言わないで」
とは言ったものの、芳人君は気になる存在だ。
もう顔も憶えていない。仲が良かった割に、写真はない。
うろ覚えの初恋の彼は、どんな男に成長しているのだろう。

日曜の昼下がり、散歩がてら、橋を渡ってみた。
車ではしょっちゅう通っているけれど、歩いて渡るのは久しぶりだ。
芳人君の家はどの辺りだろう。5・6才の子供が歩いてくるのだから遠くはないはず。
橋の近くに、古い家が数件並んでいる。きっとこの中に芳人君の家がある。
苗字はわからない。母もぜんぜん憶えていないという。
じろじろ覗くわけにもいかず、ぐるっと回って帰ってきた。

橋の真ん中でぼんやりしていたら、色々なことを思い出した。
「真美ちゃん、小学校と中学校は別々だけど、高校は一緒に行けるみたいだよ」
「そうなの?」
「母ちゃんが言ってた。高校は、県が違ってもいいんだって」
「じゃあさ、芳人君、同じ高校に行こうよ」
ああ、今ごろ思い出しても遅いって。私、女子高に行っちゃったよ。

女子高出た後、地元の短大に進んで、しょぼい建設会社に勤めて10年。
男はオッサンかチャラ男しかいないし、出会いもないまま30歳だ。
夕陽が目に染みる。ノスタルジーって、こういうときのためにある言葉だわ。

そのとき、男がひとり、私の方に向かって歩いてきた。
まさか、芳人君? ドラマやマンガじゃあるまいし、そんな奇跡があるわけない。
だけど、男はまっすぐ私に向かって歩いてくる。もしかして、本当に…?
男が、私に話しかけた。「あの、すみません」
ああ、これは夢? やっぱりあなたは芳人君なの?
「真美ちゃんでしょ。久しぶり」という言葉を期待したのに、妄想はあっさり崩れる。

「あの、おれ、写真撮ってるんですよ。橋の写真。ずっとあなたが真ん中に突っ立ているから撮れないんですよ。ちょっとどいてもらえます?」

……これが現実。なんだかムカつく言い方。
「はあ? ここはあなたの橋ですか? 違いますよね。なんで私がどかなければいけないんですか?」
「だから、夕陽の写真が撮りたいんだよ。今がベストなんだ。頼むよ。とっととどいてくれ」
「わかったわよ。せいぜい、いい写真を撮りなさいよ。このカメラ野郎」
ノスタルジーを邪魔したお返しに、「チッ」と舌打ちをしてやった。
せっかく想い出に浸っていたのに、台無しだ。サイアク!

それからしばらくして、朝刊を見ていたら、新聞の写真コンクールの大賞に、あの橋の写真が選ばれていた。
絶対にあのときの写真だ。切なくなるようなこの夕陽、憶えている。
悔しいけれど、すごくいい写真だ。
写真の下には、タイトルと投稿者の名前が……。

『想い出の橋 埼玉県〇市 ○○芳人(30)』

……マジか!!!


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凍った滝 [男と女ストーリー]

朝ご飯を食べていたら、タケオちゃんがやってきた。
「よう、みっちゃん、朝めし食ってるのかい?」
「見たらわかるでしょ」
「凍った滝を見に行こうよ。すっかり凍ってる。あんな滝はなかなか見られねえぞ」
「今年は寒いからね。そりゃ滝も凍るでしょ」
「なあ、早く行こうよ。昼になったら溶けちまうぞ」
タケオちゃんはしつこくて、あんまり急かすものだから仕方なく、みそ汁かけたご飯をかき込んで、タケオちゃんの軽トラに乗り込んだ。

タケオちゃんは幼なじみ。60年来の付き合いだ。
2年前に夫を亡くしてから、何かと理由をつけてやってくる。
心配してくれるのはありがたい。
子どもたちは都会にいるから頼れないし、男手が必要な時もある。
だけど幼なじみとはいえ男。ご近所の手前もあるし、あんまり甘えるのも悪い。
そう思いつつも、気楽なタケオちゃんといると楽しい。

朝の空気は寒いを通り越して、痛いほどの冷たさだ。
滝は見事に凍っている。
ドドドドと流れる音もなく、全ての時間が止まったように白く固まっていた。
「すごいだろ」
「そうね。だけどさ、滝はどんな気持ちだろうね」
「はあ? 滝の気持ち?」
「だってさ、ドドドと落ちるのが滝の醍醐味でしょ。それをあんな形で凍っちゃってさ、動きたくても動けないんだよ」
「ははは、みっちゃんは相変わらず面白いな」

私は凍った滝と自分を重ねていた。
夫がいたころはあんなに活動的だったのに、今じゃ料理を作るのも億劫になっている。
見事に凍った滝を見ても、以前ほどに心は動かない。

「なあ、みっちゃん、ずっと前、俺たちが若いころ、一緒に滝を見たの憶えてる?」
「ああ、そんなこともあったね」
「おれさ、あのとき、みっちゃんにプロポーズしたんだ。だけどさ、滝の音がうるさくて、俺の声が届かなくて、みっちゃんは何度も聞き返すし、何だか白けてやめちゃった」
「そうだったんだ。じゃああのとき滝が凍っていたら、人生変わっていたかもね」
「よく言うよ。都会から来た色男と、さっさと結婚したくせに」
「あはは、しょうがないよ。一目惚れだったんだもん」

本当は聞こえていた。タケオちゃんの声は滝より大きかったから。
だけど聞こえないふりをした。この人を、友達以上には思えなかったから。
タケオちゃんはそのあと、親が決めた人と見合い結婚をしたけれど、うまくいかなくて別れてしまった。

「なあ、みっちゃん、おれたち一緒にならないか? すぐにじゃなくていい。お互いひとりだし、年も取ったし、支え合って生きて行かないか?」
突然、タケオちゃんが大真面目な顔で言った。
困った。滝は凍って静かな朝だ。聞こえないふりができない。

「じゃあ……お友達から始めましょう」
「もう友達だべや。みっちゃん、相変わらず面白いなあ」
タケオちゃんが大笑いしてくれたから、ちょっと救われた。
私たち、一生涯の茶飲み友達でいましょうね。


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同居の条件 [男と女ストーリー]

空っぽになったシャンプーを、ブツブツ言いながら詰め替えた。
風呂から出て、ビールを飲みながらお笑い番組に大笑いしている彼に話しかける。
「ねえ、シャンプー切れてなかった?」
「ああ、切れてた。ポンプ外して逆さまにして何とか洗った」
「あのさ、詰め替えのシャンプー置いてあったでしょ。なんで入れないのよ」
「ああ、なんか面倒で。どうせマコちゃんがやると思ったから」
彼は視線をテレビに戻し、再び大笑いを始めた。

一緒に暮らし始めて3ケ月。そろそろ本性が出てくるころだ。
彼は面倒くさいと言って、何もしない。
家事は分担と言ったのに、掃除も洗濯も料理も私がしている。
そのくせ味にうるさくて「何か物足りない味だな」とか言う。
「じゃあ作ってみなさいよ」と言うと、私よりうまく作ったりする。
それはそれでムカつく。
「ねえ、洗濯物たたむの手伝ってよ」
「うん。じゃあ、俺の分置いといて。後でやるから」
出た! 彼の「後でやる」発言。いつやるの? 明日?明後日?

「ねえ、一緒に暮らし始めたころの約束、憶えてる?」
「もちろん憶えてるよ。1、浮気はしない、2、帰りが遅いときは連絡する。ちゃんと守ってるでしょ。マコちゃんは時々忘れるけどね」
「だ、だって私は接客業だもん。お客様の都合で連絡できないことだってあるわ」
「うん。だから俺、怒ってないでしょ」
「まあ、そうね」
「でもさ、元カレとラインしてるのはどうだろ。まあ、浮気とは言えないかもしれないけどね」
「どうして知ってるの!」
「スマホをテーブルに置きっぱなしにしてるから、見えちゃうんだよ」
「何でもないのよ。向こうにも彼女いるし、音楽通だから、ライブの情報とか教えてくれるだけよ」
「うん。知ってる。だから怒ってないでしょ」

やだ、何だか分が悪くなっちゃった。家事の分担の話をしようと思ったのに。
ちょっとご機嫌でも取っておこう。

「ねえ、ビールもう1本飲む?」
「いいの? 結婚資金をためるためにビールは1日1本って決めたのに」
「まあ、たまにはね」
「やった! じゃあ俺、後片付けと風呂掃除するよ」
彼は鼻歌まじりに冷蔵庫を開けてビールを持って来た。

ああ、こういうことか。
結婚までに彼の操縦法を、もっと研究しなければ。
密かにニヤッと笑いながら、彼の分の洗濯物をたたんだ。


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