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秋の夜長にミステリー [ミステリー?]

秋の夜長に、ミステリー小説を読んでいたの。
何人もの人が惨殺されるお話で、怖いけれどやめられないの。
犯人は、首を絞めて殺害した後に、遺体に火をつけるのよ。
何もそこまで、と思いながら、犯人が火をつける理由を探りながら読んでいく。
身元の確認を遅らせるため? いいえ、その割には被害者のバッグがすぐ近くに落ちていたりして、ずいぶんとずさんだわ。きっと何か意味があるはず。
遺体の身元が判明したから、容疑者も3人に絞られた。
Aか、Bか、それともCか。刑事よりも早く事件の真相を暴いてみせるわ。

その時、凄まじい稲光と、家が揺れるほどの雷鳴。家じゅうの電気がプツリと切れた。
あらいやだ。ゴロゴロ言ってるな~とは思ったけど、本に夢中で気にしてなかったわ。
懐中電灯を探したけれど、肝心な時に見つからないのよ。
戸棚をガサガサやってたら、夫のライターが出てきた。
外国製のなかなか高価なライターだけど、去年禁煙に成功したから無用の長物ね。
でも、よかったわね。役に立つときが来たわよ。
ライターの灯りでろうそくを見つけて火をつけた。
あら、なかなかいいじゃないの。

私そこで、ハッとしたの。
そうよ、ライターよ。確かAは父親の形見のライターを持っていたわ。
それで火をつけたのよ。動機は、父の恨みをはらすため。
ああ、早く読みたい。続きが知りたい。

電気がついた。外は雨、雷の音は大分遠ざかった。
さて、本の続きを読みましょう。
刑事『父親の形見のライターで火をつけたんだろう』
A 『まさか。このライター使えませんよ。オイルが入ってないから』
刑事『犯行後に抜いたんだろう』
A 『そんなことしませんよ。もう古いし、オイル入れても火がつくかわかりませんよ。それにね、うちの親父はただの事故死。誰も恨んでなんかいませんよ』

ああ、Aじゃなさそうね。
その時、消し忘れたろうそくが倒れそうになって慌てて消した。
あぶない、火事になるところだったわ。
はっ、火事? 確かBは火事で両親を亡くしていたわ。
火事の原因は少年たちの火遊び。
そうよ、殺されたのはその少年たちよ。年齢的にも合ってるわ。
そうか、犯人はBね。続き読もう。
刑事『被害者は、みんなT市出身だ。そしてBさん、あなたもT市出身。両親が火事で亡くなったことと、今回の事件は繋がっている。違いますか?』
B 『刑事さん、そりゃあ偶然だ。T市出身なんてごまんといる。それにね、刑事さん、俺が火遊びをしたやつらを恨んでいるなんてとんでもない。実はね、あの少年たちの中に、俺もいたんでだよ。すぐに逃げたし、権力があったからみんなに口止めして俺の名前を出さないようにしたんだ。あはは、今バレちゃったけどな。もう時効だろ』

B最低、なんてやつ。だけどたぶん犯人じゃないわ。
ああ、消去法でCかしら。うーん、モヤモヤするわ。

その時、夫が帰ってきた。
「いやあ、雨やどりしてたら遅くなっちゃったよ。すごい雷だったね。停電になったの? へえ、どこかに落ちたかな。おや、君、この小説読んだの? 面白かったよね。僕も読んだよ。まさか犯人がDだったなんてね。最初の被害者の姉Dが、捜査に協力するふりして犯行を繰り返していたなんてね。ただの猟奇殺人だったなんてちょっと興ざめだけど、大どんでん返しが面白かったね」

「……まだ読み終わってないんだけど」
「あ、ごめん。風呂入ろ。ビールあるかな」
「ふざけんな。風呂から出たら首絞めて火をつけてやる」
終わった。私の読書の秋が、今終わった。

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双子の老婆 [ミステリー?]

同じ町内に、双子のおばあさんがいる。
「親も間違えるほどソックリなの」という二人は、本当によく似ている。
名前はスミさんとレミさんだ。
双子といっても、大人になれば個性が出てくるものだと思うが、この二人は本当にソックリだ。きっと生き方が似ているせいだろう。
ともに同じ時期に結婚したが、子どもが出来ず、それが理由で離縁された。
それから二人は、同じ家で一緒に暮らしている。今年で85歳になる。
私はボランティアでお年寄りの世話をしていて、スミさんとレミさんの家にも2年前から通っている。

「こんにちはスミさん。お弁当を届けに来たわよ」
「あら、どうも。いつも悪いね」
「レミさんはお留守ですか?」
「買い物に行ってるよ。あんた、よく見分けがつくね」
「わかりますよ。頬にホクロがある方がスミさん。もう2年も通ってるんですよ。このまえはスミさんがお買い物で留守でしたね」
「交代で買い物に行っているからね。タイミングが合わないんだよ」
「じゃあ次は絶対、二人そろっているときに来ますね」
ここ数カ月、決まってどちらかが出かけている。
どことなく奇妙な雰囲気を感じながら、いつもどおりに振る舞っていた。

数日後のことだ。ひょっこり寄ったら、レミさんが熱を出して寝込んでいた。
こんな時でさえ、スミさんはいなかった。
急いで薬を飲ませて、おかゆを作って看病した。
料理を作りながら不審に思った。
茶碗も湯呑も、冷蔵庫の食材も、一人分しか使われていない。
何かがおかしいと思いながらも、薬で落ち着いたレミさんに安心して帰った。

翌日、再び訪ねると、やはりレミさん一人だった。
「昨日はありがとう。すっかり治ったよ」
「よかったわ。ところで、スミさんはどうしたんです? 昨日もいなかったけど」
「ああ、あのね、年甲斐もなくケンカしてね、出て行ったのよ」
「出て行くって、どこに行くんです?」
「さあ、ほとぼりが冷めたら帰ってくるさ」

週末、いつものようにお弁当を届けに行くと、スミさんがいた。レミさんはいない。
「あら、スミさん帰ってきたんですね。よかった。それでレミさんは? まさか今度はレミさんが出て行っちゃたとか?」
「買い物だよ」
「次は二人がそろったときに来たいんですけど、いつならいます?」
「だからいつもいるよ。タイミングが悪いんだよ」
「ところでスミさん」
「なに?」
「ホクロの場所が左右逆ですよ」
スミさんが慌てて鏡を見る。やっぱり、この人はレミさんだ。
「ホクロの場所、合ってるじゃないか。あんた、あたしを嵌めたね」
「レミさん、ホクロを書いて、ずっと一人二役をやってたんですね。スミさんはどこに行ったんです?」
「死んだよ。将来を悲観して海に身を投げたんだ。3か月前だよ」
「なんてこと。じゃあどうしてスミさんの振りを?」
「死んだとわかったら、年金がもらえないじゃないか。遺体は見つかってないんだ。あたしはね、スミの分まで楽しく生きてやるんだよ」
「レミさん、それ犯罪ですよ」
「あんたは年寄りの見方だろう。見逃しておくれよ」

海に身を投げたって本当だろうか。あの二人、実はあまり仲良くなかった。
私は、1年前に交わしたスミさんとの会話を思い出していた。
「あんたは信用できる人だから、あたしの財産を預けておくよ。あたしたちは双子だけど性格は全然違う。レミは浪費家だから金の管理は任せられない。あたしが先に死んだら、葬式代に使って欲しいんだよ。もちろんレミには内緒だよ」
葬式はしないのだから、あのお金は私がもらっていいのかな。
そうよね、だってスミさんは生きてることになっているんだもの。

そんなことを思いながら、もう二度と訪れることはないレミさんの家を後にした。 

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彦星君 [ミステリー?]

一年に一度だけ来る客がいた。
それがちょうど7月7日だから、常連客は彼のことを彦星君と呼んでいた。

町はずれのスナック。客のほとんどは常連客だ。
還暦を過ぎたママさんが、ひとりで切り盛りしても事足りるしょぼいスナックだ。
彦星君がふらりとやってきたのは、もう10年ほど前になるだろうか。
バカ騒ぎをする常連客達を尻目に、静かにハイボールを飲んでいた。

「なあ彦星君、どうして毎年7月7日に来るんだい?」
「織姫と待ち合わせでもしてるのかい?」
「織姫なんてこの店にはいないだろう。ばあさんしかいねえ」
「ちょっと、ばあさんで悪かったわね。あんた出入り禁止にするよ」
そんな戯言を笑顔でかわし、彦星君はきっちり2杯のハイボールを飲み終えて帰る。

「なあ、今年も来るかな、彦星君」
「来るだろう。毎年来てるんだから」
「あら、今年の七夕は日曜日ね。彦星君のために店を開けるしかないかな」
「そうか、日曜か。じゃあ、俺は来られないな」
常連客はみな、仕事帰りに店に来る。だから日曜日は定休日になっていた。
「しょうがないな。彦星君のために開けるか」

そして7月7日、ママさんは彦星君のためだけに店を開けた。
どうせ大した売り上げはない。客はひとりでも5人でもあまり変わらない。
午後8時を過ぎたころ、彦星君がやってきた。
「いらっしゃい。いつもの?」
年に一度しか来ないのに、「いつもの」と聞くのもおかしいが、ママさんはハイボールをカウンターに置いた。
彦星君は、それをゆっくりと口に運んだ。
「ねえ彦星君、他の客にはまだ言ってないんだけどね、この店年内で閉めようかと思ってるのよ。だからね、来年はもう来ないで」
「そうですか」
「私ももう年だしさ。前は若い女の子を雇っていたんだけどね、その子がいなくなってから客足がさっぱり。今は常連客5,6人のために細々と続けているようなものよ」
「そうですか」
「ねえ、だからね、今日が最後だから教えてほしいの。あなたはどうして毎年七夕の日にだけ店に来るの?」
彦星君は、深いため息をついて、1杯目のハイボールを飲み干した。
ママさんが2杯目のハイボールをカウンターに置くと、彦星君はゆっくり、静かな声で話し始めた。

「11年前に、この店の近くで事故がありましたね。憶えていますか?」
「もちろん。事故にあったのはうちの従業員だもの。救急車を呼んだのも私よ」
「そうです。その節はお世話になりました。あの事故で亡くなった美咲は、僕の恋人です」
「あら、やっぱり。そんな気がしていたのよ。どこかで会ったような気がしていたの。美咲ちゃんのお葬式だったのね」
「はい。実は毎年、7月7日に美咲が帰ってくるんです」
「えっ?どこに?」
「この店にです。七夕の夜にだけ、三途の川に橋が架かって、こちらに来ることが出来るんです」
「三途の川に? 天の川じゃなくて? えっ、ちょっと待って。じゃあ、今もいるの?」
「はい、ママさんの後ろで笑っています」
ママさんは思わず振り返ったが、下手くそな字で名前が書かれたボトルが並んでいるだけだ。
「美咲が帰る場所は、ここしかないんです」
彦星君は、目線をママさんの後ろに合わせて、「じゃあね」と言った。
きっちり2杯分の金を払い、「またね」と小さく手を振った。
ママさんにではなく、恐らく彼にだけ見える恋人に向かって。

ママさんは、身寄りのない美咲を、娘のように可愛がっていた。
出勤途中で事故に遭った美咲のために、毎日手を合わせている。
「そうか、美咲ちゃん、ここに帰ってくるのか」
片づけを済まし看板の電気を消して、ママさんはふっとつぶやいた。
「もう少し、頑張ってみるか」

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かわいそうに、かわいそうに [ミステリー?]

『かわいそうに、かわいそうに』

由紀子が最初にその声を聞いたのは、祖父が亡くなる前日だった。
夜中に耳元でささやくような声を聞いた。
『かわいそうに、かわいそうに』
由紀子はまだ幼くて、両親とともに寝ていたから、どちらかの寝言ぐらいにしか思っていなかった。
翌朝、祖父が逝った。

次に声を聞いたのは、小学生のときだった。
『かわいそうに、かわいそうに』
このときは一人で寝ていたが、夢の中の声だろうと思った。
翌朝、愛犬のタロウが死んだ。

次に声を聞いたときは、中学生だった。
そのときは受験勉強をしていたので、さすがにはっきり聞いた。
『かわいそうに、かわいそうに』
翌朝、祖母が逝った。

由紀子は気づいた。
声が聞こえるとき、大切な誰かが死んでしまう。
しばらくは怯えながら眠ったが、しばらくすると忘れてしまった。
由紀子はまだ若かった。

忘れたころに、声が聞こえた。
由紀子はすっかり大人になっていた。
東京のアパートに一人で暮らす由紀子は、30歳になっていた。
『かわいそうに、かわいそうに』
思わず飛び起きた。
眠れずに朝を迎えた由紀子に、父の訃報が届いた。

悲しみの中葬儀を終えて、すっかり気落ちした母を励ましアパートに帰った。
母は体調を崩して、数年後に逝った。
そのときも、もちろん声は聞こえた。
『かわいそうに、かわいそうに』
ええ、本当に可哀想だわ、私。
由紀子は冷たいアパートで、ひとり泣いた。

もう大切な人はいない。
家族はみんないなくなった。
それなのに、しんしんと冷えた冬の夜、由紀子の耳にあの声が聞こえた。
『かわいそうに、かわいそうに』

目を覚ました由紀子は、異変に気付いた。
煙い。何かが燃える匂い。窓に赤い炎が見える。
「火事だわ!」
由紀子は慌てて外に飛び出した。
アパートの隣の部屋から火が出ている。
炎は、隣の部屋と由紀子の部屋を半分燃やして消火された。
隣の部屋の住人は若い男だったが、残念ながら助からなかった。

「このアパートにはもう住めないけれど、命は助かったわ」
由紀子は思った。
あの声が、由紀子を救ってくれたのだ。あのまま寝ていたら、由紀子は死んでいた。
隣の住人は気の毒だったけれど、ろくに顔も見たこともない他人だ。
大切な人じゃない。
あれは、きっと私を救うために聞こえた声なのだ。
由紀子は空を見上げて「ありがとう」と呟いた。

由紀子は知らなかった。
隣の住人と由紀子は、この後急激に親しくなり、将来結婚する運命の男だった。
『かわいそうに、由紀子はまた大切な人を失った。かわいそうに、かわいそうに』

*****
ブログ村のマイページが変わってしまって、使い方がよくわからない。
前の方がよかったな。

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森の神隠し [ミステリー?]

夏休み、ママの故郷に行った。
家の裏には深い森があって、ママと一緒に森林浴に行った。
美しい森だ。
木立の間から差し込む光は、まるでスポットライトのように輝いている。

「ママは昔、この森で迷子になったことがあるのよ。毎日のように遊んで、慣れているはずの森で迷子になったの。一週間後、この木の下で発見されたの。髪も服もボロボロで、抜け殻みたいにしゃがみ込んでいたそうよ」

ママは不思議なことに、その一週間のことをまるで憶えていなかったという。
神隠しにあったのだと、ママは言った。

私は翌日、ひとりで森に行った。
風がさわさわと吹き抜け、見上げた空から柔らかい光が射しこむ。
「気持ちいい」
降りそそぐ蝉の声も心地よく、私は木にもたれて目を閉じた。

次の瞬間、蝉の声がやけに大きく聞こえると思ったら、私は木の上にいた。
木の幹にしがみつき、大声で鳴いていた。
私は、蝉になっていた。
下を見ると、人間の私が笑いながら見上げている。
「ごめんね。7日間だけ体を貸して」
私になった蝉が言った。
「あなたはこの先何十年も生きるでしょう。私はたった7日の命なの。だから、あなたの7日間をわたしにちょうだい。7日後に返すから」
私になった蝉は、スカートの裾を翻し、森の中を駆けて行った。

ママが探しに来た。私の名前を呼びながら、森の中を走り回った。
おじいちゃんとおばあちゃんも来た。
近所の人や捜索隊、知らせを受けた東京のパパもやってきた。
みんなで私の名前を呼びながら、懸命に探している。
「ここにいるわ」
木の上から叫んでみても、私の声はジージーと鳴く蝉の声だ。
誰も気づかない。
2日、3日、4日…私になった蝉は、森の中を見つからないように走り回っているのだろう。
私はただ、木の汁を吸いながら、鳴き続けるしかなかった。

「アオイちゃん、アオイちゃん」
ママに肩を揺すられて、私は目覚めた。
森で迷子になって7日後、大きな木の下でグッタリしているところを発見された。
「ああ、よかった」
ママとパパが泣きながら私を抱きしめた。
となりで、蝉が死んでいた。

「何があったの?」
ママに聞かれて、私は「憶えていない」と答えた。
「ああ、ママと同じね。アオイちゃんも神隠しにあったのね」
ママはそう言って、再び私を抱きしめた。

ママ、同じじゃないよ。
だって私、本当は7日間のことをよく憶えている。
楽しくて楽しくて、アオイに体を返すのが嫌になったの。

ごめんね、アオイ。
私は、死んだ蝉にそっと土をかぶせた。


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年齢不詳の女 [ミステリー?]

たまの休日、ひとりでふらりと出かけた。
平日の昼間だ。電車は驚くほど空いている。
向かいの席に座っているのは、男と女。
こんなに空いているのに、ピッタリ寄り添っているのだから、きっと連れなのだろう。
男は服装や髪型から、50代くらいと思われる。
しかし女は、まったくの年齢不詳である。
20代にも見えるし、40代にも見える。
化粧は薄く、黒髪をひとつに結び、黒のコートに黒の普通のバッグ。
年齢を感じさせるものは何もない。

女はときおり男に話しかける。
顔を近づけて、囁くように話す。
夫婦にも見え、親子にも見える。
いったいどっちだ?

僕はひどく気になって、さりげなく席を立ち、女の隣に座った。
ちょうど後頭部を照らす太陽を、熱く感じ始めたことを利用した。

女の声が、微かに聞こえる。
「ねえ、あと何駅?」
20代の声のようで、40代の声にも聞こえる。
まるで特徴がない声だ。手がかりはないか?
手を見る。手袋を嵌めていて見えない。
首の皺は? タートルネックのセーターで見えない。
今が冬であることが、心の底からもどかしい。

夫婦か、親子か、兄妹か。

ところが駅に着いた途端、男が立ち上がり、さっさと降りてしまった。
女に手を振ることもなく、振り返ることもなく降りた。
同じ家に帰らないということは、夫婦ではない。
もしかして不倫か。上司と部下か?
だから別れ際は未練を残さず、あえて冷徹に。
それにしても、こんな昼間から不倫とは嘆かわしい。
心なしか女がひどく不幸に見える。

ふいに女が、僕の肩に寄りかかってきた。
女は耳元で「どこで降りるの?」と囁いた。
「み、緑が丘」と僕は答えた。
「ねえ、あと何駅?」
「えっ?」
ぴたりと寄り添って、抑揚のない声で言う。
「ねえ、あと何駅?」

さっきの駅で乗り込んで、向かいの席に座った紳士が、僕たちを不思議そうに見ている。
きっと彼の頭の中には、クエスチョンマークが浮かんでいる。
『男は20代、女は年齢不詳。親子か?恋人か?姉弟か?」
気になって仕方がない様子で、彼が立ち上がる。
そして女の隣に腰を下ろした。

僕は次の駅で、すかさず降りた。


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氷の世界 [ミステリー?]

体中が凍えるほどの寒さよ。
いったいここはどこかしら?
そこはかとない冷気が、体中を包んで身動きもできないわ。
地球が氷河期になってしまったのかしら。

そうだ。これは夢なんだ。
だって私は、つい最近まで自由に動けたはずだもの。
急に氷河期が訪れたりしないわよね。

突然光が見えた。
私は、光の方向に歩いていく。
自分で歩いたのか、誰かに連れていかれたのか、頭がぼんやりしてよくわからない。
そこは温かかった。楽しそうな音楽も聞こえてくる。
湯気が立ち上り、全身がほぐれるような温かさ。
温泉だわ。温泉に入って、凍えた体をゆっくり温めたら、きっとまた動けるようになるはずよ。

私は服を脱いだ。
自分で脱いだのか、誰かに脱がされたのか、そんなことはどうでもいい。
冷え切った体を早く温めたい。
扉の向こうは温泉よ。芯まで温まるステキな温泉よ。

そのとき、目覚まし時計のような音がした。
うそでしょう。ここで目覚めるなんて。
私はどうにか温泉に入ろうと、扉を開けて転がるように外に出た。
寒い……。

温泉はなかった。そこはさっきよりもずっと寒い世界。
真っ白で、みんな凍って、もう生きることもままならない。
ああ、早く目が覚めて、温かい場所に行きたいわ。

***
彼女は、ウキウキしながらキッチンに立った。
今日は彼が来る日だから、張り切って料理を作ろう。
彼女は冷蔵庫からエビを取り出した。
彼の好物の「エビサラダ」を作るのだ。
彼女は鼻歌を歌いながら、鍋に湯を沸かし、取り出したエビの殻を丁寧に剥いた。
今は黒いけれど、湯に入れたらたちまちきれいなピンクになる。
そんな姿を想像しながら、彼女はエビを湯に入れようとつまみ上げた。

そのとき、電話が鳴った。
彼からの電話で、急な仕事で行けなくなったと告げた。
彼女は不機嫌になり、剥いたエビを放り投げ、パックに戻して冷凍庫に入れた。
次に彼が来る日まで、エビは冷凍保存となった。

***
ああ、そうだった。私、エビだった。
早く夢から覚めて、温かいインド洋で泳ぎたいわ。


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通り雨 [ミステリー?]

突然雨が降り出したので、夫の傘を持って家を出た。
駅から家までは5分ほどの距離だが、濡れたら可哀想だ。

夕暮れの駅は、たくさんの人であふれていた。
夫は背が高いので、すぐに見つけた。
声をかけようと近づくと、となりに髪の長い女がいることに気づいた。
誰だろう。偶然会った会社の同僚という雰囲気ではない。
女が赤い傘を開き、夫は当然のようにその傘の柄を持って、家と逆方向に歩いていく。
濡れないように互いに寄り添い、それはまるで恋人同士のようだった。

信じられない出来事に声も出せず、モヤモヤした気持ちで家に帰った。
雨は、いつの間にか止んでいた。
玄関を開けるとそこには、タオルで頭をゴシゴシ拭いている夫がいた。
「急に雨が降るからさ、濡れちゃったよ。あれ?もしかして迎えに来てくれたの?行き違いだったのかな」

さっき別の女性と歩いて行ったはずなのに、どういうことだろう。
きっと私の見間違いだ。同じような背格好で、同じようなスーツを着ていた人を、夫と間違えてしまったのだ。
「すぐにご飯にするね」
私は自分の勘違いが可笑しくて、ひとりで笑った。

その日から、得体のしれない違和感が私を襲った。
夫は確かに今まで通りの夫なのに、なぜだか妙な違和感がある。
ちょっとした仕草や言い回しが、別人のように思えるときがある。
「あれ、この人、こんな笑い方したかな?」といった、些細なことではあるが。

数週間後、再び雨が降った。
私は夫の傘を持ち、駅まで迎えに行った。
改札から出てくる夫を見つけて近づくと、そこにはやはり髪の長い女がいた。
楽しそうに笑いながら、私の前を通り過ぎた。
「憲一さん!」
思わず、夫の名前を呼ぶと、ふたり同時に振り向いた。
夫は、怪訝な顔で私を見た。
「ケンちゃん、知り合い?」女が言う。
「いや、知らないけど」
ふたりは、首をかしげて去っていく。
夫だ。似ている人などではない。夫だ。
表情も、髪の分け目もホクロの位置も、何もかも同じだ。
追いかけようとしたとき、後ろから肩を叩かれた。
「迎えに来てくれたんだ。助かったよ」
笑顔の夫が立っていた。

目の前にいるのは確かに夫なのに、なぜだろう。なぜだろう。
「この人誰?」と思ってしまう。

駅を出ると、雨はすっかり止んでいた。
「久々に、相合傘とかしたかったな」
夫が子供みたいな顔で言った。
「そうだね」と答えながら、微かに漂う違和感を振り払うように夫の手を握った。


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サトコの湖 [ミステリー?]

子供の頃の話をします。
私には、2歳下の妹がいました。サトコという名前です。
サトコは5歳の夏、家族で出かけた湖に落ちて溺れてしまいました。
父が飛び込んでサトコを岸にあげましたが、もう心臓が止まっていました。
「サトコ、死なないで」
私たちは必死で蘇生を試みましたが、息を吹き返すことはありません。
携帯電話などない時代でしたから、救急車を呼ぶこともできず、とりあえず車に戻って病院に連れて行こうと思ったときです。
どこからか、ひとりの僧侶が現れました。
「その子を助けてあげましょう」
僧侶はお経のような、呪文のような言葉をつぶやき、サトコの胸を強く押しました。
サトコは「ブハッ」と水を吐き出して、目を覚ましたのです。
「ああ…お坊様、なんてお礼を言ったらいいか」
両親が振り向くと、そこにはもう誰もいませんでした。
不思議な話です。

サトコは、そのときのことを憶えていません。
私たち家族は、湖に行くのをやめたこと以外は、何も変わらずに暮らしました。
いっしょに学校へ行き、眠りにつくまでおしゃべりをして、私たちは、とても仲のよい姉妹でした。
10年が過ぎました。サトコは15歳になりました。
ある夜のことです。
サトコが夜中に突然起き上がりました。
同じ部屋で寝ていた私は驚いて、「どうしたの?」と聞きました。
サトコは扉を開けながら、「湖に行く」と言いました。
何も覚えていないはずのサトコが、「私が死んだ湖に行かなきゃ」と言うのです。
「何言ってるの? だいたい、歩いていける距離じゃないよ」
私はサトコの腕をつかみましたが、するりとかわして部屋を出ました。
両親を起こしに行きましたが、ふたりとも催眠術にかかったように起きません。
サトコを追って外に出ると、10年前にサトコを救ってくれた僧侶が立っていました。
サトコは何の躊躇もなく、僧侶に寄り添いました。

「お坊様、サトコをどこに連れて行くのです?」
「運命に従っていただくのみです」
「運命? だって、お坊様がサトコを救ってくださったのでしょう」
「はい。わたしはあの日、運命に逆らいました。あなた方があまりにお気の毒に見えたからです。おかげで、わたしは罰を受けました。10年間、闇の中で辛い修行をしました」
サトコは、いつのまにか小さな子供に戻っていました。
「さあ、行きましょう。あの湖へ」
「ダメだよ」私はサトコの腕をつかみました。
サトコは、あどけない笑顔を見せて私の手をほどきました。
そして、闇に消えてしまいました。

私の泣き声を聞きつけた両親が、慌てて出てきました。
さっきまであんなにぐっすり眠っていたのが嘘のようです。
「どうしたの?」
「サトコが、サトコが行っちゃった」
「サトコの夢を見たのか。もう10年も経っているのに」
「何年たっても、忘れることなんかできないわよ」
これは夢だと思いました。朝が来たらいつものようにサトコがいると思いました。
だけど翌朝私が見たのは、仏壇の中で笑うサトコの写真でした。
それは10年前の、5歳のサトコでした。

私は今、湖にいます。
あれからどれだけの年月が流れたでしょう。
孫がサトコの年を追い越すほどに年を取りました。
湖は、サトコの事故がきっかけで柵が作られ、すっかり整備されています。
私は思うのです。サトコはどこかで生きているのではないかと。
あの僧侶とふたりで、この湖の周りで遊んでいるのではないかと。
「おばあちゃん、はい、これ」
孫が、リンドウの花を摘んできてくれました。
「まあ、きれい。ありがとう」
「あのね、サトコちゃんっていう子にもらったの」
孫がにっこり笑いました。幼い日のサトコに、よく似た笑顔です。

ほらね、サトコはやっぱりここにいます。


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公園の女 [ミステリー?]

初夏の公園は、家族連れで賑わっている。
真ん中に人工の池があり、子供たちは容赦なく服を濡らして水しぶきを上げる。
木陰のベンチは子供たちを見つめる父親と母親に占領され、居場所をなくした私はひとり、ブランコに座って時間をつぶす。
「おばちゃん、どいて」
子供に追われて立ち上がった。
「おばちゃんじゃないのよ」と小さい声で言ったみたけれど、勢いよくブランコを漕ぎ始めた子供に聞こえるはずがない。

仕方ないので公園を出て、街をぶらつくことにした。
だけど買うものなんて何もない。
あったとしても今日は買いたくない。
荷物はひとつだって少ない方がいい。
だって私は、今から不倫相手と駆け落ちするんだから。

公園に13時と言ったのに、彼はいつまでたっても来ない。
時計の針は14時を過ぎた。
電話もつながらないし、ラインも一向に既読にならない。
奥さんにバレちゃったのかな。あの人、詰めが甘いから。

もう一度公園に戻ってみた。
人がますます増えている。私の居場所はどこにもない。
荷物を駅のロッカーに預けてしまったことを、死ぬほど後悔した。
タオルも日傘も何もかも、きっとあの中に入っている。

15時を過ぎた。彼は来ない。
人工の池ではしゃいでいた子供たちは、木陰ですやすや眠っている。
家に帰って寝ればいいのに。
16時を過ぎると、ようやく家族連れが帰り始めた。
私はようやく木陰に移動して、ペットボトルの水を狂ったように飲んだ。

17時、カップルたちが増え始める。
悪いけど、木陰のベンチは譲らない。
18時、日差しが緩んだ夕暮れ、犬の散歩も増えてくる。
暗くなるとホームレスらしき人がうろつき始める。
もうここにはいられない。
そもそも私は、どうしてここにいるんだっけ。

すっかり日が落ちた街を歩いて帰った。
公園で一日過ごすって、なかなか難しい。
駅のロッカーに荷物を預けたままだけどいいや。
明日彼に電話しよう。今日のことは許すって言おう。
彼にはきっと、家を出られない事情があったのだ。

部屋を解約しなくてよかった。
ソファーもテレビもそのまま残してある。
洋服も、タオルも日傘も、何もかもそのまま。
あれ? じゃあ私、駅のロッカーに何を預けたんだっけ。
まあいいや。テレビをつけよう。

『……〇〇駅のロッカーから、男性の遺体が発見されました……』

ああ、そうだった。この部屋で彼を殺したんだっけ。
遠くに行ってふたりで暮らそうって約束を、彼が破ったから。
今日はお風呂に入れないな。一日中外にいて汗だくなのに、困ったな。
明日公園で、子供に混ざって水浴びしよう。
きっと気持ちがいいわ。


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