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日めくりカレンダーの逆襲 [ミステリー?]

しまった。
日めくりカレンダーを2枚めくってしまった。
セロテープで張り付けるか。
いや、そんな暇はない。今日は大事な会議だ。
明日の分もめくったことにすればいいや。
僕は破いた2枚の紙をゴミ箱に捨てて、急いで家を出た。

「あれ、新田さん早いですね」
会社に着くと、後輩の柴田さんが話しかけてきた。
「ああ、9時半から商品開発会議だろう。資料を確認しようと思って」
「えっ?その会議、きのう終わったじゃないですか」
「きのう?」
「そうですよ。Aチームにプレゼン負けて、うちのチームはサポートに回ることになったじゃないですか」
「企画、通らなかったのか?」
「やだ、しっかりしてくださいよ。悔しくてみんなでやけ酒飲んだじゃないですか。新田さん、酔いつぶれて忘れちゃいました?」

しらない。会議に出た覚えもないし、酒を飲んだ記憶もない。
ハッとして、スマホの日付を見た。
『9月22日』
今日って、21日じゃなかったか? 朝起きたときは、21日だった。
テレビのアナウンサーが言っていた。「9月21日木曜日です」と。
パソコンを開くと、9月21日付のメールが数件あった。すべてに返信している。
スマホの着信は2件。いずれもユリからだ。
ユリはそろそろ結婚を考えている恋人だ。きのう僕たちは何を話した?

昼休みにユリに電話した。
「あのさ、今夜会えない?」
「はあ?会うわけないでしょ。私たち、もう終わりよ」
「えっ、どうして急に?」
「決まってるでしょう。夕べの電話よ。どうしてあなたの電話に女が出るのよ」
「女?」
「会社の後輩の女よ。彼女気取りであなたの介抱をしていた、あざとい女よ」
飲んだ記憶もないのに、どういうことだ。

柴田さんに確認すると「ああ、出ましたよ、電話」とすました顔で言う。
「気の強そうな人ですね。新田さんには合わないかも。別れたら私、立候補してもいいですか? っていうか、もうキスしちゃったし、私たち」
「えっ!!」
何だ、この展開。まずいぞ。
僕は体調不良を訴えて、早退して家に帰った。

日めくりカレンダーを2枚めくったせいで、9月21日が消えてしまった。
ゴミ箱から21日の紙を拾って丁寧に皺を伸ばし、セロテープで22日の上に貼りつけた。
そしてスマホを見ると、日付は『9月21日』
よかった、戻った。

急いで会社に行った。9月21日をやり直すはずだった。しかし……
「新田さん、何ですか、今ごろ来て。プレゼン負けましたよ」
「もう会議終わりましたよ。リーダーが無断欠席なんて前代未聞」
「新田君、社長もお怒りだ。地方への異動は覚悟したまえ」
最悪だ。日にちは戻せても、時間は戻せなかったのか。
でも僕にはユリがいる。ユリとの関係は壊れていない。
夜になってユリに電話をしたら、男が出た。
「ああ、ユリの彼氏さんですか? ユリは今シャワー浴びてますよ」
なんだと?

もう、何もかもが嫌になって、家に帰って日めくりカレンダーを全部めくった。
こんなもの、もう要らない。すべてをゴミ箱に捨てた。
そのまま寝て、目が覚めると一面の銀世界の中にいた。
雪山が目の前に見える。外は猛烈な吹雪だ。
ここはどこだ? そして、今日は何月何日? スマホは圏外。テレビもない。
半そでのパジャマの腕をさすりながら、僕は途方にくれた。

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誰かを殺す夢 [ミステリー?]

誰かを殺す夢を見た。

1日目は、誰かを殺す計画を立てている夢だ。
念入りに計画を立てているのは確かに私だが、誰を殺そうとしているのかはわからない。

2日目は、誰かを殺しに行く夢だ。
ナイフを持って歩いている。すぐに銃刀法違反で捕まりそうだが、夢なので逮捕はされない。
そして誰を殺しに行くのかは、やはりわからない。

3日目は、誰かの家に侵入する夢だ。
深夜なのに鍵もかかっていない無防備な家に、私はいとも簡単に侵入する。
それが誰の家なのか、やはりわからない。

4日目、私はついに誰かを殺す。
ナイフを背中に突き刺して、一発で仕留める。
夢の中の私は、慣れているようだ。
うつ伏せで倒れた誰かは、どうやら男だ。

そして今夜、私は夢の続きを見る。
今日こそ知りたい。私はいったい誰を殺したのか。
全く知らないやつか、知り合いか。
知り合いだったら「おまえを殺す夢を見たよ」と冗談交じりに話してやろう。
しかしこんな日に限ってなかなか眠れない。

深夜に、ドアが開く音がして、誰かが入って来た。
鍵をかけたはずなのにおかしいと思いながら、ベッドを降りた。
恐る恐る部屋を出ると、ナイフを持った男と鉢合わせた。
すぐに逃げたが、追って来た男に背中を刺された。
私は、私を刺した男の顔をしっかりと見た。
それは、私だった。夢の中の私が、現実の私を殺しに来たのだ。
ああ、私が殺したのは私自身だった。
知り合いどころか、自分じゃないか。
なんだ、そうかと妙に納得しながら、私は目を閉じた。

目が覚めた。
私はガバっと起き上がる。まだ夜明け前だ。
そうか、これも夢だったか。
そりゃそうだ。自分が自分を殺すなどありえない。
何とも不思議な夢を見たものだ。

「ちょっと、何なの?」
となりで寝ていた妻が、般若のような顔で私を見た。
「夜中に5回も起きるなんてどうかしてる。睡眠妨害よ」
5回も起きただと? 
そうか、私は一晩のうちに5回も夢を見たのか。
どうやらその度に飛び起きて、再び夢の続きを見ていたようだ。

「今度起きたら殺すから」
妻が不機嫌そうに背を向けた。
本当に殺されるかもしれないと思いながら、私は再び眠りに落ちた。

妻が誰かを殺す計画を立てている。
ああ、これもまた夢か。


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抜け殻あつめ [ミステリー?]

「子どもの頃、セミの抜け殻を集めるのが好きだったの」
彼女は甘いカクテルを飲みながら、そんな話をした。
「机の引き出しが、ひとつ丸々抜け殻で埋まったの。それを見つけた母親が悲鳴を上げて全部捨てたわ」
「ひどいね。せっかく集めたのに」
「そうね。私には宝物でも、母にはただ気持ち悪いだけのゴミだったのね」
「俺も好きだったよ。セミの抜け殻。形を残したまま空っぽになるなんて、ある意味芸術だよ」
「あなたとは気が合うわ。ねえ、私、また抜け殻を集めているんだけど、よかったら見に来る?」
俺は、カウンターの下でガッツポーズをした。

彼女は、いわゆる「あげまん」だ。
彼女と付き合った男は必ず出世する。
営業部のTは彼女と付き合ってから成績が伸びて、同期で初めて課長になった。
うだつが上がらなかったYは、彼女と不倫してからとんとん拍子に出世して、今は総務部の部長だ。
ひょんなことから社長に気に入られて正社員になったアルバイトのK。
大手企業からヘッドハンティングされたA。
株で大儲けしたS。
数多くの男が、彼女を踏み台にして出世していった。
俺もあやかりたくて食事に誘ったら、彼女はあっさりついてきた。
しかも最初のデートで部屋に誘ってきた。
よし、これで出世コースまっしぐらだ。

彼女の家は、小さなアパートだった。
たくさんの男たちを出世させたのに、やけに質素な暮らしぶりだ。
「狭い部屋でごめんなさいね」
「いや、一人暮らしにはちょうどいいよ」
「そうなんだけどね。増えてきちゃったから広い部屋に引っ越そうかと思っているの」
「増えちゃったって、何が?」
「言ったでしょ。抜け殻よ。集めすぎて増えちゃった」
セミの抜け殻が増えたところで、たかが知れてると思いながらリビングに入った俺は、目の前の光景に、思わず後ずさりした。

リビングには、亡霊みたいにさまよう男たちがいた。
「なにこれ」
「元カレたちの抜け殻。みんな私の部屋で脱皮していくの。一皮むけて立派になって出ていくの。残った抜け殻が、私のコレクション。どう?いいでしょう」
よく見ると、知っている顔がいくつかある。
彼らは、背景が見えるくらい透き通った体で、ゆらゆら動いている。
その目は焦点が合わず、恐らく何も見ていない。
「生きてるの?」
「生きてるか死んでるか、自分でもわからないのよ。だって抜け殻だもん」
見ているうちに、気持ちが悪くなってきた。
このまま彼女と付き合ったら、俺の抜け殻も、こいつらと一緒にさまようのか。
いやだ。吐き気がする。彼女は平気なのか?
俺は部屋を飛び出して、最終電車で家に帰った。

3か月後、後輩がプロジェクトリーダーに大抜擢された。
遊びと女の話ばかりだったのに、やけにやる気に満ちている。
「お前、もしかして、あげまんの家に行ったのか?」
「行きましたよ。2か月前に、駅でばったり会って誘われたんです」
「抜け殻を見ただろ。気持ち悪くないか?お前の抜け殻も、あの部屋にいるんだぞ」
「抜け殻なんてどうでもいいです。セミだって、抜け殻気にして鳴かないでしょ」
「そうだけどさ」
「あっ、先輩すみません。俺、今から専務と食事なんです。お嬢さんを紹介してくれるって」

ヤバい。このままでは、後輩が上司になる。
俺はあげまんのところに行った。
「今日、家に行ってもいい?俺も君のコレクションに加えて欲しい」
「ああ、あれは、もうやめたの」
「どうして?」
「週末に母が上京して、全部捨てちゃったの。私には宝物でも、母には気持ち悪いゴミだったのよ。だからね、もうどうでもよくなっちゃった」
彼女はさっぱりした顔で笑った。
どこかのゴミ捨て場で、揺れている抜け殻が浮かんだ。
気持ち悪い。俺、やっぱ出世しなくていいや。

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A子の横領事件 [ミステリー?]

A子が、会社のお金を横領したんだって。3億円だって。
そりゃあ、すごい大さわぎ。
小さな町にもテレビの取材が来て、私もインタビューされた。

「ああ、A子はね、高校生の時から派手だったよ。ヴィトンだかカルティエだかの財布を学校に持ってきて見せびらかしていたからね。金持ちの大学生とでも付き合ってたんじゃない?やっぱさ、まだガキなのに贅沢覚えちゃったからさ、こういうことになるんじゃない?ところでさ、顔出さないでよね。小さい町なんだから」

顔出しNGでモザイクがかかっていたけど、声はそのままだったし、髪型や服装で、私だってすぐにばれた。
「ひどくない?あんたA子と仲良かったじゃん」
「テレビ見たけど、あの頃大学生と遊んでいたのはあんたでしょ」
などなど。あー、小さい町はこれだからいやだ。
ワイドショーを盛り上げてあげようと思っただけなのに。
実際すごく盛り上がった。私の話をきっかけに、会社の同僚や、A子の行きつけの美容師なんかが証言して、ブランドバッグをたくさん持っているとか、金遣いが荒いとか、いろいろ出て来た。
ほら、A子はそういうやつだったんだ。

白熱したワイドショーが少し下火になったころ、A子の兄が訪ねて来た。
実はA子兄と私は同じ職場だ。クレームをつけに来たんだ。
「君さ、どうしてあんなこと言ったの?」
「えー、あれ、似てるけどあたしじゃないよ~」
「とぼけるなよ。その時計、インタビューの時もしてただろ」
あー、そうだ。こいつ観察力するどいんだった。

「A子は犯罪を犯すような子じゃない。君だってそう思うだろ。親友なんだから」
「昔の話だよ。もう5年も会ってないもん」
「A子が持っていたヴィトンの財布は祖母の形見だ。そういうのをすごく大切にする子だったよ。A子は悪くない。上司にはめられたんだ」
「刑事ドラマみたいだね。身内をかばう気持ちはわかるけど、A子は東京に行って変わったんだよ。毎日おしゃれな店のインスタあげてたもん。3億円で豪遊してたんだ」
「自分が田舎の農協勤めだからって、やっかむなよ」
「やっかんでないよ。自分だって農協勤めじゃん。もう帰れ」
ああ、まったく頭にくる。田舎の人間関係ウザ!

それからしばらくして、A子が釈放された。
3億円を横領していたのはA子の直属の上司で、A子と恋愛関係にある男だった。
A子は利用されていたんだ。
もっとも、ブランドバッグを買ってもらったり、高級な店に連れて行ってもらっていたのだから、私から見たら共犯だけどね。

やれやれとテレビを消したとき、玄関のチャイムが鳴った。いやな予感。
「警察です」
あらら、農協のお金を使い込んだこと、ついにバレちゃった。
おかしいな。ゆるゆるの経理で絶対バレないと思ったのに。
ああ、そうか。A子兄が告発したのね。
農協勤めで、200万円の時計が買えるはずがないって。
ずっと欲しかったブルガリの時計。
誰かに自慢したくて、毎日付けてたからな。あー、マジでバカだわ。

「農協で300万横領したB子でしょ。知ってるよ。あの子高校時代からヤバかったもん。そういえば300円貸したままだったな」
「ブランド好きだったよね。金欲しさに援交してたって噂もあったよね」

ここぞとばかり、みんな言いたいこと言ってくれたみたいだけどさ、300万じゃ、たいした話題にもならなかったみたい。
あー、ここでもA子に負けた。

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お年玉強盗 [ミステリー?]

1月3日のことである。
おばあさんの家に、4人の孫がやってきた。孫は男ばかりである。
毎年揃って顔を出し、お年玉をもらうのだ。
孫といっても20歳を過ぎた大人だが、もらえるものはもらいたい。
しかしおばあさんは、正月早々浮かない顔をしている。
「実は、昨日空き巣に入られて、お前たちのために用意したお年玉を盗まれたんだ」
「何だって?」
「警察には行ったの?」
「行ってないよ。だってさ、お前たちの中に犯人がいるかもしれないから」
孫たちは思わず顔を見合わせた。
「何言ってるの?俺たちを疑ってるの?」
「昨日防犯カメラに映っていたんだよ。1月2日の13時20分に、合鍵を使って家に入る誰かがね」

おばあさんは、昨日老人会の仲間と初詣に行った。
それを知っているのは、近所に住む二人の娘夫婦と孫たちだけ。
娘たちの家には、おばあさんの家の合鍵がある。
防犯カメラに映ったのは、若い男だ。
黒い帽子を目深に被り、黒いコートに黒いマスク姿で顔はさっぱりわからない。
「断定はできないよ。だけど合鍵でここに入れるのは、お前たちしかいないだろう」

A男「僕は昨日バイトだったよ。10時から17時まで。犯行は無理だ」
B男「僕は大学のレポートをやってた。駅前のドトールに、10時から15時までいたな。さすがに長居しすぎたから、店員が覚えてると思うよ」
C男「俺は恋人と買い物に行ったよ。家に帰ったのは18時頃かな」
D男「俺は家で寝てた。前の日に高校の同級生と飲み明かして、15時におふくろに叩き起こされた」

それぞれにアリバイがある。ちなみに、A男とB男が兄弟。C男とD男が兄弟である。
B男「兄ちゃんのバイトはピザの配達だ。ちょっと寄れる時間はあるよね」
A男「バカ言え。真っ赤なジャンパー着てるんだぞ。黒いコートなんか持ってない」
C男「おいD男、アリバイがないのはお前だけだ。こっそり布団を抜け出してまた戻れば、母さんにはバレないだろう」
D男「兄さんこそ。恋人の家って、この近くじゃなかった?」
B男「しかしそもそも、黒いコートが気にかかる。ねえおばあちゃん、死んだおじいちゃんの教えで、正月に黒い服を着るなっていう家訓があるよね。僕たち、今でもそれを守ってるんだ」
「そうかい、そうかい。そりゃあ、じいさんも喜んでるね」

A男「ちょっと待て。そもそもこの家の合鍵を持ち出すのは不可能だ。うちでは母親が管理していて、どこにあるのかもわからない」
D男「うちもそうだよ。母さんが持ち歩いてる。車の鍵と家の鍵と、この家の鍵をキーボルダーでひとまとめにして、いつもカバンに入れてる。母さんの許可がないと借りられないよ」
「あっ」と、D男がC男を見た。
「兄さん、昨日母さんの車で出かけたね。キーホルダーに、この家の鍵もついていたはずだ」
C男の顔が青ざめて、膝から崩れ落ちた。
「お、俺がやった」

     *
「ちょっとお待ち。C男は犯人じゃないよ」
名探偵のごとく腕組みをしたおばあさんが、きっぱりと言った。
「C男はじいさんの家訓を破って黒い服を着たりしないよ」
「たった今認めたじゃないか。C男じゃなかったら、誰なんだよ」
「犯人は、C男の恋人だ」
「ええ、だって、若い男だって言ったじゃないか」
「C男の恋人は女とは限らない。前になかなかのイケメンと仲良く歩いているのを見かけたよ。あんたの恋人は、あのイケメンだね」
C男はこくりと頷いた。

昨日、C男は恋人におばあちゃんの話をした。
「毎年元旦から、4人分のお年玉をコタツの上に並べているんだ。1人3万円として12万。不用心だよね。今日おばあちゃん出かけてるんだ。この合鍵で忍び込めば、4人分のお年玉を独り占めできるよね」
「12万あったら旅行に行けるね」
「行ける行ける。って、あはは。冗談だよ」
本当に冗談のつもりだったが、彼は本気にした。C男がうたた寝をした隙に鍵を持ち出しておばあちゃんの家に行った。
そして、コタツに並んだ4つの封筒を残らず持ち帰ったのである。

C男「取り返してくる」
A男・B男・D男「俺たちも行く」
恋人は、すっかり罪悪感に苛まれていると思いきや、C男の顔を見るなり封筒を突きつけて言った。
「何が旅行だよ。4千円でどこに行くのさ」
A男・B男・C男・D男「4千円? ひとり千円ってこと?」

介護保険、後期高齢医療保険、年金暮らしのおばあちゃんは、大変なのであった。
「今年はちょっとケチりすぎたかね~」

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不夜城 [ミステリー?]

「お客さん、終点ですよ」と肩を叩かれて飛び起きた。
終点だって? 
仕事を終えて最終電車に乗り込んで、珍しく座れたから眠ってしまった。
よほど疲れていたんだろう。何しろこのところ、毎日残業だ。

ホームに降りたのは私だけだ。
乗客もいなければ駅員もいない。無人駅か?
自動改札もなく、切符を入れる木箱が置いてある。今どき切符など持っていない。
仕方なく改札を抜けて外に出た。生暖かい風が不快だ。

何もない。店もなければタクシーもない。
始発まで駅のベンチで待つしかないと思ったとき、若い女が現れた。
「おじさん、乗り過ごしちゃったの?」
「ああ、そうなんだ。すっかり寝てしまって。この辺りに、泊まれるところはあるかな。ビジネスホテルかネットカフェ。朝までやってるバーでもいいけど」
女は、値踏みするように私を見た後「あるよ」と言って歩き出した。
スナックの女か? 現金は8千円ほどしかないが足りるだろうか。

女が立ち止まり、足元のマンホールの蓋を開けた。
「ここが入り口。おじさん痩せてるから入れるでしょ」
女はするすると降りていく。
「おじさん、早くおいでよ。蓋はちゃんと閉めてね」
どういうことだ。疑問符を脳みそ一杯に残したまま梯子を降りた。
どこからか、賑やかな声が聞こえてくる。こんな地下に店があるのか?
「おじさん、早く」と下で女が手招きをする。赤や黄色のネオンが女の顔を照らす。

たどり着いた私は思わず目を見張った。
何てことだ。マンホールの下に、繁華街が広がっている。
「好きなだけ遊んでいきなよ。ここは何でもあるよ。酒も女も麻薬も」
「いや、そんな金はないよ」
「平気だよ。闇金あるし、カジノもあるよ」
「勘弁してくれ。そういうものとは関わりたくない」
「つまんないの。じゃあね、おじさん。せいぜい真面目に遊んでいきなよ」
女は跳ねるように歩きながら、ネオン街に消えた。

歩いてみると、実に様々な店がある。
ファッションヘルスにキャバクラ、ソープランド。
しかもすべて現金払い。いつの時代だ?
私はこういう類の店には入ったことがない。仕事ばかりしていた。
地道に生きてきたのだ。今さら羽目を外したいとも思わない。

私は、一番落ち着けそうな居酒屋に入った。
「いらっしゃい。おや、新顔だね。乗り過ごしたクチかい?」
「ええ、まあ」
店主がメニューを広げてみせた。
「どの子にする?」
メニューには、若い女の写真が並んでいる。
「待ってくれ。俺は朝まで時間を潰せればそれでいい。そもそも金がない。現金は持ち歩かない主義なんだ」
「金なら貸すよ。取りあえず10万。トイチでどう?」
私は店を飛び出した。まともじゃない。この街は変だ。
酔っ払い同士のケンカ、クスリ漬けの女、我が物顔で歩くホストとキャバ嬢。
早く出よう。長居する場所ではない。
出口を探したが、見当たらない。同じところをぐるぐる回っているみたいだ。

私をここに連れて来た女を見つけた。
「おい、ここから出してくれ。そろそろ始発が出る頃だ」
女は振り返って言った。
「おじさん、朝は来ないよ。来る必要がないんだよ。だってここは不夜城だよ。夜でもこんなに明るいんだもん」
「出口はどこだ。帰らないと。あしたは大事な会議があるんだ」
「大丈夫よ。おじさん一人いなくなっても会社は困らないよ。そんなものよ」
女はにやりと笑って再びネオンに消えた。
こんなところで一生を過ごす? 仕事しかしてこなかった俺が?
「ねえ、遊ばない」と近づいてきた女に、力なく頷いた。
そして私は、深い闇に落ちていった。

***
「ああ、今日も終電だ」
疲れ果てた男が最終電車に乗り込んだ。運良く席が空いている。
「座れるなんてラッキーだ。明日の資料を確認しよう。その前に、少しだけ眠ろう。本当に少しだけ。少しだけ……」

「お客さん、終点ですよ」

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ワイシャツになった朝 [ミステリー?]

「何日目ですか?」
ふいに尋ねられて横を向くと、話しかけているのはフード付きのパーカーだ。
「よく降る雨ですね。私はもう3日もこうして干されているんですよ。フードの部分がね、乾かなくてね」
「はあ」と俺は生返事をした。

ここは軒下だ。雨がしとしと降っている。
窓ガラスに映る自分の姿を見て驚いた。
ワイシャツだ。俺はワイシャツになっている。
「ワイシャツさんはいいですねえ。乾きが早いから。ジーンズさんなんか、かれこれ4日もあのままですよ。おっと、バスタオルが来ましたよ。ちょっと端に避けましょう」
僕とフード付きパーカーは端っこに追いやられ、真ん中に大きなバスタオルがやってきた。
「すみませんね、お邪魔します」

バスタオルを干しに来たのは妻だ。
ため息を吐きながら、恨めしそうに雨を見ている。
はて、どうして俺はワイシャツなのだろう。
昨日の出来事を、順を追って思い出してみた。

朝、妻と言い争いをした。
「ワイシャツはクリーニングに出してくれって言ってるだろ」
「忙しくて行くひまがないのよ。アイロンかけてあるからいいでしょ」
「袖の辺りがヨレヨレなんだよ。手抜きじゃないのか?」
「だったら自分でやってよ。家事にパートに塾の送迎。手一杯なのよ」
苛つきながら会社に行って、帰りに後輩と一杯やって、馴染みの女のところで飲んでフラフラになって家に帰り、脱いだワイシャツを洗濯かごに放り投げた。
そして目覚めたらワイシャツになっていた。

「ワイシャツさんはいいですね。乾かなくてもアイロンがけしてもらえるから」
「ほんと、ほんと。羨ましいですよ。せめてコインランドリーに連れて行って欲しいですね。乾燥機、目が回るけどあったかいからな」
「ああ、でもここの奥さん忙しいからな、コインランドリーに行くのも大変ですよね」
「ここのダンナ、まったく協力しないからね」
耳が痛い。いや、痛いのは肩だ。針金のハンガーがチクチクする。

妻が来た。俺をハンガーごとひょいとつかんでリビングへ運んだ。
「いいですね。ワイシャツさん、アイロンかけてもらえるんですね」
フード付きパーカーとバスタオルが羨ましそうに見送った。
アイロン台には、子供の制服のブラウスとハンカチ。
キャッキャとはしゃぎながら、アイロンをかけられている。
俺の番だ。アイロンをかけられるって、どんな気分だ?
妻は俺を掴むと、裁縫箱からハサミを取り出した。
えっ?なぜハサミ?

「ワイシャツさんが悪いんだ。襟に口紅なんか付けて帰るから」
子供のブラウスが、気の毒そうに言った。
嘘だろう?
ハサミがゆっくり近づいてくる。
やめてくれ、俺なんだ。ワイシャツは俺なんだ!助けてくれ!わあ!!


「バスタオルさん、何日目ですか?」
「かれこれ一週間です」
「私はもう10日目です。ジーンズさんは11日もあのままですよ」
「まさかこの家で殺人事件が起きるなんてね」
「もうすっかり乾いているのに、私たち、いつまでこのままなんでしょうね」
「しかし暑いな。もう夏ですね」


乾かない洗濯物を見ていたら、ふと殺意が。
うそです^^ フィクションです^^

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消滅 [ミステリー?]

久しぶり。20年ぶりくらいかな。
まさか淳史くんが同窓会に来てくれるなんて思わなかった。
ほら、淳史くん卒業前に東京に行っちゃったでしょう。
だから名簿に載っていないのよ。フェイスブックで見つけたときは飛び上がったわ。
ねえ、ちょっと太った? 貫禄あるよ。
やめてよ。淳史くんがおじさんなら、私だっておばさんだよ。
結婚は? へえ、子どもが二人。私はね、バツイチ。
淳史くんと別れた……っていうか、自然消滅した後、親が決めた人と結婚したの。
うまくいかなかったな。そりゃそうだよ。好きじゃなかったもん。
あの頃はね、自暴自棄になってたな。
もう遠い昔の話だけどね。
ねえ、淳史くん、同窓会の後、時間ある?
違う、違う。そういうんじゃないよ。
ほら、神社の桜の木、憶えてる?
あの下に、埋めたじゃないの。何をって、お金よ。
ふたりで貯めて、お地蔵さんの下に隠していたじゃないの。
いつか絶対一緒になろうって。
お金が貯まったら東京に行って淳史くんと暮らすって、本気で思ってたんだよね。
ねえ、掘りに行ってみようよ。今もあのままだよ。
ふたりで貯めたお金なんだからさ、ふたりで分けよう。


この町で暮らしたのは、高校の3年間だけだ。
親の都合で卒業前に東京に帰ることになったけど。
明日香とは2年間付き合った。すごくピュアな恋をしていた。
本気で将来を考えたりもしたけど、明日香の親が東京行きを許さなかった。
それで、自然消滅。まあ、初恋なんてそんなもんだろう。
明日香はすっかり田舎のおばさんだ。太ったのはお互い様だな。
ふたりで貯めたお金のことなんて、今の今まで忘れていた。
でもまあ、金はあっても困らないし、話のタネに行ってみることにした。
暗いな。田舎の夜ってこんなに暗いんだ。
神社の桜の木、懐かしいな。
お堂の軒先で、明日香と飽きるまで話した日を、なぜか鮮明に思い出す。
そうだ。桜の木の後ろに、小さな地蔵が5つ並んでいて、右から2番目の地蔵の下に金が入った缶を埋めたんだ。ずいぶん可愛いことをしていたんだな。

明日香が、草むらからスコップを持ってきた。そんな大きなスコップ必要か?
地蔵をずらして掘る。掘る。掘る。あれ、何もない。
おい、明日香、何もないぞ。
あれ? 明日香が、はるか上から俺を見下ろしている。
そんなバカな。いつの間にこんなに深く掘ったのだろう。
やけに青い月が、冷たい顔を照らした。
「ごめん、淳史くん。ふたりで貯めたお金、使っちゃった。そのお金で私、東京に行ったんだよ。すべて捨てる覚悟で行ったのに、淳史くん、別の女と暮らしてたよね」
えっ、連絡途絶えてただろ。俺たち、自然消滅だっただろ。
「さよなら」って、待ってくれ。足が埋まって出られないんだ。
助けてくれ。明日香、おい、明日香。


淳史くん、私の恋は、消滅してないよ。
明日の朝、また会いに来るね。飽きるまで話そうよ。あの頃みたいにね。

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赤い毛糸 [ミステリー?]

雪がちらついていた。
景色に見とれて、小さな駅でうっかり途中下車してしまった。
次の電車はもうなかった。閑静な田舎町で、宿などない。
「失敗したなあ」と途方に暮れて歩いていると、道端にお地蔵さまがいた。
赤いニット帽を頭にかぶっている。
「まあ、可愛らしい」
雪を払ってお参りすると、お地蔵さんが少し笑ったように見えた。

「お嬢さん、見かけない顔だね。どうかしたのかい?」
通りかかったおばあさんに事情を話すと、快く「うちに泊まりなさい」と言ってくれた。
おばあさんの家は、お地蔵様のすぐ近くで、ひとり暮らしのようだ。
「さあ、さあ、温まって。古い家で驚いたかい」
ストーブの炎が優しくて、心まで溶けていくのを感じる。

恋人と別れて、ひとりの傷心旅行だった。
特に急ぐわけでもなく、宛てもなかった。
「さあさあ、たくさんお食べ」
おばあさんが、ご馳走を用意してくれた。野菜中心の優しい御飯だ。
食べ終わるとおばあさんは、籐のカゴから赤い毛糸をとりだして、帽子を編み始めた。
「お地蔵さん帽子ですか? おばあさんが編んでいたのね」
「その昔、村の女の子がね、寒そうなお地蔵さまに赤い毛糸の帽子をかぶせたのさ。そうしたら、その年は災害もなく大豊作だったそうだ。それからね、お地蔵さまに赤い帽子を被せることが習わしになったんだ」
「そうなんですか。今はおばあさんが編んでいるんですね」
「でもね、年のせいかすっかり編み目が見えなくなってねえ」
おばあさんは、目をシバシバさせた。
「お手伝いしましょうか」
私が言うと、おばあさんはニッコリ笑って編みかけの帽子を差し出した。
「おや、あんた上手だねえ」
「編み物、得意なんです」
恋人にも何枚もセーターを編んだ。きっと新しい恋人に全部捨てられてしまっただろう。
無駄な時間だった。こうしてお地蔵さまの帽子を編む方が、どれだけ有意義だろう。
静寂の中で一目一目丁寧に編んでいく。こんな時間もいいなと、しみじみ思った。

目覚めると、雪はすっかりやんでいた。
硝子のような陽ざしが、雪に反射している。
ふと見ると、小指に赤い毛糸が巻き付いている。
「なにかしら」
結び目は決してきつくないのに、どうしても外れない。
私はおばあさんのところへ行き、指に巻き付いた毛糸を見せた。
「おやまあ」と、おばあさんの顔がぱあっと輝いた。
「あんた、選ばれたんだね。お地蔵さまに選ばれたんだね」
おばあさんに促されて、外に出て糸を手繰ると、お地蔵様の指に繋がっていた。
糸がほつれて、お地蔵さまの帽子がなくなっている。
「ほらね、これからはあんたが帽子を編むんだよ。ほらほら、早く被せてあげないと、お地蔵さまが風邪をひくよ」
「無理です。私帰らないと。今すぐハサミで切ってください」
「ハサミなんかじゃ切れないよ。運命の赤い糸だもの。大丈夫。糸は長いから、自由に動けるよ。この村からは出られないけどね」
「困ります」
「仕方ないよ。選ばれちゃったんだから」
おばあさんは嬉しそうに言って、大きく伸びをした。
心なしか、いくらか若返ったようにみえる。
「ああ、縛られていた50年を、今から取り戻そうかね」
「50年?」
おばあさんは、すっかり若返り、羽が生えたように軽やかに雪道を走っていった。

ああ、帽子を編まなければ。早く帽子を。
赤い糸に操られるように、編み棒を手に取る。
ひと目編むごとに、何かを忘れていくような気がした。
雪が、また降り出した。心地よい静寂だ。

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ようこそ、無人島へ [ミステリー?]

妻と二人で、無人島旅行の計画を立てた。
無人島と言っても、清潔なコテージがあり、冷暖房完備、ネット環境も整っているうえに、冷蔵庫には必要な食材が入っている。
つまり、リゾート用に整備された無人島だ。

予約客は、1ツアー1組のみ。
僕たちの場合、夫婦二人で無人島生活を満喫できるのだ。
船で島まで送ってもらい、翌日迎えに来るまで自由に過ごす。
日常を忘れてゆっくり過ごすには、持って来いのリゾートだ。
しかも観光地じゃないから、お土産を買う必要もない。
だから誰にも言わずに出かける。うっかり言って人気スポットになったら困る。

「お客様、島が見えてまいりました」
「まあ、素敵ね、あなた」
「今夜は星を見ながらワインを開けようか」
「いいわね」

島に着き、船を見送ってコテージに向かった。
「あら、可愛いお家ね。お庭も広いわ」
「この島全部が庭みたいなものさ。俺たちしかいないんだから」
妻の肩を抱いてコテージに入ると、誰かの話し声が聞こえた。
誰もいないはずなのに、テレビでもついているのか?

中に入ると、男と女がいた。
僕たちと同じ30代後半くらいの男女が、ソファーに座って寛いでいた。
「君たちは誰だ? 今日は僕たちが予約しているんだけど、まさかのダブルブッキング?」
ツアー会社に確かめようとスマホを取り出すと、男が急に土下座をした。
「すみません。今日予約が入っていたのをすっかり忘れていました。今すぐ出ていきますので、会社には電話しないでください。お願いします」
床に頭をこすりつけ、必死に懇願する。

「どういうことです?」
「実はこの家は、私たち夫婦の家です」
「何だって? ここは無人島じゃないのか」
「住んでいるのは私たちだけです。この家の掃除や管理をしています。週に一度届く食材を収納したり、ちょっとした野菜を作っています」
「無人島じゃないなら詐欺じゃないか」
「ですから、お客様が来る日は林の向こうの洞穴で寝泊まりしているんです。そういう約束で、ツアー会社から金をもらっているので。だから困るんです。会社にはどうか内密に」
「わかったよ。さっさと出て行ってくれ」
「はい」と立ち上がった途端、女の方がフラフラと倒れた。
「おまえ、大丈夫か。すみません。妻は身体が弱くて。何しろ週の半分はジメジメした洞窟暮らしですからね。でも気にしないでください。おい、行くぞ」
女は青い顔で頷いた。さすがにちょっと胸が痛む。
「ねえ、あなた。可哀想よ。泊めてあげたら」
妻が言った。確かにこのまま夫婦を追い出して、せっかくのリゾートを楽しむ気にはなれない。
「じゃあ、泊ってください。部屋はたくさんあるし。って、知ってるよな。自分の家だもんな」
「ありがとうございます。なんてお優しい方だ」
「奥様、よかったら私がお料理をお作りしますわ。泊めていただけるんですもの、そのくらいはさせてください」

女は料理が上手かった。まるで三ツ星レストランのような味だ。
男の方も話してみると、なかなか博識の持ち主で楽しかった。
ワインを酌み交わし、食後のコーヒーも絶妙だった。
覚えていたのはそこまでだ。
目覚めると、もう日が高かった。
「おい、寝すぎたぞ。ワインを飲みすぎたかな」
妻も起きだして時計を見た。
「あら、もう船の時間だわ。あなた、お迎えを少し遅らせましょうよ」
「そうだな、ブランチもしたいし、電話しよう」
そう思ってスマホを探したが、どこにもない。妻のスマホもない。
「あなた、帰りの船のチケットがないわ」
「なんだって?」

昨夜の夫婦を探したが、どこにもいなかった。
「洞窟だ。林の向こうの洞窟に行ってみよう」
僕たちは素早く着替えて林を抜けて洞窟にたどり着いた。
人が寝泊まりした後はあるが、夫婦はいなかった。
「あなた、手紙があるわ」

『お疲れ様です。これからの管理お願いします。あなたたちと似たような年恰好で、なおかつ親切な夫婦が来るまでの辛抱ですよ。では、幸運をお祈りします』

やられた……。

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