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代わってよ [ホラー]

「代わって。ねえ、代わってよ」
真夜中に声がした。それは、誰かの声じゃない。
僕の声だった。

「代わって。ねえ、代わってよ」
怖くて、目が開けられない。耳をふさいでも無駄だ。
だって、声は僕の体の中から聞こえている。

「代わって。ねえ、代わってよ」
「いやだよ」と答えてみた。
「ケチだな」と声がした。不思議だ。僕の中で、僕と僕が会話している。

怖くなって起き上がって、おかあさんのところに行った。
「怖い夢を見たのね」
おかあさんは優しく背中を撫でてくれた。もう声は聞こえない。
僕は安心して眠った。

翌朝、おばあちゃんに話した。
「その子は、おそらく双子のかたわれだ」
おばあちゃんはそう言って、仏壇に手を合わせた。
「かたわれ?」
「もうひとりの、おまえだよ」
「もうひとりの、僕?」
「おまえは、双子で生まれるはずだった。だけど、どういうわけかひとりで生まれた」
かたわれ。双子の、かたわれ。
僕の中に、もう一人の僕がいるってこと?
「おばあちゃん、僕、どうしたらいいの?」
「さあね、あたしにとっては、どちらも可愛い孫だから」
おばあちゃんは、ガサガサの手で僕を撫でた。
「そろそろ、代わってあげてもいいかもしれないねえ」

その夜、また声がした。
「代わって。ねえ、代わってよ」
「代わるって、なに?」
「もう七年も生きたんだから、そろそろいいでしょう。代わってよ」
「代わるって、なに? 代わったらどうなるの?」
「大丈夫。代わっても誰も気づかない。何も変わらない」

僕の中から、僕が出てきた。
ゆらゆらと揺れながら、僕の体を離れていく。
「怖いよ。おかあさん」
叫んでみたけど声が出ない。
起き上がりたいけど、起きられない。

「代わってくれてありがとう」
代わったの? いつ代わったの? 今の僕は僕なの?
それともかたわれなの?
ゆらゆら揺れて消えたのは、僕なの?
それともかたわれなの?

「大丈夫。代わっても、何も変わらない」

起き上がって、鏡を見た。
何も変わっていない。
そう、何も、変わっていない。
僕はぐっすり眠って、太陽の光で目覚めた。
まるで初めて迎える朝みたいに、気分が良かった。


***
少し前に書き止めておいた話です。
爽やかな春にホラーっていうのもどうかな、と思いましたが、最近話が思いつかなくて。
頭がさび付いてきたかもしれません。

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夜の公園 [ホラー]

男の人が来ると、外に出された。
「2時間は帰ってきちゃだめよ」とお母さんは千円をくれた。
昼間はまだいい。コンビニやショッピングセンターで時間をつぶせる。
だけど夜は困る。すぐに補導されてしまうから、お店には行けない。

その夜、わたしは近所の児童公園に行った。
夜になると誰もいない。薄暗い外灯がいくつかあるだけで、暗くて寂しい。
わたしはブランコに座り、思い切り地面を蹴った。
ブランコが加速していく。順番待ちの子もいない。独り占めだ。
ふと、隣のブランコを見ると、同じように揺れている。
風もないのに、まるで誰かが乗っているように、前に後ろに揺れている。
「誰かいるの?」
声を掛けたら、返事の代わりに微かな笑い声が聞こえた。
小さな子どもの笑い声だ。

わたしは次に、シーソーにまたがった。
ひとりでは動くはずがないシーソーから、わたしの両足がゆっくり離れた。
ギッタンバッコン。
「やっぱり誰かいるのね。あなたはだあれ?」
相変わらず笑い声しか聞こえない。

ベンチに移ると、となりに誰かが座る気配がした。
「あなたも家に帰れないのね」
外灯が、今にも消えそうに点滅した。
「お父さんが生きていたころは楽しかったのよ。お母さんは、すっかり変わってしまって、わたしより、男の人の方が大事なの。ときどき優しいけど、ときどき泣くの。泣きながら、あんたさえいなければって言うの。そんなときはすごく悲しくなる」
誰にも言えない心の中を、見えない誰かに話した。

「じゃあ、帰らなければいい」
不意に声が聞こえた。
「朝までここにいればいい。お母さんが迎えに来たらあんたの勝ち」
「勝ち? じゃあ、来なかったら?」
「あんたの負け。負けたら、あたしと一緒にここで暮らすの」
「そんなの嫌だよ。わたし、もう帰る」
立ち上がろうとしたけれど、動けなかった。
点滅していた外灯がとうとう切れて、闇の世界にいるみたい。
怖いよ。お母さん、迎えに来て。
祈るようにつぶやきながら、わたしは震えていた。

「ちはる、ちはる。起きなさい」
目を開けたら、お母さんがいた。
「捜したわ。まったくこんなところで寝て、風邪をひくわよ」
わたしは、公園のベンチで寝ていた。時刻は午前0時。
「男の人は帰ったの?」
「とっくに帰ったわ。あの人はもう来ない。だから、ちはるはずっと家にいていいの」
お母さんは、少し寂しそうだった。男の人と別れた後は、いつもこんな顔。

「お母さん、もうわたし、外に出なくていいの?」
「もちろんよ。これからはずっとふたりで生きて行こう」
お母さんは、わたしの手をぎゅっと握った。

誰も乗っていないブランコがキイキイ音を立てて動き出した。
お母さんは迎えに来たよ。わたしの勝ちだね。
「それはどうかな?」
闇の中から声がした。
「あんたはきっとまた来るよ。あたし、待ってるから」
わたしは、お母さんの手を握り返した。
「ずっと一緒だよね、お母さん」
お母さんの顔は、暗くてよく見えなかった。

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影がないのは [ホラー]

放課後、いつものようにユウ君と待ち合わせをした。
同じ方向だから、一緒に帰ることになっている。
五月の木漏れ日がキラキラ光るケヤキの下で、ユウ君はぼくを待っていた。

「ユウ君ごめんね。そうじ当番でおそくなっちゃった」
「別に平気だよ。さあ帰ろう」
ぼくたちは、並んで歩き始めた。ユウ君は、何だか少し元気がなかった。
の葉っぱが反射しているせいか、ちょっと顔色も悪い。
確かにユウ君なのに、何かがちがうような、不思議な感じがした。
「ユウ君、クラスで何かあった?」
ぼくたちは、二年生になってクラスが離れてしまった。
ユウ君のクラスには、いじめっ子がいるのかもしれない。
先生も、ちょっと怖そうだ。
ユウ君はおとなしいから、何かひどいことをされているのかもしれない。
「別に何にもないよ。ちょっとお腹が空いているだけさ。サトシ君は優しいね」
ユウ君が笑った。いつもの笑顔だ。なあんだ、お腹が空いているのか。
安心した。だけど安心したとたん、ぼくは奇妙なことに気づいてしまった。

ユウ君に、影がない。
後ろから太陽が照りつけて、ぼくの影はこんなにくっきり映っているのに、ユウ君には影がない。
どうして影がないんだろう? 影がないのって、なんだっけ。
前に何かの本で読んだことがある。ぼくは心の中で考えた。幽霊? 死神? 妖怪?

「吸血鬼だよ。サトシ君」
ユウ君が、ぼくの耳元でささやいた。
「えっ?」と振り向く間もなく、ユウ君はぼくの首すじにかみついた。
意識がだんだん遠くなる。どういうこと。ユウ君、これ、どういうこと?

気がついたら、ぼくは保健室で寝ていた。
「目が覚めた? 校門のところで倒れていたのよ。多分貧血だから、栄養のあるものをたくさん食べなきゃダメよ」
保健の先生は優しく言った。若い女の先生で、生徒たちに人気がある桃子先生だ。
「先生、ユウ君は?」
「ユウ君? お友達はいなかったわ。きみは一人で倒れていたのよ」
あれは、夢だったのかな。ユウ君に会う前に、校門の前で倒れてしまったのかな。
「最近、貧血の子が多いのよね。きみ、一人で帰れる? おうちの人に来てもらう?」
「大丈夫です」
ぼくはゆっくり起き上がった。不思議だ。すごくお腹が空いている。
少しよろけたら、桃子先生が体を支えてくれた。
「あれ、首に傷があるわよ。虫に刺されたのかしら。絆創膏を貼ってあげるね」
桃子先生がぼくの首に手を当てた。先生は、長い髪をひとつに束ねている。
白くて細い首すじがぼくの目の前にあった。
「吸いたい」
「えっ? 何か言った?」

ぼくは桃子先生の首すじにかみついた。そしてゆっくり血を吸った。
なぜそんなことをしているのか自分でも理解できないけれど、空腹が満たされるまで、夢中で血を吸った。
なんておいしい。なんていい気分だ。
「先生ありがとう」
絆創膏を持ったまま倒れている桃子先生は、きっとじきに目覚めるだろう。
そしてぼくと同じように誰かの血を吸って、いつも通りの優しい先生に戻るだろう。

五月の空は、夕方でもまだ明るい。早く夜にならないかな。
どうしてだろう。太陽が苦手だ。
「あれ、サトシ君?」
家の近くで声をかけられた。振り向くと、隣の家のおねえさんだ。確か中学二年生。
「遅いね。さては居残りだな」
「ちがうよ」
おねえさんは、ぼくの隣に並んで歩きだした。そして、不意に言った。
「サトシ君、どうして影がないの?」
あっ、本当だ。ぼくの影がない。そしておねえさんの心の声が聞こえる。
『影がないのって、何だっけ。幽霊? 死神? それとも……』
ぼくはおねえさんの後ろに回って、耳元でささやいた。

「吸血鬼だよ。おねえさん」

****
ある児童書の公募に出したものです。
2つ出して、1つ採用されました。
こちらは落選作です。採用作はアンソロジーの本として出版されます。
そのときはお知らせしますね。

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廃墟潜入リポート [ホラー]

ハルタが真夜中の廃墟に潜入して、戻らかった。電話も繋がらない。
昔病院だったというその廃墟は、近所では有名な心霊スポットだ。
「本当に出るから、1人で行ってはいけない」と言われていた。
彼はユーチューバーだ。
「無謀なことに挑戦しなきゃ意味ないっしょ」と言いながら、スマホひとつ持って出かけて行った。
登録者数を増やして、就職を迫る父親に認めて欲しかったのだ。

翌日心配になって友達数人と廃墟に行った。昼間でも気味が悪い。
名前を呼びながら捜し歩いたけれど、どこにもいない。
「ハルタ、他に女がいるんじゃない?」
「そうそう、いいのが撮れてテンション上がって、女でもひっかけたか?」
「やめてよ。ハルタはそんな人じゃないわ。せっかく撮った動画をアップしてないのも変だし、絶対何かあったのよ」
「じゃあ逆に、何にも撮れなくて落ち込んで」
「飲み屋の女と……?」
「だからやめてってば」

私は、面白半分でついてきた友達を帰して、ひとりで捜すことにした。
蜘蛛の巣だらけの廊下の先に、手術室があった。見ていないのはこの部屋だけだ。
「ハルタ、いないの?」
部屋に足を踏み入れたとき、スマホのお知らせ音が鳴った。
『ハルゾウチャンネル』の配信を知らせるものだった。
それはハルタのユーチューブチャンネルだ。
なんだ。ハルタ帰ってるんだ。よかった。
それならどうして電話に出ないのかと、少しムカついたけど無事が分かってホッとした。
私はその場にしゃがみこんで、ハルタの動画を見た。

『ハルゾウでーす。今日はなんと、地元で有名な心霊スポットに来ています。この場所ね、1人で来ちゃいけないって言われてるんですよ。今どき1人で行けない場所なんてあります? キャンプもひとりでする時代ですよ』
軽快なトークと共に、部屋を映して行く。
『なんか、何もないですね。人体模型とかあると盛り上がるんだけどな。あっ、あれは学校か。学校の理科室だな。ここは病院だから霊安室とかヤバそうだな。真っ暗で、どこがどの部屋かわかんないけど』
突然、カメラが切り替わった。ハルタを背後から撮影している。

どういうこと? カメラマンがもうひとりいたの?
ハルタは、自分が撮られていることにまるで気づいていない様子で、自分のスマホに向かってリポートを続けている。
次の瞬間、壁から無数の手が伸びて、ハルタに絡みついた。
無数の手は、ハルタの足を、腕を、髪を容赦なく掴んで闇に引きずり込んだ。
「わあ、なんだこれ。わあ、た、たすけて」
悲鳴を上げて引きずられるハルタのアップで動画が終わった。

なにこれ? 演出? 本格的だ。こんなすごい動画が撮れる人だったの?
再生数がぐんぐん上がる。コメント欄も大変なことになっている。
ハルタ、すごいね。登録者数も一気に増えるね。

帰ろうと立ち上がって、ふと気づいた。
この部屋、ハルタが最後に撮った部屋だ。
どこからか伸びてきた手が足に絡みついて、私はそのまま動けなくなった。


「ハルゾウチャンネル見た?」
「見た見た。めっちゃ怖いよね」
「次の配信楽しみだな~」
「さっきアップされてたよ。今度は女の人だった」
「ハルゾウの彼女なんでしょ。叫び声、めっちゃリアルだったよ」
「噂なんだけど、あの動画の後、ふたりとも行方不明なんだって」
「ありがち!都市伝説かよ」

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お化け屋敷に住んでみた [ホラー]

ここはとても居心地がいいです。
朝から夜まで暗くて、1日中ひんやりしています。
時おり不気味な風が吹いて、人間の悲鳴がたくさん聞けるんです。
どこだかわかりますか?
そう、遊園地のお化け屋敷です。

私たち幽霊にとって、この世はとかく住みにくいのです。
太陽はギラギラだし、人は多いし車も多い。
休める場所なんてないんです。
その点お化け屋敷は最高です。
万が一見えてしまう人がいても、大騒ぎにはなりません。

ある夜のことです。
閉園後のお化け屋敷に、数人の若者が入ってきました。
スマートフォンをかざしながら、ハイテンションで歩いてきます。
「ここは本物の幽霊が出るとウワサのお化け屋敷でーす。生ライブ中に幽霊が映るかもしれません。こうご期待!」
何でしょうか、この人たちは。遊園地の許可は取っているのでしょうか。
スマホの照明を照らしながら、ずんずん奥へ進んできます。
やめてください。私、そんなところに映りたくありません。
拡散されて「画像を見たら死ぬ」的な都市伝説になるのは嫌です。

しかし彼らは、私をスルーしました。
見えていないようです。何だ、見えない人たちでしたか。
よかった。
とホッとしたのもつかの間、奥の方で悲鳴が聞こえました。
「うわあー、マジで出た。ヤバいよ。本物だ」
男たちは撮影もそっちのけで、一目散に逃げていきました。
奥に幽霊がいたのでしょうか。
ここに住み着いて3か月、私以外の幽霊に会ったことはありません。

私は奥に進み、声をかけてみました。
「どなたかいらっしゃいますか? 私以外に幽霊のお仲間がいるのかしら」
生温かい風に乗って、微かに声が聞こえました。
やっと聞こえるような小さな声です。
「あんた、俺が見えないのか?」
「はい、見えません。声は何とか聞こえますが」
「ふうん。だからいつも無視してたのか。あんたさ、俺が見えないってことは、ひょっとして死んでないんじゃないの?」
「まさか。私は3か月前に交通事故で死んだんですよ。それなのにお迎えが来ないから、こうしてさまよっているんです」
「だから、死んだと思っているだけで生きてるんだよ。だから迎えが来ないんだ。その証拠に、あんた幽霊としてはちょっと弱いんだよな。怖くないし」
ああ、自分でも幽霊っぽくないことはわかっていました。
「私、どうすればいいでしょう」
「とりあえず、生きたいと強く念じてみれば? 戻れるかもよ。じゃあ俺、ちょっと寝るから。まったく迷惑ユーチューバーにも困ったもんだ」
それっきり声は聞こえなくなりました。

私は念じました。「生きたいです。生きたいです」

数日後、私は目を覚ましました。
3か月間眠り続けた私は、ようやく意識を取り戻したのです。
もうすぐ退院です。
「お姉ちゃん、これ見て」
妹がお見舞いに来ました。学校帰りに毎日来てくれます。
「これね、今話題になってる動画。お化け屋敷で本物の幽霊が映った画像なの。すごいよ、怖いよ」
妹が見せてくれた動画は、あの日のお化け屋敷の物でした。
若い男の幽霊がはっきり映っています。
「あら、あの人けっこうイケメンだったのね」
退院したら、行ってみようかしら。霊感ないから見えないけどね。
私は、画像の幽霊に「ありがとう」と微笑みました。


ホラーなのに怖くなくてすみません。
怖いのを期待した人、ごめんなさい。
あっ、でも、あなたの後ろに……


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暗やみ坂 [ホラー]

通学路の途中に、暗やみ坂と呼ばれる短い坂があった。
鬱蒼とした樹木が空を隠し、昼でも夜のように暗い。
『暗やみ坂は、一気に駆け上がらなければならない。途中で止まったら、闇に取り込まれてしまう』
そんな言い伝えがあった。

体力があり余った小学生の僕には、暗やみ坂を一気に駆け上がることなど朝飯前だった。
いつも友達と駆け上がり、「やった、闇に勝ったぞー」と飛び跳ねた。

体の弱い転校生がやってきたのは、9月の始業式の日だった。
青白い顔をした痩せた女の子で、梢子という名前だった。
一緒に帰るように先生に言われ、仕方なくふたりで帰った。
暗やみ坂に通りかかると、梢子は足を止めた。
「何だか真っ暗で怖い。違う道を通ろうよ」
「えー、遠回りだよ。大丈夫。短い坂だし、一気に駆け上がろうよ」
僕は、梢子の腕をつかんで坂を上った。
「早く上らないと、闇に取り込まれるよ」
僕たちにとっては何でもない坂だけど、梢子は半分の辺りで苦しそうに胸を押さえて立ち止まった。
「走れない……」
だめだ。止まったらだめだ。
僕は梢子の手を放して、一気に駆け上がった。
しばらく経っても、梢子は上がってこなかった。
もう一度下まで下りてみたけれど、梢子はいなかった。
後味の悪さにうなだれながら、僕は家まで帰った。

翌日、梢子は何でもないように登校した。
ホッとした。どうやら違う道から帰ったようだ。
梢子は何故か、昨日よりもずいぶん元気で活発だった。
帰りの暗やみ坂も、率先して駆け上がった。
僕たちは、とても気の合う友達になり、同じ中学・高校へ進んだ。
僕は梢子のことが好きだった。

高校2年の秋、僕は梢子と並んで歩いていた。
方向が一緒なので、駅で会うと一緒に帰った。
初めて一緒に帰ったあの日から、ちょうど10年が過ぎていた。
今日こそ告白しようとチャンスを狙っていたら、梢子が急に立ち止まった。
「ねえ、久しぶりに暗やみ坂を通ってみない?」

暗やみ坂は、ますます不気味になっていた。
暗やみ坂の隣に整備されたきれいな道が出来てから、殆ど誰も通らない寂しい坂になっていた。
「気味が悪いな」
「平気だよ。行こう」
梢子が僕の腕をつかんで上り始めた。
10年前と逆だなと思いながら、後に続いて走った。
坂の真ん中辺で、飛び出していた木の枝に袖が引っかかった。
思わず立ち止まった僕を残して、梢子は一気に駆け上がった。
「待って……」
必死で枝を外そうともがくうちに、僕の体はどんどん林の奥に入っていく。
ふと、柔らかいものに触れた。
見ると、小さな子供の白い腕だった。
「やっと来てくれたね。ひろくん」
弱々しく笑うその子供は、幼いころの梢子だった。
10年前に僕が置き去りにした梢子だ。
「ずっとひとりだったけど、もう寂しくないや」
「どうして? 梢子はずっと俺と一緒にいたじゃないか」
「あれはニセモノだよ。大丈夫。これからは、ひろくんのニセモノがうまくやっていくから」
僕はもう、そこから一歩も動けなかった。

「ひろきー、どこに行っちゃったの?」
ニセモノの梢子が、僕の名を呼びながら坂を下りて、止まることなくまた上った。
本物の僕と、本物の梢子が、暗やみに潜んでそれを見ていた。

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5人で肝試し [ホラー]

夏休み恒例の肝試し。
無縁仏が多く祀られている古い墓地を、みんなで一周する。
怖いけれど、友達と一緒だから平気だった。
とても楽しみにしていたけれど、僕はその日、熱を出して行けなかった。

僕を除く4人の子供たちが、帰ってこないと知ったのは翌朝だった。
4人の友達は、肝試しの夜に忽然と消えてしまったのだ。
警察やテレビ局が押しかけて、僕たちの小さな村は連日大騒動だった。

あれから20年。4人の友達はとうとう帰ってこなかった。
平成の怪奇事件として、今でも8月になるとワイドショーがやってくる。
とても仲良しだった5人組の中で、僕だけが大人になった。

僕は小学校の教師になった。
あの事件以来、子供だけの夜の外出は禁止になった。
もちろん肝試しなど論外だ。
しかし子供というものは、禁止されたことほどやりたがる。
夕飯を済ませたところで保護者から電話が来た。

「もしもし、先生。うちの子が出掛けてしまったんです。どうやら友達と示し合わせていたみたい。こっそり裏口から出て、恐らく肝試しに行ったんじゃないかと思うんです。先生、連れ戻していただけませんか。下の子が一人になってしまうから、私出られないんです」

僕は急いで家を出た。
夏休み前の学校で、数人の男子がこそこそ何かを企んでいるような姿は見かけた。
もっときつく釘を刺しておけばよかった。

自転車で墓地に行くと、入り口に4人の生徒が立っていた。
「おい、お前たち、肝試しは禁止だぞ。早く家に帰りなさい」
子供たちが振り返った。

「あっ、ヒロシやっと来た」
「ビビって来ないのかと思ったぜ」
「早く行こうぜ」
「遅れてきた罰。ヒロシが先頭な」

それは、20年前に姿を消した僕の友達だった。
訳が分からないまま背中を押され、僕は墓地の中に入ってしまった。
「お前ら、幽霊か? 20年前に死んだのか? ひとりだけ大人になった僕を恨んでいるのか?」
「何言ってるの? 俺たち、ずっとヒロシのこと待ってたんだぜ」
4人の子供に背中を押され、どんどん奥へ入っていく。
「やめてくれ。ごめん、悪かった。まさか4人で肝試しをやるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
僕は、古い石の前にうずくまって震えながら4人に詫びた。

肝試しは4人でやってはいけないという言い伝えがあった。
だから一人欠けたら中止にするはずだった。
あの日僕は、「遅れていく」と連絡を入れた。こっそり布団を抜け出すつもりだった。
だけどとうとう行けなくて、待ちくたびれた4人は「先に入ろうぜ」と、墓地に入ってしまったのだ。
「行けなくなった。違う日にしよう」と連絡を入れていたら、あんなことにはならなかった。

「もういいよ。俺たち、ヒロシと肝試しがやりたかっただけだから」
「なあヒロシ、あそこにいる4人は、お前の生徒たちじゃないか?」
「早く仲間に入らないと、あの4人も死神に連れていかれるぞ」
「ほら、早く行けって。頑張れ、熱血教師」

僕は立ち上がり、オドオドしながら歩いている4人の生徒のもとに走った。
「お前ら、校則違反だぞ」
「あっ、先生」
「説教は後だ。とにかく今は、5人で肝試しをしよう。先生の後についてきなさい」
4人の生徒は、ホッとしたように僕の背中にしがみついた。
「先生、怖くないの?」
「5人なら平気だ」

「そうだったよな」と振り返ったら、もう僕の友達はいなかった。
僕は優しい幽霊たちに深く頭を下げて、出口を目指した。

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黒い心 [ホラー]

始まりは、5歳の夏だった。
母が入院している間、僕は伯母の家に預けられた。
伯母は母の姉で、農家に嫁いだが夫に先立たれ、広い家に一人で住んでいた。
慣れない畳の部屋でなかなか眠れずにいたら、天井に黒いシミが現れた。
「古い家だから壁も天井も汚くてごめんね」と伯母が言っていた。
だから気にしないようにして眠ろうとしたけれど、シミはどんどん大きくなり、やがて液体になって僕の額にポトリと落ちた。
「うわあ」と悲鳴を上げて、隣の部屋の伯母の布団に飛び込んだ。
「あらあら卓ちゃん、怖い夢でも見たの?」
伯母は優しく僕の背中をさすってくれて、ようやく僕は眠りについた。

数日後、父と母が赤ん坊を連れて迎えに来た。
「卓ちゃんの弟よ」
母の腕の中で、サルみたいな赤い顔をした赤ん坊が泣いていた。
それから母は、弟ばかりを可愛がった。僕は何でも我慢の日々だ。
「お兄ちゃんでしょう」と言われるたびに、弟が憎くなった。

ある時僕は、心の中で念じてみた。
「弟なんか消えてしまえ」
すると翌日、弟は高熱にうなされて、三日三晩生死の境をさまよった。
僕は怖くなり、命を取り留めた弟の頭を、何度も何度も優しく撫でた。

小学校に入ってから、僕は自分の力を確信した。
いじめっ子に「あんなやつ消えてしまえ」と念じたら、翌日交通事故で入院した。
嫌な先生に「消えてしまえ」と念じたら、翌日不祥事を起こして学校をやめた。
宿題が終わらなくて「学校なんか燃えてしまえ」と念じたら、ボヤ騒ぎが起きて3日間休校になった。
僕は自分の心が怖くなって、念じることを一切やめた。

12歳になった夏、母が原因不明の病気になって入院した。
もちろん僕は念じていない。母に消えてほしいなんて思うわけがない。
僕と弟は、再び伯母の家に預けられた。
弟を寝かしつけた後、伯母が驚くようなことを言った。
「ねえ、卓ちゃん、伯母さんの子供にならない。伯母さんね、この先ずっとひとりで生きていくのかと思ったら寂しくて。卓ちゃんは私に懐いてくれてるし、ねえ、この家で一緒に暮らしましょうよ」
僕は、すぐに首を横に振った。
「伯母さん、僕はこの家が怖いんだ。だから一緒には住めないよ」
僕は、あのシミを見た夜のことや、その後に起きた不思議な力の話を打ち明けた。
伯母は一瞬驚いた顔をして、ふふっと笑った。
「なんだ。卓ちゃんもそうなの。実は伯母さんにも、その力があるのよ」
伯母は、嫁いで間もないころ、僕と同じ経験をしたと話した。
「でも、卓ちゃんの念はちょっと弱いね。やっぱり優しい子だからね、本当に消すことは出来ないのね。伯母さんの念は強いのよ。意地悪な姑と小姑、ふがいないダンナ、みんな消しちゃった」
伯母は、世間話をするようにサラっと言った。
ごくりと唾をのむ音が、静かな部屋に響いた。

「伯母さん、まさかお母さんに何かした?」
「そうねえ、卓ちゃんが欲しいって言ったら断られちゃったからね、ちょっと嫌がらせ。ねえ卓ちゃん、私がもっと強く念じたら、あんたのお母さん、どうなるかしら」
「やめて」
「ねえ卓ちゃん、一緒に暮らそう。伯母さんの子になって」
伯母が手首をぎゅっと掴んだ。やめて、痛いよ、やめて。
僕がその手を振り払うと同時に、伯母が急に胸を押さえて倒れ、そのまま動かなくなった。
「えっ、伯母さん?」
僕は念じていない。僕じゃない。

後ろの襖がすうっと開いた。弟が立っていた。
「ぼく、この伯母ちゃんキライ」
弟の額には、黒いシミがべったりと付いていた。


***
怖い話ですみません。
夏になると書きたくなっちゃうホラーです。

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怖い話 [ホラー]

宿泊学習の夜、みんなで輪になって、順番に怖い話をしていった。
みんなそれなりに、怖い体験をしているんだなと感心しながら聞いていた。
「おい、次はおまえの番だ」
みんな一斉に僕を見た。
「怖い話なんて出来ないよ。そんな体験ないもん」
「自分の体験じゃなくてもいいんだよ。誰かに聞いた話とか、何かあるだろう」
「うーん、じゃあ、おじさんの話をするよ」
僕はそう前置きをして、話し始めた。

僕のおじさんは、昼間はゴロゴロ寝てばかりいるんだ。そして夜になると出かける。
ろくに食事も摂らないから、痩せて青白い顔をしていて、幽霊みたいなんだ。
うちの離れに住んでいるんだけど、子どものころから「おじさんには近づくな」って言われていたから、一度も話をしたことがない。
ある夜、塾の補習で遅く帰った僕は、家の前でおじさんと鉢合わせしたんだ。
「おじさん、どこに行くの?」
僕は、思い切って話しかけた。
「飯を食いに行く。おまえも行くか?」
おじさんは、意外と普通に話しかけてきた。ママに言ったら絶対にダメって言われるから、僕は黙ってそのままおじさんについて行った。

おじさんは、赤いネオンが輝くクラブに入った。
「おじさん、ここ、子どもが入っちゃダメなところでしょ」
「大丈夫だ。おまえなら大丈夫だ」
何が大丈夫なのか分からなかったけど、おじさんに続いて店に入った。

「あら、いらっしゃい。今日はいい娘が入っているわよ」
薄暗い店で、髪の長い女の人がカウンター越しに言った。
「3日ぶりだ。さっそくいただこう。この子にも、何か飲ませてやってくれ」
「なあに? あんたの子ども?」
「兄貴の子だ。まだ目覚めていない」
「ふうん」
おじさんは、若い女と奥の部屋に入っていった。
何だか嫌な感じだった。
おじさんが、奥の部屋で何をしているのかわからないけど、きっといやらしいことだろうと思った。
来るんじゃなかったと後悔しながら、女の人が出してくれたジュースを一気に飲んだ。
それはひどく不味くて、だけど妙に気持ちがよくて、もしかしたら変な薬が入っていたのかもしれない。だからすぐに吐き出そうとしたけれど遅かった。
「ははは。最初はそんなもんさ」
女の人が笑った。
おじさんが奥の部屋から出てきた。若い女はいなかった。
ふうっとため息をつきながら、僕の隣に座った。
「おじさん、怪我してる。口から血が出てるよ」
「ああ、おれの血じゃない」
「えっ?」

おじさんは、吸血鬼だったんだよ。その店で、若い女の血を吸っていたんだ。
生血を吸わないと、生きていけないんだって。
うちの先祖に吸血鬼がいて、ごくまれに生まれてしまうらしいんだ。吸血鬼がね。

「これが僕のおじさんの話。どう? 怖かった?」
「なあんだ。作り話かよ。吸血鬼なんているわけないもんな」
「え、本当の話だよ。ほら」
僕は口を開けて、生え始めたばかりの牙を見せた。
あの夜、女の人が出してくれた人間の血を飲んで、僕はすっかり目覚めたんだ。
「ねえ、誰か血を吸わせてくれないかな。さっきからずっと我慢してるんだ」
途端にみんな、悲鳴を上げて出て行った。
僕の話、そんなに怖かった?

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 [ホラー]

それは、特別な鏡だった。
もう歩くことも出来なくなってしまった姉から、就職祝いだと言って手渡された。
子供のころから身体が弱かった姉は、まだ若いのに髪は白く、肌には全く艶がない。
痩せてくぼんだ目は、まるで輝きを失っている。

「お姉さん、これは大事な鏡でしょう。もらえないわよ」
「いいのよ。私はもう、鏡を見たくないの。彩ちゃんに使ってもらえた嬉しいわ」
白いスズランが描かれた、スタンド式の鏡だった。
それは、ひとり暮らしを始めたばかりのリビングに、とてもよく馴染んだ。

鏡に顔を映すと、驚くほどきれいに映った。
私、こんなに美人だったかしら?
まるで加工修正でもしたようにきれいに映る。
だけど決して不自然ではなく、もしかしたらこれが本当の私の顔だと思えるようになった。
暇さえあれば鏡を見た。もちろん毎朝の化粧も、その鏡を使った。
きれいに映れば自信にも繋がる。仕事も順調、毎日が楽しい。
いつもその鏡を持ち歩き、他の鏡は極力見ないことにした。

ある朝、上司から言われた。
「あなた、疲れた顔をしてるわね」
えっ? こんなにイキイキと仕事をしているのに、何を言っているのだろう。
あるときは同僚に言われた。
「彩ちゃん、疲れてる? 目の下にクマが出来てる」
はあ? あなたの方がよっぽど睡眠不足の顔してるけど?
同僚は毎日のように言う。
「こめかみのあたりにシミがあるよ。美白した方がよくない?」
「唇がカサカサだよ」
「髪の毛がうねってるね。寝ぐせ?」
どうして?
張りのあるきれいな肌なのに。
つやつやの唇なのに。
真っ直ぐできれいな髪なのに。
やっかみかしら? 女友達って怖い。

あるとき、給湯室の中から声が聞こえた。
「彩ちゃんってさ、老けたよね」
「うん。この前白髪見つけちゃった」
「若いのに皺も多くない?」
「可哀想。苦労してるのかな?」
「なんかさあ、日増しに衰えてる気がしない?」

ひどい。なぜそんな悪口を言われなければいけないの?
泣きながらトイレに駆け込んで、鏡を見て呆然とした。
「誰、このおばさん」
まるで20年後の自分を見ているようだった。
いや、違う。トイレの鏡がおかしい。この鏡が嘘つきだ。
私は、それっきり会社に行けなくなった。

家に帰ると、両親が驚いた顔で私を迎えた。
「よほど苦労したのね。こんなに老けて」
ああ、嘘つきなのは、あの鏡の方だった。

急に怖くなって、姉に鏡を返した。
「お姉さん、この鏡、おかしいわ」
姉は、ゆっくり起き上がると、受け取った鏡を思い切り壁に投げつけた。
鏡が割れ、粉々になったガラスの破片から、きらきら光る小さな粒子が舞い上がった。
姉はすかさず、その粒子を浴びるように身体を伸ばした。
「お姉さん、危ないわ。破片を踏んでる」
姉は血だらけになった足や膝を気にもせず、笑いながら振り返った。
その頬はふっくらとピンク色に染まり、肌は艶を取り戻し、髪はたちまち黒くなった。
まるで病気になる前の姉に戻ったようだ。

「お姉さん、これはいったい……?」
「彩ちゃんの健康な細胞をもらったの。ごめんね。だけどいいわよね、このくらい」
姉がふっくらした紅い唇で笑った。
私は、まるで病人のような顔で立ち尽くした。

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やっぱり暑い夏はホラーだね。
え、まだ夏じゃない? 5月? うそだ~

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