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日本動物児童文学賞 表彰式 [公募]

先週、日本動物児童文学賞の表彰式がありました。
優秀賞をいただいたので、喜び勇んで出席してきました!

優秀賞は2回目ですが、前回はコロナのために表彰式がありませんでした。
オンラインで名前が呼ばれるのを、家のパソコンで見ていました。
寂しいな、行きたいな、表彰式、と思っていたので、今回はすごく嬉しかったです。

場所は東京国際フォーラム。
コンサートで行ったことがあって(たしか佐野元春)、すごいところでやるなあと思っていました。
だけど会場は意外とこじんまりで、ほぼ受賞者の家族や関係者だけだったので、緊張せずに済みました。

文学賞だけではなく、ポスターや標語や写真、キャッチコピーの部もあるので、全部で15人くらいいました。小さな子どももいて、かわいかったな~
文学賞の他の受賞者さんとお話も出来て、すごく楽しかったです。

コロナだったから仕方ないけど、表彰式が中止って、本当に残念なものです。
私は去年、家の光童話賞と深大寺恋物語の表彰式が中止になってガッカリでした。
審査員の先生に会えるのって、すごくありがたいことですものね。
今回、本当に楽しかった。
また頑張ろうって思いました。

近いうちに作品集も出ると思うので、またお知らせします。

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やっぱり直接受け取りたいですよね~

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人間大歓迎 [公募]

森の奥にある、くまのレストラン。
シェフはお父さん。フロア係はお母さん。
そしてドアボーイは、かわいいこぐまです。
レストランは大盛況。
シカの親子やキツネの夫婦。たまにウサギが女子会をします。

それは、ランチの客がみんな帰った午後2時のことでした。
お客さんはもう来ないだろうと、ドアボーイのこぐまは、ウトウト昼寝を始めました。春の日差しがぽかぽかで、とても気持ちがよかったのです。
「ぼうや、くまのぼうや。起きておくれ」
肩をゆすられてこぐまが目を開けると、見たことのない動物がいました。
「おなかがペコペコなんだ。席はあるかな?」
「ふああ、お客さんか。いらっしゃいましぇ。くまのレストランへようこしょ」
こぐまは寝ぼけまなこでドアを開けました。カランカランとベルが鳴りました。
「一名様、ご案内でーす」
「はいよ」とふりむいたお母さんが、きゃっと叫んで、コップを割りました。
厨房から顔を出したお父さんも、ビックリして足がすくんでしまいました。
「お父さん、お母さん、どうしたの?」
「に、人間だ」

お父さんとお母さんはふるえています。
客は、ひげの生えた大きな人間の男でした。
背中に長い棒のような包みを背負っています。

こぐまは人間を見たことがないので、お父さんとお母さんが何を怖がっているのかさっぱりわかりません。
「どうぞどうぞ」と、窓際の特等席に案内しました。
人間は、ニコニコ笑いながら席に座りました。窓から見える森の景色は最高です。
「ぼうや。おすすめは何かな?」
「そりゃあ何といっても鮭のムニエルだよ。朝、お父さんが川でつかまえたイキのいい鮭だよ。それをバターたっぷりのフライパンでじゅわって焼くの」
人間のおなかが「グー」と鳴りました。

お父さんとお母さんは、人間をちらりと見ながら、ひそひそ声で話し合いました。
「なんだって人間がこんな森の奥に?」
「道に迷ったのかしら。でも、あまり怖そうに見えないわ」
「いや、油断は禁物だ。あの背中の包みは鉄砲かもしれない。機嫌を損ねたらみんな撃たれてしまうぞ」
「まあ怖い。おもてなしとおいしいお料理で、気持ちよく帰っていただきましょう」
お母さんはふるえながら水とメニューを持っていきました。
こぐまは、人間のとなりにちゃっかり座っています。
「ぼうや、こっちにいらっしゃい」
「ぼく、おじさんにメニューの説明をするんだ。だって初めてのお客さんだから」
こぐまは、初めて見る動物に興味しんしんなのです。
人間は特に迷惑な顔もせず、ニコニコしながらメニューを見ています。

人間は、鮭のムニエルと木の実のパン、野イチゴパイとハチミツジュースを注文しました。どれもお父さんの得意料理です。
「お待たせしました」
お母さんはびくびくしながら料理を出して、こぐまを連れ戻そうとしましたが、何が気に入ったのか人間のそばを離れません。
「おじさん、おいしい?」
「うまい、うまい。こんなうまいムニエルは初めてだ。バターに溶け込んだレモンソースがたまらない」
人間は夢中で食べています。お父さんは、料理をほめられてうれしそうです。
「人間は、あんがい怖くないな」
「そうね。気持ちがいい食べっぷりだわ」

しかし、お母さんが水のおかわりを持って行ったときのことです。
「おじさん、これなあに?」
こぐまがいたずら半分に、人間が背負っていた長い包みを開けようとしました。
「こら、危ないからさわっちゃいかん!」
人間が、大きな声でこぐまを叱ったのです。
こぐまは驚いて、お母さんにしがみつきました。
お母さんは人間に謝って、こぐまを抱いて厨房に戻ると、青い顔で言いました。
「やっぱりあれは鉄砲だわ。ぼうやがさわろうとしたら慌てていたもの。きっとあれで森の動物を撃つのよ」
「おまえたちは裏口から逃げなさい。そうだ、シカさんやウサギさんに知らせた方がいい。家から一歩も出るなと忠告するんだ」
お母さんがいそいそとこぐまを抱いて裏口に向かうと、「あの~」と人間が、カウンターからひょっこり顔を出しました。
「ぼうや、大声を出して悪かったね。おわびにこれをあげるよ」
そう言ってカウンターに、色とりどりのキャンディを置きました。
こぐまはお母さんの胸からぴょんと飛び降りて、さっそくキャンディをひとつ口に入れました。
「おいしい。イチゴの味がする。お父さんの野イチゴパイの次においしいよ」
「ははは。野イチゴパイには負けるな。あれは絶品だ。甘酸っぱさがたまらない」
人間は豪快に笑いました。
こぐまはすっかり機嫌を直し、お父さんはまたほめられてうれしそうです。
お母さんがテーブルを見ると、すべての料理が食べ終わっていました。
パンくずひとつ残さずに、皿までなめたようにきれいです。
動物を殺す怖い人間とは、とうてい思えませんでした。

人間はきっちりお金を払ったあと、おだやかな声で、お父さんに話しかけました。
「実はわたしは、山奥や森の奥にある、誰も知らないレストランを探して紹介する仕事をしています。ここは実にすばらしい。ぜひ紹介したい……と言いたいところですが、人間がたくさん来たら迷惑ですよね」
「はい、動物たちが、来なくなります」
「わかりました。紹介はしません。ただ、わたしのようにおなかをすかせた人間がやってきたら、怖がらずにおいしい料理を食べさせてあげて欲しいのです」
「もちろんです」
お父さんとお母さんは、顔を見合わせて笑いました。
人間は、背負っていた長い包みをほどきました。
それはもちろん鉄砲ではありませんでした。

それは、『人間大歓迎』と書かれたのぼりだったのです。
棒の先がとがっているので「危ない」とこぐまを叱ったのです。
「わたしが来たしるしです、入り口に立てて欲しいのです。たまに迷い込んだ、おなかをすかせた人間のために」
そう言ってのぼりを渡すと、人間は満足そうにおなかをさすって帰っていきました。

森の奥にある、くまのレストラン。動物に混ざって、たまに人間もやってきます。

****
前に、新美南吉童話賞のことを書きましたが、実はもうひとつ応募していました。
これは一般部門に応募した作品です。
最終には残ったけど、受賞には至らなかったものです。
みなさんに読んでいただきたくてアップしました。

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お知らせ(家の光童話賞・新美南吉童話賞) [公募]

ワールドカップ、盛り上がっていますね。
私も朝から応援しました。
日本代表に力をもらいました。寝不足だけど^^

さて、いつもブログを読んでくださる皆さま、ありがとうございます。
このたび、家の光童話賞の大賞をいただきました。

そして、なんともうひとつ。
新美南吉童話賞の最優秀賞をいただきました。
こちらは、オマージュ部門の大賞とのダブル受賞です。

これから季節は寒い冬なのに、私、お花畑にいるみたい。
大きな童話賞を二つもいただけるなんて。
浮かれてます。

家の光童話賞は、雑誌「家の光」1月号で読むことが出来ます。
すごく可愛い挿絵が付いてます。
チェックしてみてください。

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新美南吉童話賞は、ホームページで読むことが出来ます。
こちらもどうぞ。

http://www.nankichi.gr.jp/Dowasyo/kekka34.html

家の光からは、賞状と楯が届きました。
あまりに立派な楯で、これは家宝にするしかないです^^
毎日拝みます。

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長く続けていると、ステキなご褒美がもらえるものですね。
これからも、いい報告が出来るように頑張ります^^
いつもありがとう!!


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ぼくの右くつ・左くつ [公募]

ぽっかぽかの春。こいのぼりが風をはらんで、ゆうゆうと泳いでいる。
ひごいとまごいが全部で七匹。すごいなあと見ていたら、いきなりドボン。
やっちゃった。水を張った田んぼに、右足がズボっとはまちゃった。

まるで底なし沼みたい。足が泥に埋まって抜けない。
通りかかったおじさんに助けてもらってようやく抜けたけど、その拍子に泥の中でくつが脱げちゃった。
おじさんがさおで「どれどれ」と探ってくれたけど、くつはとうとう見つからなかった。
ぼくは半泣きで帰った。お気に入りのくつだったんだ。
「新しいくつを買うしかないねえ」
お母さんは困り顔。お父さんは大笑い。ぼくはがっかりしながら頭をかいた。

その夜のことだ。玄関先で泣き声がした。シクシクシクシク。
そうっとのぞくと、ポツンと残された左のくつが泣いていた。
「なあ、あんた。うちら二つで一足なのに、相方がいなくてどうしたらええの?」
うすぐらい玄関のすみっこ。だらんとたれ下がったくつひもが、涙みたいだ。
「ごめんよ、左くつさん。仲良しだったんだね。明日また探してあげるから」
「見つからなかったら、うちはお払い箱や。燃えるゴミに出されておだぶつや」
「大丈夫だよ。捨てられないように、ぼくがかくしてあげるから」
ぼくは左くつを新聞紙で包んで部屋に持っていった。
机の下なら安心だ。左くつは「かなわんなあ」と、ずっとぼやいていた。

次の朝外に出たら、田んぼにはたくさんの人がいた。田植えが始まってしまったんだ。
ネコの手も借りたい田植えの最中に、くつを探してくださいなんて、とても言えない。
「ごめん。きみの相方さん、探せなかった」
「何やそれ。けど仕方ないな、田植えやもんな。相方さん、土の中で苦しくないやろか」
「あんがい、ミミズと友達になってるかも」
「のんきやなあ、あんた」

田植えを終えた田んぼは美しい。
整列した苗の間を白さぎが泳ぎ、青い空や、ゆっくり流れる雲が水面にくっきり映るんだ。
「たいくつやなあ。くつだけに。なあ、あんた何かおもしろいこと言うてみて」
左くつは、毎日話しかけてくる。
ぼくはおもしろいことが言えないから「つまらんやつやなあ」とダメだしされる。
そんな毎日だ。

そして季節はめぐる。風にそよぐ苗の波、入道雲、赤とんぼ。
稲刈りが終わると、田んぼはしばらく裸ん坊だ。こがらし、雪景色。
そしてふたたび、待ちに待った春が来た。

ぼくは三年生になった。あぜ道を走って帰り、ランドセルをいきおいよく置いた。
「左くつさん、田んぼに水が張ってたよ。去年と同じ場所を、さおで探ってみるね」
「ほな、うちも連れてって。感動の再会や」
左くつと一緒に家を出たぼくは、去年くつを失くした場所に「エイ!」とさおを突きさした。
そのとたん、突然水がぐるぐるうずを巻いた。
何だ、何だ? どろどろの土が盛り上がり、ぴょーんと何かが跳びはねた。
ぼくの手の中に、すとんと落ちてきたのは、なんと泥んこだらけの右くつだ。

「オラ、ハロー、ボンジュール、ニイハオ」
やけに陽気な右くつは、泥だらけのくつひもを得意げにピーンとのばした。
「あんた、いったいどこに行ってたんや」
左くつが、くつひもで右くつをどついた。
「いやあ、土の中をどんどんどんどん進んだらな、地球の裏側に出ましてん」
「そんなアホな」
「ホンマやで。ついでに世界一周旅行をしてきたんや。いろんな景色を見たけどな、やっぱり日本の田園風景が一番やな」
「なんや楽しそうやな。心配して損したわ」
「すまんすまん。アイムソーリーや」
ぼくは愉快なやりとりに思わず笑った。やっぱり名コンビ。息がぴったりだ。

「おかえり。右くつさん」
「あんたにも心配かけたな。明日から、また一緒に学校へ行こうな」
「それが……。もうはけないんだ。去年より足が一センチ大きくなっちゃって」
先週、進級祝いに新しいくつを買ってもらったばかりだ。左くつがしょんぼりした。
「ほな、うちらやっぱりお払い箱?」
「ううん。ずっと部屋にかざっておくよ。ぼくが田んぼに片足をつっこんだ記念に」
「はは、変な記念や。けど、いい記念や」
「ほなよかったわ。うちらずっと一緒やな」

ぼくは、右くつをきれいに洗って、部屋の窓辺に並べた。
左くつはとてもうれしそうによりそって、仲良し夫婦みたいだ。
「この窓からは田んぼが見えるよ。田植えから稲刈りまで、一緒に見ようね」
話しかけたけれど、くつはもうしゃべらない。
オレンジ色の夕焼けが、ふたつのくつを真っ赤にそめた。
久しぶりに会って、照れているのかな。


*去年、「家の光童話賞」で、佳作をいただいた作品です。
田植えの季節にアップしようと思っていましたが、今日お散歩に行って暖かかったので、あげてみました。
「家の光」今年も募集が始まりました。
今年は、一つ上を目指したいです。畦道歩いて感性を磨きます。
頑張りま~す^^




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お知らせ(日本動物児童文学賞) [公募]

日本動物児童文学賞で、優秀賞をいただきました。
受賞したのは去年ですが、作品集がようやく届きました。
大賞1点と、優秀賞2点が掲載されています。

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日本獣医協会が主催で、テーマは「動物愛護」です。
私は猫の話を書きました。
家族同様に過ごした猫を看取り、一年後にお墓参りに行くお話です。
モデルは愛猫のレイちゃんです。(レイは2歳だからまだまだ元気だけど)
やっぱり近くにモデルがいると、リアルな話が書けますね。
たくさんの作品の中から、私の作品を選んでいただけて嬉しかったです。
コロナで授賞式がオンラインになってしまったのは残念でしたが。

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これは作中の挿絵ですが、レイがモデルです。

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ほら、似てるでしょう(笑)

また良い報告が出来るよう、頑張ります。


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故郷に帰る骨 [公募]

電車内はひどく混み合っているのに、四人掛けのボックス席を占領している。
それは恐らく私が黒い服を着て、膝に白い骨箱を乗せているからだ。
遠慮して誰も座らない。
申し訳ないような気持ちで母の遺骨を抱いていた。

母の故郷に向かっている。
病気になっても我儘ひとつ言わなかった母の唯一の願いが、「遺骨は故郷の寺に預けてほしい」というものだった。
先に逝った父と同じ墓に入ると思っていた私は、とても驚いた。
「骨になって故郷に帰ることは、ずっと前から決まっているの。きっとお父さんも許してくれるわ。だからお願い」
母は、やせ細った手を合わせて懇願した。

終点が近づくにつれ、乗客はまばらになってきた。
小さな駅で乗り込んできた老人が、迷わずに私の前に座った。
座るなり老人は「遠山の静子ちゃんだろ」と言った。
私にではなく、母の遺骨に向かって話しかけている。遠山静子は母の旧姓だ。
「母をご存知ですか?」と訊いた私を無視して、老人は遺骨に向かって話し続ける。
「やっぱり帰って来たね。一郎君もね、先日帰ってきたよ。都会でずいぶん偉くなって立派な家族もいるのにさ、骨になったらちゃんと帰ってきたんだよ」
「母の同級生ですか?」と訊いた私を再び無視して、老人は昔話を繰り返す。
きっと耳が遠いか頭がおかしいのだ。
私は横を向き、流れる景色を眺めながら終点までの駅を数えた。

ようやく着いて電車を降りると、老人はいつの間にかいなくなっていた。
ホームはすっかり秋めいて、骨箱を抱える手が冷たい。
母の実家はもうないので、直接寺を訪ねることにした。
バスはないから、片道40分の道のりを歩くことにした。
母が通ったかもしれない商店街を抜けると山道に差し掛かる。
「お母さん、懐かしい? 生きているときに連れてきてあげたらよかったね」

母方の祖父母は、私が生まれる前に亡くなっていたので、この町に来るのは初めてだ。
母が通ったかもしれない小学校や、遊んだかもしれない川を過ぎて、ようやく寺にたどり着いた。
閑散とした小さな寺だ。
声をかけると住職が奥から現れて「おお、静子ちゃんか。よく帰って来たな」と、なぜだかやはり遺骨に向かって話しかけるのだった。
「お世話になります。私は娘の……」と言いかけたが、住職は私のことなど微塵も見ていない。
電車で会った老人同様、母の遺骨にだけ話しかけている。

「さあさあ、奥へ。一週間ほど前だったかな、一郎君が来たんだよ。立派な骨壺に入ってね、この村一番の出世頭だな」
電車の中の老人と同じような話をしながら、私の前を歩く。
住職に続いて大広間に入った私は、思わず息をのんだ。
たくさんの遺骨が並んでいる。まるで会話をするように円を描いて置いてある。
「えっ、埋葬しないんですか?」
「さあ、静子ちゃんはそこに座って」
住職が紫色の座布団を指さした。私の言葉はまるで無視だ。
このまま持って帰ろうかと思ったら、母の遺骨が返事をするようにコトリと鳴った。
母がそれを望んでいるなら仕方ない。骨箱を座布団の上にそっと置いた。

住職が御経を唱え始めた。するとそれが合図のように、遺骨たちが少年少女に姿を変えた。
母も三つ編みの少女になっている。
「お母さん」と声をかけたけれど、母に私の姿はもう見えていない。
「お帰り、静子。あとはユキオ君だけね」
「さっき電車の中で会ったわよ。ユキオ君、相変わらずお喋りだった。男のくせにね」
「ユキオは今入院中だよ。まもなくこっちに来ると思うよ。待ちきれなくて静子に会いに行ったんだ。君はユキオの初恋だからな」
「やめて一郎君。そんなんじゃないってば」
頬を赤らめた母はやけに可愛い。私が知らない母だ。
きっと私は、ここにいてはいけない人間だ。もう私の役割は終わったのだ。

そのまま駅前のビジネスホテルに泊まって、翌日再び寺を訪ねた。
最後にもう一度だけ母の姿を見たかった。
しかし同じルートをたどったのに、寺はどこにもない。
寺へ続く道は一本道だ。迷いようがない。
麓に下りて小さな金物屋で尋ねると、寺はとっくの昔に壊れてしまったという。

「もう半世紀以上も前のことだよ。大きな土砂災害があってね、流されてしまったのよ。ちょうど中学生が宿泊学習に来ていて、何人かが亡くなったらしいよ」
そうか。ようやくわかった。母はきっと生き残り組だ。
骨になるまで懸命に生きて、遺骨になって寺に帰った。
亡くなってしまった同級生たちと、宿泊学習の続きをするために。
きっと永遠に、他愛のないおしゃべりは続くのだ。私が知らない母に戻って。

山に向かって手を合わせた。もうここに、来ることはないだろう。

******
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
TO-BE小説工房は、今回で終わりです。
すごく勉強になりました。
最優秀を5回もいただいて、すごく自信にもなりました。
最後は落選で残念だったけど、お世話になりました^^

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幕が上がると [公募]

幕が上がると、いつも母の姿を探した。

最初は幼稚園のお遊戯会だ。
私はピンクのドレスを着た花の精だった。その他大勢の中のひとりだった。
それでも母は大きな手拍子をして、私だけを見ていた。

小学校の合唱祭も、中学校の演奏会も、母は欠かさず来てくれた。
最前列を陣取って、上手く出来ても出来なくても、惜しみない拍手をくれた。
「藍子が一番可愛かった」「藍子が一番上手だった」「藍子の声が一番聞こえた」
絶対にそんなことはないのに、帰るといつも褒めてくれた。

父の記憶はあまりない。殆ど家にいなかったからだ。
たぶんよそに女の人がいたのだと思う。私が中学に上がる前に離婚して、私の顔も見ずに出て行った。父の記憶がない分、母の笑顔と拍手はいつでも鮮明に思い出せる。
心の中に「母」と書かれた特別な引き出しがあるのだ。どんなときでも引き出せる。

高校では演劇部に入った。舞台上の私を母に見て欲しい気持ちがあったのだと思う。
もちろん母は公演があるたび来てくれた。
どんな小さな役でも、セリフを忘れてカカシみたいに棒立ちになっても、やはり母は褒めた。
「藍子は大物ね。セリフを忘れてもちっとも焦ってなくて、度胸があるわ」
「焦ったよ。あんなに間があって。先輩が助けてくれなかったら本当に泣いてたから」
「いいじゃないの。その分スポットライトが長く当たってたわ。すごくきれいだった」
「やれやれ、お母さんは褒めるだけだから調子が狂っちゃう。演劇のこと、何も知らないんだから」
「そうね。でもいいのよ。私は藍子しか見ていないもの。藍子だけを見ているのよ」
私は、母を少し疎ましく感じていた。
だから三年生になって初めて主役を射止めても、母に公演の日程を教えなかった。

幕が上がっても母はいない。教えなかったのだから来るはずがない。
何だか寂しくて虚しくて、演技がぼろぼろだった。しかし家に帰ると、母が笑顔で言った。
「素敵だったわよ。藍子が主役だなんて、お母さんびっくりしちゃった」
「来てたの?」
「スーパーに張り紙があったから急いで行ったの。後ろの席だったけど、よく見えたわ」
「私、全然ダメだったよ」
「そんなことないわよ。最後のセリフ、すごく感動的だった。本当に素敵だったわ」
心地よかった。誰に言われるよりも嬉しかった。その夜私は、子供みたいに泣いた。

高校を卒業した私は、舞台女優を目指した。
大して才能があるわけではないけれど、舞台の上に立ちたかった。
もちろん名前のある役なんてもらえない。その他大勢、たまには人間以外の役だってやる。
アルバイトと練習でくたくたの毎日でも、私は舞台に立った。幕が上がって、母を探すために。

母はいつでもどこへでも来てくれた。床が抜けそうな古い小劇場や、テントを張った野外の公演。
母はいつでも変わらない笑顔と拍手をくれた。
結局芽が出ないまま、三十半ばで女優をやめた。
十歳年上の男と結婚したけれど上手くいかずに別れてしまった。
私の人生は一体何だったのだろうと、時々思う。

「そろそろお願いします」
スタッフの声に立ち上がって鏡を見た。今日の衣装は、古い着物ともんぺ姿。
戦後の日本、家に入ってきた泥棒を、戦死した息子と思い込んであれこれ世話を焼く母親の役だ。
食品工場で働きながら、町の小さな劇団に入ったのは二年前。
素人ばかりの集まりだから、すぐに主役に抜擢された。今日は老人ホームの慰労公演だ。

幕が上がると、最前列に母がいた。去年からこの施設でお世話になっている。
母はあの頃と同じように、笑顔で大きな拍手をしている。母が見ている。
私の動きの一つ一つを、私のセリフの一つ一つを、すっかり衰えた目と耳で必死に追いかけている。

劇が終わると、まっ先に母に駆け寄った。
「どうだった?」
「ええ、とても素敵だったわよ。あなた、女優さんだったんですってね。道理でお上手だわ。私の娘もね、女優なのよ。あのね、名前はね……」
焦点が合わない目で、母は私の名前を思い出そうとしている。
「藍子さん、カーテンコールだよ」
スタッフに呼ばれて舞台に戻った。母はいつまでも、惜しみない拍手を私にくれた。
それでいい。それだけが欲しくて、私は舞台に立つのだから。

*********

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「幕」でした。どうせなら、幕の内弁当ネタでも書けばよかった(笑)
TO-BEも残すところ1回になってしまいました。
最終回は、有終の美を飾れたらいいけど。。。

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玄関先をお借りします [公募]

夏の午後、ちょうど簡単な昼食を済ませたところに、チャイムが鳴った。
いつものようにインターフォンで応答すると、画面に一人の老婆が映った。
「ちょっとの間、玄関先をお借りしたいのですが。ひどく疲れてしまってね、休みたいけど日陰が全然ないものだから」
背中に大きな荷物を背負って、肩で息をしている。
気の毒になって「どうぞ」と言った。
うちの玄関先は低いブロック塀で囲まれていて、いい具合に腰かけられるようになっている。
その周りにはたくさんの樹木があり、ちょうどいい日陰になる。
「よいしょ」と腰を下ろす老婆は、しきりに汗を拭っている。

私は冷蔵庫からペットボトルの水を出して、老婆のところに持って行った。
「あらまあ、これはどうもご親切に。玄関先を借りた上に、お水まで頂けるなんて」
老婆は喉を鳴らして水を飲んだ。よほど美味しかったのか、何度も礼を言った。
「どちらまで行かれるんですか?」と尋ねると「アンジョウ村まで」と答えた。
聞いたことのない地名だ。昔の呼び名だろうか。
この家に嫁いで八年になるが、初めて聞いた地名だ。気になったが深くは訊かなかった。
話が長くなると面倒だし、一刻も早くクーラーの効いた部屋に戻りたかった。
「ごゆっくり」と言い残して家の中に入った。
少し外に出ただけで暑いのに、あんな荷物を背負って歩くなんて、何かよほどの事情があるのだろうか。

午後三時、幼稚園に息子を迎えに行く時間になったので、車の鍵を持って外に出た。
まさかいないと思ったのに、老婆はまだ玄関先に座っていた。
かれこれ二時間は経っている。
「ごめんなさいね。長居してしまって」
「いえ、あの、私今から子供を迎えに行くんです。よかったらこの先まで乗せていきましょうか?」
親切心が三割、居座られたくないのが七割で、そんな提案をした。しかし老婆は首を横に振った。
「車は苦手でねえ。歩いてなんぼの商売だから。ありがとね」
幼稚園から帰ると、老婆はいなくなっていた。
ホッとしたが、よろよろ歩く姿を想像したら、少し胸が痛かった。

夜になって帰ってきた夫に、昼間の老婆の話をした。
「アンジョウ村は、合併前の名前だ。俺も生まれる前の話だけどね。そういえば、ばあちゃんは隣町のことを、死ぬまでアンジョウ村って呼んでたな」
「そうなの。大きな荷物を背負って、隣町まで歩くのね。私には無理だわ」
「この辺りは相当な田舎だったからね、昔は行商人が来たら、家に泊めていたらしいよ。この家、村はずれの一軒家だったから」
「知らない人を家に泊めるの?」
「うん。夜になったら真っ暗だし、宿屋もないしね。最初にそういう施しをしたから、その後もずっとやるようになったんだって。これもばあちゃんから聞いた話だ」
「ふうん」
行商人か。言われてみたらそんな感じだった。
大きな荷物を背負って、何かを売り歩く人みたいだった。
昔ならともかく、令和の時代に何を売り歩くというのだろう。

数日後の昼下がり、チャイムが鳴った。
「玄関先をお借りしたいのですが」
今度は、初老の男だ。浅黒い顔で、やはり背中に大きな荷物を背負っている。
「すまんけど、ちょっと休ませてくれんかね。ここに日陰があると聞いたもんでね」
人のよさそうな顔で汗を拭く男に、インターフォン越しに「どうぞ」と言った。
すると数分後、再びチャイムが鳴った。
「はい」
「あのなあ、ここでおいしい水がもらえると聞いたんだが、お願いできますかな」
はい? 水?
夫の言葉を思い出す。

「最初にそういう施しをしたから、その後もずっとやるようになったんだって」

ああ、そういうことか。

行商人たちは、数日置きにやってくる。
おじいさん、おばあさん、中年の男女など、さまざまな人がやってくる。
背負った荷物の中に何が入っているかはわからない。
どこから来て、どこへ行くのか、彼らの言うアンジョウ村が今でもどこかに存在しているのか、そんなことはわからない。
だけど私は、毎回玄関先を貸し、冷蔵庫から水を出して与える。
きっとこの家の玄関が、そういった役割を担っているのでしょう。

ほら、また誰かがチャイムを押した。
「玄関先をお借りします」

*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「玄関」でした。
「TO-BE小説工房」次の公募で終了だそうです。
終わっちゃうのか。寂しいな。
有終の美を飾りたいな~。課題は「骨」です。難しい~
最後なので、気合い入れて頑張ります!

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悲しい結末 [公募]

図書館に行く目的は、読書でも勉強でもない。ただ、あの子に会いたいだけだ。
坂の上にある女子高の制服だ。
艶のある長い髪とページをめくる細い指。
笑顔はスイートピーみたいに可愛くて、そこだけ光が射しているように輝いている。

僕はさえない高校生で、幽霊部員ばかりのパソコン部は中途半端、バイトは禁止で時間を弄んでいた。母に「勉強してこい」と追い立てられて行った図書館で、妖精みたいな彼女を見かけた。
一人のときもあれば、数人で来るときもある。
勉強したり本を読んだりしながら閉館まで過ごす。
僕はといえば、勉強も手に着かず、かといって漫画以外の本を読んだことがない。
ただただぼんやり、彼女を見つめる毎日だ。

雨の日曜日、図書館は静かだ。
今日の彼女は、袖にリボンがついた黒いブラウスと、くるぶし丈のジーンズを履いている。
私服もいい。カチカチとシャープペンシルを鳴らして、無心で何かを書いている。
僕は物理の教科書なんかを開いたけれど、試験前でもないのに勉強する気になれず、ぼんやり頬杖をついた。

小さな女の子が、トコトコと僕のところに歩いてきた。手に絵本を持っている。
「おにいちゃん、これ読んで」
「えっ」周りを見ても僕しかいない。
「おうちの人は一緒じゃないの?」
 女の子は、何も答えず本を差し出す。仕方ないな。暇だし一冊ぐらい読んでやるか。
それは「あかいくつ」というアンデルセンの童話だった。
読んでみて驚いた。なんて残酷な話だ。子供に読ませていいのか、これ。
死ぬまで踊る? 足を切断? 世界残酷物語か。
あまりにショッキングな内容に呆然としていたら、女の子が次の本を持ってきた。
「かちかち山」日本の昔話だ。題名くらいは聞いたことがある。
読んでまた驚いた。壮絶な復讐劇だ。しかも復習の仕方がエグイ。
タヌキの背中に火をつけて火傷させた上に、傷口に塩を擦り込むだと。
鬼だ。ウサギは復習の鬼と化した。何だか僕まで背中がヒリヒリする。

女の子は次に「ごんぎつね」という本を持ってきた。有名な童話だけど読んだことはない。
読んでみるとこれがまた、何とも悲しい話で、おいおい、このオチはないだろうと思わず目頭を押さえた。
悲しい。全米が泣いた映画より泣ける。
童話の世界って凄いな。
楽しい話ばかりだと思っていたのに、たった三冊で、ぼくの情緒は乱れっぱなしだ。

顔をあげると彼女がいない。僕が童話に夢中になっている間に帰ってしまったようだ。
女の子がまた本を持ってきた。しかしそれは「ダイアリー」と書かれた誰かの日記だ。
「あそこの机に置いてあったの。読んで」
女の子が指さした机は、まさにさっきまで彼女がいた場所だった。
じゃあ、この日記は彼女のもの?
「人の日記を勝手に読んだらダメなんだぞ」
そう言いながら、気になって仕方ない。
ちょうど栞を挟んだところだけ、ちらっと見ちゃおうか。
見るだけ、すぐ閉じるから、読まないからと言い聞かせ、頁を開いた。

『6月20日(雨)今日の彼は、インディゴブルーのTシャツ。爽やかで素敵。子供に本を読むときの甘い声は、私の鼓膜をとろけさせる。この場所を失いたくないから、告白はしない。でもいつか、きっと』

読んじゃった。えっ、もしかしてこれ、僕のこと? 
確かに青いTシャツを着てるけど、インディゴブルーってどんな色? 
本の読み聞かせもやっていた。甘い声かどうかはわからないけれど。
あれ、もしかして両想い?

頭の中がぐるぐる回る中、彼女が戻ってきた。
青い顔で僕から日記を奪い取ると、乱れた髪をかき上げて睨んだ。
「読んだ?」
「読んでない。でも、ちらっとだけ見えた」
彼女が僕の胸ぐらをつかんだ。
「彼に言ったらぶっ殺すからね」
「彼?」 
彼女の視線は、奥のスペースで子供たちに読み聞かせをしている図書館司書のお兄さんに注がれていた。
あ……、インディゴブルーってあの色か。僕の青と全然違う。ひとつ賢くなった。
なんて、そうじゃないだろう。失恋決定だ。
彼女は大事そうに日記を抱えて図書館を出ていった。
今日読んだ本の中で、いちばん残酷で悲しい結末だ。

脱力して座り込むと、女の子がまた本を持ってきた。
「マッチ売りの少女」児童虐待の話じゃないか。勘弁してくれ。これ以上悲しみに浸りたくない。
日曜日の図書館は、雨音と、インディゴブルーの司書さんの優しい声に包まれている。
読み聞かせが終わって戻ってきた司書さんに、女の子が纏わりついた。
「パパ、これ読んで」

ああ、彼女も失恋決定だ。

*******

公募ガイド「TO-BE小説工房」の応募作。選外佳作でした。
課題は「本」
最優秀の作品は面白かった。すごく上手でした。
私も頑張ろう。

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上から目線 [公募]

「初めまして」と自己紹介をするのも変な話ですが、私は地縛霊です。
三か月前に、この部屋で死にました。
上から目線ですみません。死んでからずっと、天井に張り付いているのです。
私はここから動けません。
ずっと待っていたのです。新しい住人が来て、私に気づいてくれることを。
あなたのように霊感がある方に出会えるなんて、きっと神の思し召しですね。
しかも元カレにちょっと似てる。好みのタイプです。

私ね、自殺したことになっているんですよ。
スマホに遺書を残して首を吊ったことになっているんです。
だけど違うんですよ。殺されたんです。だから成仏できないわけですよ。
睡眠薬で眠らされて、この天井の梁に吊るされたんです。
あえて梁を見せている天井がお洒落で気に入ってこの部屋を借りたのに、それが仇になるなんてね。

誰に殺されたか分かります? さっき言った元カレに殺されたんですよ。
ミステリーにありがちなパターンです。彼は第一発見者でした。
連絡が取れないからと言って、管理人さんに鍵を開けてもらって入って来たんです。
本当は合鍵を持っているくせに、どこかに捨てて処分したんですよ。
彼は私にすがってオイオイ泣きました。
自分で殺したくせに白々しいと思いながら、こうして天井から眺めていたんですよ。
警察はあっさりしたものです。さっさと自殺で片付けました。

そこであなたにお願いがあります。彼に制裁を与えてほしいのです。
警察が逮捕しないのなら、社会的制裁を与えて苦しめてほしいのです。
そうしたら私、この部屋から出られる気がするんですよ。
あなただって嫌ですよね。四六時中幽霊に見下ろされて落ち着かないでしょう。
見えなきゃ何てことないけど、あなた、見えちゃう系の人ですものね。

ちょっと押し入れを開けてもらえますか。上の板が、少しずれているでしょう。
そこに私、写真を隠してあるんです。彼と面白半分で撮った、いやらしい写真です。
あんまり見ないでくださいね。恥ずかしいから。
その写真をばらまいてください。
ネットにさらすとか、職場に送り付けるとか、まあ、その辺はお任せします。
どうか私の恨み、はらしてください。


「兄さん、写真見つかったよ」
「そうか。よくやった。あの女、やっぱり部屋に隠していたんだな。あんな写真が出回ったら俺は終わりだ。せっかく専務の娘といい感じなのにさ」
「兄さん、あの人を殺したのか?」
「バカ。殺すわけがないだろう。勝手に死んだんだよ。警察も自殺で処理しただろ」
「合鍵、持っていたんだろう」
「えっ、も、持ってねえよ。そこまでの仲じゃねえし。単なる遊び相手だよ」
「睡眠薬を飲ませて、天井の梁に吊るしたんじゃないの?」
「な、何だよ、さっきから。お前は俺の言うことを聞いてりゃいいんだ。いい年して定職にもつけないくせに、くだらない詮索するんじゃねえ。充分な金は渡しただろう。早く写真を寄越せよ」
「写真はあの部屋だよ。高いところにあって取れないんだ。僕、背が低いから」
「脚立とかねえのかよ。頭使えよ、バカ」
「低い椅子しかないんだよ。兄さんが取ってよ。それとも、彼女が死んだ部屋に行くのは嫌かな?」
「彼女じゃねえし。やっぱりお前は役立たずだな。いいよ。今から行こう」


あら、お帰りなさい。相変わらず上から目線ですみません。
まあ、彼を連れてきてくれたんですか。そうですか。恨みは自分ではらせってことですか。
わかりました。
「写真どこだよ」
「天井の梁の裏側だよ。ほら、あそこ」
「あの女、あんなところに隠してたのか。椅子を持って来い。さっさと燃やそう」
ああ、彼の顔がすぐそばに。彼に手が届きます。ありがとうございます。
このまま彼と二人で、地獄に落ちます。
「うわ、何かが首に巻きついた。いてて、誰かが手を引っ張ってるぞ。苦しい。おい、助けてくれ。天井に何かいるぞ!」
「兄さん、ごめん。僕、届かないや」

あの、すみませんが窓を開けていただけますか。
ここで殺したら、あなたが疑われてしまうから、どこかのビルの屋上から落とします。
きっと自殺で処理されるでしょう。私の時みたいに。
短い間でしたが、お世話になりました。やっとここを離れることが出来ます。
さようなら。お元気で。
「さようなら。どうか無事に成仏してください。それから、いつも上から目線の兄に伝えてください。化けて出ないようにって」

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公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「天井」でした。難しかったです。
天井って、やっぱりホラーっぽいものを想像しちゃいますよね。
ありがちだったかな。

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