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コロナ禍の恋 [男と女ストーリー]

あの人は、病室の窓からいつも手を振ってくれた。

彼が交通事故で入院したと聞いてから、私は生きた心地がしなかった。
すぐにでもお見舞いに行きたかったけれど、コロナのせいで面会禁止。
事故でスマホも壊れたらしく、電話もメールも通じない。
心配で眠れない夜を過ごし、病院の裏庭で彼の病棟を眺めた。
命に別状はないと言っていたし、一目でも顔が見たいと思った。

そして5階の端の窓からあの人の姿が見えたとき、私の胸は大きく高鳴った。
ドキドキし過ぎて倒れそうなくらいだった。
「気づいて、気づいて」と念を送ったけれど、あの人は看護師との話に夢中で、私にまるで気づかない。
だけど逢えたことが嬉しくて、私は翌日も同じ時間に同じ窓を見た。
あの人が見えた。今日は、看護師はいない。
思い切って手を振ってみた。
「気づいて。私はここよ」
念が通じて、あの人が私を見て、少し戸惑いながら遠慮がちに手を振り返してくれた。
奥に昨日の看護師がいるのかもしれない。
はにかんだ笑顔が素敵。

それから毎日、同じ時間に彼の病棟を眺めた。
雨にも負けず、風にも負けず、花粉にも負けず、欠かさず出かけた。
そして私たちは、ほんの短い時間、見つめ合って手を振り合う。
触れ合えなくても、言葉を交わせなくても、気持ちは通じ合っている。


そしてついに、その日が来た。
彼が入院して1か月半、コロナが5類に移行して、面会が可能になった。
私はすぐに病院に行って、彼と面会をした。
5階の談話室に、松葉杖の彼が来た。
「リハビリきつくてさー。でももうすぐ退院できそうだよ」
「あらそう」
そんなことはどうでもよかった。
「トイレに行く」と嘘をついて、私は部屋を出た。
5階のいちばん端の部屋に行きたくて。
そう、私が会いたいのは彼じゃない。
毎日5階の端の窓から手を振り合った「あの人」。
たぶん、この病院のお医者さん。
一目惚れなの。あの人に会った途端、彼のことなんか頭の中からすっかり消えた。

いちばん端の部屋は「プライベートルーム」の札が掛かっていた。
患者さんは入れない。やはりあの人はお医者さんだ。
「どうしたの?」
いつのまにか彼が後ろに立っていた。
「そこ、医者の喫煙室だよ。もちろん患者は入れないし、喫煙室ってことも、一応秘密になってるらしい。今は色々うるさいだろ。それにさ、さぼりに来てる医者もいるらしいよ。ほら、ちょうど出てきた」

喫煙室から出て来たのは、あの人だった。
続いて、髪が少し乱れた看護師が赤い顔で出て来た。
あのときの看護師だ。何をしていたかは想像できる。
あの人は私をちらりと見て、すぐに視線を戻した。
「あの医者、常習犯」
彼が耳元で言った。

なあんだ。近くで見たら、全然大したことないじゃない。
ガッカリだ。一時の気の迷いってやつだ。そもそも私、彼氏いるし。

「ねえ、退院したら、美味しいもの食べに行こうね。リハビリ頑張って」
私は彼の手を優しく握った。





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ライバル [コメディー]

正蔵さんと大助さんは、隣同士の幼なじみ。
同じ日に生まれ、生まれたときからのライバル関係だ。
どちらが先に歩くか、どちらが先にしゃべるか。
学校へ上がれば成績、スポーツ、ラブレターの数さえも競い合うようになった。
同じころに結婚して息子が生まれると、今度は息子同士を競わせた。
そして月日は流れ、今度は孫の番だ。

「おおい、香里、香里はどこだ」
「どうしたの、おじいちゃん。ここにいるよ」
「香里、隣の沙恵が梅むすめに選ばれたぞ」
「梅むすめ? ああ、梅まつりのキャンペーンガールね」
「どうして正蔵の孫が梅むすめなんだ。香里の方がずっと可愛いじゃないか」
「おじいちゃん、私は応募してないよ。興味ないし、やりたくないよ」
「いや、今からでも遅くない。市長に掛け合ってやるから、梅むすめやりなさい」
「やだよ。別にいいじゃん。やりたい人がやれば」
「それじゃあ隣に負けちゃうじゃないか」
「おじいちゃん、そういう時代じゃないよ。私と沙恵は、何も競い合ったりしないよ。ずっと仲良しだもん。まあ、確かに沙恵より私の方が可愛いのは事実だけどね」

沙恵と香里は19歳。同じ大学に通っている。
「そんなわけでさ、おじいちゃんがうるさくて」
「ごめん香里。うちのじいちゃんが自慢したんだ。梅むすめなんて、ちょっと愛想がよければ誰でもなれるのにさ」
「ああ、沙恵は愛想だけはいいからね。私はダメだわ。知らないおじさんと写真とか撮りたくないし」
「そうだね。香里はすぐ顔に出るからね」
「ところでさ、おじいちゃんたちの競い合い、いつまで続くんだろうね」
「本当だね。つまらないことに神経使わずに、もっと世の中の役に立つことすればいいのにね」
「あっ、それだ」

香里が家に帰ると、大助さんは全国のキャンペーンガールの情報を集めていた。
「香里、これはどうだ。納豆むすめ」
「だからそういうのはいいってば。それよりおじいちゃん、隣の正蔵さん、被災地に寄付したんだって」
「なに?」
「えらいよね。1万円ぐらい寄付したって言ってたかな」
「こうしちゃおれん。2万円寄付する」
正蔵さんと大助さんは、競い合うように被災地に寄付をした。

「おじいちゃんたち、本当に負けず嫌いだね」
「うん。でもこれで、被災地の人が少しでも助かればいいでしょ」
「さすが、香里は頭いいね」
「英語は沙恵とビリ争いしてたけどね」
「そうだった。あたしたち、ビリを競い合ってたね」
「でもさ、沙恵はどうして梅むすめに応募したの?英語しゃべれないのに。外人に話しかけられたらどうするの?」
「えへへ。それは大丈夫。今、彼にマンツーマンで教えてもらってるの」
「彼って?」
「留学生のマイクよ」
「うそ、あのイケメンのアメリカ人?まさか、沙恵……」
「実は付き合ってるの。黙っててごめんね。彼氏いない歴19年の香里には、なかなか言いづらくて」
「何それ。私がその気になれば、いくらでも彼氏できるから。すっごいイケメン見つけるから。ああ、そうだ。納豆むすめ、応募しよう。私、納豆むすめのセンター目指すから。じゃあね、おやすみ」

香里を見送って、沙恵は肩をすくめた。
「ふう。相変わらず負けず嫌いだな、香里は。おじいちゃんにそっくり。納豆むすめのセンター? 無理じゃん、愛想ないし。それよりあたしも募金しよう。お年玉いっぱいもらったから」

「おい香里、隣の沙恵が被災地に募金したらしいぞ」
「えっ、じゃあ私もする。負けてられないわ」
こういう競い合いならいいかも……。




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龍の子ども [ファンタジー]

結婚して7年経ちますが、なかなか子宝に恵まれません。
夫とふたりで出掛けた初詣の神社で、私は熱心に祈りました。
「どうか今年こそ、子どもが授かりますように」
夫が毎年欠かさず参拝するこの神社は、龍神様を祀っています。

急に辺りが暗くなりました。
多くの参拝客で賑わっていたはずの拝殿から人が消えました。
何が起こったのでしょう。
「おまえに子どもを授けてやろう」
暗やみから声がしました。大地を這うような恐ろしい声です。
怯える私の前に、大きな龍が現れました。血の塊みたいな赤い目で私を見ました。
「願いを、聞いてくださるのですか?」
「ああ、授けよう。ただし生まれてくる子は龍の子どもだ。大切に育てろ」
「龍の子ども? それはどういうことですか」
龍は、私の問いには答えずに消えてしまいました。

気がつくと私は、神社の隅でうずくまっていました。
「大丈夫? 貧血かな」
夫が心配そうに背中をさすってくれました。
「違うの。私、たぶん妊娠した」
「えっ」

私は本当に子どもを授かりました。
夫はとても喜びましたが、私は不安でした。
あの龍のお告げが、夢だとは思えなかったからです。
龍が生まれた子どもをさらっていくのではないか、そんなことばかり考えました。
だけどお腹が大きくなるにつれて、そんな不安は消えました。
私の中に宿った小さな命が愛おしくてたまりませんでした。
とにかく無事に生まれて欲しい。そればかり祈りました。

秋になって、私は女の子を出産しました。
紛れもない人間の赤ん坊です。鱗もなければ角もありません。
「可愛いなあ」
夫は生まれたばかりの子どもを不器用に抱きながら、優しく頬ずりしました。
ホッとしました。神様は、純粋に私の願いを聞いてくれただけなのです。
恐れることなど何もありません。

「お宮参りに行こう」
夫が言いました。
「君の祈りが通じて僕たちは親になれた。龍神様にお礼に行こう」
初詣の記憶が甦って少し怖くなりましたが、夫の言う通り、きちんとお礼をしようと思いました。
すやすや眠る娘を抱いて、神社に行きました。
拝殿の前に立つと、突然娘が目が開けて私を見ました。
その目は、赤く光っていました。
あのときの龍と同じ目です。驚いて思わず娘を落としそうになりました。
「大丈夫。気を付けてくれよ。僕たちの宝物なんだから」
夫が、私の代わりに娘を抱きました。
そして娘を抱いたまま、長い長いお祈りをしました。

祈りを終えた夫が振り向いて言いました。
「大丈夫だよ。龍神様はこの子を連れて行ったりしないから」
「えっ?」
夫は娘の頬を優しく撫でながら微笑みました。夫はすべてを知っていたのです。

「じつは僕も、龍の子どもなんだ。母が36年前に授かった子どもだよ」
夫は毎年龍神様に、元気で生きていることを伝えているそうです。
「毎年お参りを欠かさなければ大丈夫」
夫が私の手を握りました。温かい大きな手です。
「毎年お参りに来るわ。この子を大切に育てるわ」
私は夫の肩にそっと寄り添いました。

娘はすくすく成長しています。毎日幸せです。
辰年生まれの夫と娘が、ふたりで空を見上げています。
その目が赤く光っていることには、気づかない振りをしています。

*****
あけましておめでとうございます……とはいえ、もう1月も半ばです。
正月休みがいつもより長かったことと、我が家にしては珍しく2回も温泉旅行に行ったおかげで、どうもペースを戻せません。
とりあえず、こんな私ですが今年もよろしくお願いします。

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おとぎ話(笑)34 [名作パロディー]

<泣いた赤鬼>

青鬼のおかげで人間と仲良くなれた赤鬼の元に、村役場の役人がやってきました。
「赤鬼さん、あなたを人間として住民登録することになりました」
「本当ですか」
「はい。これ、住民票です」
「ありがとうございます」
「これ、住民税と固定資産税の納付書です」
「これ、国民年金の納付書です」
「NHKの視聴料お願いします」

「あっ、赤鬼さん、泣いてる」
「人間になれてうれしいのかな?」
……違うと思う。


<シンデレラ>

お城の舞踏会に行きたいシンデレラの前に、魔法使いが現れました。
ボロボロの服を素敵なドレスに
カボチャを馬車に
ネズミを馬に変えてくれました。
「さあシンデレラ、舞踏会にお行きなさい。ただし午前0時に魔法が解けるから、それまでに帰るのよ」
「はい、わかりました。ところで魔法使いさん、ひとつだけ質問があります」
「何だい?」
「このカボチャ、魔法が解けたら食べられます? スープにする予定なんだけど」
「生活感ありすぎ。。。」


<笠じぞう>

「おじいさん、今年もお地蔵さまに笠かぶせたんですよね」
「ああ、かぶしてきたぞ」
「じゃあどうしてお礼の品を持ってこないんです? もう正月ですよ」
「そうだな。当てにしていたのにな」
「おじいさん、ちゃんと去年と同じように笠かぶせましたよね? 最後のお地蔵さまには、自分の手ぬぐいを取ってかぶせましたよね」
「いや、全部のお地蔵さまに笠をかぶせた。人数分用意したんだ」
「ああ、それだ!」
「それって?」
「自分の手ぬぐいを取ってまでかぶせることに意味があるんですよ。笠をかぶせるだけじゃ弱いんですよ、エピソードが!」
「エ、エピソード? そういうもの?」
「そういうものですよ、世の中というのは。いいですか、次はちゃんと自分の手ぬぐいを外してかぶせるんですよ。分かりましたね。ちゃんとやってくださいよ。生活かかってるんだから」
「わかった」

……忘れてただけなんだけどなあ(地蔵)


<不思議の国のアリス>
あら、時計を持ったウサギさんが走っているわ。
「ウサギさん、そんなに急いでどこへ行くの?」
「うさぎ年がもうすぐ終わるんだよ」
「まあ、大変」
「あんたもブログなんか書いてないで、大掃除でもしたら」
ギク!!

*****
あっという間に30日。今年もあと少しですね。
大掃除の合間を縫って書いております(笑)
みなさま、今年も読んで下さってありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。

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饅頭屋のクリスマス

小さな駅前の商店街。
昔は12月になると、街路樹にキラキラのイルミネーションを飾ったものだ。
駅からまっすぐ光のトンネルを歩くみたいだった。
あの頃は賑やかだった。
ケーキを売る声、おもちゃ屋の前で立ち止まる子ども、揚げ物や総菜のいい匂い。
今じゃすっかり寂れて、3分の2はシャッターを閉じたままだ。

私は先祖代々続く饅頭屋を、細々と続けている。
嫁に来た頃は忙しかったけど、今は常連客しか来ない。
閉店は午後7時。また売れ残っちゃった。
夫はさっさと奥に引っ込んで、晩酌を始めている。
「やれやれ」と片付けをしていると、ひとりの男が飛び込んで来た。
「もう終わりですか?」
「はい、この通り、もう閉店時間です」
「饅頭一個だけでも売ってくれませんか。朝から何も食べてなくて、もうフラフラで倒れそうなんです」
男は大げさに腹を押さえた。
「それなら饅頭なんかより、ご飯を食べた方がいいですよ。この先に、ラーメン屋がありますよ」
「もう一歩も歩けません」
あまりに情けない声を出すので、私は仕方なく、奥から売れ残りの饅頭をふたつ持ってきて男に渡した。
男はそれを、のどに詰まらせるような勢いで食べた。
温かいお茶を淹れてあげると、ようやく落ち着いたように「ふう」と息を吐いた。
「よっぽどお腹が空いていたんですね」
「ええ、きのうの夜から働き通しで」
「あらまあ、ご苦労様。どんなお仕事?」
「サンタクロースです」
やだ。つまらない冗談。こういうのって、何かツッコんだ方がいいのかしら?

「ご馳走様でした。おいくらですか?」
「お金はいいですよ。残り物だから」
「そうはいきません。そうだ、じゃあ、プレゼントを差し上げましょう。何がいいですか?」
「いえいえ、初対面のお客様にプレゼントをいただくわけにはいきません」
「いいんですよ。言ったでしょう、僕はサンタクロースです」
ああ、ヤバい人だ。適当なこと言って追い返そう。

「じゃあ、イルミネーションがほしいわ」
「イルミネーション?」
「そう、この商店街をキラキラにしてほしいわ」
「わかりました。それでは奥さん、メリークリスマス」

男は店を出ていった。変わり者だな。頭がおかしいのかしら。
シャッターを閉めようと外に出た私は、思わず息をのんだ。
キラキラだ。商店街の端から端までキラキラだ。
街路樹が、シャンパンカラーのイルミネーションに染まっている。
「あなた、ちょっと来て」
「なに?」と面倒くさそうに出てきた夫が目を見張った。
「何だこれ。すごいな」
コンビニにたむろしていた学生や、駅から出て来た人たちが集まって来た。
「すごい」「きれい」「SNSにのせよう」「友達呼ぼう」
商店街が、久しぶりに賑わい始めた。

「あなた、酒飲んでる場合じゃないわ」
「えっ?」
「饅頭作って売りましょう。正月に配る予定の甘酒も売ろう。今日から閉店は21時よ」

サンタクロースって、本当にいるのね。
来年は、饅頭3個取っておくわ。

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やさしいトナカイさん

「ああ、今年も無事にプレゼントを配り終えたな、トナカイくん」
「はい、サンタさん、お疲れさまでした」
「上がって一杯やっていきなさい」
「でも、ソリがありますから。飲酒運転になってしまいます」
「泊って行けばいいだろう。そうだ、フカフカの最上級の藁を買ったんだ。君がぐっすり眠れるようにな」
「それはありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

「おおい、今帰ったぞ。トナカイくんに酒を出してくれ。去年誰かにもらった高級なウイスキーがあっただろう」
「すみません、奥さん」
「いいんですよ。そろそろ帰るころだと思って、用意しておきました」
「おお、これは旨そうなローストビーフだ」
「クリスマスですから、奮発しました。では、ごゆっくりどうぞ」

「トナカイくん、君とも長い付き合いになったな」
「そうですね。サンタさんと過ごすクリスマスが当たり前になってますね」
「しかし君、少しスピードが落ちたんじゃないか?」
「面目ない。明日からトレーニングに励みます」
「いいよ、しばらくゆっくりしなさい」
「奥さんの料理はどれも絶品ですね」
「そうだろう。ところで君もそろそろ身を固めたらどうだね。そうだ。今度いいメスのトナカイを探してあげよう」
「お気遣いなく」
「家族が増えるのはいいぞ。生活に張りが出る」
「はあ、そうですね。さあ、サンタさん、もう一杯お作りしましょう」

「あっ、しまった。忘れてた」
「どうしたんです?」
「世界中の子どもたちにプレゼントを配って、自分の子どものプレゼントを忘れてた」
「それはいけませんね」
「サンタクロースの子どもがプレゼントをもらえないのは可哀想だ」
「サンタさん、袋の中にプレゼントがふたつありますよ。ほら、これです。今からでも遅くありません。2階の子どもたちのところに置いてきましょう」
「うむ。ではわしが持って行こう。ああ、何だか眠くなってきたな。トナカイくん、子どもたちの枕元にプレゼントを置いたら、わしはもう寝る。君はゆっくり飲んでくれたまえ」
「はい、おやすみなさい」


「ふう……」
「お疲れさまでした。戸中井さん」
「ああ奥さん。参田さんはお休みになられましたか?」
「ええ、ぐっすり。毎年付き合わせてごめんなさいね、戸中井さん」
「いえいえ、参田部長にはお世話になりましたから」
「もう部長じゃないわ。仕事辞めたとたんおかしくなっちゃって、この時期になると自分をサンタクロースだと本気で思っているのよ」
「はい。僕たち、参田と戸中井で名コンビって呼ばれていましたからね、忘年会の余興はいつもサンタとトナカイをやらされました」
「あの頃がよっぽど楽しかったのね」
「そうだ。さっき参田部長が2階に運んだプレゼント、あれは僕からお二人へのクリスマスプレゼントです」
「まあ、いつもありがとう。あの人、どうせ今日のこと何も憶えてないのよ」
「そう思って、部長にはウイスキーを贈っておきました」
「ありがとう。来年まで取っておくわ」

「では、僕は帰ります。ローストビーフとウーロン茶、ご馳走様でした」
「早く帰ってあげて。奥様によろしくね」
「はい、よいクリスマスを」
「よいクリスマスを」

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帰郷の理由

15年ぶりに、故郷に帰ることにした。
東京で就職してからは忙しさもあったけど、「結婚はまだか」と言われるのが嫌で帰らなかった。

「お母さん、明日帰るから」
「えっ、何で帰るの?」
「何でって、何でもいいでしょう」
「良くないでしょう。何で帰るのよ」
「なに、迷惑なの?」
「違うよ。何で帰るのか聞いてるだけよ」
「もういい。とにかく帰るから!」

ああ、何だか拍子抜け。
娘が実家に帰るのに理由が必要?
しかも15年ぶりに帰る一人娘に、第一声がそれ?
まあ、帰らなかった私も悪いけど「待ってるよ」くらい言っても良くない?

そもそも理由なんてひと言じゃ言えない。
40歳手前で10年付き合った男にフラれて、仕事に生きようと思ったら新任の上司とそりが合わずに転職。
転職先は信じられないブラック企業で即辞表。
おまけにアパートのオーナーが変わって、立ち退きを要求された。
ここ一年で色々あって疲れちゃった。
貯金があるうちに、地元に帰ってやり直そうって思った。
そういうのは、ご飯を食べて落ち着いてからゆっくり話すつもりでいるのに、いきなり理由を聞くなんて、お母さんは鬼だわ。
もしかして、15年も帰らなかった仕返し?
まあいい。とにかく帰る。今の私にはそれしかないんだ。

在来線に揺られること3時間。
乗り継ぎのローカル線で30分。
懐かしい駅は変わっていない。
ああ、なんて静か。のんびりしている。山が近いな。
実家はここからバスで30分。
時刻は午後5時。もう辺りは暗いし、寒い。
早く帰ろうとバス停に向かったけれど、バス停がない。
嘘でしょう? 通りかかった自転車の高校生に尋ねてみた。
「ねえ、バス停の場所、変わった?」
「バス、ないですよ。3年前に廃線になって、今はありません」
なんですって? 確かに私がいた頃から乗る人まばらだったけど、まさか廃線?
すぐに母に電話をかけた。しゃくだけど迎えに来てもらうしかない。

「お母さん、バスないんだけど」
「そうそう、なくなっちゃったのよ」
「あのさ、悪いけど迎えに来てくれる?」
「無理よ。あのね、お父さんとお母さん、後期高齢者になったのを機に、去年免許返納したんだわ。今はほら、ネットスーパーもあるし、乗り合いタクシーもあるからね」
「えー、じゃあ私、どうしたらいいの?」

「だから訊いたでしょう。何で帰るのって(バスないけど)」
「えっ、そういう意味?」
「あんた、電話切るの早いから。タクシー呼びなさい。4千円くらい持ってるでしょ」
げげ、タクシー代が4千円? 田舎舐めすぎてた。
私は、山道を走るタクシーのメーターが、どんどん上がるのを眺めながら思った。
「まずは免許取ろう」

懐かしい家に帰ると、お母さんはご馳走を作って待っていた。
「ああ、お母さんのご飯、おいしい」
「ところであんた、何で帰って来たの?」
「え、だから電車とタクシー」
「いや、そうじゃなくて、何で帰って来たの?」
「だから電車と……」
日本語ってややこしい。

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ピンポンダッシュ

北風の通学路。
毎日のようにピンポンダッシュをしていく悪ガキがいる。
「ピンポ~ン」
ほーら、来た。何も玄関まで出ていくことはない。
窓から顔を出して「こらっ」と叱りつけてやる。
悪ガキは、憎たらしく舌を出して走って行く。
どこの子どもか知らないけれど、何が楽しいのかね。

老人ばかりの集合住宅で独り暮らしだ。
定期的にケアマネージャーが様子を見に来てくれる。
子どもたちに迷惑を掛けたくないから、半年前からここで暮らし始めた。

そんなある日、隣の家から怒鳴り声が聞こえた。
外に出てみると、いつもの悪ガキが隣のじいさんに捕まっていた。
「どうかしたの?」
「このガキが、用もないのにチャイムを鳴らして逃げるところを捕まえたんだ」
悪ガキは、ばつの悪そうな顔で縮こまっている。
「悪かったねえ。その子はうちに用があったんだよ。間違えて隣のチャイムを鳴らしちまったんだ。お騒がせしてごめんよ。ほら、こっちにおいで」
「なんだそうか。似たような家だから間違えたのか。これから気を付けろよ」
お隣さんは「おお、寒い」と言いながら、家の中に入った。
「ほら、あんたも家にお帰り。これに懲りて、ピンポンダッシュはやめるんだね」
悪ガキは走り出したと思ったら振り返り、「あっかんべえ」と舌を出した。
何だい。なんてガキだ。助けてやるんじゃなかったよ。

翌日、懲りずに悪ガキがやって来た。
「こらっ」と窓から覗いたら、悪ガキが母親らしき女性と並んで立っていた。
謝りに来たのかね。別にいいのに。
玄関に出ると、母親らしき女性が深々と頭を下げた。
「息子がご迷惑をかけたようで、申し訳ありません」
「別に大したことじゃないよ。まあ、立ち話も何だし、上がっていきな。寒いから」
遠慮すると思ったけど、ふたりはすぐに上がり込んだ。
最初からそうするつもりだったみたいだ。
キョロキョロと部屋を見まわしたり、柱を触ったりしている。
「古い家が珍しいかい?」
声をかけると、母親が顔を赤くして「すみません」と言った。

悪ガキはちゃっかりコタツに入っている。
図々しい親子だね。別にいいけど。
「お茶でも淹れようかね」
そう言って振り向くと、母親が泣いていた。
「えっ、あんた、どうしたの?」
悪ガキが、ごろごろ寝転びながら言った。
「おばあちゃんの家だったの、ここ」

母親がハンカチで目元を押さえながら「すみません」とまた言った。
どうやらあたしの前にここに住んでいた人が、この人の母親だったらしい。
「母とはケンカばかりしてました。息子が懐いているのをいいことに甘やかすから」
「孫は可愛いからね。仕方ないだろ」
「もっと優しくしてあげればよかったと、悔やんでばかりです」

母親の泣きごとをよそに、悪ガキがケロッとした顔で言った。
「おばあちゃんの家にもコタツがあったよ。おばあちゃん、寝ながらお菓子食べても怒らなかったんだ」
悪ガキは、ゴロゴロしながら「お菓子ないの?」なんてほざいている。
あたしは悪ガキのコタツ布団を引っぺがした。
「あたしはね、あんたのおばあちゃんみたいに優しくないよ。怖いよ。鬼婆だよ。お菓子もないよ。それでもいいならまたおいで」
悪ガキは、震えながら「はい」と言った。

母親は、涙を拭いながら笑った。
「本当にすみません。お茶は私が淹れます。座っててくださいな」
「そうかい?」と、お言葉に甘えてコタツに入った。
悪ガキが、上目遣いにあたしを見ている。
よく見ると、なかなか可愛い子じゃないか。
……と思ったのもつかの間、「あっかんべえ」と舌を出した。
ふん。やっぱり悪ガキだね。まあ、別にいいけどね。

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寒空に咲く花 [ファンタジー]

11月の、高い高い空に向かって咲く美しい花がある。
青空に映えるうす紅色の可憐な花。
僕はその美しさに魅了されて、毎日飽きもせず眺めている。

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「ちょっと、空ばかり見てないで働きなさいよ」
「誰かと思えばコスモスか」
「空に食べ物はないわよ」
「分かってるよ。俺は空を見てるんじゃない。あの美しい花を見てるんだ」
「ああ、皇帝ダリアね」
「皇帝ダリアっていうのか。なんて気高い名前だ。美しい花にぴったりだ」
「大したことないわよ。あたしも同じピンクの花よ」
「全然ちがう。おまえみたいな草花と一緒にするな」
「まあ失礼ね。あんたこそ、ちっぽけなアリじゃないの。ほら、早く食べ物を運びなさい。冬が来るわよ」
「うるさいな。どうせ俺はちっぽけな働きアリだよ」

ああ、一度でいいから、あの美しい花びらに触れてみたい。
下ばかり向いてる人生なんてウンザリだ。

「あっ、またさぼってる」
「うるさいコスモスだな。さぼってるわけじゃない。今日の仕事はもう終わり」
「へえ、それでマヌケな顔で皇帝ダリアを見ていたのね」
「放っといてくれ。あれ、コスモス、ちょっと痩せた?」
「うん、そろそろ寿命」
「そうか。花は散るもんな」
「皇帝ダリアもやがて散るわ。会いに行くなら今よ」
「会いに行く?」
「そうよ。あなたには立派な足がある。あの太い茎を登って会いに行くのよ」
「あんな上まで?」
「行けるわよ。そして教えて。そこから見える景色を」

コスモスは、いつもよりも元気がなかった。
冬が近づいているから仕方ない。
僕だって、もうすぐ冬ごもりだ。そうだ、今しかない。
僕は皇帝ダリアの太い茎を、ゆっくり登って行った。
上に行くほど風が強い。
こんな風に耐えながら、皇帝ダリアは美しい花を咲かせているのだ。
わあ、すぐ近くに花が見える。思ったよりもずっと優しくて可憐だ。
近くで見ても美しい。

突然の冷たい突風にしがみつくと、皇帝ダリアの花が大きく揺れた。
「あっ」と思ったら、花びらが僕の目の前で次々と散った。
風に舞う花びらさえも美しい。胸を張って飛んでいるように見える。
だけど不思議だ。悲しくない。何も感じない。
あんなに憧れた花が目の前で散ったのに。
それよりも僕は、だらりと頭を下げて地面を見つめるコスモスの最期を思った。
この野原を一面紅く染めていたコスモスは、どれだけきれいだっただろう。
僕はむしろ、その景色が見たいと思った。

「どうだった? きれいだった?」
下りてきた僕に、コスモスが話しかけた。
「きれいだったよ」
「よかったね」
「うん。頭を下げてもしぶとく咲いているコスモスが、きれいだった」
「えっ?」
萎れそうなコスモスが、ぽっと紅くなった。
「来年また会おう」
僕は食べ物を運ぶ仲間に合流した。

冬が来る。
小さくても、弱くても、僕たちは生きている。

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帽子じぞう [名作パロディー]

木枯らしが吹く帰り道、3年生のリカと、1年生のマミが並んで歩いています。
リカとマミは姉妹です。
「ねえ、お姉ちゃん。今日学校でね、笠地蔵の本を読んだよ」
「あー、あたしも読んだことあるよ。お地蔵さんに笠をかぶせて大金持ちになる話」
「マミもお地蔵さんに笠をかぶせてあげたいなって思った」
「笠なんて家にないよ。昔の笠は今の傘と違うんだから」
「そっか。じゃあ、帽子は?」
「あー、帽子ならいいね」
「帽子かぶせたら、お金くれるかな」
「そうだね。一万円くらいくれるかも」
「いちまんえん!!そんなにくれるの?」
「お地蔵さん、金持ちだからね」
「じゃあさ、帽子かぶせよう。ほら、バス停の横にお地蔵さんいるでしょ」
「ああ、いるね。よし、家に帰って帽子もってこよう」

リカとマミは、家に帰っておやつも食べずに帽子を探しました。
「あんたたち、何やってるの?」
「何でもないよ、ママ。それより、洗濯物が風で飛ばされそうだったよ」
「あら大変。取り込まなくちゃ」
ママがいなくなって、ふたりはホッとしました。
ママに話したら、一万円を取られてしまいます。

「お姉ちゃん、帽子あったよ」
「よし、じゃあ、ママが洗濯物を取り込んでるうちに出かけよう」
リカとマミは、バス停まで走りました。
昼間はバスの本数が少ないので、お地蔵さん以外誰もいません。

「お地蔵さん、あったかい帽子を持ってきたよ。かぶせてあげるね」
「お地蔵さん、似合うね」
「あたまは暖かくなったけど、首が寒そう」
「マフラーも持ってくれば良かったね」
「いいこと考えた」
リカは、枯れすすきを取ってきて、お地蔵さんの首に巻きました。
「わあ、あったかそう。よかったね、お地蔵さん」
「マフラーっていうより、ヒゲみたいだけどね」
「お姉ちゃん、これで一万円だね」
リカとマミはスキップしながら帰りました。

しかし寝る時間になっても、お地蔵さんはお礼に来ません。
「笠地蔵のお地蔵さんは、すぐ来たのにね」
「ATMが故障してたのかな?」
そのとき、パパが子ども部屋にやってきました。
「リカ、マミ、去年ドンキで買った、サンタクロースの帽子を知らないかな。会社の忘年会でかぶろうと思ったけど、どこにもないんだ」
リカとマミは顔を見合わせました。
「し、しらない……」
「そうか、失くしちゃったかな」

リカとマミがお地蔵さんにかぶせたのは、パパのサンタクロースの帽子でした。
「お姉ちゃん、明日、返してもらおうか」
「でもさ、一万円もらった方がよくない?一万円でサンタの帽子いっぱい買えるよ」
「そうか。お姉ちゃん、頭いい!」

翌日、お地蔵さんの前に、子どもたちの行列が出来ていました。
『ポケモンのゲームが欲しいです』
『スマホが欲しいです』
『プリキュアのコスチューム、ください』
子どもたちは手を合わせてクリスマスプレゼントをお願いしていました。

「お姉ちゃん、お地蔵さんが、サンタさんになっちゃったね」
「そうだね。あたしたちがかぶせた帽子と、すすきのヒゲのおかげで大人気だね」
「お仕事増えて忙しくて、お礼に来られなかったんだね」
「パパの忘年会より有意義かも」
「たくさんお願い事されてるけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。お地蔵さん、金持ちだから」
「ついでにクリスマスプレゼントもお願いしようかな」
「そうだね。一万円と一緒にクリスマスに届けてもらおう」

リカとマミの元に一万円が届くことは、もちろんありません。
だけどお地蔵さんは、ちょっぴり楽しそうでした。



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