薔薇の蕾に乾杯 [競作]
―え?母親の顔?そんなの全然憶えてないよ。
憶えていることといえば、胸元に真っ赤な薔薇の刺青があったことくらいだね。
あれは見事な刺青だったよ。
逢いたいかって?まさか!
あの女はあたしを捨てたんだよ。
そのおかげで、あたしがどれだけ苦労したか。
飲んだくれの父親の顔色うかがってさ、いつ殴られるかビクビクしながら暮らしてたんだ。
あんたに想像できるかい?
どれだけ金を積まれたって、あの女には逢いたくないね。―
女は、いかにも不味そうに煙草を吸って、苦い顔で煙を吐いた。
間違いない。私が探しているのはこの女だ。
私は探偵だ。
依頼人は、余命わずかな老婦人。昔捨てた娘を探してくれと言った。
痩せ細った胸元からは、真っ赤な薔薇の刺青が覗いていた。
たどりついたのは、町外れのスナック。
女はここの経営者だった。
賑やかな団体客が帰ると、店の客は私だけになった。
「本当に逢いたくないんですか?」
「しつこいね。逢いたくないって言ってるだろう」
女はガチャガチャと音を立ててグラスを片付けた。
「お母さんは逢いたがっていますよ」
「うるさいね。それ以上言ったら出て行ってもらうよ」
女はカウンターの中でくるりと背を向けた。
「お母さんの命が、あと僅かでも逢いたくないですか?」
女の肩が小刻みに震えた。
「逢いたくないよ…」
「じゃあ、お聞きしますが、この店の名前は何故「ローズ」なんですか?
カウンターの花は、何故いつも赤い薔薇なのですか?
コースターは、何故どれも薔薇の形をしているのですか?」
「そんなの偶然だよ。母親とは関係ない」
「じゃあ、さっきからチラリと見える、あなたの胸元の刺青は、何故 赤い薔薇の蕾なのですか?」
女は慌ててショールで胸元を隠した。
表情が歪んだ。うつむいた女の顔は、驚くほど老婦人に似ていた。
私がもう一度「逢ってくれますね」と聞くと、女はようやくコクリと頷いた。
やれやれ…
私はすっかり薄くなった水割りを飲み干した。
スナックローズを出ると、秋の風が心地よく吹き抜けた。
「しまった!領収証をもらい忘れた」
私は頭を掻きながら、駅への道を急いだ。
にほんブログ村
***
ヴァッキーノさんからの指令を受けて書きました(笑)
あまりハードボイルドじゃなかったけど、これでよかったかしら?
楽しいお誘い、ありがとうございました
憶えていることといえば、胸元に真っ赤な薔薇の刺青があったことくらいだね。
あれは見事な刺青だったよ。
逢いたいかって?まさか!
あの女はあたしを捨てたんだよ。
そのおかげで、あたしがどれだけ苦労したか。
飲んだくれの父親の顔色うかがってさ、いつ殴られるかビクビクしながら暮らしてたんだ。
あんたに想像できるかい?
どれだけ金を積まれたって、あの女には逢いたくないね。―
女は、いかにも不味そうに煙草を吸って、苦い顔で煙を吐いた。
間違いない。私が探しているのはこの女だ。
私は探偵だ。
依頼人は、余命わずかな老婦人。昔捨てた娘を探してくれと言った。
痩せ細った胸元からは、真っ赤な薔薇の刺青が覗いていた。
たどりついたのは、町外れのスナック。
女はここの経営者だった。
賑やかな団体客が帰ると、店の客は私だけになった。
「本当に逢いたくないんですか?」
「しつこいね。逢いたくないって言ってるだろう」
女はガチャガチャと音を立ててグラスを片付けた。
「お母さんは逢いたがっていますよ」
「うるさいね。それ以上言ったら出て行ってもらうよ」
女はカウンターの中でくるりと背を向けた。
「お母さんの命が、あと僅かでも逢いたくないですか?」
女の肩が小刻みに震えた。
「逢いたくないよ…」
「じゃあ、お聞きしますが、この店の名前は何故「ローズ」なんですか?
カウンターの花は、何故いつも赤い薔薇なのですか?
コースターは、何故どれも薔薇の形をしているのですか?」
「そんなの偶然だよ。母親とは関係ない」
「じゃあ、さっきからチラリと見える、あなたの胸元の刺青は、何故 赤い薔薇の蕾なのですか?」
女は慌ててショールで胸元を隠した。
表情が歪んだ。うつむいた女の顔は、驚くほど老婦人に似ていた。
私がもう一度「逢ってくれますね」と聞くと、女はようやくコクリと頷いた。
やれやれ…
私はすっかり薄くなった水割りを飲み干した。
スナックローズを出ると、秋の風が心地よく吹き抜けた。
「しまった!領収証をもらい忘れた」
私は頭を掻きながら、駅への道を急いだ。
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***
ヴァッキーノさんからの指令を受けて書きました(笑)
あまりハードボイルドじゃなかったけど、これでよかったかしら?
楽しいお誘い、ありがとうございました
2010-09-01 18:07
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コメント(12)
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ありそうな依頼ですよね!
うまく口説き落としましたね!
私だったら、徳光さんもいつもよりハンカチを
余分に持ってスタンバイしてますからと
余計なことを言ってしまい、断られたかも(笑)
by 銀河径一郎 (2010-09-02 17:57)
僕が書いたお話はスパイ映画がブームの頃の何でもござれの映画のパロディなんです。言わばお子様ランチ。
その対極にあるような大人のムード満点のお話ですねぇ。お洒落だぁ。
場末の女。
赤い薔薇の刺青。
小道具の数々が印象的で、
ハードボイルド小説の雰囲気、ありますよぉ。
いろんな雰囲気のお話が集まって、
いやぁ~スパイってホンットにいいもんですネ~(水野春郎風)
by 矢菱虎犇 (2010-09-02 20:29)
よくたどり着いたなあ。
探偵の技量も凄いけれど、畳み掛けていく業も凄い Σ(・д・;
そして、領収証貰い忘れる所がなんだか人間味を感じて、
とても親しみやすかったですw
探偵さんのビジュアルってどんなだろう。
私のイメージではブラウンのロングコートなんですが・・・・・・今は暑そうw
by 愛輝 (2010-09-02 23:26)
< 銀河径一郎さん>
ありがとうございます。
涙の再開になりそうですからね。
徳光さん、間違いなく泣くでしょう(笑)
by リンさん (2010-09-03 19:24)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
薔薇って、漢字で書くと女スパイ的なイメージになりますよね。
書いていても楽しかったです。
薔薇の画像を探そうと、検索したら何だかいやらしいサイトがいっぱい出てきました。びっくりした~^^
薔薇っていろんな意味があるんですね。
by リンさん (2010-09-03 19:33)
<愛輝さん>
ありがとうございます。
きっと優秀な探偵さんなんでしょうね。
ブラウンのロングコート、いいかもしれません。
あんまりカッコよくなくても、人間味のある人を描きたかったんです。
いろいろイメージしてくれてありがとう♪
by リンさん (2010-09-03 19:36)
私の頭の中で倍賞美津子さんと鹿賀丈史さんで映像が
流れました。
お母さんは三輪明弘さん。(なんでやねん!)
とっても雰囲気のあるお話でした。
鮮やか!(*^^)//。・:*:・゚'★,。・:*:♪・゚'☆
by もぐら (2010-09-03 22:30)
こんばんは。
正統派ハードボイルドですね。
ハートフルな展開で、ジーンとしちゃいました。
お母さんが薔薇で娘さんが薔薇の蕾というのが、親子のきずなを感じて良かったです。
ラストがおちゃめですね(笑)
恰好つけすぎない探偵さん。いいなぁ、これ。
by ia. (2010-09-04 03:56)
競作企画に参加くださって、ありがとうございます!
おりんさんがスパイものを書くとどうなるか、楽しみでした。
探偵って職業、あこがれますよねえ。
薔薇の蕾が胸元にあるなんて、
なかなかいいシチュエーションですね。
大人だなあ。
by ヴァッキーノ (2010-09-04 06:24)
< もぐらさん>
そんな素敵な方に置き換えていただいて、ありがとうございます。
うん、確かにそんな雰囲気かも^^
お母さんも薔薇の刺青を入れるくらいだから、三輪さん並におしゃれな人かもね(笑)
by リンさん (2010-09-06 18:14)
<iaさん>
ありがとうございます。
ハードボイルドとか、あまり書いたことないんですけど、薔薇のイメージで書いたらこんな風になりました。
最後はちょっと、お茶目にしてみました。
喜んでいただけてよかった。^^
by リンさん (2010-09-06 18:19)
<ヴァッキーノさん>
お誘いありがとうございました。
盛り上がってますね。
まだみなさんのところ、回りきれないのですが、ゆっくり読んでいきたいです。
スパイっていうより、探偵物でしたね。
薔薇のイメージで浮かんだのが刺青だったんです。
楽しいですね。また誘ってください。
by リンさん (2010-09-06 18:22)