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えびす顔の男

男は、跨線橋の上から身を乗り出した。
会社でひどいパワハラを受けて、生きているのが辛くて仕方ない。
もうすぐ特急電車が来る。
一瞬だ。一瞬で今の苦しみから逃れられる。

「ちょっとあなた」
突然後ろから声をかけられた。
男が振り向くと、えびす顔の男が立っていた。
「死のうとしています? やめた方がいいですよ」
「あんたに関係ないだろう。俺は死んで楽になりたいんだ」
「なれませんよ。あなたの寿命は、あと38年あります。つまり、ここから飛び降りても死ねないということです。大けがをして、もしかしたら体が動かなくなって、誰かの世話になりながら38年を生きるのです」
「それは困る。だけど生きているのが辛いんだ」

「それなら」と、えびす顔の男が名刺を取り出して男に渡した。
『生命バンク 代表取締役』
「生命バンク?」
「はい。あなたの命を、生命バンクに寄付してください。どうせいらないのなら、私が頂きます」
「寄付した命はどうするんだ」
「命を必要としている方に提供いたします」
「つまり、臓器移植みたいに売るってこと?」
「さようでございます」
「どうやって?」
「それは企業ヒミツでございます」
「いくらで売るんだ?」
「購入する方の財力と年数によって様々ですが、相場は10年分で数億円といったところでしょうか」
「億? あんた、ただでもらった命を数億円で売るのか?」
「そういうビジネスですからね」
「儲かるのか?」
「そりゃあ、タワーマンションの最上階に住んで、その他にハワイの別荘を2,3こ買えるくらいは儲かるでしょうねえ」

最終の特急電車が通り過ぎた。
男は死ぬのをやめて、えびす顔の男に頭を下げた。
「死ぬのはやめる。あんたの会社の社員にしてくれ」
えびす顔の男は、「やれやれ」と肩をすくめた。

「私が交渉した人は、みんなそう言って死ぬのをやめてしまうんですよ。だから私、1円も儲かりません。タワーマンションどころか、ホームレスです」
「えっ、じゃあ何でそんなに幸せそうなの?」
「生きてるからですよ。どうです。ガード下で一杯やりませんか」
「金もないのに?」
「もちろん、あなたの奢りです。いいじゃないですか。数億円の命が無駄にならずに済んだのですから」
「それもそうだな」
男は、いくらかえびす顔になりながら、跨線橋の階段をおりた。

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百物語「嘆きの恐怖」発売!

お知らせです。

1話ごとに近づく恐怖 百物語3「嘆きの恐怖」が発売になりました。
私が書いた「地獄ツアー」という短編が載っています。

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なんて恐ろしい表紙。
ぞくぞくしますね~
読みたくなりました?

気になった方は、こちらをチェックしてくださいね 
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784799904824#

本屋さんでも売ってます。
よろしくお願いします。


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二階の女 [男と女ストーリー]

二階の部屋の女が、コンビニ弁当を持ってやってきた。
「温めさせてくれる? 電子レンジが壊れちゃったの」
彼女は唐揚げ弁当をチンして帰った。

彼女は、翌日も来た。
「チンさせて」
「コンビニで温めてもらわなかったの?」
「アツアツが食べたいのよ、あたし」
「レンジ壊れてるのに?」
彼女はその日も、唐揚げ弁当をチンして帰った。

毎日来た。
一週間後には、チンした後ソファーに座って食べ始めた。
「ちょっと、自分の部屋で食べてくれよ」
「だって、プレゼンの資料でテーブルが埋まってるんだもん」
「早く新しい電子レンジ買いなよ」
「忙しくて電気屋行けないんだもん。いいじゃないの。食べたらさっさと帰るから」

彼女はだんだん図々しくなる。
ソファーで弁当を食べながら、ビールまで飲む。
「最近面白い番組ないわねえ」と言いながら、テレビを見る。
寝そべって、スマホゲームをする。

一か月後、さすがに我慢の限界だ。
「ねえ、いい加減、レンジ買いなよ」
「うーん、徒歩0分のところにレンジがあると思うと、買う必要ないかな~って思ってきたのよね」
「このレンジは僕のだ」
「ケチねえ」
「君が飲んでるビールも僕のだ」
「いいじゃん。細かいなあ」
彼女はそう言って、冷蔵庫から2本目のビールを出した。
「だから、それは僕の……」

彼女が振り向いて言った。
「ねえ、そろそろやめない? 家庭内別居」
「えっ、君が言い出したのに?」

お互いリモートで顔を合わせることが多くなり、小さなケンカが絶えなかった。
いっそ別々に暮らそうと言い出したのは君だ。
君が二階、僕が一階。
料理をしない君は、電子レンジと小さな冷蔵庫があれば充分だった。
快適快適、って言っていたじゃないか。

「なんかさあ、やっぱり不便だし、コンビニ弁当にも飽きちゃった。コロナも5類になったしさ」
「なんだよ、それ」
「それにさ、最近無性にあなたの煮込みハンバーグが食べたいの。あなたもそろそろ作りたくなったんじゃない?」
「勝手だな」
そう言いながら僕は、頭の中でハンバーグの具材を考えていた。

ナツメグ、あったかな?

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生涯現役時代 [SF]

80歳を過ぎると、若い頃のことばかり思い出す。
私はとにかく働いた。
家族のため、子どもにいい教育を受けさせるため、家族が少しでも裕福な暮らしをするため、長期の休暇に、家族で旅行に行くため。

時代は変わった。
昔のように組織の中で働く人はもういない。
定年制度も昇給もない。
ただ与えられた仕事をして、働いた分の報酬をもらう。
報酬は金ではなく、食料や必要物資だ。
そう、誰もが平等に、死ぬまで働く。

妻を亡くした後、私は施設で暮らしている。
施設といっても、誰かに世話をしてもらうわけではない。
私は元気だ。ちゃんと仕事をしている。

仕事は、書類にナンバーをスタンプする仕事だ。
それが何に使われるのか、何のためのナンバーなのか分からない。
知る必要はない。ただ、年老いた私にできる仕事をこなすだけだ。

「スズキさん、今日からB施設に行ってください」
新しい職場だ。
「どんな仕事だね?」
「簡単な仕事です。書類をシュレッターにかけるだけです。さあどうぞ」
B施設に行くと、たくさんの老人が黙々とシュレッターをかけている。
私は与えられたブースで書類を手に取った。
外に漏れてはいけない機密文書かと思ったが、ちがった。
それは、私がきのう、ひたすらナンバーをスタンプした書類だった。
私は、自分がきのう1日かけて行った仕事をすべて粉々にしたのだ。

どういうことだ?

私は、何だかモヤモヤして、仕事帰りに娯楽施設に行った。
娯楽施設は、5時から8時まで開放される唯一の酒場だ。

「私は何のために仕事をしているんだろう」
となりに座った男に話しかけた。
「仕事に不満が?」
「不満はないよ。80を過ぎても健康で働けるのは幸せなことだ」
「それなら余計なことは考えない方がいいですよ」
「しかし、意味のないことをしている気がして仕方ない」
男は笑った。
「意味なんかないですよ。私たちはまるで生産性のない仕事をしています」
「どういうことだ?」

「あなたが飲んでいる酒は、AIによって造られています。食べ物も、服も靴も、建物も電気製品もすべてそうです。人間はもう、働かなくていいんですよ」
周りを見ると、機械がカクテルを作り、機械が運び、機械が調理をしている。
そうだ。もう何十年も前から、人間の仕事はすべてAIに奪われた。

「では、私たちは何のために意味のない仕事をするんだ」
「決まっているでしょう。AIたちの士気を上げるためですよ。AIは人間のため、人間が元気で暮らすために造られたのです。人間が生きる気力を失ったら、AIの士気も下がってしまいます」

AIは人間のために働き、人間はAIのために働く。
私は今日も、誰かが1日かけて行った仕事をシュレッターにかける。
粉々になった紙はAIによって再生され、また書類になってナンバーを押されるのだ。
意味はある。少なくとも私の、生きる気力になっている。


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