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生涯現役時代 [SF]

80歳を過ぎると、若い頃のことばかり思い出す。
私はとにかく働いた。
家族のため、子どもにいい教育を受けさせるため、家族が少しでも裕福な暮らしをするため、長期の休暇に、家族で旅行に行くため。

時代は変わった。
昔のように組織の中で働く人はもういない。
定年制度も昇給もない。
ただ与えられた仕事をして、働いた分の報酬をもらう。
報酬は金ではなく、食料や必要物資だ。
そう、誰もが平等に、死ぬまで働く。

妻を亡くした後、私は施設で暮らしている。
施設といっても、誰かに世話をしてもらうわけではない。
私は元気だ。ちゃんと仕事をしている。

仕事は、書類にナンバーをスタンプする仕事だ。
それが何に使われるのか、何のためのナンバーなのか分からない。
知る必要はない。ただ、年老いた私にできる仕事をこなすだけだ。

「スズキさん、今日からB施設に行ってください」
新しい職場だ。
「どんな仕事だね?」
「簡単な仕事です。書類をシュレッターにかけるだけです。さあどうぞ」
B施設に行くと、たくさんの老人が黙々とシュレッターをかけている。
私は与えられたブースで書類を手に取った。
外に漏れてはいけない機密文書かと思ったが、ちがった。
それは、私がきのう、ひたすらナンバーをスタンプした書類だった。
私は、自分がきのう1日かけて行った仕事をすべて粉々にしたのだ。

どういうことだ?

私は、何だかモヤモヤして、仕事帰りに娯楽施設に行った。
娯楽施設は、5時から8時まで開放される唯一の酒場だ。

「私は何のために仕事をしているんだろう」
となりに座った男に話しかけた。
「仕事に不満が?」
「不満はないよ。80を過ぎても健康で働けるのは幸せなことだ」
「それなら余計なことは考えない方がいいですよ」
「しかし、意味のないことをしている気がして仕方ない」
男は笑った。
「意味なんかないですよ。私たちはまるで生産性のない仕事をしています」
「どういうことだ?」

「あなたが飲んでいる酒は、AIによって造られています。食べ物も、服も靴も、建物も電気製品もすべてそうです。人間はもう、働かなくていいんですよ」
周りを見ると、機械がカクテルを作り、機械が運び、機械が調理をしている。
そうだ。もう何十年も前から、人間の仕事はすべてAIに奪われた。

「では、私たちは何のために意味のない仕事をするんだ」
「決まっているでしょう。AIたちの士気を上げるためですよ。AIは人間のため、人間が元気で暮らすために造られたのです。人間が生きる気力を失ったら、AIの士気も下がってしまいます」

AIは人間のために働き、人間はAIのために働く。
私は今日も、誰かが1日かけて行った仕事をシュレッターにかける。
粉々になった紙はAIによって再生され、また書類になってナンバーを押されるのだ。
意味はある。少なくとも私の、生きる気力になっている。


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