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コタツ生活 [コメディー]

朝、いつものようにタカシ君を迎えに行った。
「タカシ君。学校行こう」
家の中から声がした。
「ごめん、ユウ君。コタツから出られないんだ」
「えっ、何言ってるの? 早くおいでよ」
タカシ君のお母さんが出てきて言った。
「ごめんね、ユウ君。コタツがタカシを放してくれないのよ。今日はお休みさせるから、ユウ君ひとりで行ってね。気を付けるのよ」
「はあい」

???コタツがタカシ君を放さないってどういうこと?
寒くてコタツから出られないだけだろう。

学校が終わってから、ぼくはまたタカシ君の家に行った。
「タカシ君、プリント持ってきたよ」
「ユウ君、玄関開いてるから入って」
「おじゃましまーす」と上がって部屋に行くと、タカシ君はコタツに寝そべってマンガを読んでいた。
「なんだ。やっぱりさぼりじゃないか」
「違うよ。コタツがぼくを放さないんだ。コタツ布団をめくってごらん」
言われた通りめくってみると、コタツの足がタカシ君の足に絡まっている。
「ねっ、コタツから出られない理由がわかったでしょ」
「大変じゃないか。トイレとかどうするの?」
「それがさ、ぜんぜん平気なんだよね。ぼくの身体がコタツの一部になったみたいでさ、感覚がないんだ。ほら、コタツはトイレ行かないだろう」
「つらくないの?」
「ぜんぜん。だってこうしてマンガは読めるしご飯も食べられるよ。それに何よりあったかいからね」
ぼくは、プリントを置いて帰った。
タカシ君は、コタツの中で手を振った。

翌日も、プリントを持ってタカシ君の家に行った。
今度は、お母さんもいた。コタツに入りながらミカンを食べている。
「もしかして、お母さんも?」
「そうなのよ。夕べうっかりコタツで寝ちゃったら、もう出られなくなっちゃたのよ」
「ごはんとか、どうするんですか」
「ああ、ウーバーイーツがあるから大丈夫。スマホがあれば何でも買えるわ。あら、来たみたい。ユウ君、悪いけど受け取ってくれる。そうだ。パパに電話して、明日のパンを買ってきてもらいましょ」
コタツの一部になっても、お腹は空くんだな~と思いながら、玄関でお弁当を受け取った。

家に帰って、ママに尋ねた。
「ねえママ、うちにはコタツはないの?」
「ないわよ。コタツは人間を怠惰にさせるからね。コタツから出られなくなったら困るでしょ。私はこの温風ヒーターがあれば充分よ。ほら、温かいわよ」
ママが温風ヒーターにへばりついた。
温風ヒーターから手が伸びて、ママの足に絡みついた。
「あらいやだ。温風ヒーターの前から離れられなくなっちゃった。ユウちゃん、テレビのリモコンとスマホとお茶とミカン、手の届くところに置いてちょうだい」

なんてこった。早く春が来ないかな。
(まだ11月です)

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ニュースつくば、「短いおはなし」25日掲載です。
お時間あるときにどうぞ。

https://newstsukuba.jp/

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ホチキッス [男と女ストーリー]

中条さんは文房具マニアだ。デスクの上は遊園地みたいだ。
パラソルみたいな七色のマーカーや、マーブル模様のボールペン、ハサミはワニの形だし、定規はピアノの鍵盤になっている。

瀬尾君は、この部署に移動して半年になる。
へんてこな文房具を愛する中条さんが気になっている。
中条さんは、誰にでも惜しげなく文房具を貸す。
マカロンみたいな消しゴムも、パンダの付箋も、カタツムリのセロテープも笑顔で差し出す。
だけど、なぜかホチキスだけは、誰にも貸さなかった。

ある日瀬尾君は見てしまった。
中条さんの引き出しに、ひっそり収まるホチキスを。
それは古い紺色のホチキスだった。カラフルなハートのクリップの隣で、それはやけに地味だった。
瀬尾君は不思議に思った。なぜそれだけが正統派の事務用品なのだろう。
可愛いホチキスって売っていないのかな。
地味だから誰にも貸したくないのかな。

「あのホチキスは、中条さんの恋人の形見だよ」
飲み会の席で、先輩社員が言った。
「同じ職場に恋人がいたんですか」
「ああ、結婚話も出てたけど、3年前に事故で亡くなったんだ」
瀬尾君は思った。
中条さんがヘンテコな文房具を集めるようになったのは、彼の形見のホチキスが寂しくないように、引き出しをカラフルにしているのかもしれない。
彼女の笑顔の裏には、どれだけの悲しみが隠れているのだろう。
くるくる回る地球儀が付いたシャープペンシルも、光るロボット型の電卓も、きっとあのホチキスにはかなわない。

すっかり冷え込んだ11月の下旬、瀬尾君は営業先のトラブルで、すっかり帰りが遅くなった。
誰もいないと思ったら、オフィスに弱い灯りが点いていた。
残っていたのは中条さんだ。彼女がこんな遅くまで残業しているなんて珍しい。

中条さんは、あのホチキスを見ていた。
包みこむように両手に乗せて、愛おしそうに眺めている。

中条さんは、そっと唇を寄せて、ホチキスに優しくキスをした。
瀬尾君は、慌てて身をひるがえし、忍者のようにロッカーの陰に隠れた。
中条さんは、暫く頬を寄せていたホチキスを仕舞って、静かに立ち上がった。
歩き出した彼女が泣いていたのは、暗くても何となくわかった。
中条さんは時おり、誰もいなくなったオフィスで、恋人が残したホチキスを抱きしめているのだ。

彼女が帰った後、瀬尾君はそっと引き出しを開けた。
古くて地味な紺色のホチキスに、中条さんの唇の跡が付いている。
さくら貝みたいに可愛らしい唇の跡がライトに浮かび上がっている。
瀬尾君は、愛おしくてたまらない気持ちになった。
間接キス……したい。

瀬尾君は、ホチキスを取り出して、中条さんの唇の跡が残ったところに自分の唇を近づけた。
唇が触れそうになった時、突然ホチキスがパックリ口を開けた。
「えっ?」と思ったのもつかの間、ホチキスは瀬尾君の下唇にガシャンと針を刺して、どこかへ消えてしまった。
「いててて。すみません。もうしません」
瀬尾君は、ヒイヒイ言いながら、ホチキスの針を外した。
血がにじんだ口の中は、錆びた鉄と情けない罪悪感の味がした。

翌日、中条さんは引き出しを開けて、ホチキスがないことに気づく。
だけど彼女は、まるで気にしない。
いつか別れが来ることを、わかっていたようだ。
「瀬尾君、今度ホチキス買いに行くの、付き合ってくれる?」
「も、もちろん」
微笑む中条さんの唇に、思わず赤面する瀬尾君だった。

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抜け殻あつめ [ミステリー?]

「子どもの頃、セミの抜け殻を集めるのが好きだったの」
彼女は甘いカクテルを飲みながら、そんな話をした。
「机の引き出しが、ひとつ丸々抜け殻で埋まったの。それを見つけた母親が悲鳴を上げて全部捨てたわ」
「ひどいね。せっかく集めたのに」
「そうね。私には宝物でも、母にはただ気持ち悪いだけのゴミだったのね」
「俺も好きだったよ。セミの抜け殻。形を残したまま空っぽになるなんて、ある意味芸術だよ」
「あなたとは気が合うわ。ねえ、私、また抜け殻を集めているんだけど、よかったら見に来る?」
俺は、カウンターの下でガッツポーズをした。

彼女は、いわゆる「あげまん」だ。
彼女と付き合った男は必ず出世する。
営業部のTは彼女と付き合ってから成績が伸びて、同期で初めて課長になった。
うだつが上がらなかったYは、彼女と不倫してからとんとん拍子に出世して、今は総務部の部長だ。
ひょんなことから社長に気に入られて正社員になったアルバイトのK。
大手企業からヘッドハンティングされたA。
株で大儲けしたS。
数多くの男が、彼女を踏み台にして出世していった。
俺もあやかりたくて食事に誘ったら、彼女はあっさりついてきた。
しかも最初のデートで部屋に誘ってきた。
よし、これで出世コースまっしぐらだ。

彼女の家は、小さなアパートだった。
たくさんの男たちを出世させたのに、やけに質素な暮らしぶりだ。
「狭い部屋でごめんなさいね」
「いや、一人暮らしにはちょうどいいよ」
「そうなんだけどね。増えてきちゃったから広い部屋に引っ越そうかと思っているの」
「増えちゃったって、何が?」
「言ったでしょ。抜け殻よ。集めすぎて増えちゃった」
セミの抜け殻が増えたところで、たかが知れてると思いながらリビングに入った俺は、目の前の光景に、思わず後ずさりした。

リビングには、亡霊みたいにさまよう男たちがいた。
「なにこれ」
「元カレたちの抜け殻。みんな私の部屋で脱皮していくの。一皮むけて立派になって出ていくの。残った抜け殻が、私のコレクション。どう?いいでしょう」
よく見ると、知っている顔がいくつかある。
彼らは、背景が見えるくらい透き通った体で、ゆらゆら動いている。
その目は焦点が合わず、恐らく何も見ていない。
「生きてるの?」
「生きてるか死んでるか、自分でもわからないのよ。だって抜け殻だもん」
見ているうちに、気持ちが悪くなってきた。
このまま彼女と付き合ったら、俺の抜け殻も、こいつらと一緒にさまようのか。
いやだ。吐き気がする。彼女は平気なのか?
俺は部屋を飛び出して、最終電車で家に帰った。

3か月後、後輩がプロジェクトリーダーに大抜擢された。
遊びと女の話ばかりだったのに、やけにやる気に満ちている。
「お前、もしかして、あげまんの家に行ったのか?」
「行きましたよ。2か月前に、駅でばったり会って誘われたんです」
「抜け殻を見ただろ。気持ち悪くないか?お前の抜け殻も、あの部屋にいるんだぞ」
「抜け殻なんてどうでもいいです。セミだって、抜け殻気にして鳴かないでしょ」
「そうだけどさ」
「あっ、先輩すみません。俺、今から専務と食事なんです。お嬢さんを紹介してくれるって」

ヤバい。このままでは、後輩が上司になる。
俺はあげまんのところに行った。
「今日、家に行ってもいい?俺も君のコレクションに加えて欲しい」
「ああ、あれは、もうやめたの」
「どうして?」
「週末に母が上京して、全部捨てちゃったの。私には宝物でも、母には気持ち悪いゴミだったのよ。だからね、もうどうでもよくなっちゃった」
彼女はさっぱりした顔で笑った。
どこかのゴミ捨て場で、揺れている抜け殻が浮かんだ。
気持ち悪い。俺、やっぱ出世しなくていいや。

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