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赤ずきんちゃん、マジで気を付けて [名作パロディー]

どうも、あたし、赤ずきん。
あたしとおばあさんが、オオカミに食べられたのに生きて帰ったあの話。
今じゃすっかり有名になって、あたしはまさに時の人。
雑誌の取材やテレビに引っ張りだこなの。
あたしが歩いたあの森は、聖地巡礼とばかりに人が集まって、屋台やキッチンカーまで出る始末よ。
どこにいてもサインを求められて大変なの。
もちろん、中にはひねくれたアンチもいるわ。
ワイルドで野蛮なオオカミ推しもいるの。
「オオカミ様が沈められた川よ」なんて言いながら手を合わせてる。
別にいいけどね。

可哀想なのはお母さんよ。
子どもを一人でお遣いに出したことが、倫理的にどうなの?って言われてる。
そのせいであたし、一人で外出禁止になっちゃった。
おまけにあの森、子どもだけで歩いちゃいけない決まりが出来たの。
おばあさまに会いたいなあ。あの森、通りたいなあ。
おばあさま、毎日マスコミが来て疲れちゃったみたいだから、慰めてあげたいの。

そこであたしは考えた。
赤いずきんを脱げばいいのよ。
ずきんを脱げば、そこら辺にいるただの子どもと変わらないもん。
だからあたしはずきんを脱いで、こっそり家を出たの。

森の入り口には、見張り番がいた。子どもが一人で入らないように見張っているの。
あたしは、前を歩く毛むくじゃらのおじさんを呼び止めて言った。
「おじさん、一緒に森に入って。親子の振りをしてほしいの」
おじさんは「お安い御用さ」と笑って、一緒に森に入ってくれた。

「お嬢ちゃん、どこへ行くんだい?」
「おばあさまのところよ」
「えっ、おばあさまのところに行くのに、手ぶらなのかい?」
「手ぶらじゃダメなの?」
「そりゃあそうさ。手土産は必要だろう。そうだ、この先においしいケーキ屋があるよ」
「わあ、食べたい。でもあたし、お金持ってないの」
「おじさんが買ってあげるよ」
「本当? あたし、モンブランがいいなあ」
毛むくじゃらだけど優しいおじさんだな。
あたしはケーキの種類を思い浮かべながら、おじさんの後についていった。
あれ、けっこう遠いな。聖地巡礼のコースからも外れてる。
「おじさん、ケーキ屋さんはどこにあるの?早くおばあさまに会いたいんだけど」
「もうすぐだよ。おばあさんの家とは逆方向だけど、そんなに遠くないから」
「ふうん」
ん? なんか変。どうして初めて会ったおじさんが、おばあさまの家を知っているの?
しかも、このシチュエーション、前にもあったわ。

「さてはあんた、オオカミでしょ。生きていたのね」
「へっ、バレちゃ仕方ねえ。そうさ、おまえのせいでひどい目に遭ったオオカミ様だ。今度こそちゃんと食ってやる」
「ずきんを脱いできたのに、どうしてわかったのよ」
「赤いずきんがなくても、匂いで分かるんだよ。何しろ一度食ってるからな」
オオカミが大きな口で笑った。
ヤバい。また食べられる。

でも、この森は今や観光地。そうよ。何とかなるわ。あたしは、大声で叫んだ。
「オオカミ推しのみなさ~ん。ここに本物がいますよー」
あたしの声を聞きつけた女たちが、雪崩のように押し寄せて来た。
「オオカミ様」「ワイルドでステキ」「ガオ~って言ってみて」
たちまち女たちに囲まれたオオカミは「まいったなあ~、こんなに食えないよ~」と言いながらデレデレしてた。
さあ、この隙に逃げましょ。ああ、助かった。

あたしは無事に、おばあさまの家に着いた。
「おばあさま~、こんにちは」
玄関に出て来たおばあさまは、あたしを見てひとこと。
「どこのガキだい?サインはお断りだよ」

ああ、赤いずきんを被らないと認識してもらえないあたしって、いったい何?

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桜、散る

春の嵐で、桜の花が散ってしまった。
せっかくきれいに咲いたのに。
もっと咲いていたかっただろうに、無情にも儚い命。
だけどそれは、桜に限ったことではない。

仕事を突然クビになった。
「ごめんね。上の判断だからさ」
上司は気の毒そうに言いながら、どこかホッとしたような顔をした。
リストラの噂があったとき、切られるのは私だろうと思った。
子どものことで休みも多かったし、残業は出来ない。陰で色々言われていたのも知っていた。
頑張ったのに。スキルは私の方が絶対上なのに。

時代は変わっても、女が普通に働くのって難しい。
「子どもが小学校に上がるまでは、家にいてあげたほうがいいわよ」
なんてことを言う人は、いまだに多い。
だったら毎月、無条件で10万円援助してくれますか、って話よ。
マイホームだって欲しいし、子どもの学費だって貯めなきゃいけないんだから。
ああ、明日ハローワークに、次の仕事を探しに行こう。
職種とかスキルとか、もうそんなのどうでもいい。
土日休みで残業がなくて、時間給が取れて、子育て世代が多い職場。
早く働きたい。止まっていたら腐ってしまいそう。

4時になるのを待って、保育園に息子の春希(5歳)を迎えに行った。
天気がいいから歩いて行った。いつもより早いお迎えだ。
春希と手を繋ぎながら、川沿いの桜並木を歩く。
きのうの雨風で、花びらが無残に散っている。

「あーあ、花が散ってかわいそう」
(そして私もクビになってかわいそう)これは心の声。
春希が、首をかしげながら言った。
「ママ、桜は散ってもかわいそうじゃないよ」
「どうして?」
「だって見て。地面も川もピンク色。散ってもきれいだよ」
ニッコリ笑う春希に、桜吹雪が降り注ぐ。

はっとした。そんなふうに考えたこともなかった。
そうだ。きれいに咲くのも今だけなら、きれいに散るのも今だけ。
ましてや道路や川をピンクに染めていくなんて、まさに今だけ。
「本当だね。春希、そんなことを言うようになったんだね」
「だってぼく、もう5歳だよ」
「そうか、そうだよね」

肩の力がストンと抜けた。
今だけ。そうだ。春希とこうして桜の下を歩けるのは、ずっとじゃない。
焦って仕事を探すより、もう少しのんびり今を楽しむのもいいかもしれない。
たぶん私は、仕事を失ったことよりも、クビになったことが悔しくて仕方なかった。
だから間を開けずに働きたかっただけなんだ。
息子の成長を喜ぶ余裕も失くしてたな。
よし、焦らないで、自分を生かせる仕事を探そう。
そして春希との時間を、少しでも長く楽しむんだ。

「あっ、ママ、明日のお迎えは遅くていいよ。リカちゃんと遊ぶ約束してるから」

あらら、成長って、ちょっと寂しいものね。


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夜鳴き猫

午前二時に、聞こえてくるニャルメラの音。
ああ、今日も来た。夜鳴き猫の屋台。
そうなの、この時間になると私、無性に猫を撫でたくなるの。
パジャマのまま、サンダルを突っかけて外に出た。
「おじさん、夜鳴き猫一丁」
「へい、毎度」
おじさんが、屋台の下から黒い猫を取り出して、私の手に乗せる。
黒い猫は、私の胸に顔をうずめて「にゃー」と鳴く。
ああ、なんて幸せ。なんて癒されるひと時。

ニャルメラを聞いた客が、次々とやってくる。
「おじさん、私も夜鳴き猫」
「私もお願い」
私と同じように、一人暮らしでペット禁止のアパートで暮らす女たちが、夜鳴き猫を求めてやって来る。
みんな猫を胸に抱き、その体を優しく撫でる。
猫は気持ちよさそうに甘えてくる。
ああ、なんて可愛い。なんて愛おしい。

酔っ払いの男がやって来た。
「おやじ、ラーメン一丁」
ラーメンの屋台と勘違いしている。女たちの冷たい視線。
「お客さん、うちは夜鳴きそばじゃなくて、夜鳴き猫を提供しているんですよ」
「猫だと? ほう、おもしれえ。じゃあ、その夜鳴き猫一丁」
「へい、毎度」
おじさんが酔っ払いに猫を渡すと、猫はいきなり「ふぎゃー」と鳴き、酔っ払いの顔を引っ掻いた。
「いててて。何するんだ、この猫!」
酔っ払いは猫をぶん投げて、ヒイヒイ言いながら帰った。
「猫は酔っ払いが嫌いなのね」
「男が嫌いなのかしら」
「ふふ、私たちにはこんなに懐いて可愛いのにね」

私たちは、猫との時間を存分に楽しんで、それぞれのアパートに帰る。
「バイバイ、また明日」
「猫ちゃんのおかげで、明日も頑張れるわ」
そして私は、ぐっすり眠る。
猫のぬくもりと、可愛い表情を思い出しながら眠る。
ああ、明日もまた、夜鳴き猫を撫でに行こう。

***
朝が来た。
夜鳴き猫屋は、仕事を終えて空き地に行くと「ごくろうさん」と、手をパンと叩いた。
屋台の下にいた猫たちがのっそり出て来た。
猫たちは、朝日に照らされて、徐々に大きくなる。
そしてその姿は、みすぼらしい服を着た男たちに変わった。
「今夜の報酬だよ」
男たちは、僅かな食べ物を受け取って公園に帰っていく。
男たちはホームレスだ。

夜鳴き猫屋は、ホームレスたちを猫に変え、夜鳴き猫屋を営んでいた。
ホームレスたちは僅かな食べ物でも文句を言わず、喜んで男に従う。
なぜなら無条件で女の胸に抱かれ、優しく撫でてもらえるからだ。

****
ああ、ニャルメラが聞こえる。
今夜はどの子を撫でようかしら。




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