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イメージが [コメディー]

「先輩、先輩って、そういう顔だったんですね」
「何よ、急に」
「だってほら、私が入社したのが3年前だから、ずっとマスク生活だったじゃないですか。マスクとった顔、初めて見たから」
「そうね。で、どう思ったの?」
「うーん、ちょっとイメージと違うなあ、って」
「どこがよ」
「うーん。くち元が、もうちょっと、うーん」

「そういうあなただって、イメージとずいぶん違うわよ」
「どこがですか?」
「うーん、鼻が、もっと、ねえ、うーん」

「あっ、先輩、10時に○○商事の藤岡さんがみえますよ」
「まあ、あのイケメンっぽい藤岡さん?」
「そうです。たぶんイケメンの藤岡さんです」
「笑顔がさわやかっぽい藤岡さんね」
「おそらく笑顔がステキな藤岡さんです」
「声もステキなのよね」
「はい。今日は邪魔なアクリル板もマスクもないから、きっといい声が聞けますよ」
「楽しみね」

「あっ、先輩、なんでマスク付けたんですか」
「いや、ほら、一応まだ終息したわけじゃないし」
「ずるい。私もマスクしよう」
「あなたはいいでしょう。ほうれい線もないんだから」
「花粉症です。今思い出しました」
「いつから?」

「あっ、先輩。お客様ですよ」
「いらっしゃいませ」
「○○商事の藤岡です」

「えっ」
「うそ」
「イメージが……」

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人間大歓迎 [公募]

森の奥にある、くまのレストラン。
シェフはお父さん。フロア係はお母さん。
そしてドアボーイは、かわいいこぐまです。
レストランは大盛況。
シカの親子やキツネの夫婦。たまにウサギが女子会をします。

それは、ランチの客がみんな帰った午後2時のことでした。
お客さんはもう来ないだろうと、ドアボーイのこぐまは、ウトウト昼寝を始めました。春の日差しがぽかぽかで、とても気持ちがよかったのです。
「ぼうや、くまのぼうや。起きておくれ」
肩をゆすられてこぐまが目を開けると、見たことのない動物がいました。
「おなかがペコペコなんだ。席はあるかな?」
「ふああ、お客さんか。いらっしゃいましぇ。くまのレストランへようこしょ」
こぐまは寝ぼけまなこでドアを開けました。カランカランとベルが鳴りました。
「一名様、ご案内でーす」
「はいよ」とふりむいたお母さんが、きゃっと叫んで、コップを割りました。
厨房から顔を出したお父さんも、ビックリして足がすくんでしまいました。
「お父さん、お母さん、どうしたの?」
「に、人間だ」

お父さんとお母さんはふるえています。
客は、ひげの生えた大きな人間の男でした。
背中に長い棒のような包みを背負っています。

こぐまは人間を見たことがないので、お父さんとお母さんが何を怖がっているのかさっぱりわかりません。
「どうぞどうぞ」と、窓際の特等席に案内しました。
人間は、ニコニコ笑いながら席に座りました。窓から見える森の景色は最高です。
「ぼうや。おすすめは何かな?」
「そりゃあ何といっても鮭のムニエルだよ。朝、お父さんが川でつかまえたイキのいい鮭だよ。それをバターたっぷりのフライパンでじゅわって焼くの」
人間のおなかが「グー」と鳴りました。

お父さんとお母さんは、人間をちらりと見ながら、ひそひそ声で話し合いました。
「なんだって人間がこんな森の奥に?」
「道に迷ったのかしら。でも、あまり怖そうに見えないわ」
「いや、油断は禁物だ。あの背中の包みは鉄砲かもしれない。機嫌を損ねたらみんな撃たれてしまうぞ」
「まあ怖い。おもてなしとおいしいお料理で、気持ちよく帰っていただきましょう」
お母さんはふるえながら水とメニューを持っていきました。
こぐまは、人間のとなりにちゃっかり座っています。
「ぼうや、こっちにいらっしゃい」
「ぼく、おじさんにメニューの説明をするんだ。だって初めてのお客さんだから」
こぐまは、初めて見る動物に興味しんしんなのです。
人間は特に迷惑な顔もせず、ニコニコしながらメニューを見ています。

人間は、鮭のムニエルと木の実のパン、野イチゴパイとハチミツジュースを注文しました。どれもお父さんの得意料理です。
「お待たせしました」
お母さんはびくびくしながら料理を出して、こぐまを連れ戻そうとしましたが、何が気に入ったのか人間のそばを離れません。
「おじさん、おいしい?」
「うまい、うまい。こんなうまいムニエルは初めてだ。バターに溶け込んだレモンソースがたまらない」
人間は夢中で食べています。お父さんは、料理をほめられてうれしそうです。
「人間は、あんがい怖くないな」
「そうね。気持ちがいい食べっぷりだわ」

しかし、お母さんが水のおかわりを持って行ったときのことです。
「おじさん、これなあに?」
こぐまがいたずら半分に、人間が背負っていた長い包みを開けようとしました。
「こら、危ないからさわっちゃいかん!」
人間が、大きな声でこぐまを叱ったのです。
こぐまは驚いて、お母さんにしがみつきました。
お母さんは人間に謝って、こぐまを抱いて厨房に戻ると、青い顔で言いました。
「やっぱりあれは鉄砲だわ。ぼうやがさわろうとしたら慌てていたもの。きっとあれで森の動物を撃つのよ」
「おまえたちは裏口から逃げなさい。そうだ、シカさんやウサギさんに知らせた方がいい。家から一歩も出るなと忠告するんだ」
お母さんがいそいそとこぐまを抱いて裏口に向かうと、「あの~」と人間が、カウンターからひょっこり顔を出しました。
「ぼうや、大声を出して悪かったね。おわびにこれをあげるよ」
そう言ってカウンターに、色とりどりのキャンディを置きました。
こぐまはお母さんの胸からぴょんと飛び降りて、さっそくキャンディをひとつ口に入れました。
「おいしい。イチゴの味がする。お父さんの野イチゴパイの次においしいよ」
「ははは。野イチゴパイには負けるな。あれは絶品だ。甘酸っぱさがたまらない」
人間は豪快に笑いました。
こぐまはすっかり機嫌を直し、お父さんはまたほめられてうれしそうです。
お母さんがテーブルを見ると、すべての料理が食べ終わっていました。
パンくずひとつ残さずに、皿までなめたようにきれいです。
動物を殺す怖い人間とは、とうてい思えませんでした。

人間はきっちりお金を払ったあと、おだやかな声で、お父さんに話しかけました。
「実はわたしは、山奥や森の奥にある、誰も知らないレストランを探して紹介する仕事をしています。ここは実にすばらしい。ぜひ紹介したい……と言いたいところですが、人間がたくさん来たら迷惑ですよね」
「はい、動物たちが、来なくなります」
「わかりました。紹介はしません。ただ、わたしのようにおなかをすかせた人間がやってきたら、怖がらずにおいしい料理を食べさせてあげて欲しいのです」
「もちろんです」
お父さんとお母さんは、顔を見合わせて笑いました。
人間は、背負っていた長い包みをほどきました。
それはもちろん鉄砲ではありませんでした。

それは、『人間大歓迎』と書かれたのぼりだったのです。
棒の先がとがっているので「危ない」とこぐまを叱ったのです。
「わたしが来たしるしです、入り口に立てて欲しいのです。たまに迷い込んだ、おなかをすかせた人間のために」
そう言ってのぼりを渡すと、人間は満足そうにおなかをさすって帰っていきました。

森の奥にある、くまのレストラン。動物に混ざって、たまに人間もやってきます。

****
前に、新美南吉童話賞のことを書きましたが、実はもうひとつ応募していました。
これは一般部門に応募した作品です。
最終には残ったけど、受賞には至らなかったものです。
みなさんに読んでいただきたくてアップしました。

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きれいなママ

卒業式の日、ママはきれいな着物を着ていた。
朝から着付けをして、髪を結って、まるで自分が主役みたいだ。
「アユちゃんのママ、きれいだね」って、友達が言ってくれた。

わたしは、髪が上手く結べなくて、結局お化けみたいに広がった髪で学校へ行き、先生から「結びなさい」とヘアゴムを渡された。
可愛くもない茶色のヘアゴムで、おばさんみたいにひとつにしばった。
ママだけが、キラキラしている。

卒業式の後、写真館に行って写真を撮った。
「おじょうちゃん、表情硬いよ。笑って」
写真館のおじさんに言われた。楽しくないのに笑えない。
ママは、うしろ姿も撮るように、おじさんに言った。
「この帯、ステキでしょう。ちょっとそこら辺にない柄なのよ」
「本当に素敵ですね。おじょうちゃん、きれいなお母さんでいいね」
「あらいやだ。やっぱりカメラマンは口が上手いのねえ」
ここでも主役はママだ。わたしの卒業式なのに。

家に帰ると、ママは名残惜しそうに着物を脱いだ。
「アユも着替えなさい。服が汚れちゃうよ」
「別にいいよ。ママの着物に比べたら大した服じゃない」
「えー、可愛いよ。卒業生でアユがいちばん可愛かったよ」
「そんなわけないじゃん。頭ぼさぼさだし。おばさんしばりだし」
「もう、12歳がおばさんなんて言わないで」
「ママ、マジで中学の入学式には来ないで」
「えー、だってパパは仕事で行けないわよ」
「誰も来なくていい。ママが来るならひとりの方がいい」

夜、ママは、帰って来たパパに泣きついた。
ママは、すぐにパパに泣きつく。大声だから、わたしの部屋まで聞こえてくる。

「ひどいのよ。私はアユのためにおしゃれしたのに。だって母親はきれいな方が嬉しいでしょう。だから頑張ってきれいにしたのに、あんまりだわ」
「うーん。ママはきれいだし、きっとアユだって嬉しいと思うよ。だけどね、主役はアユだから、アユの支度もちゃんとしてあげたらよかったんじゃない?」
「えっ、どうして?」
「どうしてって……、アユの卒業式でしょ。アユが主役でしょ」
「あの子は何もしなくても可愛いからいいのよ。お肌はピチピチ、髪はつやつや。余計なぜい肉ついてないし、これ以上手をかける必要なんかないのよ。あんまり可愛すぎると女子の反感を買うのよ」
「そうなの?」
「そうよ。それに比べて私なんてあと2年で40よ。大台よ。化粧も髪も時間をかけなきゃきれいにならないわよ。きれいなママでいるために、私必死なのよ。ねえパパ、わかるでしょ」
「うん。わかった、わかった。アユには僕から話しておくよ」

ふうん。ママも大変なんだな。
化粧品、いっぱい使っているもんな。
明日、ママにあやまろう。入学式、来てもいいよって言おう。
きれいなママの方が、確かにいいもんね。
それにしてもわたし、そんなに可愛いかな?
ママ以外、誰からも言われたことないけど。パパ似だし。

このあとママが、新しい洋服とエステの費用をパパに要求していたことは、聞かなかったことにしよう。

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