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人間大歓迎 [公募]

森の奥にある、くまのレストラン。
シェフはお父さん。フロア係はお母さん。
そしてドアボーイは、かわいいこぐまです。
レストランは大盛況。
シカの親子やキツネの夫婦。たまにウサギが女子会をします。

それは、ランチの客がみんな帰った午後2時のことでした。
お客さんはもう来ないだろうと、ドアボーイのこぐまは、ウトウト昼寝を始めました。春の日差しがぽかぽかで、とても気持ちがよかったのです。
「ぼうや、くまのぼうや。起きておくれ」
肩をゆすられてこぐまが目を開けると、見たことのない動物がいました。
「おなかがペコペコなんだ。席はあるかな?」
「ふああ、お客さんか。いらっしゃいましぇ。くまのレストランへようこしょ」
こぐまは寝ぼけまなこでドアを開けました。カランカランとベルが鳴りました。
「一名様、ご案内でーす」
「はいよ」とふりむいたお母さんが、きゃっと叫んで、コップを割りました。
厨房から顔を出したお父さんも、ビックリして足がすくんでしまいました。
「お父さん、お母さん、どうしたの?」
「に、人間だ」

お父さんとお母さんはふるえています。
客は、ひげの生えた大きな人間の男でした。
背中に長い棒のような包みを背負っています。

こぐまは人間を見たことがないので、お父さんとお母さんが何を怖がっているのかさっぱりわかりません。
「どうぞどうぞ」と、窓際の特等席に案内しました。
人間は、ニコニコ笑いながら席に座りました。窓から見える森の景色は最高です。
「ぼうや。おすすめは何かな?」
「そりゃあ何といっても鮭のムニエルだよ。朝、お父さんが川でつかまえたイキのいい鮭だよ。それをバターたっぷりのフライパンでじゅわって焼くの」
人間のおなかが「グー」と鳴りました。

お父さんとお母さんは、人間をちらりと見ながら、ひそひそ声で話し合いました。
「なんだって人間がこんな森の奥に?」
「道に迷ったのかしら。でも、あまり怖そうに見えないわ」
「いや、油断は禁物だ。あの背中の包みは鉄砲かもしれない。機嫌を損ねたらみんな撃たれてしまうぞ」
「まあ怖い。おもてなしとおいしいお料理で、気持ちよく帰っていただきましょう」
お母さんはふるえながら水とメニューを持っていきました。
こぐまは、人間のとなりにちゃっかり座っています。
「ぼうや、こっちにいらっしゃい」
「ぼく、おじさんにメニューの説明をするんだ。だって初めてのお客さんだから」
こぐまは、初めて見る動物に興味しんしんなのです。
人間は特に迷惑な顔もせず、ニコニコしながらメニューを見ています。

人間は、鮭のムニエルと木の実のパン、野イチゴパイとハチミツジュースを注文しました。どれもお父さんの得意料理です。
「お待たせしました」
お母さんはびくびくしながら料理を出して、こぐまを連れ戻そうとしましたが、何が気に入ったのか人間のそばを離れません。
「おじさん、おいしい?」
「うまい、うまい。こんなうまいムニエルは初めてだ。バターに溶け込んだレモンソースがたまらない」
人間は夢中で食べています。お父さんは、料理をほめられてうれしそうです。
「人間は、あんがい怖くないな」
「そうね。気持ちがいい食べっぷりだわ」

しかし、お母さんが水のおかわりを持って行ったときのことです。
「おじさん、これなあに?」
こぐまがいたずら半分に、人間が背負っていた長い包みを開けようとしました。
「こら、危ないからさわっちゃいかん!」
人間が、大きな声でこぐまを叱ったのです。
こぐまは驚いて、お母さんにしがみつきました。
お母さんは人間に謝って、こぐまを抱いて厨房に戻ると、青い顔で言いました。
「やっぱりあれは鉄砲だわ。ぼうやがさわろうとしたら慌てていたもの。きっとあれで森の動物を撃つのよ」
「おまえたちは裏口から逃げなさい。そうだ、シカさんやウサギさんに知らせた方がいい。家から一歩も出るなと忠告するんだ」
お母さんがいそいそとこぐまを抱いて裏口に向かうと、「あの~」と人間が、カウンターからひょっこり顔を出しました。
「ぼうや、大声を出して悪かったね。おわびにこれをあげるよ」
そう言ってカウンターに、色とりどりのキャンディを置きました。
こぐまはお母さんの胸からぴょんと飛び降りて、さっそくキャンディをひとつ口に入れました。
「おいしい。イチゴの味がする。お父さんの野イチゴパイの次においしいよ」
「ははは。野イチゴパイには負けるな。あれは絶品だ。甘酸っぱさがたまらない」
人間は豪快に笑いました。
こぐまはすっかり機嫌を直し、お父さんはまたほめられてうれしそうです。
お母さんがテーブルを見ると、すべての料理が食べ終わっていました。
パンくずひとつ残さずに、皿までなめたようにきれいです。
動物を殺す怖い人間とは、とうてい思えませんでした。

人間はきっちりお金を払ったあと、おだやかな声で、お父さんに話しかけました。
「実はわたしは、山奥や森の奥にある、誰も知らないレストランを探して紹介する仕事をしています。ここは実にすばらしい。ぜひ紹介したい……と言いたいところですが、人間がたくさん来たら迷惑ですよね」
「はい、動物たちが、来なくなります」
「わかりました。紹介はしません。ただ、わたしのようにおなかをすかせた人間がやってきたら、怖がらずにおいしい料理を食べさせてあげて欲しいのです」
「もちろんです」
お父さんとお母さんは、顔を見合わせて笑いました。
人間は、背負っていた長い包みをほどきました。
それはもちろん鉄砲ではありませんでした。

それは、『人間大歓迎』と書かれたのぼりだったのです。
棒の先がとがっているので「危ない」とこぐまを叱ったのです。
「わたしが来たしるしです、入り口に立てて欲しいのです。たまに迷い込んだ、おなかをすかせた人間のために」
そう言ってのぼりを渡すと、人間は満足そうにおなかをさすって帰っていきました。

森の奥にある、くまのレストラン。動物に混ざって、たまに人間もやってきます。

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前に、新美南吉童話賞のことを書きましたが、実はもうひとつ応募していました。
これは一般部門に応募した作品です。
最終には残ったけど、受賞には至らなかったものです。
みなさんに読んでいただきたくてアップしました。

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