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きれいなママ

卒業式の日、ママはきれいな着物を着ていた。
朝から着付けをして、髪を結って、まるで自分が主役みたいだ。
「アユちゃんのママ、きれいだね」って、友達が言ってくれた。

わたしは、髪が上手く結べなくて、結局お化けみたいに広がった髪で学校へ行き、先生から「結びなさい」とヘアゴムを渡された。
可愛くもない茶色のヘアゴムで、おばさんみたいにひとつにしばった。
ママだけが、キラキラしている。

卒業式の後、写真館に行って写真を撮った。
「おじょうちゃん、表情硬いよ。笑って」
写真館のおじさんに言われた。楽しくないのに笑えない。
ママは、うしろ姿も撮るように、おじさんに言った。
「この帯、ステキでしょう。ちょっとそこら辺にない柄なのよ」
「本当に素敵ですね。おじょうちゃん、きれいなお母さんでいいね」
「あらいやだ。やっぱりカメラマンは口が上手いのねえ」
ここでも主役はママだ。わたしの卒業式なのに。

家に帰ると、ママは名残惜しそうに着物を脱いだ。
「アユも着替えなさい。服が汚れちゃうよ」
「別にいいよ。ママの着物に比べたら大した服じゃない」
「えー、可愛いよ。卒業生でアユがいちばん可愛かったよ」
「そんなわけないじゃん。頭ぼさぼさだし。おばさんしばりだし」
「もう、12歳がおばさんなんて言わないで」
「ママ、マジで中学の入学式には来ないで」
「えー、だってパパは仕事で行けないわよ」
「誰も来なくていい。ママが来るならひとりの方がいい」

夜、ママは、帰って来たパパに泣きついた。
ママは、すぐにパパに泣きつく。大声だから、わたしの部屋まで聞こえてくる。

「ひどいのよ。私はアユのためにおしゃれしたのに。だって母親はきれいな方が嬉しいでしょう。だから頑張ってきれいにしたのに、あんまりだわ」
「うーん。ママはきれいだし、きっとアユだって嬉しいと思うよ。だけどね、主役はアユだから、アユの支度もちゃんとしてあげたらよかったんじゃない?」
「えっ、どうして?」
「どうしてって……、アユの卒業式でしょ。アユが主役でしょ」
「あの子は何もしなくても可愛いからいいのよ。お肌はピチピチ、髪はつやつや。余計なぜい肉ついてないし、これ以上手をかける必要なんかないのよ。あんまり可愛すぎると女子の反感を買うのよ」
「そうなの?」
「そうよ。それに比べて私なんてあと2年で40よ。大台よ。化粧も髪も時間をかけなきゃきれいにならないわよ。きれいなママでいるために、私必死なのよ。ねえパパ、わかるでしょ」
「うん。わかった、わかった。アユには僕から話しておくよ」

ふうん。ママも大変なんだな。
化粧品、いっぱい使っているもんな。
明日、ママにあやまろう。入学式、来てもいいよって言おう。
きれいなママの方が、確かにいいもんね。
それにしてもわたし、そんなに可愛いかな?
ママ以外、誰からも言われたことないけど。パパ似だし。

このあとママが、新しい洋服とエステの費用をパパに要求していたことは、聞かなかったことにしよう。

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