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寒空に咲く花 [ファンタジー]

11月の、高い高い空に向かって咲く美しい花がある。
青空に映えるうす紅色の可憐な花。
僕はその美しさに魅了されて、毎日飽きもせず眺めている。

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「ちょっと、空ばかり見てないで働きなさいよ」
「誰かと思えばコスモスか」
「空に食べ物はないわよ」
「分かってるよ。俺は空を見てるんじゃない。あの美しい花を見てるんだ」
「ああ、皇帝ダリアね」
「皇帝ダリアっていうのか。なんて気高い名前だ。美しい花にぴったりだ」
「大したことないわよ。あたしも同じピンクの花よ」
「全然ちがう。おまえみたいな草花と一緒にするな」
「まあ失礼ね。あんたこそ、ちっぽけなアリじゃないの。ほら、早く食べ物を運びなさい。冬が来るわよ」
「うるさいな。どうせ俺はちっぽけな働きアリだよ」

ああ、一度でいいから、あの美しい花びらに触れてみたい。
下ばかり向いてる人生なんてウンザリだ。

「あっ、またさぼってる」
「うるさいコスモスだな。さぼってるわけじゃない。今日の仕事はもう終わり」
「へえ、それでマヌケな顔で皇帝ダリアを見ていたのね」
「放っといてくれ。あれ、コスモス、ちょっと痩せた?」
「うん、そろそろ寿命」
「そうか。花は散るもんな」
「皇帝ダリアもやがて散るわ。会いに行くなら今よ」
「会いに行く?」
「そうよ。あなたには立派な足がある。あの太い茎を登って会いに行くのよ」
「あんな上まで?」
「行けるわよ。そして教えて。そこから見える景色を」

コスモスは、いつもよりも元気がなかった。
冬が近づいているから仕方ない。
僕だって、もうすぐ冬ごもりだ。そうだ、今しかない。
僕は皇帝ダリアの太い茎を、ゆっくり登って行った。
上に行くほど風が強い。
こんな風に耐えながら、皇帝ダリアは美しい花を咲かせているのだ。
わあ、すぐ近くに花が見える。思ったよりもずっと優しくて可憐だ。
近くで見ても美しい。

突然の冷たい突風にしがみつくと、皇帝ダリアの花が大きく揺れた。
「あっ」と思ったら、花びらが僕の目の前で次々と散った。
風に舞う花びらさえも美しい。胸を張って飛んでいるように見える。
だけど不思議だ。悲しくない。何も感じない。
あんなに憧れた花が目の前で散ったのに。
それよりも僕は、だらりと頭を下げて地面を見つめるコスモスの最期を思った。
この野原を一面紅く染めていたコスモスは、どれだけきれいだっただろう。
僕はむしろ、その景色が見たいと思った。

「どうだった? きれいだった?」
下りてきた僕に、コスモスが話しかけた。
「きれいだったよ」
「よかったね」
「うん。頭を下げてもしぶとく咲いているコスモスが、きれいだった」
「えっ?」
萎れそうなコスモスが、ぽっと紅くなった。
「来年また会おう」
僕は食べ物を運ぶ仲間に合流した。

冬が来る。
小さくても、弱くても、僕たちは生きている。

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帽子じぞう [名作パロディー]

木枯らしが吹く帰り道、3年生のリカと、1年生のマミが並んで歩いています。
リカとマミは姉妹です。
「ねえ、お姉ちゃん。今日学校でね、笠地蔵の本を読んだよ」
「あー、あたしも読んだことあるよ。お地蔵さんに笠をかぶせて大金持ちになる話」
「マミもお地蔵さんに笠をかぶせてあげたいなって思った」
「笠なんて家にないよ。昔の笠は今の傘と違うんだから」
「そっか。じゃあ、帽子は?」
「あー、帽子ならいいね」
「帽子かぶせたら、お金くれるかな」
「そうだね。一万円くらいくれるかも」
「いちまんえん!!そんなにくれるの?」
「お地蔵さん、金持ちだからね」
「じゃあさ、帽子かぶせよう。ほら、バス停の横にお地蔵さんいるでしょ」
「ああ、いるね。よし、家に帰って帽子もってこよう」

リカとマミは、家に帰っておやつも食べずに帽子を探しました。
「あんたたち、何やってるの?」
「何でもないよ、ママ。それより、洗濯物が風で飛ばされそうだったよ」
「あら大変。取り込まなくちゃ」
ママがいなくなって、ふたりはホッとしました。
ママに話したら、一万円を取られてしまいます。

「お姉ちゃん、帽子あったよ」
「よし、じゃあ、ママが洗濯物を取り込んでるうちに出かけよう」
リカとマミは、バス停まで走りました。
昼間はバスの本数が少ないので、お地蔵さん以外誰もいません。

「お地蔵さん、あったかい帽子を持ってきたよ。かぶせてあげるね」
「お地蔵さん、似合うね」
「あたまは暖かくなったけど、首が寒そう」
「マフラーも持ってくれば良かったね」
「いいこと考えた」
リカは、枯れすすきを取ってきて、お地蔵さんの首に巻きました。
「わあ、あったかそう。よかったね、お地蔵さん」
「マフラーっていうより、ヒゲみたいだけどね」
「お姉ちゃん、これで一万円だね」
リカとマミはスキップしながら帰りました。

しかし寝る時間になっても、お地蔵さんはお礼に来ません。
「笠地蔵のお地蔵さんは、すぐ来たのにね」
「ATMが故障してたのかな?」
そのとき、パパが子ども部屋にやってきました。
「リカ、マミ、去年ドンキで買った、サンタクロースの帽子を知らないかな。会社の忘年会でかぶろうと思ったけど、どこにもないんだ」
リカとマミは顔を見合わせました。
「し、しらない……」
「そうか、失くしちゃったかな」

リカとマミがお地蔵さんにかぶせたのは、パパのサンタクロースの帽子でした。
「お姉ちゃん、明日、返してもらおうか」
「でもさ、一万円もらった方がよくない?一万円でサンタの帽子いっぱい買えるよ」
「そうか。お姉ちゃん、頭いい!」

翌日、お地蔵さんの前に、子どもたちの行列が出来ていました。
『ポケモンのゲームが欲しいです』
『スマホが欲しいです』
『プリキュアのコスチューム、ください』
子どもたちは手を合わせてクリスマスプレゼントをお願いしていました。

「お姉ちゃん、お地蔵さんが、サンタさんになっちゃったね」
「そうだね。あたしたちがかぶせた帽子と、すすきのヒゲのおかげで大人気だね」
「お仕事増えて忙しくて、お礼に来られなかったんだね」
「パパの忘年会より有意義かも」
「たくさんお願い事されてるけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。お地蔵さん、金持ちだから」
「ついでにクリスマスプレゼントもお願いしようかな」
「そうだね。一万円と一緒にクリスマスに届けてもらおう」

リカとマミの元に一万円が届くことは、もちろんありません。
だけどお地蔵さんは、ちょっぴり楽しそうでした。



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3年遅れの七五三

莉子は赤い着物がよく似合う。
艶のある真っすぐな髪をきれいに結って、まるでお人形さんみたいに可愛い。
七五三参りの日、ママは何度も私に謝った。
「亜美の時は、七五三のお祝いもしてあげられなかったね。ごめんね」
「別にいいよ。着物なんて着たくないし。莉子みたいにきれいな髪じゃないし」

私が七五三を迎えた3年前、パパが病気で長いこと入院していた。
ママは、病院と莉子の世話でそれどころじゃなかった。
そんなこと、ちゃんと分かっている。
パパはその後すっかり元気になって、仕事にも復帰した。
莉子は、ママが大変で家の中がどんより暗かった日のことは、何も憶えていない。
まだ3歳だったから、何も我慢することなく我儘ばかり言っていた。

「せめて写真だけでも撮れば良かったね」
「もういいよ、ママ。お参りしなくても、こんなに元気に育ってるよ」
「そうね。亜美は本当に手がかからない子ね。いつも我慢させてごめんね」
「だからいいってば」

秋晴れの日曜日、家族そろって神社に行った。
ママは私のために、白いワンピースを作ってくれた。
裾と袖にレースが付いててちょっと恥ずかしい。
だけど「絶対似合う」ってママが言うから着た。いつものジーンズでいいのに。
「おっ、ふたりとも可愛いな」
パパが言ったけど、可愛いのは莉子だけ。
私はおまけだし、似合わないワンピースだし、髪もくせ毛だし。
歩いていると、近所の人も莉子ばかり褒めた。
「七五三、おめでとう」
「なんて可愛いのかしら」
莉子はアイドルみたいに手を振っていた。

お参りを終えた後、パパが4人で写真を撮ろうと言った。
通りすがりの女の人にお願いしてカメラを渡して、4人で鳥居の前に並んだ。
女の人は、ニコニコしながら「はい、笑って」と、カメラを向けた。
私は一応笑って見せたけど、うまく笑えたかな。
まあいいや。主役は莉子だから。

「すごく可愛く撮れましたよ。まるでお人形さんみたい」
女の人はそう言って、私と莉子を交互に見た。
何だか比べられてるみたいで、目をそらした。

「本当に可愛いね。まるで日本人形とフランス人形だわ」
「フランス人形って私?」
「そうよ。ふわふわの髪に白いドレス、大きな目とピンクの頬。あなた、私が子どもの頃に持っていたフランス人形にそっくりよ」
「えー、いいな、お姉ちゃん。フランス人形だって」
莉子が口を尖らせた。私はポカンと口を開けてしまった。

「素敵なご家族の記念日に関われて、私、幸せです」
女の人はそう言って、パパにカメラを返した。
ママが泣きそうな顔で言った。
「亜美、莉子、ふたりとも本当に可愛い。ママは今が一番幸せ」
言いながら、本当に泣き出した。
「お祝いなのにおかしいよ、ママ」
そう言いながら、私も泣いた。何もわからない莉子がキョトンとしていた。

出来上がった写真をリビングに飾った。
やっぱりどう見てもフランス人形には見えない。
だけど、ふわふわのくせ毛と白いワンピースが少しだけ好きになった。
3年遅れの七五三。
私はこの日を忘れない。

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