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アロハ・オエ [コメディー]

おばあちゃんがフラダンスを始めた。
「75歳のフラガールよ」なんて言って張り切ってたけど、初めてのステージで大失敗をしたらしい。

初めてのステージで緊張したおばあちゃんは、よろけてとなりの人にぶつかって、将棋倒しにみんなが転んだ。
「見てられなかったわよ」とママが言った。
フラダンスじゃなくて、フラフラダンスだって。
そんなに面白いことがあったなら、見に行けばよかった。

ところが、笑い事じゃなかった。
おばあちゃんは、その日からずっと塞ぎ込んで、フラダンスにも行かなくなった。
仲間が誘いに来ても「ごめんなさい」と謝るばかり。
よほどショックだったみたい。
いつも明るいおばあちゃんが落ち込んでいると、家の中がどんより暗い。

「おばあちゃん、フラダンスやめちゃうの?」
「もう行けないわよ。みんなに迷惑かけて」
「誰にでも失敗はあるよ。あたしなんか期末の英語テスト、マジでヤバくてピエンだったよ」
「それは何語なの?」
慰めも効かない。ちなみに今のは日本語だよ。

「ねえママ、みんなでハワイに行こうよ。本場のフラダンス見たら、おばあちゃん、またやりたくなるかも」
「そんなお金がどこにあるのよ」
ちぇ、ダメか。
そうだ、ひらめいた。この部屋をハワイにしちゃえばいいんだ。
今は春休み。時間はたっぷりある。

早速小遣いをはたいて、百均でハイビスカスの造花を買って部屋中に飾った。
家にある観葉植物を集めて、物置からリゾートチェアとパラソルを出して並べた。
そうそう、南国だから、エアコンの温度は30度。
テンション上がって来た。水着着ちゃおう。
あとは、ママのサングラスと冷たいドリンク。

「あらまあ、なにこれ」
おばあちゃんが来た。
「ここはハワイだよ、おばあちゃん。ハワイアンのCD貸して。あと、フラガールが足りないの。おばあちゃん、フラダンス踊ってよ」
「えー、ここで?」
「いいじゃん。私しかいないんだから。フラダンスがないと、雰囲気出ないよ」
おばあちゃんは「仕方ないわね」と言いながら、CDに合わせて踊り出した。
「まずは、アロハ・オエよ。これはね、愛の歌なのよ」
そう言いながら、おばあちゃんは踊った。
思ったより上手だ。笑顔がキラキラしてる。
「おばあちゃん、最高」って拍手をしたら、調子に乗って3曲踊った。

そこにママが帰って来た。リビングのドアを開けたとたん、鬼の形相。
「何やってるの。電気代、いくらかかると思ってるのよ」
「ハ、ハワイに行くより安いでしょ」
「バカ娘!すぐにエアコンを消しなさい!」
めっちゃ怒られた。エアコン消したら、急に寒い。それもそのはず。私、水着だった。

その後、おばあちゃんは、またフラダンスを始めた。
「100歳のフラガールを目指すわ」だって。
もう、イタすぎて笑っちゃう。でもよかった。ハワイ作戦、大成功。
そして私は風邪をひき、残りの春休みを寝込むことになった。
ああ、マジでハワイ行きたい。ハックション



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行列の女 [男と女ストーリー]

信号待ちの車の中から、ラーメン屋の行列を見ていた。
人気のラーメンに、20人ほどが並んでいる。
その中に、サキがいた。思わず「ウソだろ」とつぶやいた。

サキは僕の元カノで、行列が大嫌いだった。
「ラーメン食べるために並ぶなんてバカみたい。絶対に嫌よ。行列に並ぶくらいならカップ麺を食べるわ」
そう言っていたサキが行列に並んで、楽しそうに笑っている。
隣にいるのは新しい彼だろうか。背の高い男と寄り添っている。

クラクションを鳴らされて、車を発進させた。
別れて3年。僕たちはとてもうまくいっていたけど、突然フラれた。
行列も人混みも嫌いなサキに合わせて、デートはもっぱら家。
テレビで行列の店やイベントを見て「うんざりするわ。バカみたい」と顔をしかめたサキに、「本当にそうだね」と一緒に笑った。
そんなサキが、あんなに楽しそうに行列に並んでいたなんて。
人って変わるんだな。

その日をきっかけに、サキを見かけることが多くなった。
サキはいつも行列に並んでいた。
人気スイーツの店、テーマパークのアトラクション、ショッピングモールのくじ引き。
男と一緒の時もあれば、ひとりの時もある。
いつでもサキは楽しそうに並んでいた。

そしてとうとう、サキが僕に気づいた。
人気のホットドック売るキッチンカーに並んだ時、僕の前にサキがいた。
「あれ? やだ、久しぶりね」
「3年ぶりだね」
「あっ、そうか。ここ、あなたの会社の近くだったね」
「うん。たまに買いに来るんだ。サキはどうして?」
「彼の家がこの近くなの」
「ふうん、そうなんだ。前に見かけたことあるよ。背の高い人だね」
「うん。すごいイケメンなの。5人待ちだったの」
「5人待ち?」
「そう、やっと順番が来たの。待った甲斐があったわ。今はすごく幸せ」
「待つの、嫌いじゃなかった?」
「たくさん待つからこそ、本当に欲しいものに出会えるの。あたし、それが解ってから待つのが楽しくて」
「へえ」
「簡単に手に入るものってつまらないし、飽きるのよ。物も男もね」
「へ、へえ」
「今の彼は2年も待ったのよ」
「2年・・・」

かつてサキは言っていた。
「レストランの予約が2年先まで埋まってるなんて信じられない。そんな先のことわからないわよねえ。本当にバカみたい」
人って変わるな。

「あたし、今すごく頑張ってるの。6番目に彼を取られないようにしなくちゃね」
サキはキラキラしていた。きれいになった。
チリドックを2個買って、楽しそうに帰って行った。

ひとりで食べたチリドックは、並んだ割にたいして美味しくなかった。

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