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桜、散る

春の嵐で、桜の花が散ってしまった。
せっかくきれいに咲いたのに。
もっと咲いていたかっただろうに、無情にも儚い命。
だけどそれは、桜に限ったことではない。

仕事を突然クビになった。
「ごめんね。上の判断だからさ」
上司は気の毒そうに言いながら、どこかホッとしたような顔をした。
リストラの噂があったとき、切られるのは私だろうと思った。
子どものことで休みも多かったし、残業は出来ない。陰で色々言われていたのも知っていた。
頑張ったのに。スキルは私の方が絶対上なのに。

時代は変わっても、女が普通に働くのって難しい。
「子どもが小学校に上がるまでは、家にいてあげたほうがいいわよ」
なんてことを言う人は、いまだに多い。
だったら毎月、無条件で10万円援助してくれますか、って話よ。
マイホームだって欲しいし、子どもの学費だって貯めなきゃいけないんだから。
ああ、明日ハローワークに、次の仕事を探しに行こう。
職種とかスキルとか、もうそんなのどうでもいい。
土日休みで残業がなくて、時間給が取れて、子育て世代が多い職場。
早く働きたい。止まっていたら腐ってしまいそう。

4時になるのを待って、保育園に息子の春希(5歳)を迎えに行った。
天気がいいから歩いて行った。いつもより早いお迎えだ。
春希と手を繋ぎながら、川沿いの桜並木を歩く。
きのうの雨風で、花びらが無残に散っている。

「あーあ、花が散ってかわいそう」
(そして私もクビになってかわいそう)これは心の声。
春希が、首をかしげながら言った。
「ママ、桜は散ってもかわいそうじゃないよ」
「どうして?」
「だって見て。地面も川もピンク色。散ってもきれいだよ」
ニッコリ笑う春希に、桜吹雪が降り注ぐ。

はっとした。そんなふうに考えたこともなかった。
そうだ。きれいに咲くのも今だけなら、きれいに散るのも今だけ。
ましてや道路や川をピンクに染めていくなんて、まさに今だけ。
「本当だね。春希、そんなことを言うようになったんだね」
「だってぼく、もう5歳だよ」
「そうか、そうだよね」

肩の力がストンと抜けた。
今だけ。そうだ。春希とこうして桜の下を歩けるのは、ずっとじゃない。
焦って仕事を探すより、もう少しのんびり今を楽しむのもいいかもしれない。
たぶん私は、仕事を失ったことよりも、クビになったことが悔しくて仕方なかった。
だから間を開けずに働きたかっただけなんだ。
息子の成長を喜ぶ余裕も失くしてたな。
よし、焦らないで、自分を生かせる仕事を探そう。
そして春希との時間を、少しでも長く楽しむんだ。

「あっ、ママ、明日のお迎えは遅くていいよ。リカちゃんと遊ぶ約束してるから」

あらら、成長って、ちょっと寂しいものね。


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