石段の記憶 [ホラー]
ボクには3つ上の兄さんがいた。
兄さんは離れでおばあちゃんと暮らしていた。
僕は幼かったから事情はわからない。
だけど家で兄さんの話はタブーとされており、父さんも母さんも何も言わない。
兄さんは学校へも行かずブラブラしていたが、父さんと母さんはやはり何も言わない。
兄さんは時々ふらりとやってきて、僕を遊びに誘った。
僕たちは寺の境内で遊んだ。
あれは、夏休みが始まったばかりの蒸し暑い日だった。
鬱蒼と茂る木に囲まれた寺の石段を昇るとき、兄さんが言った。
「夜中の12時に、この石段が一段増えるらしい」
「うそだー」
僕はまだ8歳で、とても怖がりだった。
「本当だよ。11段の石段が12段になってるんだ。そして石段を昇り終えた時、未来の自分の姿が見えるんだ」
僕はすごく怖がりだったけど、未来の自分には、ちょっと会ってみたいと思った。
だからその夜、父さんと母さんが寝てるのを確かめて、こっそり家を抜け出した。
石段の前で兄さんが待っていた。
夜中なのに蒸し暑く、ランニングがぐっしょり濡れるほど汗をかいていた。
「いいか。昇るぞ」
僕たちは、数えながら石段を昇った。
1段、2段、3段……11段、12段…
確かに、石段は12段あった。
「兄さん、1段増えてるね」
そう言って僕たちが顔を上げると、目の前に男の人が立っていた。
紺のスーツを着ている40歳くらいの人だ。
僕は最初、父さんかと思った。だって、その人は父さんによく似ていた。
だけど父さんはスーツなんか着ないし、火事でも起きないくらい、ぐっすり眠っていた。
僕は思った。未来の自分だと。
だけどおかしい。
僕たちはふたりいるのに、男の人はひとりだけだ。
「兄さん、ひとりしか見えないよ」
「ああ、おれにもひとりしか見えない」
僕は急に怖くなった。
もしかして、僕たち二人のうちどちらかには、未来がないのかもしれない。
大人になる前に、死んでしまうのではないか。
僕は、石段を駆け下りで、そのまま家まで走って帰った。
そして布団にもぐりこむと、丸くなって朝を待った。
暑いのに体がぶるぶると震えた。
その日から、兄さんとは会わなくなった。
僕は心の中で、大人になる前に死ぬのが兄さんならいいのに、と思った。
そして、そんなことを思う自分が嫌で仕方なかった。
数日後、おばあさんが亡くなった。
母さんと父さんは、葬式やらで忙しく、そこに兄さんがいないのに何も言わない。
「ねえ、兄さんはどうしたの?」
しつこく背中を追いかけて母さんに聞くと、イライラした様子で
「あんたに兄さんはいないでしょう」と言った。
亡くなったおばあさんの離れには、兄さんが暮らした形跡はかけらもなかった。
ようやく落ち着いた頃に、父さんが話してくれた。
「おまえには、確かに兄さんがいた。だけど生まれてすぐに死んでしまったんだ。母さんはそのあと体調を崩して半年寝込んだ。そして悲しい記憶をすっかり消したんだ」
そういうことか…。そういえば、僕は兄さんの顔をはっきり思い出すことが出来なかった。
いっしょに遊んだ記憶も、何だか夢だったような気もする。
石段を、数えながら昇ったのは確かなのに…。
僕は大人になった。
家庭を持ち、父親になった。
ある夜、仕事で遅くなった帰り道、ふとあの寺に行ってみようと思った。
あの時も、こんなふうに蒸し暑い7月の夜だった。
石段の上に立つと、「1段、2段、3段」とふたつの声が聞こえた。
来る…。ひとりは幼い僕だ。そしてもうひとりは兄さんだ。
「兄さん、1段増えてたね」
そう言ったのは息を切らした幼い僕だ。
その隣には、誰もいなかった。
ただ、ふっと冷ややかな風が、墓場の方に通り過ぎるのを感じた。
にほんブログ村
兄さんは離れでおばあちゃんと暮らしていた。
僕は幼かったから事情はわからない。
だけど家で兄さんの話はタブーとされており、父さんも母さんも何も言わない。
兄さんは学校へも行かずブラブラしていたが、父さんと母さんはやはり何も言わない。
兄さんは時々ふらりとやってきて、僕を遊びに誘った。
僕たちは寺の境内で遊んだ。
あれは、夏休みが始まったばかりの蒸し暑い日だった。
鬱蒼と茂る木に囲まれた寺の石段を昇るとき、兄さんが言った。
「夜中の12時に、この石段が一段増えるらしい」
「うそだー」
僕はまだ8歳で、とても怖がりだった。
「本当だよ。11段の石段が12段になってるんだ。そして石段を昇り終えた時、未来の自分の姿が見えるんだ」
僕はすごく怖がりだったけど、未来の自分には、ちょっと会ってみたいと思った。
だからその夜、父さんと母さんが寝てるのを確かめて、こっそり家を抜け出した。
石段の前で兄さんが待っていた。
夜中なのに蒸し暑く、ランニングがぐっしょり濡れるほど汗をかいていた。
「いいか。昇るぞ」
僕たちは、数えながら石段を昇った。
1段、2段、3段……11段、12段…
確かに、石段は12段あった。
「兄さん、1段増えてるね」
そう言って僕たちが顔を上げると、目の前に男の人が立っていた。
紺のスーツを着ている40歳くらいの人だ。
僕は最初、父さんかと思った。だって、その人は父さんによく似ていた。
だけど父さんはスーツなんか着ないし、火事でも起きないくらい、ぐっすり眠っていた。
僕は思った。未来の自分だと。
だけどおかしい。
僕たちはふたりいるのに、男の人はひとりだけだ。
「兄さん、ひとりしか見えないよ」
「ああ、おれにもひとりしか見えない」
僕は急に怖くなった。
もしかして、僕たち二人のうちどちらかには、未来がないのかもしれない。
大人になる前に、死んでしまうのではないか。
僕は、石段を駆け下りで、そのまま家まで走って帰った。
そして布団にもぐりこむと、丸くなって朝を待った。
暑いのに体がぶるぶると震えた。
その日から、兄さんとは会わなくなった。
僕は心の中で、大人になる前に死ぬのが兄さんならいいのに、と思った。
そして、そんなことを思う自分が嫌で仕方なかった。
数日後、おばあさんが亡くなった。
母さんと父さんは、葬式やらで忙しく、そこに兄さんがいないのに何も言わない。
「ねえ、兄さんはどうしたの?」
しつこく背中を追いかけて母さんに聞くと、イライラした様子で
「あんたに兄さんはいないでしょう」と言った。
亡くなったおばあさんの離れには、兄さんが暮らした形跡はかけらもなかった。
ようやく落ち着いた頃に、父さんが話してくれた。
「おまえには、確かに兄さんがいた。だけど生まれてすぐに死んでしまったんだ。母さんはそのあと体調を崩して半年寝込んだ。そして悲しい記憶をすっかり消したんだ」
そういうことか…。そういえば、僕は兄さんの顔をはっきり思い出すことが出来なかった。
いっしょに遊んだ記憶も、何だか夢だったような気もする。
石段を、数えながら昇ったのは確かなのに…。
僕は大人になった。
家庭を持ち、父親になった。
ある夜、仕事で遅くなった帰り道、ふとあの寺に行ってみようと思った。
あの時も、こんなふうに蒸し暑い7月の夜だった。
石段の上に立つと、「1段、2段、3段」とふたつの声が聞こえた。
来る…。ひとりは幼い僕だ。そしてもうひとりは兄さんだ。
「兄さん、1段増えてたね」
そう言ったのは息を切らした幼い僕だ。
その隣には、誰もいなかった。
ただ、ふっと冷ややかな風が、墓場の方に通り過ぎるのを感じた。
にほんブログ村
2011-07-14 18:26
nice!(4)
コメント(18)
トラックバック(0)
蒸し暑い夏の夜にピッタリの階段、じゃなかった怪談ですね。
それにしても、階段から怪談とは。。。
りんさん、おみごと!
by haru (2011-07-14 18:46)
何だか切ないお話ですね。
by 浅葱 (2011-07-14 22:09)
なんだか怖いけど
すっごい!!!
階段の怪談。。。
実は、幽霊だった兄さんの秘密。。。
そして、未来の自分とリンクするシーンも
完璧でした♪
やっぱり、リンさんってすごいなぁ。
なかなかこうはいかないです。
勉強になります。
それよりなにより。。。
楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2011-07-14 23:08)
しーんと静まった空気に、鈴の音がひとつ。
そんな風情豊かなお話でした。
ボクは夜中に鬱蒼と木々の茂った神社の階段をのぼるのはヤだなぁ
ちびりそうです。
by 矢菱虎犇 (2011-07-14 23:29)
悲しい夢のような真実のお話ですね。
弟にしか見えなかったのですね。
「忘れられる」ということの悲しみと兄の優しさを感じました。
さすがりんさんです。(^-^)
by もぐら (2011-07-15 20:04)
いいですね。
「情」のある怪談ですね。
基本はホラーでありながら、少し民話風の味わいもあります。
満足でした。
by 雫石鉄也 (2011-07-16 09:11)
幽霊の存在を否定しているボクとしても
確かにそこにいたのにっていう経験をしたら
あっさりと幽霊とか信じちゃうかもしれません。
怖いことは怖いんですよ。
未来の自分に会う。
それから、幽霊との決別。
いろんなことが、階段で起こるんですよね。
怪談で!
なーんつって(笑)
by ヴァッキーノ (2011-07-16 09:54)
ちょっと ひやっ とするけど、
会うことは叶わなかった弟くんを
見守ってくれていた…と温かい気持ちに
なりました。
by クローヴ (2011-07-18 10:58)
<haruさん>
階段の怪談でした(笑)
ちょっと涼しくなってくれたら嬉しいです。
by リンさん (2011-07-18 12:11)
<浅葱さん>
情景を思い浮かべていただけたら嬉しいです。
ホラーに切なさをプラスしてみました^^
by リンさん (2011-07-18 12:16)
<りこさん>
いつも褒めてくれてありがとうございます。
ホラーは苦手だったんですが、去年競作で「怪談」があって、それから書くのが好きになりました。
>勉強になります…恐縮です。
りこさんも怖いの書いて~^^
by リンさん (2011-07-18 12:21)
<矢菱さん>
鈴の音ですか。そんな風に感じていただけると嬉しいです。
私も、夜寺に行くなんてとんでもないです。
しかも未来の自分を見るのは、もっと嫌かも。。。^^
by リンさん (2011-07-18 12:25)
<もぐらさん>
兄さんはずっと近くにいたんですね。
消えるタイミングを探していたのかもしれませんね。
by リンさん (2011-07-18 12:27)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
最後に、大人になった僕と兄さんを会せるかどうか迷いました。
姿を見せない方がいいかなと思って、このラストになりました。
by リンさん (2011-07-18 12:29)
<ヴァッキーノさん>
霊感ある人って、しょっちゅう見えるんでしょうね。
私はないので見たことないです。
階段が1段増える怪談って多いですよね。
七不思議ですね。
by リンさん (2011-07-18 12:31)
<クローヴさん>
ありがとうございます。
ちょっとでも涼しくなっていただけましたか。
兄さんは優しい幽霊だったんですね。
by リンさん (2011-07-18 12:33)
もし よろしかったら。
こちらで実写?の「階段の怪談」が見られます。(怒られるかな)
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/napobona/page163.html
by もぐら (2011-07-21 00:41)
<もぐらさん>
見ました(笑)
ホントに階段にいましたね。足のある幽霊が…。
ユーモアがあっていいですね。
by リンさん (2011-07-21 23:08)