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猫屋敷(怪談) [ホラー]

あれは、私がまだ探偵をしていた頃だ。
ひとりの男が私の事務所を訪れた。蒸し暑い夏の午後だった。
「私は、いくつかのアパートを経営しております。その中に古い一戸建てのアパートがあります。ご老人がひとりで暮らしております。
そのアパートで、妙なうわさが流れて困っているのです」
「うわさ?」
「夜中に猫が騒ぐ声が聞こえると、近所から苦情がきたのです」
「なるほど」
「しかし老人は猫など飼っていないという。確かに私が見る限り、猫はどこにもいないのです」
「それで、私に確認してほしい、と言うわけですか?」
「そうです。老人と猫が一緒にいる証拠写真を撮ってほしいのです。もし猫を飼っていれば条約違反です。立ち退きを要求することも出来ます。あの家を壊して駐車場にしようと、息子に再三言われているんですよ」
「わかりました。お引き受けしましょう」
老人が可哀想だと思いながらも、私は仕事を引き受けた。

私は真夜中に、そのアパートに向かった。
炎天下で張り込みをするよりは、ずっと楽だと思った。
新しいマンションが建ち並ぶ中で、そのアパートだけが明らかに時代遅れだ。
50年ほどタイムスリップしたように古くてみすぼらしい。
近づくと、獣の臭いがした。そして騒音に近い鳴き声が聞こえた。
1匹どころではない。数十匹はいるだろう。

木の板で出来た塀は、あちこち穴が開いていて容易に覗けた。
見ると暗闇に、ぽつりと座るおばあさんが見えた。
猫の姿は見当たらない。
おばあさんは、誰かに話しかけるように、ひとりごとを言っていた。
「こらこら、ケンカをするんじゃないよ」
「よしよし。おなかがすいたんだね」
「くすぐったいよ。やめておくれ」

まるでそこに猫がいるようにしゃべっていた。
私は思った。ひょっとしたら、猫の霊が集まっているのではないか。
私には霊感がないから見えないが、おばあさんには猫が見えているのだ。
確かに猫が集まるのにふさわしい家だ。

私はカメラを取り出して、庭全体が写るようにフラッシュを焚かずにシャッターを切った。
そして事務所に帰り、すぐに現像をしてみると、やはり写っていた。
縁側に座るおばあさんを囲むように、たくさんの猫。
20匹はいるだろうか。猫の心霊写真だ。

翌日、依頼人を呼んで写真を見せた。
「このとおり、おばあさんを囲んで猫の霊がたくさん写っています。除霊をした方がいいでしょうね」
依頼人は写真をみて怪訝な顔をした。
「何も写ってないじゃないですか。ふざけてるんですか?」
「いや、写ってますよ。ほら、おばあさんと猫が」
「真っ黒な写真じゃないですか。だいたいおばあさんって誰です?この家の住人は男性ですよ」

家を間違えたのか?そんなはずはない。
私はその夜、再び古い家を訪れた。
猫の鳴き声が聞こえる。獣の気配が確かにする。
今度は、塀の穴から覗かずに、直接庭に入っていった。
どうしても確かめたかったのだ。

昨日は見えなかった猫が、そこにいた。光る眼がいっせいに私を見た。
おばあさんがゆっくり立ち上がり
「おや、新しい管理人かい?」と言った。
「ちがいます」と言う前に、おばあさんは私のとなりをすっと通り過ぎた。
「よかった。これであたしも成仏できるよ」
そう言うと、おばあさんは暗闇に消えた。

猫たちが、私を誘導するように縁側へと導いた。
私は、ひんやりする縁側に座り、猫を撫でながら話しかけていた。
「どうした。おなかすいたのか?」
「くすぐったいよ。やめてくれよ」

それ以来、私はここにいる。
新しい管理人が来るまで、ただ縁側に座っているのだ。

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矢菱虎犇

う~ら~め~し~にゃ~
怪談にピッタリの季節になりましたねぇ。
今回のお話、道具立てがノスタルジックで、取り壊しの話とか出てきたから、ちょっとホロリな終わり方じゃないかな?って勝手に思いこんで読んでいたので、意外で面白かったです。
ああ、それで「まだ探偵をしていた頃」なんですねぇ。
にゃ~る~ほ~ど~にゃ~
by 矢菱虎犇 (2011-07-31 11:17) 

浅葱

えええっ?
生きながら逃れられないのですか?
それとも身代りにされた時点で、既にこの世には亡い方になってしまわれた?
くわばらくわばら、好奇心も程ほどにしないといけませんね。
by 浅葱 (2011-07-31 15:39) 

春待ち りこ

一気に。。。読ませていただきました。
笑ったり。。。びっくりしたり。。。
それに、これは怖かったな。(汗)
猫が見えちゃった時点で
管理人決定!!!みたいな感じでしょうか?
これから、長く猫のお世話係になるんですね。
……やっぱ。。。怖いわ。

たくさん楽しませていただきました。ありがとっ♪
ようやく、帳簿も終わり
やっと。。。自由な時間を手に入れました。(笑)
やっぱり、ここは楽しいですね。(^_^)v
by 春待ち りこ (2011-08-01 10:49) 

かよ湖

ストーリーにも感心しながら、言葉のトリックにもまんまと「してやられた!」という感じです。
依頼人は「老人」としか言っていないのに、「おばあさん」が穴から見えた瞬間、「老人」=「おばあさん」だと納得してしまいました。しかし、依頼人曰く「住人は男性」とは。一気に寒くなりました。
さすがです!
私も言葉のトリック系に、忘れた頃にチャレンジしてみたくなりました。
by かよ湖 (2011-08-01 23:44) 

リンさん

<矢菱さん>
そうだったんにゃ~。
探偵から猫屋敷の管理人になったのにゃ~。
ちょっと涼しくなっていただけました?
by リンさん (2011-08-03 00:14) 

リンさん

<浅葱さん>
庭に入った途端、不思議な世界に迷い込んだんですね。
だけどその生活に安らぎを感じているような、不思議な空気なんですね。
おばあさんも、最初は若い娘だったかも^^
by リンさん (2011-08-03 00:17) 

リンさん

<りこさん>
たくさん読んでくれてありがとう。
お仕事お疲れ様でした。

庭に入ったのが運のつき。
っていうか、仕事を引き受けた時点で運命が決まっていたかもしれませんね。
by リンさん (2011-08-03 00:19) 

リンさん

<かよ湖さん>
コメントありがとうございます。
言葉のトリック…そうです。そこに注目してくれて嬉しいです。
おばあさんは、この世に人ではなかったんですね。
かよ湖さんのトリックも、今度読ませてください。
by リンさん (2011-08-03 00:22) 

ヴァッキーノ

夏といえば怪談!
猫って目がギラって光るから
怖いですよね。
成仏したいけどできない婆さんの幽霊と
探偵っていう取合せがいいですね。
探偵と猫っていうのも好きです。
by ヴァッキーノ (2011-08-04 20:51) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
夜に猫を見るとギョッとしますね。
この探偵さんは、きっと何かに呼ばれてしまったのでしょうね。
この縁側で年をとっていくのかも。
もしかしたら、おばあさんも最初は若かったかもしれませんよ。
by リンさん (2011-08-05 09:50) 

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