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真夏の夜の怪 [ホラー]

大学の学生寮でボヤ騒ぎがあった。
誰も住んでいない部屋から不審火が出た。
何者かが忍び込んだという人もいれば、10年前の呪いだという人もいた。
「10年前の呪い?」
「噂ですけどね、10年前にこの寮が火事になったんだって。その火事で亡くなった学生の部屋から、毎年この時期になると悲鳴のような声が聞こえるっていう話です」
「それが今回ボヤを出した部屋…」
「そういうことです」

僕の部屋は、その部屋から離れていたので気づかなかったが、悲鳴を聞いた学生は大勢いた。
「お祓いした方がいいかもな」
先輩は飲んだ缶ビールをつぶして寝っころがった。
アパートに帰るのが面倒になると、先輩は僕の部屋に泊まるのだ。

寝苦しい夜だった。
夜中に先輩が起き上がり、僕を起こした。
「なんですか?」
「便所につきあえ」
「は?ひとりで行って下さいよ。女子高生じゃないんだから」
「気持ち悪いだろ。さっきの話聞いたあとなんだから」
僕はのろのろ起き上がり、先輩といっしょに廊下を歩いた。

「ボヤがあった部屋ってどこ?」
前を歩く先輩が聞いた。
「2階の端ですよ。ここは1階だから物音も聞こえません。安心してください」
「ちょっと、行ってみないか?」
「え?先輩、何言ってるんですか?ひとりでトイレ行けないほど怖がりなんでしょ」
「怖いもの見たさだ」
先輩は振り向いて笑った。青い月明かりが白い顔を照らした。

先輩はトイレを通り過ぎ、階段を昇りだした。
「先輩、やめましょうよ」
怖気づきながらも、僕は先輩の後に続いた。
ギシギシと廊下が鳴る。その音に混じって、微かな悲鳴のような声が聞こえた。
「ね…ねこの声かな…」
冗談めかして言ってみたが、声は大きくなるばかりだ。
2階の端の部屋、201号は何年間も空き部屋だ。だけど紛れもなく声はそこから聞こえた。

「先輩、戻りましょう」
僕が何度叫んでも、先輩は憑りつかれたように進んでいく。
そしてついに、201号のドアを開けてしまった。
突然部屋から真っ赤な炎が吹き出して、先輩を火だるまにした。
まるで先輩をめがけて巨大な火の玉が投げつけられたようだった。
僕は声も出せずに尻餅をついてぶざまに後ずさった。
先輩は火だるまになりながら近づいてくる。
「水…水を…水を…」

うわーっと叫び声を上げながら廊下を走った。
部屋のドアをどんどん叩いても、誰一人出てきてくれない。
転がるように階段を降り、死に物狂いで自分の部屋にたどり着いた。

「あれ?おまえどこか行ってたの?」
先輩が呑気な顔でペットボトルの水を飲んでいた。
「せ、先輩…?」
先輩はずっとこの部屋にいたという。
僕といっしょに廊下を歩いたのは、いったい誰だったのだろう。
「寝てたらやけに暑くてさ、エアコンないときついな」
先輩はごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ。
僕はハッとして、その水をひったくるように取り上げた。あっけにとられる先輩をしり目に部屋を飛び出し2階の201号に向かった。
さっきとは打って変わって静まり返った廊下に、月明かりが差し込んでいる。

僕は201号の前に水を置いた。
「熱かったんだね」
そう言って手を合わせると、涼しい風がすうっと通り過ぎた気がした。

あとで聞いた話だが、10年前に焼死したのは寮生ではなかったらしい。
たまたま後輩の部屋に泊まりに来ていた3年生だった。
あの日のように暑い夜で、後輩はその時、先輩のために水を買いに行っていたという。
僕はその日から毎日、部屋の前に水を置いた。悲鳴はすっかり聞こえなくなった。

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海野久実

りんさんこれは、ジャンルとしてはミステリじゃなくてホラーですよね。
それも映画にしたらいいようなホラーです。
うーん、しかししかし。
むかし亡くなった人の悲しみ、苦しみを描いた、良い作品になりそうなのに、その人のことが全く書かれてないですよね。
男か女かもわからない。
その辺はやっぱり書いてほしかったような気がします。
by 海野久実 (2013-07-21 18:30) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
カテゴリー増やしてホラーにしました。
前からホラーのカテゴリー作ろうと思っていたんです。面倒臭がりでやってなかった(笑)

それから、ご指摘もっともでした。
私も、霊と先輩をどうにか結び付けようと思っていたんですがうまく思いつかなかったんです。
それで、最後の4行足してみました。
こんな感じでどうでしょう。
性別は、男子寮なので男です。
by リンさん (2013-07-22 16:36) 

吉平

こんばんわ
はじめまして
達者ですね
良かったら
僕のくだらないブログも
観てやってください
by 吉平 (2013-07-22 18:08) 

リンさん

<吉平さん>
コメントありがとうございます。
吉平さんのところにもお邪魔しますね^^
楽しみ~♪
by リンさん (2013-07-25 22:12) 

みかん

>青い月明かりが白い顔を照らした
ここで (おや?)と思わせますね^^

by みかん (2013-07-26 21:08) 

かよ湖

リンさんの書くひっかけ?と思いながら読んでいたので、「微かな悲鳴のような声」で変なことを考えてしまいました。。。。(海野さんの作品でしたら、きっと正解な読み方でしたね。笑)
この作品、きちんと情景を想像しながら読むと、かなり怖いです。
ラストの4行が全体を生かしていて、追加してよかったと思います。
by かよ湖 (2013-07-27 22:21) 

リンさん

<みかんさん>
そうそう。
不気味な雰囲気が読み取っていただけて嬉しいです。

by リンさん (2013-07-29 17:20) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
最後の4行、やっぱり足して良かったですね。
先輩と霊をどう結び付けるか、ちょっと悩んだところでした^^
by リンさん (2013-07-29 17:32) 

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