コピー少女 [ミステリー?]
それは、私が小学校へ教育実習に行ったときのことだ。
3年生の生徒たちは素直ないい子ばかりだった。
みんな私に懐いてくれて、特に音楽の時間は、私の歌を静かに聞いてくれた。
「もう一回歌って」とせがまれた。
ただひとり、不登校の生徒がいるのが気になった。
「その子は1年生のときから一度も来ていないわ」
担任の福田先生が言った。
「家庭訪問などはしてるんですか?」
「ええ。でも私が行った時は留守だった。会えた人は滅多にいないらしいの。しかもね…」
福田先生は、そこで口をつぐんだ。教頭先生が、咳払いをしながら近づいて来たからだ。
「君、行ってみるかね?」
教頭先生は私の顔を覗き込んだ。
「教頭、実習生には無理ですよ」
「いや、実習生だからいい勉強になる。生徒と年齢も近いし、君なら気に入られるんじゃないかな」
「気に入られる?」
教頭は、私の肩をぽんと叩いた。
不登校の生徒の家は、町はずれの洋館だった。
チャイムを鳴らしたが返事はない。帰ろうと思ったとき、2階の窓のカーテンが動いた。
小さな人影が、こちらを見ていた。
「S小学校で教育実習をしています。少しだけでもお目にかかれませんか」
大きな声で言ってみた。
門が静かに開き、「どうぞお入りください」とインターホン越しに声がした。
通されたリビングには、少女がひとり座っていた。
はっとするほど美しい少女だった。
腰まで届きそうな艶のある黒髪、透き通る白い肌、大きな瞳、ふっくらとした唇。
何をとっても完璧だった。
「こんにちは」自己紹介をしてみたが、返事はなかった。
母親らしい女性が紅茶を運んできた。
「ごめんなさいね。その子、声がまだ…」
声が?言葉が不自由だから、登校しないのだろうか。
少女は、整いすぎる顔で静かに笑っていた。
急激な眠気が襲ってきた。紅茶に薬が入っていたようだ。
意識が遠ざかり、気がついたら、機械だらけの部屋でベッドに縛られていた。
いったい何を…と言おうとしたけれど声が出なかった。
「ごめんなさいね、先生」
母親らしい女性が、手慣れた様子で機械を操作していた。
「もうすぐ終わるわ。仕方ないのよ。あの子が気に入ってしまったから」
ドーム状の機械の中に、私の体はゆっくり入って行った。
「あの子は、不完全で生まれてきたの。まともなものなど何もなかったわ。でもね、あの子は恐ろしいほど高い知能と、限りない欲望を持っていた。自分が気に入った物で、完璧な自分の体を造るために、この機械を作り出したのよ。健康な臓器、細くて長い手足、髪も、目も鼻も口も、気に入った物をコピーしたの」
コピー?
「声だけが、まだだったのよ。なかなか気に入る声が見つからなくて。でもよかった。あなたの声を、あの子が気に入ってくれた。これであの子は完璧よ」
暗い空間を彷徨うような不思議な感覚。私は再び眠りに落ちて、気づいたら自分の部屋で朝を迎えていた。
「夢だったのかしら」きっとそうだ。ちゃんと声も出ている。
いつもの時間に学校へ行くと、教頭先生が満面の笑みで私を迎えた。
「君、お手柄だね。白川さんが今日から学校へ来てるよ」
「白川…さん?」
「不登校だった生徒だよ。君が昨日会いに行ったんだろう」
美しい少女の顔が浮かんだ。夢ではなかったようだ。どこまでが、本当だったのか。
「白川さんに会った人は、なぜか学校を辞めてしまうっていう噂があったのよ。だけどあなたは大丈夫みたいね」
福田先生と、並んで歩きながら教室へ向かった。1時間目は音楽だ。
ひときわ美しい少女がいた。微笑みながら、私をじっと見ている。
いつものようにピアノの前に座って、伴奏を始めた。
「元気に歌いましょう」
そう言って、歌おうとしたとき、自分の声に違和感を感じ、歌い始めることが出来なかった。
生徒の中から、美しい歌声が聞こえた。白川さんだ。
白川さんが、私と同じ声で歌っていた。
生徒たちの感嘆の声。満足そうな美しい少女が、スポットライトを浴びたように立っていた。
私の声はコピーされて白川さんのものになった。
いいえ、おそらく本物は白川さんの声で、コピーの方が私に戻って来た。
そう思えて仕方ない。
だってあの日以来、私は歌えなくなった。
そして、音楽の教師になることもやめてしまった。
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3年生の生徒たちは素直ないい子ばかりだった。
みんな私に懐いてくれて、特に音楽の時間は、私の歌を静かに聞いてくれた。
「もう一回歌って」とせがまれた。
ただひとり、不登校の生徒がいるのが気になった。
「その子は1年生のときから一度も来ていないわ」
担任の福田先生が言った。
「家庭訪問などはしてるんですか?」
「ええ。でも私が行った時は留守だった。会えた人は滅多にいないらしいの。しかもね…」
福田先生は、そこで口をつぐんだ。教頭先生が、咳払いをしながら近づいて来たからだ。
「君、行ってみるかね?」
教頭先生は私の顔を覗き込んだ。
「教頭、実習生には無理ですよ」
「いや、実習生だからいい勉強になる。生徒と年齢も近いし、君なら気に入られるんじゃないかな」
「気に入られる?」
教頭は、私の肩をぽんと叩いた。
不登校の生徒の家は、町はずれの洋館だった。
チャイムを鳴らしたが返事はない。帰ろうと思ったとき、2階の窓のカーテンが動いた。
小さな人影が、こちらを見ていた。
「S小学校で教育実習をしています。少しだけでもお目にかかれませんか」
大きな声で言ってみた。
門が静かに開き、「どうぞお入りください」とインターホン越しに声がした。
通されたリビングには、少女がひとり座っていた。
はっとするほど美しい少女だった。
腰まで届きそうな艶のある黒髪、透き通る白い肌、大きな瞳、ふっくらとした唇。
何をとっても完璧だった。
「こんにちは」自己紹介をしてみたが、返事はなかった。
母親らしい女性が紅茶を運んできた。
「ごめんなさいね。その子、声がまだ…」
声が?言葉が不自由だから、登校しないのだろうか。
少女は、整いすぎる顔で静かに笑っていた。
急激な眠気が襲ってきた。紅茶に薬が入っていたようだ。
意識が遠ざかり、気がついたら、機械だらけの部屋でベッドに縛られていた。
いったい何を…と言おうとしたけれど声が出なかった。
「ごめんなさいね、先生」
母親らしい女性が、手慣れた様子で機械を操作していた。
「もうすぐ終わるわ。仕方ないのよ。あの子が気に入ってしまったから」
ドーム状の機械の中に、私の体はゆっくり入って行った。
「あの子は、不完全で生まれてきたの。まともなものなど何もなかったわ。でもね、あの子は恐ろしいほど高い知能と、限りない欲望を持っていた。自分が気に入った物で、完璧な自分の体を造るために、この機械を作り出したのよ。健康な臓器、細くて長い手足、髪も、目も鼻も口も、気に入った物をコピーしたの」
コピー?
「声だけが、まだだったのよ。なかなか気に入る声が見つからなくて。でもよかった。あなたの声を、あの子が気に入ってくれた。これであの子は完璧よ」
暗い空間を彷徨うような不思議な感覚。私は再び眠りに落ちて、気づいたら自分の部屋で朝を迎えていた。
「夢だったのかしら」きっとそうだ。ちゃんと声も出ている。
いつもの時間に学校へ行くと、教頭先生が満面の笑みで私を迎えた。
「君、お手柄だね。白川さんが今日から学校へ来てるよ」
「白川…さん?」
「不登校だった生徒だよ。君が昨日会いに行ったんだろう」
美しい少女の顔が浮かんだ。夢ではなかったようだ。どこまでが、本当だったのか。
「白川さんに会った人は、なぜか学校を辞めてしまうっていう噂があったのよ。だけどあなたは大丈夫みたいね」
福田先生と、並んで歩きながら教室へ向かった。1時間目は音楽だ。
ひときわ美しい少女がいた。微笑みながら、私をじっと見ている。
いつものようにピアノの前に座って、伴奏を始めた。
「元気に歌いましょう」
そう言って、歌おうとしたとき、自分の声に違和感を感じ、歌い始めることが出来なかった。
生徒の中から、美しい歌声が聞こえた。白川さんだ。
白川さんが、私と同じ声で歌っていた。
生徒たちの感嘆の声。満足そうな美しい少女が、スポットライトを浴びたように立っていた。
私の声はコピーされて白川さんのものになった。
いいえ、おそらく本物は白川さんの声で、コピーの方が私に戻って来た。
そう思えて仕方ない。
だってあの日以来、私は歌えなくなった。
そして、音楽の教師になることもやめてしまった。
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2015-04-08 16:11
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コメント(8)
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怖い怖い怖い(>_<)
いいとこ取りで出来た少女だなんてね。
そんな機械を作っちゃダメでしょー(・へ・)
by みかん (2015-04-08 19:43)
こわい。
by ねじまき鳥 (2015-04-08 21:25)
なかなかよくできたホラーです。
この白川なる少女、実は頭脳もだれかのコピーなんですか?
by 雫石鉄也 (2015-04-09 13:06)
おそろしぃ〜〜〜この少女((((;゚Д゚)))))))
しかもこの少女なら、最後に書かれているように、
本物をとってコピーを戻しそうですね( ;´Д`)
ーーーーーーーーーー
リンさん、こんにちは。
ご存知かも知れませんが、
今日は、堂本剛さんのニューアルバム『TU』の発売が発表されました。
先着でクリアファイルが付くそうです(*^_^*)
自分のブログを今日は更新出来ないかも知れませんので、
ここでリンさんにお知らせしておきますね(^_−)−☆
by なつかえで (2015-04-10 16:09)
<みかんさん>
ありがとうございます。
やった!怖がってくれた^^
こういう話を書いたときは反応が気になって、ちょっとドキドキします。
by リンさん (2015-04-11 10:24)
<ねじまき鳥さん>
いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます。
怖がってくれてありがとうございます^^
by リンさん (2015-04-11 10:25)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
この少女は、脳だけは完璧に生まれてきたという設定です。
胎児の時に全ての機能が脳に集中してしまったという感じでしょうか。
どんな形で生まれたのかは、想像でお願いします。(丸投げ?)
すみません~^^
by リンさん (2015-04-11 10:30)
<なつかえでさん>
ありがとうございます。
そうです。本物を取ってコピーを返す…というところが、怖いですね。
アルバムの情報、ありがとうございます。
最近ラジオを聴いていないので、なつかえでさんの情報すごく嬉しい。
さっそく予約しました。
私、DVDってあまり見ないので通常版にしました。
by リンさん (2015-04-11 10:33)