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彼女が消えた夜 [ミステリー?]

仕事を終えて帰宅すると、彼女がいなかった。
晩ご飯も作っていない。
一緒に暮らして1年。こんなことは初めてだ。

寝室のベッドにはトレーナーとジーンズが脱ぎ捨てられている。
急いで出かけたようだ。
クローゼットを開けると、お気に入りの黒のドレスがなかった。
僕たちが出会った日に着ていたドレスだ。
すごく似合っていた。彼女のために作られたようなドレスだった。
そのドレスを着て、彼女はいったいどこへ行ったのだろう。
友人とのパーティ?
そもそも、彼女に友人などいただろうか。
家族もいない。友達もいない。彼女は天涯孤独だ。
だから僕が帰ってくると、心底安心したような笑顔を見せた。
いったいどこへ行ってしまったのだろう。
とりあえず、電話をかけてみる。

RRRRRR
リビングのソファーで鳴った。忘れて行ったらしい。
ふと見ると、リビングの隅にバッグが置いてある。
財布も入っている。
金も持たずに出かけた?どうやって?金がなければバスにも乗れない。
誰かが迎えに来たのか?
そこで初めて、男の存在を疑った。
悪いと思いながら、彼女の携帯を見る。
僕以外からの連絡は一切なかった。もちろんSNSもやっていない。

このまま帰ってこないような気がして溜息をついた。
何か、不満があったのかな。
何でも完ぺきにこなす彼女に甘えて、家事をすべて押し付けていた。
忙しくて、遊びにも連れて行かなかった。
彼女がいない部屋は、真冬のように空気が冷たい。

たまらずテレビをつけた。
お化けカボチャの帽子を被ったお天気キャスターが、陽気に週間予報を伝えている。
ああ、今日はハロウィンか。
彼女と出会ったのも、ハロウィンの夜だった。
ドラキュラの仮装をした僕と、可愛い魔女の帽子を被った彼女。
「こんばんはドラキュラさん。わたし魔女です」
ニコッと笑った彼女に一目ぼれ。
そのまま手をつないで月夜の遊歩道を歩いた。ドラキュラと魔女のデートだ。
帰る場所がないというので家に連れてきた。
そして僕たちは、一緒に暮らし始めた。
考えてみれば、僕は彼女のことを何も知らない。

今夜も、美しい月が出ているだろうか。
窓を開けてみた。
いつもより大きな月が出ている。
どこかで仮装したカップルが歩いているかもしれない。

月の前を、黒い影が横切った。
何かが、こちらに向かって飛んでくる。
鳥かな?いや違う。人間だ。黒いドレスを着ている。
「…え?」

「ただいま」
彼女が、ほうきに乗って帰ってきた。
「ママが病気だと聞いて、魔界に帰っていたの」
え? ママ? 魔界?
「でもね、仮病だったの。わたしが1年も帰らないものだから、心配したのね」
彼女は、ほうきを鉛筆くらいに小さく縮め、くるりと回した。
たちまちテーブルの上に、たくさんのご馳走が並んだ。
ワインのコルクが勝手に開いて、トクトクとふたつのグラスを満たしてゆく。

「魔法?」
「そうよ。わたし魔女だもん。初めて会った日に言ったでしょう。さあ、飲みましょう。あなたのために用意した特別なワインよ」
彼女が差し出したワインは、血の味がした。
「いや、俺はドラキュラじゃないから!」

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雫石鉄也

なかなか魅力的な魔女ですね。この魔女「魔女の宅急便」のキキのような子供ではなく、「奥様は魔女」のサマンサ、「かわいい魔女ジニー」のジニーのような大人なんでしょうね。
by 雫石鉄也 (2015-10-20 14:07) 

SORI

リンさんさん こんばんは
ほんとうに、可愛い魔女さんのお嫁さんだったのですね。黒いドレスと言えば、やはり「魔女の宅急便」を思い出してしまいます。羨ましい 空も飛べるし
by SORI (2015-10-20 18:38) 

みかん

ほんとに魔女だったなんてね(^.^)
いるんだったら会ってみたいですよね~
可愛いお話です♪

by みかん (2015-10-20 21:57) 

dan

こんな魔女わが家に来てくれたら嬉しいなあ。
「奥様は魔女」楽しみに見ていたのを思い出しました。
「魔界」もリンさんの得意分野のひとつですね。
by dan (2015-10-21 09:46) 

ぼんぼちぼちぼち

魔女の彼女、色の浅黒い目鼻立ちのはっきりしたスリムな美人さんを想像しやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2015-10-22 17:39) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
可愛い魔女ジニーって知らなかったので検索しました。
ハクション大魔王のアクビちゃんって、ここから生まれたのかな。
キュートな魔女ですね^^
by リンさん (2015-10-24 10:47) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
そうですね。
魔女の宅急便で、パン屋のおかみさんが
「黒い服は女をきれいに見せる」みたいな言葉が印象に残っています。
by リンさん (2015-10-24 10:49) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
ハロウィンの夜、仮装した魔女の中に、ひとりくらい本物がいるかも(笑)
by リンさん (2015-10-24 10:50) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
魔女の話とか、書いていてすごく楽しいです。
奥様は魔女って、最近も再放送してましたね。
by リンさん (2015-10-24 10:51) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
健康的な魔女さんを想像してくれたんですね。
キュートで可愛いと思います。
by リンさん (2015-10-24 10:54) 

desidesi

最近はハロウィンも普及して、街でパレードしたりしてるようですね。
なかに本物が混ざっている可能性もあると・・・
たしかに〜♪ (๑◔‿◔๑)(笑)
by desidesi (2015-10-24 17:22) 

海野久実

>彼女のために作られたようなドレスだった。
この一言で小説のアイデアが出来ました。
いただきま~す(笑)

それはさておき、この作品もいいですね。
軽妙洒脱。

by 海野久実 (2015-10-25 17:53) 

リンさん

<desidesiさん>
ありがとうございます。
そうですよ。desidesiさんもパレードに参加して、本物の魔女を見つけてください(笑い)
by リンさん (2015-10-28 14:56) 

リンさん

<海野久美さん>
ありがとうございます。
小説のアイデアですか^^楽しみです。
早く読みたい~
by リンさん (2015-10-28 14:58) 

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