コインランドリーの女王

彼女は赤いポルシェでやってくる。
胸元で揺れるきれいな長い髪、体型がそのまま出るようなミニのワンピース。
もちろんプロポーションは抜群だ。
右手にピンクの大きなバッグ。
左手に車のキーをじゃらりと鳴らし、ヒールの音を響かせる。

ここは、町はずれのコインランドリー。客は一人暮らしの男ばかり。
彼女が入ってくると誰もが道を開ける。
「こちらにどうぞ」
と、僕（しもべ）のように空いている機械を案内する者もいる。
「ありがとう」
彼女がサングラスを外して微笑むと、ハートの矢が刺さったようにメロメロになる。

コインランドリーに投げ込まれる色とりどりの下着たち。
それを見ただけで鼻血をだす学生は数知れず、コインを入れる仕草にさえも誰もがときめく。
「どうぞ」
彼女のために椅子を空けると、優雅に微笑み足を組む。
ヘッドフォンで音楽を聴き、時にリズムに合わせて体をくねらせる。
ああ、なんてセクシー。

彼女のランドリーが終わるまで、帰る男はひとりもいない。
とっくに終わっているやつも、スマホゲームに夢中のふりをしながら彼女をチラ見する。
そして彼女がすべてを終えて、魅力的なヒップラインを揺らしながらポルシェに乗り込むのを見届け、僕らは無言でそれぞれのアパートに帰る。
安アパートの電気をつけて、僕らはようやく現実に戻る。

僕らは彼女を、クイーンと呼んだ。
クイーンが来るのは月・水・金の午後8時。いつも時間ピッタリだ。
そしてそれは、金曜の夜だった。
いつものようにクイーンが来て、僕らを翻弄させて出て行った。
僕はその日、原付バイクで来ていたから、興味本位でポルシェを追った。
追いつくはずもないと思ったが、ポルシェは意外とゆっくり走った。
そして古いアパートも前で停まった。
ここがクイーンの家？まさか、こんなボロアパートに住んでいるはずがない。
そう思ったとき、ポルシェのドアが開いて女が出てきた。

「え？」
それは、まったくの別人だった。
よれよれのスエット上下に、無造作に束ねたぼさぼさの髪。サンダル履き。
ポルシェ違いか？いや、たしかにクイーンのポルシェだ。ナンバーも同じだ。
じゃあ、クイーンはどこに行ったんだ。
ぼさぼさの女は、クイーンが持っていたのと同じピンクのバッグを持って、アパートの階段を上がっていく。何が何だかわからない。
次の瞬間、まっ赤なポルシェが突然消えて、古ぼけた軽自動車に変わった。
まるでかぼちゃの馬車みたいだ。魔法が解けたシンデレラ？
僕は、キツネにつままれたように首をひねりながら帰った。

月曜日、クイーンはいつものようにコインランドリーにやってきた。
相変わらず美しくセクシーだ。
僕は、金曜日のことを確かめたくて、ポルシェの鍵を隠した。
クイーンが音楽を聴いているときに、こっそり自分のポケットに入れた。
帰ろうとしたクイーンは、焦って鍵を探した。
「ここに置いた鍵、誰か知らない？」
みんなクイーンのために鍵を探している。時間がどんどん過ぎていく。

5分後、彼女の魔法が解けた。
ぼさぼさの髪、毛玉だらけのスエット。ノーメイクの平凡な顔。
「え？あんた誰？」
取り巻きだった男たちは、見てはいけないものを見てしまったようにうろたえた。
僕がポケットから鍵を出すと、彼女は泣きそうな顔で僕をにらみ、奪うようにつかんで出て行った。
ポルシェは、もちろん軽自動車に変わっていた。
もうここには、おそらく来ないだろう。
「何だアレ？」「普通の女じゃん」「夢でも見てたのか？」
男たちは、事態が飲み込めないまま帰って行った。
僕は、罪悪感と、何とも言えない喪失感を拭いきれなかった。

水曜日の夜、僕の原付バイクが、突然まっ赤なポルシェに変わった。
上質なスーツと整ったさわやかなルックス。
憧れていた男になっている。
今度は僕の番なのか？
おそらく魔法は1時間余りで切れるのだろう。
さてどうしよう。
僕はとりあえずコインランドリーに向かった。
いつもは男ばかりのコインランドリーが、女子大生のたまり場になっていた。
彼女たちは、目をハートにして僕を迎えた。


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コメント 13

1時間ですか＞＜
せめて、3時間ほしい・・・いやもっと・・・・これが人間の欲というものですね（笑）
でも、ほしいかといわれれば、鍵ほしいです♪（おぃ！）
by daylight (2016-02-06 21:03) 

映像化するとなかなか面白い作品になりそうですね。
『世にも奇妙な物語』とかね。

ひとつ、変身してしまうきっかけと言うか、どういう理由で変身するのかを設定した方がいいと思いました。
まあ、なんか適当にでっち上げればいいんですけどね（笑）

by 海野久実 (2016-02-08 11:16) 

これは面白かったです。
海野さんにさからうようですが、変身の理由や理屈はいらないと思います。ＳＦならば変身の科学的根拠を書かなければいけないでしょう。でも、この作品はファンタジーでしょう。大人の童話なんだから、このままでいいと思いますよ。
ところで、クィーンはルパン３世の峰不二子をイメージしましたが。
by 雫石鉄也 (2016-02-08 13:40) 

私も何か気にかかって仕方がなかったのですが
海野さんのコメントみて「そうだ」と思いました。
すっきりしたいと思うのは普通過ぎるのでしょうか。

by dan (2016-02-08 19:45) 

ふむふむ、雫石さん。
僕はどうしても気になりますね。
クイーンと主人公に何が起きたのか。何か共通するものがあるのか。誰にでも起きるのか起きないのか。不思議なことが起きるきっかけは何なのか。
理屈はいりませんが、理由らしいものがほしいですね。
人魚姫が泡になって消えちゃうのにもちゃんと理由がありました。
それがないと足元がなんか落ち着かないんですね。

あ、コメントを書き直してる間にdanさんのコメントが。

by 海野久実 (2016-02-08 19:52) 

最初はハードボイルド調で、
しだいにミステリーになり、
最後はファンタジーで締めくくり。
そんな感じですね。

個人的な意見ですが、
この作品をショートショートとして考えると、
変身の理由はさほど重要ではないと思います。

by カーミン (2016-02-09 12:19) 

＜daylightさん＞
ありがとうございます。
たしかに1時間じゃ短い＾＾
3日ぐらいあれば、あれこれ出来るかもしれませんね。
私だったら、コインランドリーには行かないな（笑）
by リンさん (2016-02-09 17:17) 

＜海野久美さん＞
2つもコメントありがとうございます。
そうですね。
実は私も理由付けを考えました。
鍵についていたキーホルダーが魔法の入り口…とか。
でもうまく纏まらなかったので、どこまでも不思議な感じで終わらせました。
まあ、これはこれでいいのかな…と自分では思っています＾＾
by リンさん (2016-02-09 17:24) 

＜雫石鉄也さん＞
ありがとうございます。
大人の童話。あ、そんな感じです。
秘密を知ってしまった人に、順に伝授していく魔法ですね。
峰不二子。そうです。
やはりセクシー女性の象徴ですね。
by リンさん (2016-02-09 17:27) 

＜danさん＞
ありがとうございます。
そうですか。スッキリしたかったですか。
ごめんなさい。
説明のようになってしまうと面白くなくなるし、ここはあくまでシュールなものにしてみました＾＾
by リンさん (2016-02-09 17:30) 

＜カーミンさん＞
ありがとうございます。
コインランドリーに現れる美女の話が突然浮かんで、恋愛ものを書くつもりがこんなふうになりました（笑）

これでよかったですね。
ありがとうございます。
みなさんの意見がいろいろ聞けて嬉しいです。
by リンさん (2016-02-09 17:34) 

高級レストランやオペラ劇場じゃなくてコインランドリィってのが、いかにも生活臭くて面白いな。ただ普通の若者をうっとりさせるだけで満足するささやかな楽しみ。今の日本じゃそのくらいがせいぜいか。アメリカンドリィムみたいなわけにゃいかねぇんダナ。
by さきしなのてるりん (2016-03-06 15:00) 

＜さぎしなのてるりんさん＞
ありがとうございます。
せっかくなら舞踏会にでも行けばいいのにね。
まあ、１時間ならせいぜいコインランドリーでしょうね（笑）
by リンさん (2016-03-09 22:24)