交換しましょ

今、クラスでは『名刺交換ごっこ』が流行っている。
生徒がそれぞれ作った名刺を交換していく遊びだ。
「ワタクシ、こういうものです」
「これはこれは、ごていねいに」
そんな無邪気なやりとりを見ていると、教師になって本当によかったと思う。
教師２年目で初めての担任。クラスの子供たちはみんな素直で可愛い。

「先生の名刺はないの？」
休み時間に生徒たちに囲まれた。
「先生の名刺欲しいな」
みんなにせがまれて、夜なべをして名刺を作った。
パソコンは使わず、一枚一枚手書きした。
ピンクの厚紙を切って、紫のペンで名前を書く。
『二年二組たんにん　たかなし　ゆみ』
女の子が好きそうなキラキラペンで飾りを付けて、シルバーのデコペンで「ヨロシク」と書き、赤いハートのシールをちりばめた。
３０人の生徒の顔を浮かべながら書いた。

翌日、朝の連絡事項を終えてから、生徒全員に名刺を配った。
「わあ、可愛い」「すげえ」と大好評だった。

職員室に行くと、隣のクラスの桜庭先生に叱られた。いつものことだ。
「高梨先生、ホームルームで何騒いでるの？　私のクラスは読書タイムなのよ。うるさくて集中できないわ。だいたいその服装と髪型は何？　ちょっと派手じゃないかしら。いつまでも学生気分じゃ困るのよ」
いつもの小言。もう聞き飽きた。
悪いけど、桜庭先生より私の方が生徒に人気がある。

そんな自信が揺らぐ出来事が、翌日起きた。
桜庭先生がいつにも増して怒っている。
「高梨先生、私の花壇を荒らしたわね。ちょっと叱ったくらいで何するのよ」
「知りませんよ。花壇なんて荒らしてません」
「じゃあこれは何？　花壇の端に落ちてたわ」
桜庭先生が目の前にかざしたのは、私が作って生徒に配った名刺だった。
どういうことだろう。まさかうちのクラスの生徒が……。

それだけではなかった。他の先生たちからも苦情が殺到した。
「高梨先生、給湯室で茶碗割ったでしょう」
「知りません」
「だってあなたの名刺が落ちていたのよ」
「理科室の標本を倒したのは君か？」
「音楽室のピアノのふたを開けっぱなしにしたわね、高梨先生」
そんな調子で、私は朝から叱られ続けた。何の覚えもない。
まさか生徒たちが悪戯して、それを私のせいにした？　どうして？

帰りのホームルームで、私は生徒たちに語りかけた。
「みんな、昨日先生があげた名刺持ってる？」
しーんとしている。全員が下を向いた。
「この中に、桜庭先生の花壇を荒らしたり、お茶碗を割ったり、理科室の標本を倒したり、ピアノを使ってふたを閉めなかった人はいませんか？　正直に言えば先生は怒りません」
誰も手を上げない。ただ下を向いているだけだ。
まさか全員で私を陥れようとした？　
好かれていると思ったのは、大きな勘違いだったのだろうか。心が折れそうだ。

その時、数人の女生徒がしくしく泣きだした。
つられたのか、生徒全員が泣き出した。
「ちょっと、泣いてもダメよ。悪戯をしたのは誰なの？　クラス全員なの？」
「先生、私たち、悪戯なんかしてません」
クラスでリーダー格の女生徒が手を上げた。
「私たちは、先生の名刺を捨てただけです」
「え？　捨てた？　どうして？」
「先生の名刺、キラキラしてて派手だったから、ママが見たらきっとまた悪口を言うから」
「悪口？」
「高梨先生の服はいつも派手だって」
「うちのママも言ってる。化粧が濃くてキャバ嬢みたいって」
「キャバ嬢？」
「ひらひらしたスカートで、チャラチャラしてるって。教師の自覚がないって」
出てくる、出てくる、私の悪口。
「だから、親に見つからないように、みんなで捨てました。先生ごめんなさい」

ああ、この子たちなりに、私を守ろうとしてくれた。
私より、ずっと大人だ。私は、生徒と一緒になってボロボロ泣いた。

夕暮れの職員室、桜庭先生の机の引き出しをこっそり開けると、やっぱりあった。
束になった私の名刺。私の人気をねたんだ桜庭先生の仕業だったのだ。
また何をされるかわからないから、名刺は返してもらった。

桜庭先生が連絡帳を抱えて戻ってきた。私は微笑んで、名刺を一枚差し出した。
「桜庭先生、名刺交換しましょ」
慌てて引き出しを確認する桜庭先生。教師にふさわしくないのはあなたの方よ。
だけど明日から、もう少し地味にしようと思う。
私の可愛い生徒たちのために。


*******
公募ガイド　ＴＯ－ＢＥ小説工房で、久々の佳作をいただきました。
テーマは『名刺』
主人公を、あえてサラリーマンにしませんでした。
それがよかったのかどうかは…よくわかりません。
今月のテーマは『風鈴』です。そろそろ書かなきゃ＾＾


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コメント 18

リンさんさん　こんばんは
佳作入選、おめでとうございます。
さすが、佳作作品です。心の中がきれいになった気がします。
by SORI (2016-04-15 01:03) 

ＴＯ－ＢＥ小説工房で、
佳作の欄にりんさんのお名前を見て、
「りんさん、頑張ってるなぁ」と思ってしまいました。

入選作も感動したけれど、
この作品もとてもよかったです。

わずか原稿用紙5枚で、
ここまで感動する作品ができるのですね。


by カーミン (2016-04-15 12:13) 

面白かったです。高梨先生、素敵な先生ですね。
若い女性の先生、派手で進歩的、こういう先生は日本の青春文学の、一つの定番なんですね。
ものすごく古いですが、「二十四の瞳」の大石先生、
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/df46e13b1cd9bf205b4dddd46b67944c
「青い山脈」の島崎先生なんかがそうですね。
この作品の高梨先生も、大石先生、島崎先生の伝統をしっかり受け継いでいます。
by 雫石鉄也 (2016-04-15 13:55) 

とっても おもしろかったです ♡
でも、本当にありそうでコワい・・。
学校モノの小説って わりと好きです。

はじめまして。 月に１本ほどショートショートを書き(？)
ＦＣ２ブログに載せている みんもっこす と申します。

「小説と言えばＦＣ２」と勝手に思い込んでいたのですが、
左のカラムを見てびっくり！
SO-Netにも、こんなに素敵なブログ様たちがあったんですね！

まだまだ、勉強不足でした（反省）
また、見に来させて下さいねーヽ(´∀`)ﾉ

by みんもっこす (2016-04-16 12:11) 

佳作おめでとうございやす。
なるほど、テーマが名刺だったのでやすね。
名刺というテーマで小学校が舞台はなかなか発想できないと思いやす。
ちょっと涙ぐんでしまうラストでやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-04-16 12:46) 

佳作おめでとうございます。
小学二年生の名刺交換、想像しただけでかわいいですね。
途中からミステリータッチになり、面白かったです。

私の次点作読んでいただいたようで、ありがとうございます。
気に入っていただき、光栄です。
by 家間歳和 (2016-04-16 15:42) 

主人公のきれいな先生、意地悪な先生、可愛い生徒たち。
役者もそろって、すてきな舞台設定、全体のストーリーや小道具なんかもとてもいいですね。
でも、ちょっと気になるところもあります（僕だけかもしれない (;^_^A）

名刺が落ちていたからと言って、その名刺の人物が犯人だと決めつけるのはちょっと不自然じゃないんでしょうか。
わざわざ自分の仕業だと証拠を残して行く怪盗なんちゃらではないんですからね（笑）
桜庭先生が高梨先生を無実の罪におとしめようとしてやる浅はかな行動としてはあるかもしれないですけど、他の先生までが名刺があったと言うだけで高梨先生が犯人だと決めつけるというのはないと思うんですけどね。
子供たちがみんなで名刺を捨てたと言うのがどういう風に捨てたのか不明ですね。
それを桜庭先生がどうやって見つけたのかも不明だし、その辺をちゃんと書いた方がいいような気がします。
例えば生徒がみんなで相談して学級委員長が名刺を集めて、学校の焼却炉に放り込む。
桜庭先生がそれを見ていたとか。
すてきな作品だけにその辺が気になりました。

by 海野久実 (2016-04-16 17:54) 

佳作おめでとうございます。
名刺イコール大人という固定概念を覆して、一番遠い関係と思われる子供に結びつけたアイデアは、発想が奇抜でさすがだと思いました。
ただ名刺の捨て方や、桜庭先生の机の引き出しにどうして名刺が
あったのか。この辺りがちょっとすっきり理解出来にくかったのが残念です。
海野さんのコメントに同感です。

by dan (2016-04-16 21:06) 

＜SORIさん＞
ありがとうございます。
久しぶりの佳作で嬉しかったです＾＾
by リンさん (2016-04-18 23:33) 

＜カーミンさん＞
ありがとうございます。
最優秀、いい話でしたよね。
５枚で深みのある話を書くのは、本当に難しいですね。

by リンさん (2016-04-18 23:36) 

＜雫石鉄也さん＞
ありがとうございます。
ああ、そうですね。
大石先生が自転車で颯爽と走るところが印象に残っています。
私が見たのは映画じゃなくてドラマですけど。
by リンさん (2016-04-18 23:42) 

＜みんもっこすさん＞
コメントありがとうございます。
嬉しいです。
みんもっこすさんのお名前は、ブログ村で知っておりました。
ＦＣ２の方へも、お邪魔しますね＾＾
by リンさん (2016-04-18 23:46) 

＜ぼんぼちぼちぼちさん＞
ありがとうございます。
サラリーマンの話を書く人が多いと思ったので、あえて女性の先生を主人公にしてみました。
これでよかったのだと、嬉しくなりました。
by リンさん (2016-04-18 23:50) 

＜家間歳和さん＞
ありがとうございます。
可愛い小学校の中に、ちょっとドロドロを入れてみました。
一度でいいから、最優秀取りたいですね。

by リンさん (2016-04-18 23:53) 

＜海野久実さん＞
ありがとうございます。
なるほど。言われてみればそうですね。
子供たちが名刺をどんなふうに捨てたかは、本当は書きたいところでした。
なにぶん５枚という制限があるので、そこが難しいところです。
５枚に似合った話を書くべきなんでしょうけど、うーん、難しい＾＾；
by リンさん (2016-04-18 23:56) 

＜danさん＞
ありがとうございます。
手作りの名刺もアリかな、という発想から舞台を小学校にしました。
子供たちが名刺を捨てたところを詳しく書きたかったのですが、やはり枚数制限で難しかったです。
７枚だったら書けたかな。
なんていうのは言い訳で、力不足でした。
次回は頑張ります＾＾
by リンさん (2016-04-19 00:00) 

名刺を捨てたところの表現がやっぱりほしいなぁ。そこが物足りなかった。りんさんも分かってて歯がゆかったんだね。
by さきしなのてるりん (2016-04-27 12:59) 

＜さぎしなのてるりんさん＞
ありがとうございます。
そうなんですよぉ～
原稿用紙５枚にまとめるのって、なかなか難しいんですよね。
でも、佳作がいただけてよかったです。
by リンさん (2016-04-27 15:44)