ラムネの町
お盆休みに、なっちゃんが帰ってきた。
少しだけ、都会の匂いがした。
なっちゃんは、地元の小学校で教育実習をしていた。
だけど先生にはならずに、東京の会社に就職して町を出て行った。
子どもたちにすごく人気があった。
今日だって、なっちゃんの帰省を聞きつけた子どもたちが遊びにきている。
「なっちゃん先生、スカイツリー行った?」
「アキハバラ行った?」
「芸能人に会った?」
しつこいほどの子どもたちの質問に笑顔で答えるなっちゃんは、東京に行っても全然変わらない。
「さあみんな、もう帰りなさい。おうちの人が心配するわ」
ひとりひとりに手を振って、なっちゃんは台所へ向かった。
冷蔵庫から、よく冷えたラムネを2本取り出して袋に入れる。
「お母さん、お墓行ってくる」
「はいよ」
なっちゃんのお母さんは、少し切なそうに振り向いた。
午後5時を回っているのに日差しは容赦なく、うるさいくらいに蝉が鳴いている。
なっちゃんは蚊を払いながら石段を登って、お墓の前に立った。
「お花がいっぱい。おうちの人が迎えに来て、きっともう帰っちゃったね」
なっちゃんがつぶやいた。
「君がいないと寂しいわ。君がいない町はつまらない」
墓石に向かって、なっちゃんが泣きそうな声を出した。
いるよ。
なっちゃん、僕はここにいるよ。
なっちゃんは、持ってきたラムネを一本墓に供えた。
そしてもう一本を器用に開けて一口飲んだ。
「夏になると一緒にラムネを飲んだね。縁側に並んで座って。君はビー玉を取り出すのが天才的に上手かったわ」
なっちゃんと僕は幼なじみ。
友達になって、恋人になって、飽きるほど一緒にいた。
そう。僕が事故で死ぬまでずっと。
なっちゃんは、僕がいないこの町で暮らすのがつらかったんだね。
だから東京に行ったんだ。
だけどね、なっちゃんは絶対ステキな先生になると思うんだ。
だからさ、いつかきっと帰っておいで。
この町は、たぶんずっと変わらないから。
なっちゃんが飲み終わったラムネの瓶が、カランと鳴った。
ビー玉を覗く横顔を、夕焼けが赤く照らす。
瓶からビー玉を取り出すコツを、教えてあげればよかったね。
バイバイなっちゃん。
来年のお盆にまた会おう。
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少しだけ、都会の匂いがした。
なっちゃんは、地元の小学校で教育実習をしていた。
だけど先生にはならずに、東京の会社に就職して町を出て行った。
子どもたちにすごく人気があった。
今日だって、なっちゃんの帰省を聞きつけた子どもたちが遊びにきている。
「なっちゃん先生、スカイツリー行った?」
「アキハバラ行った?」
「芸能人に会った?」
しつこいほどの子どもたちの質問に笑顔で答えるなっちゃんは、東京に行っても全然変わらない。
「さあみんな、もう帰りなさい。おうちの人が心配するわ」
ひとりひとりに手を振って、なっちゃんは台所へ向かった。
冷蔵庫から、よく冷えたラムネを2本取り出して袋に入れる。
「お母さん、お墓行ってくる」
「はいよ」
なっちゃんのお母さんは、少し切なそうに振り向いた。
午後5時を回っているのに日差しは容赦なく、うるさいくらいに蝉が鳴いている。
なっちゃんは蚊を払いながら石段を登って、お墓の前に立った。
「お花がいっぱい。おうちの人が迎えに来て、きっともう帰っちゃったね」
なっちゃんがつぶやいた。
「君がいないと寂しいわ。君がいない町はつまらない」
墓石に向かって、なっちゃんが泣きそうな声を出した。
いるよ。
なっちゃん、僕はここにいるよ。
なっちゃんは、持ってきたラムネを一本墓に供えた。
そしてもう一本を器用に開けて一口飲んだ。
「夏になると一緒にラムネを飲んだね。縁側に並んで座って。君はビー玉を取り出すのが天才的に上手かったわ」
なっちゃんと僕は幼なじみ。
友達になって、恋人になって、飽きるほど一緒にいた。
そう。僕が事故で死ぬまでずっと。
なっちゃんは、僕がいないこの町で暮らすのがつらかったんだね。
だから東京に行ったんだ。
だけどね、なっちゃんは絶対ステキな先生になると思うんだ。
だからさ、いつかきっと帰っておいで。
この町は、たぶんずっと変わらないから。
なっちゃんが飲み終わったラムネの瓶が、カランと鳴った。
ビー玉を覗く横顔を、夕焼けが赤く照らす。
瓶からビー玉を取り出すコツを、教えてあげればよかったね。
バイバイなっちゃん。
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2016-08-12 22:55
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コメント(12)
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そうかー
語り手は死んでしまった恋人だったんですね。
>いるよ。
>なっちゃん、僕はここにいるよ。
の所で、少し、ゾクッ。
恐怖のではなく、感動のね。
なっちゃんと言う名前もいいですね。
>なっちゃん菜の花鬼の嫁 負けて悔しい花いちもんめ
なんて思いだしてますます懐かしくなります。
タイトルもいいですね。
僕ならラムネのびんを通して見る街の情景描写をどこかにいれたかもしれません。
by 海野久実 (2016-08-13 10:35)
お盆時期ならではのお話でやすね。
ちなみにあっしは無宗教者なので、お盆は関係ないでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-08-13 11:39)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
>なっちゃん菜の花鬼の嫁 負けて悔しい花いちもんめ
え??知らない。地域によって違うのかな。
私が知ってる花いちもんめに、なっちゃんは出てきません。
>ラムネのびんを通して見る街の情景描写
いいですね。
そういうのを入れたら切なさが増しますね。
by リンさん (2016-08-14 10:20)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
うちでは夫の父親のお墓に毎年行きます。
行事のようになってますね^^
by リンさん (2016-08-14 10:23)
リンさんさん こんにちは
ゆっくりと流れていく、暑い夏。つらい思い出も、今はほろ苦い思い出になっているのでしょう。
不思議と読んでいて心地よく感じられます。
by SORI (2016-08-14 12:21)
タイトルとお盆帰省という冒頭で
もしかして、もしかして…とドキドキ
しながら読みました。
うっ、やっぱり切ない真実でした。
彼がいつまでも彼女の幸せを願ってる
優しさが余計にじーんとさせら
れます(TT)
by まるこ (2016-08-14 16:49)
哀しくて切ないですね。
私は若いい人が亡くなることはなかなか受け入れられ
ないので....小説なのにね。
でもお盆だからいいのかなあ。
by dan (2016-08-15 14:03)
続きを考えてみました。
1年たった。
今年もくるかな、なっちゃん。
来ません。お盆も終わり、風の中に秋がかすかに感じるようになった。
なっちゃんは、とうとう来なかった。
どうしたのかな。
>ここで二つに分かれます。
A
「挙式は10月がいいな」
「そうね。ラムネ飲まない」
「うん」
なっちゃんはラムネを2本買ってきました。
「はい」
「なっちゃんはラムネ好きなんだな」
「うん」
なっちゃんは、ラムネの瓶を口にしながら、小さくつぶやいた。
「ごめんね。お盆に行けなくて。あたし、幸せになるから」
B
お盆だ。そろそろなっちゃんが来るころだ。
おかしいな。どうしたんだろう。
ポンと肩をたたかれた。
ふりむくと、ラムネを2本持ったなっちゃんが立っている。
「えへへ。来ちゃった」
なっちゃんはラムネを1本てわたしてくれた。
「これで、あたしとキミはずっとおない年だよ。あたしだけ年とるのんイヤだもん」
A案B案どっちがいいですか?
だれかC案を考えてみませんか。
海野さんいかが?
by 雫石鉄也 (2016-08-16 14:02)
<SORIさん>
ありがとうございます。
つらいことは時間が解決するしかないのでしょうね。
そして懐かしい思い出に変わればいいと思います。
by リンさん (2016-08-16 20:46)
<まるこさん>
ありがとうございます。
本当は生きている二人のラブストーリーを書く予定でしたが、こうなったのはやっぱりお盆のせい?
切ないですね。
by リンさん (2016-08-16 20:48)
<danさん>
ありがとうございます。
あまり悲しい話は書かないようにしていますが、お盆に因んだ話だと、ちょっと切なくなってしまいました。
by リンさん (2016-08-16 20:50)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
続きを考えてくださったんですね。感激!
やっぱりAがいいですね。
なっちゃんには幸せになってほしいですからね。
でもBの、悲しい結末なのにやけにカラっとした感じも面白いですね。
あとはC案を待ちましょう(笑)
by リンさん (2016-08-16 20:59)