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授かりました [公募]

半年間の海外赴任から帰った日、妻の沙織が神妙な顔で言った。
「子どもを授かりました。九週目に入ったところです。つまり、妊娠三ケ月です」
「えっ? いや、僕は半年前に海外赴任になって、その間一度も家に帰っていないじゃないか。いったい誰の子だ」
面食らって慌てふためく僕を尻目に、沙織は至って冷静だ。
「神様から授かった子どもよ」
「はあ?」

沙織には、幼少期からずっと信じている神様がいる。
南の島に昔から伝わる由緒ある神で、沙織の祖母がその島の出身だったから当然のように信じ、毎朝祈りを捧げている。
新婚だったにも関わらず海外赴任についてこなかったのも、神への祈りが疎かになることを恐れたからだ。

時差ボケもあって頭の整理がつかないまま、僕は同僚二人と酒を飲んだ。
「なんだ、そりゃ」
鈴木は腹を抱えて笑った。
「そりゃ、間違いなく奥さんが浮気してできた子だろう。聖母マリアじゃあるまいし、すげー言い訳だな」
「でもさ、とても嘘をついているように思えないんだ。後ろめたい気持ちが、まるで感じられないし、神様に祈るときみたいに穏やかな顔で腹を擦っているし」
ずっと黙って聞いていた山下が、腕組みをしながら「そういう話、聞いたことがある」と静かに言った。
「知り合いに、小さな島の出身者がいるんだけど、住民がすべて島を離れて、今は無人島になっているんだ。その島に祀られていた神様は、島の記憶を残すために、神を信じ続ける人に命を授けるそうだよ」
そういえば、沙織が信じる神が祀られた島も、今はもう無人島になっている。
「奥さんとよく話し合ってみろよ。神様のことも、ちゃんと理解した方がいいな」
山下は、いつも的確な答えをくれる。
その横で赤い顔をした鈴木が「ありえねえだろ」と、相変わらず笑っていた。

翌日、僕は沙織と向き合った。
沙織は、壊してはいけない宝物を預かったように、優しくお腹を撫でていた。
「つまりその子は、神様ということかな?」
「そうじゃないわ。神様が授けてくれた、私とあなたの子よ」
「将来は教祖様になるとか、そういうことじゃないの?」
「宗教団体じゃないのよ。私たちの神様は、私たちの心の中にいるの」
「僕は、その神の子と、どう接すればいい?」
「父親として普通に接するのよ。もしかしたら、あなたに似ていないかもしれない。だけど神様があなたと私を信じて授けてくださったのよ。ねえ、一緒に育てましょう」

完全に理解したわけではないけれど、僕は沙織を信じることにした。
沙織に男の影などまるでない。
かいがいしく家事をこなし、夕飯は僕の好きなおかずを並べてくれた。
休日はゆっくり散歩をして、胎教にいい音楽を聴いて過ごした。
お腹が大きくなると、不思議なことに父親としての自覚が芽生え、無事に生まれることだけを願った。

「奥さん、そろそろ臨月か」
そう言いながら、山下がビールを注いだ。
「いいのか? 他の男の子供かもしれないぜ」
鈴木は未だに疑っている。
「生まれたら見に来いよ」
僕の心は穏やかだ。沙織は今まで以上に熱心な祈りを捧げるようになった。
「子供と、あなたの分も祈っているのよ」
菩薩のように優しい顔だ。僕はお腹の子供に話しかける。「お父さんだよ」

しばらくして、沙織は女の子を産んだ。沙織にそっくりな可愛い子だ。
「島の記憶を持って生まれたのかな」
「島の記憶? なにそれ?」
「前に同僚の山下が言っていたんだ。今は誰も住んでいない島の記憶を残すために、神様が信者に命を授けるって話」
「そうか。そういうことなのね」
沙織が愛おしそうに赤ん坊の頬を撫でた。

***
数日後、ひとりの男が沙織の病室を訪ねた。
「あら、山下さん、仕事中じゃないの?」
「抜けてきたんだ。土日に来るわけにいかないだろう。それよりおめでとう。可愛い女の子だね。俺に似なくてよかった」
「ええ、ちょっとドキドキしてたわ」
「しかし君も嘘がうまいな」
「あなたこそ。山下さんのおかげで、あの人すっかり信じたわ」
「罰が当たるかな、俺たち」
「大丈夫よ。私、毎日拝んでいるもの」

*******

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「神」でした。難しいテーマです。
今月の課題は「桜」
きれいな話を書きたいけど、まだ手付かずです。
いいご報告が出来るように頑張ります^^


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まるこ

リンさん、こんにちは。
いろいろ大変だったと思いますが、またリンさんの小説が
読めて嬉しいです。

小説、面白かったです。
小ズルイ男女のアクが効いたブラックさが(笑)
しかし“神様”を利用するなんて。
しかも“毎日拝んでる”と開き直ってる!(笑)
一番気の毒なのはこれから自分の子だと信じて
育てていくダンナ様かしら・・・^^;
by まるこ (2017-01-17 14:31) 

海野久実

よく出来たお話でした。
でもまあ、なんか危うさを感じてしまいますね。
主人がちょっとでも疑いを持つとすぐにバレそうな。
DNA鑑定なんて言うのもありますからね。
たまたま、今読んでいる今邑彩の「つきまとわれて」を思い出しました。
ここに探偵役の人物がいればね。

他の人の応募作もみんな読んでみましたが、りんさんの作品は勝るとも劣らずという感じでした。

by 海野久実 (2017-01-18 09:21) 

雫石鉄也

どうオトすのか興味深く読みました。なるほど、そうきましたか。
しかし、オトコが山下じゃあまりにストレートでしたね。
ここはひとひねりして、山下がいかにもあやしいと思わせておいて、間男が鈴木だったとか、山下でいくなら、あやしいと思わせておいて、やっぱり山下とか。はたまた第3の男にするとか。それに沙織にミスディレクションをほどこす必要があるのではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2017-01-19 14:01) 

hitoyasumi-hiro

復帰ありがとうございます!
いつもながら滑らかな文章で楽しく読めました。
「島の記憶? なにそれ?」ととぼけたうえで、だんなから説明させてやっと納得──という筋立てがミソですね。
偉そうに言うと、雫石さんの指摘通り、結末が予想通りだったのが少し弱いのかも……。
最後、気づかれなくてよかったという山下に対して、沙織がぽかんとして「何言ってるの。神様の子なのよ」と、あぶない感じでニヤリ──なんてのはどうでしょうか。だめか(^_^;)

最近amebaでブログを作ったんですが、「ひと休み」が使用済みだったので hitoyasumi-hiro にしました。統一しますね。
by hitoyasumi-hiro (2017-01-19 21:24) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
山下さんの子だったのですね。予想外のことで楽しく読ませていただきました。
by SORI (2017-01-20 08:05) 

dan

みなさんのコメント読みながらみんな納得しています。
ただ不思議なのは僕も鈴木も山下もいい人過ぎて、世の中
そんなに単純じゃないですよ。と言いたくなりました。
沙織と山下さんにはきっと神様から罰が下ります。
でも何か魅かれるものを感じるから不思議です。

また元気を出していい作品書いてくださいね。
by dan (2017-01-20 11:33) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
休日は実家の方に行くことが多いので、なかなか更新できませんが今後ともよろしくお願いします。

ダンナさん、気の毒だけど、知らない方が幸せってこともあるし^^
by リンさん (2017-01-20 18:01) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
神の子と言い張れば、DNAも怖くない?
だけど子供が成長したら、ちょっとした仕草などで、ばれてしまう可能性もありますね。
本当に危ういです。

海野さん、もうすぐ退院ですね!

by リンさん (2017-01-20 18:07) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
なるほど、ストレート過ぎましたか。
渡辺淳一の「酔いどれ天使」という短編を、ずいぶん前に読んだのですが、書き終わってからちょっと似てるなと思いました。
その話は、奥さんの浮気が最後の最後でわかるんですが、これはちょっとバレバレでしたかね^^
「大丈夫よ。私、毎日拝んでいるもの」
というセリフを、最後にどうしても入れたかったのです。

by リンさん (2017-01-20 18:15) 

リンさん

<hitoyasumi-hiro さん>
ありがとうございます。
結末が今一つでしたか。難しいですね。
>あぶない感じでニヤリ…なるほど、山下をも手玉に取る。沙織は怖い女ですね^^

ブログ始めたんですね。
さっそくリンク貼らせていただきました。
あとで伺いますね。
by リンさん (2017-01-20 18:33) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
神様のせいにするなんて、怖い奥さんですね。
知らぬが仏といいますけど、神も仏も怒りますね、きっと。
by リンさん (2017-01-20 18:35) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
いちばん人がいいのは、このダンナさんでしょうね。
でも、この奥さんも不倫相手の子供と知りながら、何とか産んで育てる方法を考えています。
どうしても小さな命を奪いたくなかったのでしょう。
そう考えれば、神様を利用するのも一理あります。
まあ、いつかきっと何らかの罰は与えられるかもしれませんね。
by リンさん (2017-01-20 18:41) 

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