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娘の結婚

娘のアユから、「結婚する」と報告があった。
「お母さんにも出席してほしいの」
アユはそう言って招待状をテーブルに置いた。

5年前、アユが20歳になるのを待って離婚した。
思えばずっと前から、そうすることを私は望んでいた。
男社会の中で働くのは大変で、家族に縛られる時間が苦痛だった。
独身の同期が上に行くのが妬ましかった。

「出席できないわよ。自分の我儘で離婚したのに、お父さんやご親戚に合わす顔がないわ」
「そんなこと言わないで。お母さんは、あたしのお母さんなんだから」
アユに説得されて、私は出席を決めた。嬉しい反面、正直気が重かった。

結婚式当日、まさか留袖を着るわけにもいかず、母の形見の友禅の着物で出かけた。
それなりの物を着て行かないと、もしかしたら花束贈呈があるかもしれない。
受付を済ませ、親族の部屋に案内されて入ると、いきなり厳しい洗礼を受けた。
「あなた、何しに来たの?」
「親族のつもりか? 図々しい」
「相変わらず派手な着物ね。自分が主役のつもりかしら」
見ると、元夫の横に、一回りほど若い女性が寄り添っている。
「うそ、前の奥さん? ちょっと、聞いてないんだけど」
元夫は、迷惑そうに私をドアの外へ追い出した。
「再婚したんだよ。今は彼女がアユの母親だ。君を招待したのは聞いていたけど、はっきり言って親族ではない。ここに来るのはおかしいだろう」
「ごめんなさい。知らなかったの」
私はホテルのラウンジで、披露宴までの時間をつぶした。

言われてみればその通りだ。何を期待したのだろう。
友禅の着物が、商談のサラリーマンたちの中で浮いていた。
アユは、どうして夫の再婚を教えてくれなかったのだろう。
まさか、わざと? これが、5年前に家族を捨てた私への復讐?
モヤモヤした気持ちのまま、披露宴の時間になった。

私の席は、親戚とは離れた、アユの仕事関係のテーブルだった。
変な気を使わずに済むのは助かった。アユの配慮かもしれないと思うことした。
アユのドレス姿は美しく、優しそうな新郎との仲睦まじい姿も見られた。
キャンドルサービスで近くに来たときは、思わず泣きそうになった。
やっぱり来てよかった。
たとえこれが、アユの私に対する復讐だとしても。

アユと10歳くらいしか違わない若い母親が、花束を受け取った。
おそらくアユと1年ほどしか一緒に暮らしていない彼女は、泣くこともなくあっさり花束を受け取った。
私は、味気ない拍手を送りながら、この状況を甘んじて受け入れた。

披露宴が終わると、祝福の輪を抜けて、私は足早に会場を後にした。
おめでとうの言葉をかけることも、許してもらえない気がした。
あえて明日の仕事のスケジュールなどを考えながら回転ドアを開けて外へ出た。

「すみません」と背後から声がして、振り向くとウエディングプランナーらしき女性が立っていた。
「これ、アユさんからです」
彼女はそう言って、さっきまでアユが持っていたブーケを差し出した。
「お母様に、受け取ってほしいそうです」
「私が、もらってもいいの?」
それは、私が好きなピンクのガーベラの花束だった。
戸惑いながら受け取ると、中に小さなカードが入っていた。
『お母さん、仕事が恋人なんて言ってないで、再婚したら』
次の花嫁になれってこと? 何言ってるのよ。
ブーケを握りしめて、思わず泣いた。


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SORI

リンさんさん おはようございます。
お母さんのことを大切に思ってくれていたのですね。
心が温かくなる物語でした。
by SORI (2017-08-27 11:23) 

dan

どんな理由があっても母子の絆とはこういうものです。
と、私は信じます。胸がじーん。涙がじわり。いい話です。
by dan (2017-08-27 16:16) 

雫石鉄也

うん。いいですね。
小津安二郎の映画みたいです。小津映画は、お父さんを笠智衆がやって娘を原節子が演じるわけですが。それの母バージョンといったところでしょうか。
こういう映画があるかも。


ピンクのガーベラ(1950年版)

監督 小津安次郎
 
母 淡島千景
娘 香川京子
父 佐分利信
継母 原節子

ピンクのガーベラ(2017年版)

監督 山田洋次

母 小泉今日子
娘 蒼井優
父 小日向文世
継母 竹内結子

こういう、架空の映画を考えるのは楽しいですね。
by 雫石鉄也 (2017-08-28 14:18) 

ひと休み

人生いろいろあって、悩んで、でも前を向いて生きて……
単純な「いい話」で済まさず、でも最後はきっちりいい話でまとめる力量に今さらながら感服です。
ただ欲を言えば、ラストの1行は直球すぎる?
りんさんなら、もう少し違ったしめ方ができるのでは……と思いました。(自分では思いつかないですが)
by ひと休み (2017-08-29 00:14) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
そうですね。娘は成長すると母親と友達になりますからね。
by リンさん (2017-08-30 16:23) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
いろんな葛藤があったとは思いますが、娘も社会に出て、母の気持ちがわかったのかもしれませんね。
by リンさん (2017-08-30 16:26) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
こんな風に配役まで考えてくださって、すごく嬉しいです。
平成版にリメイクされるんですね。
キョンキョンか^^いい配役です。

by リンさん (2017-08-30 16:35) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
最後の一行、たしかにありきたりでしたね。
泣くより笑った方がよかったかな。
なかなか思いつかないものですね。


by リンさん (2017-08-30 16:41) 

まるこ

リンさん、こんにちは。
じんわりと温かいラストに思わず涙腺が。。。
離婚した理由も、アユさんが結婚する年代になって、
母親の気持ちも理解出来てきたんだと思う。
アユさんのお母さんは、離れていても、たった一人なんですね。
お母さんにも、幸せになって欲しいです。
by まるこ (2017-08-31 10:57) 

浅葱

なんか、自分の状況とは違いますが
辛いです。こんなんだと。
でも泣いちゃいます。
by 浅葱 (2017-09-02 22:01) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
本当は、お母さんに花束贈呈をしたかったんだろうと思います。
それが出来なかったから、ブーケを渡した。
お互いに幸せになれるといいですね。
by リンさん (2017-09-03 16:57) 

リンさん

<浅葱さん>
ありがとうございます。
離婚した友達がいるんですけど、息子の結婚式を、こっそり見に行ったそうです。
何だか切ないですね。実の親なのに。
by リンさん (2017-09-03 16:59) 

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