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ふたつの指輪 [公募]

仕事を終えてアパートに帰ると、薄汚れた郵便受けに白い封筒が入っていた。
間違えて迷い込んだのかと思うほど不似合な封書は、もう15年も会っていない姪の結婚式を知らせる招待状だった。

『叔父さんの居場所を探すのに手間取って、急な知らせになってしまいました。席は用意してあります。ぜひ出席して下さい。父も母も待っています 彩夏』

結婚式は週末だった。髪を二つに結んだあどけない彩夏の顔が浮かんだ。
あの子が結婚する年齢になったのか。
こうして居場所を探してまで招待状をくれたことは、心の底から嬉しい。
だけどいったいどんな顔をして会えばいいのだ。そんな資格は、俺にはない。

15年前、仕事が上手くいかなくてギャンブルに走った。
そのとき背負った借金は、親父が肩代わりしてくれたが、その代わりに家を追い出された。
行き場をなくて兄のところに転がり込み、少しの間世話になった。
兄夫婦は文句も言わず優しく受け入れてくれたのに、俺は彼らを裏切った。

ギャンブルがやめられなくて、義姉の指輪を勝手に持ち出し、質屋で金を借りた。
倍にして返すつもりだったと言ったところで、そこには何の信憑性もない。
兄は烈火のごとく怒り、義姉は信じられないと泣いた。
「他人にだけは迷惑をかけるな」と、封筒に入った金を押し付けるように渡され、家を追い出された。
何も知らない小さな彩夏に「おじちゃん、行っちゃうの?」と、きれいな目で見つめられ、何ともいたたまれない気持ちになったのを今も鮮明に憶えている。

ため息混じりに招待状を見つめていたら玄関のドアが開いて、「ただいま」と裕美が帰ってきた。
裕美は近所のスナックで知り合った女で、2年前から一緒に暮らしている。
「あれ、今日は仕事休みか?」
「うん、ちょっと病院に」
「大丈夫か? 風邪か?」
「それより何、その手紙。結婚式の招待状?」
「ああ、姪っ子のね。兄貴の娘だ」
裕美が封筒を眺めて、細い指で俺と同じ苗字をたどる。
「行くんでしょう?」
「いや、今更どの面さげて会えばいいんだよ。俺は一生許されないことをしたんだ」

最低だった昔のことは、包み隠さず話してきた。「私もそれほどきれいな人生じゃないから」と、裕美は小さく笑ってくれた。
「可愛かったんでしょう。彩夏ちゃん」
「ああ、不思議と俺に懐いてたな」
「子供はね、どうしようもないダメな大人が好きなものよ。行って祝福してあげなさいよ」
「いいよ。金もないし。祝い金も渡せないんじゃカッコ悪いだろ」
ギャンブルもやめたし借金はないけれど、小さな工場の安月給で余裕などない。
ふたりで働いてもギリギリの生活だ。

裕美が「ちょっと待ってて」とタンスの抽斗から指輪を取り出してきた。
「これを質屋に持って行って、お金を借りたらいいわ」
「いや、おまえこれは母親の形見だろう?」
「そうよ。大切なものよ。だから売るんじゃなくて預けるの。お給料日に返してくれればいいわ。今月は夜勤が多かったから、少し多くもらえるでしょ」
白い封筒の横に置かれた指輪は、俺を責めるように輝いている。
昔の弱い自分を思い出して苦しくなる。
「やっぱりいいよ。彩夏には祝電でも送るよ」
「ダメよ。行きなさい」
10歳も年下の裕美が、母親みたいな顔で俺を見た。

「あなたはもう、昔のあなたじゃないでしょう。質屋でお金を借りても、それをきちんと返せる人でしょう。この指輪を、期日までに私のところに戻してよ。それが出来る人だということを証明してよ。私と、お腹の子供に」
「子供?」
「さっき言ったでしょう。今日病院に行ったの。あなたは、父親になるのよ」
裕美の目から、涙がこぼれた。そうか。こんな俺が、父親になるのか。
「ほら、さっさと行きなさい」
裕美が指輪を、俺の手のひらに乗せた。
15年前、義姉の指輪に手を付けたときはまるで感じなかった重みが、ずっしりと伝わってきた。
「ありがとう。ちょっと借りるよ」
俺は、この重みを一生忘れないと誓って立ち上がった。
帰りに小さな花束でも買って帰ろうかと、柄にもなく思った。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「質屋」
難しくて、最初から諦めムードでした。イマイチの出来でした。
今月は「夢」です。簡単なようで難しいテーマですね。

公募ガイド、7日に発売でしたが、届いたのは今日です(11日)
日曜祭日が入ると必ず遅れます。これはたぶん、配送する側の問題かもしれませんね。


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まるこ

リンさん、こんばんは。
何も知らずこのお話を読んだら、テーマは「指輪」かなと。。。
それくらい指輪に印象が残るお話でした。
公募の結果より、私はじんわりと温かく締め括ってあるこの
お話、好き。
姪っ子さんの最高に喜ぶ顔が目に浮かぶます^^
by まるこ (2017-10-10 22:30) 

dan

テーマの質屋が見えません。
ちょっと眼鏡をずらして薄暗い店のカウンターに座っている
おじさん....。ちょっと古いかな。行ったことないし。
「指輪」がテーマならいい線いったのではと思いました。
次頑張って下さい。
by dan (2017-10-11 16:58) 

SORI

リンさんさん こんばんは
あれだけのめり込んだギャンブルから離れて、やっと静かな生活が出来るようになったのですね。静かな流れの物語は好きです。
by SORI (2017-10-12 00:50) 

雫石鉄也

良かったです。ほろりとさせられる人情話に仕上がってました。
このときの課題は「質屋」でしたね。
モノを預けてお金を借りるという、質屋の機能を生かした、課題にも沿った作品となってました。この作品の場合、指輪は小道具です。で、質屋という機能を借りて、主人公の再生を表現しているわけです。なかなかのテクニックですね。見事です。
by 雫石鉄也 (2017-10-12 15:18) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
まるこさんに気に入っていただけてよかった。
姪っ子にとっては優しい叔父さんだったのでしょうね。
by リンさん (2017-10-15 11:24) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
質屋というテーマを見たとき、「書けない」と思いました。
さっぱりイメージがわかなくて。
質屋=指輪という結論に至りました。
難しいですね。
by リンさん (2017-10-15 11:31) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
だれでもきっかけがあれば立ち直れるものですね。
彼の場合は、姪っ子のきれいな目がきっかけだったかもしれません。
by リンさん (2017-10-15 11:37) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
質屋という古めかしい課題に、本当に戸惑いました。
物を預けて期日までにお金と引き換え。
預けるのは、大切なものほどストーリーが作りやすいと思いました。
落選でしたが、雫石さんに褒めていただけてよかったです。
by リンさん (2017-10-15 11:40) 

ひと休み

とてもいい話ですね。
質屋の二つの機能(中古品を売る/預けてお金を借りる)をうまく対比させていると思いました。
質屋の店頭の場面がちらりとあれば、「課題に沿ってる感」がもっと高まったのかもしれませんが。
りんさんが本気を出した文章は、ショートショートというより短編小説的ですね。
大きな文学賞とか行けるんじゃないでしょうか。
by ひと休み (2017-10-15 12:57) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
いやあ~、質屋の課題、本当に悩みました。
難しかったですね。
文学賞への道は厳しいです^^;
by リンさん (2017-10-20 18:58) 

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