歳末たすけあい
救急車のサイレンが、隣の家の前で止まった。
「いやだ…おじいさんに何かあったのかしら」
ママは夕飯の仕度を取りやめて、慌てて外に出た。
ゲームをやっていたボクと弟も、ママのあとについて外に出た。
隣には、ひとり暮らしのおじいさんが住んでいる。
「お年寄りだから、何かと気にかけてあげましょうね」
とママはいつも言っている。
救急隊員が、おじいさんを担架に乗せて運び出した。
「いったいどうしたんです?」
「ぎっくり腰ですよ」
「ぎっくり腰?な~んだ、ぎっくり腰か。ああ、よかった」
すると担架に乗ったおじいさんがしかめっ面をした。
「何がよかったんだ。ふざけるな」
「あら、命に関わることだったら大変だったでしょう」
「わしが死のうが生きようが、あんたには関係ない」
「そんなことないわ。私は東京の娘さんからも、父をよろしくって頼まれているのよ」
「余計なお世話だ。娘に言うなよ。ぎっくり腰ごときで大袈裟に騒がれたらかなわん」
「はいはい」
おじいさんは、いつもこんな調子だ。
ママは、どんな嫌味を言われても、「はいはい」と返している。
「ぎっくり腰ごときで、救急車呼んだくせにね」
とボクが耳打ちすると、ママは小さく吹き出した。
「閉めますよ」と救急隊員が言ったときだった。
おじいさんが、いきなりガバッと起き上がったのだ。
「あれ?起きられるんですか?」
みんながあっけにとられていると、おじいさんは立ち上がり、
「大変だ!あんたの家が燃えてる!」と叫んだ。
振り返ると、ボクの家の台所から火が見えた。
「いやだ!火をかけっぱなしだったわ」
おろおろするママを押しのけて、おじいさんは「消防車だ!あ、いや、消火器だ!」と叫び駆け出した。
結局おじいさんと救急隊員、それと駆けつけた近所の人たちが火を消してくれた。火事は大したことなく治まった。ママは、ぺこぺこ頭を下げて、みんなに謝っていた。
「奥さん、ホントに気をつけてくださいよ」
「はい、すみません」
「ところで、ぎっくり腰はどうしました?」
救急隊員が聞くと、おじいさんは腰をさすりながら言った。
「治ってる…。こんな世話のかかるお隣さんがいたんじゃ、うっかり病気にもなれんという事だ」
救急車は帰り、おじいさんとボクたちだけ残された。
冷たい風に身を縮めながら、ママが言った。
「おじいさん、主人もじきに帰ってくるから、一緒に晩ご飯食べましょうよ」
おじいさんは、相変わらずしかめっ面をしている。
ママに背中をつつかれて、ボクたちも
「おじいちゃん、一緒に食べよう」と言った。
おじいさんは、苦笑いを浮かべながら「仕方ない。そこまで言うなら一緒に食べてやろう」と言った。
「じゃあご馳走を作るわね。ところでおじいさん、お台所を貸していただけるかしら」
「まったく世話の焼けるお隣さんだ。まずいものを食わせたら承知せんぞ」
おじいさんの呆れ顔に、ママは「はいはい」と笑っていた。
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「いやだ…おじいさんに何かあったのかしら」
ママは夕飯の仕度を取りやめて、慌てて外に出た。
ゲームをやっていたボクと弟も、ママのあとについて外に出た。
隣には、ひとり暮らしのおじいさんが住んでいる。
「お年寄りだから、何かと気にかけてあげましょうね」
とママはいつも言っている。
救急隊員が、おじいさんを担架に乗せて運び出した。
「いったいどうしたんです?」
「ぎっくり腰ですよ」
「ぎっくり腰?な~んだ、ぎっくり腰か。ああ、よかった」
すると担架に乗ったおじいさんがしかめっ面をした。
「何がよかったんだ。ふざけるな」
「あら、命に関わることだったら大変だったでしょう」
「わしが死のうが生きようが、あんたには関係ない」
「そんなことないわ。私は東京の娘さんからも、父をよろしくって頼まれているのよ」
「余計なお世話だ。娘に言うなよ。ぎっくり腰ごときで大袈裟に騒がれたらかなわん」
「はいはい」
おじいさんは、いつもこんな調子だ。
ママは、どんな嫌味を言われても、「はいはい」と返している。
「ぎっくり腰ごときで、救急車呼んだくせにね」
とボクが耳打ちすると、ママは小さく吹き出した。
「閉めますよ」と救急隊員が言ったときだった。
おじいさんが、いきなりガバッと起き上がったのだ。
「あれ?起きられるんですか?」
みんながあっけにとられていると、おじいさんは立ち上がり、
「大変だ!あんたの家が燃えてる!」と叫んだ。
振り返ると、ボクの家の台所から火が見えた。
「いやだ!火をかけっぱなしだったわ」
おろおろするママを押しのけて、おじいさんは「消防車だ!あ、いや、消火器だ!」と叫び駆け出した。
結局おじいさんと救急隊員、それと駆けつけた近所の人たちが火を消してくれた。火事は大したことなく治まった。ママは、ぺこぺこ頭を下げて、みんなに謝っていた。
「奥さん、ホントに気をつけてくださいよ」
「はい、すみません」
「ところで、ぎっくり腰はどうしました?」
救急隊員が聞くと、おじいさんは腰をさすりながら言った。
「治ってる…。こんな世話のかかるお隣さんがいたんじゃ、うっかり病気にもなれんという事だ」
救急車は帰り、おじいさんとボクたちだけ残された。
冷たい風に身を縮めながら、ママが言った。
「おじいさん、主人もじきに帰ってくるから、一緒に晩ご飯食べましょうよ」
おじいさんは、相変わらずしかめっ面をしている。
ママに背中をつつかれて、ボクたちも
「おじいちゃん、一緒に食べよう」と言った。
おじいさんは、苦笑いを浮かべながら「仕方ない。そこまで言うなら一緒に食べてやろう」と言った。
「じゃあご馳走を作るわね。ところでおじいさん、お台所を貸していただけるかしら」
「まったく世話の焼けるお隣さんだ。まずいものを食わせたら承知せんぞ」
おじいさんの呆れ顔に、ママは「はいはい」と笑っていた。
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2010-12-21 17:28
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コメント(12)
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向田邦子のホームドラマ『寺内貫太郎一家』が好きで、
よく見てました。
頑固な父さんと、優しい母親。
かわいいお手伝いさん。
それから、厄介なばあさん。
足の悪い美人な姉さん。
と、ヒデキ~。
たしか、あのドラマも後半、家が火事になって追い出されてきた
貫太郎の弟が出てましたっけ。
日本は、あのころはまだよかったと、思えたりするんです。
ジュリ~!
by ヴァッキーノ (2010-12-21 21:13)
遠い親戚より近くの他人
お隣のおじいさんですね。^^
by ナビパ (2010-12-21 21:18)
私もお隣のおじさんには、よく助けてもらってます。歳末たすけあい。。。
りんさんならではのユーモアとセンスが光ってますね。
チョット皮肉っぽいおじいさんとママさんの会話いいですねぇ。
りんさんの優しさが溢れているようです。
「はいはい」と笑って言えるママさんみたいになりたいです。
あっ!そうだ。りんさんエンジェルのおかげでクリスマス競作
とっても楽しませてもらいました。
私もいつか、どこかでりんさんエンジェルにであいたいでぇ~す。
by haru (2010-12-21 22:11)
これだけの短い字数で、下町人情話を、よく描きましたね。いつもながら見事です。
おじいさんと、ママのキャラが良い具合に立ってます。
いいなあ。こんな話。
by 雫石鉄也 (2010-12-21 22:14)
あたたかい話ですね。
お互いを心配する心が、ぎっくり腰。。。治しちゃったんですね。
しかめっ面と苦笑い
おじいさんのその表情の奥に
幸せそうな笑顔を垣間見た気がしました。
きっと、素敵な夕食の会になることでしょう。
今日も素敵なお話をありがとう!!!
いつも、リンさんのお話しは勉強になります。(^^)v
by 春待ち りこ (2010-12-21 23:30)
りんさんの作品はいつも、どんなテーマで書かれても、光にあふれている感じがしますね。
特にこの作品は素敵でした。
お話がユーモアたっぷりに進んで行って、ほのぼのとしたまま終わる。
特に落ちはないのかと思うと、タイトルが「そういう意味だったのか~」とさりげなく落ちも仕込まれている。
このご近所さんたちのエピソードをシリーズで読みたい気がしましたよ。
by 海野久実 (2010-12-22 11:06)
<ヴァッキーノさん>
寺内貫太郎一家、あのケンカのシーンはすごかったですね。
ああいうドラマ、今はないですね。
近所付き合いも、希薄になってますからね。
懐かしいな~。ジュリ~!!
by リンさん (2010-12-22 12:51)
<ナビパさん>
その通りですね。
私の両親も年寄りふたりで暮らしているので、ご近所さんが頼りです。
by リンさん (2010-12-22 12:53)
<haruさん>
haruさんのお隣のおじさんは、きっと優しい人なんでしょうね。
私のご近所さんも、いい人ばかりです。
こういうママさんに、私もなりたいと思います。
競作、私もharuさんに楽しませていただきました。
盛り上がりましたね。
どこかで、会えるといいですね。エンジェル…じゃないかもしれないけど(笑)
by リンさん (2010-12-22 12:59)
<雫石鉄也さん>
いつもありがとうございます。
人情話をショートにするのは難しいですね。
子供の目線で書いたら、すんなり書くことができました。
by リンさん (2010-12-22 13:03)
<りこさん>
近所で救急車が止まるとドキっとしますよね。
特に年末になると嫌なニュースも多いですからね。
ちょっとほのぼの系にしてみました。
いつも読んでくれてありがとう(^0^)v
by リンさん (2010-12-22 13:06)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
嬉しいです^^
歳末たすけあいの他に、火の用心も折り込んでみました。
なるべく季節ネタを書くようにしていて、ふと、このタイトルが浮かびました。
気に入っていただけて嬉しいです^^
by リンさん (2010-12-22 13:12)