10年後の約束 [ミステリー?]
父の勤める工場が閉鎖され、僕たちは社宅に住めなくなった。
工場に隣接する2棟の社宅には、思い出がたくさんあった。
毎日のように遊んだ友達も、みんな離れ離れになる。
サトシ・カズヤ・ユイ・そして僕、タケル。
僕たちは、最後の日に集まって約束をした。
「10年後の今日、この場所に集まろう」
「10年後は20歳になってるね」
そう言いながら僕たちは、
『2011年8月31日 正午に集合』
というメモを書いて、それぞれ大事に保管することにした。
「工場と社宅をつぶして、遊園地が出来るっていう噂があるよ」サトシが言った。
「じゃあ10年後に遊園地で遊ぼう」とユイが目を輝かせた。
「絶対忘れるなよ」とカズヤが言って、僕たちは頷いた。
僕は千葉に引っ越した。海の近くで、父の夢だったペンションを始めた。
しかし思ったほど経営はうまくいかず、2年も経たずにペンションは閉鎖された。
借金を抱えた両親は、海に身を投げて帰らぬ人となり、ひとりぼっちになった僕は施設で暮らした。
心が折れそうなときは、あのメモを見た。2011年8月31日、みんなと会える日だ。
そして僕は20歳になった。
施設で雑用や子供たちの世話をしながら暮らしている。
待ちに待った8月31日がやってきた。サトシとカズヤは元気だろうか。夢の中では何度も会ったけれど。
ユイは美人になっただろうか。あのころは男の子みたいだったけど。
久しぶりに電車に乗った。駅はすっかり様変わりして戸惑った。
懐かしい町は、やはり変わっていたものの、社宅への道のりは驚くほどに覚えていた。
社宅の跡地はショッピングセンターになっていた。
遊園地になるというのは、でたらめだったようだ。
11時20分。少し早いので店の冷気を浴びながら待つことにした。
店内に入ると、アナウンスが聞こえた。
「ショッピングセンターコスモは、今年で15周年。みなさまのご愛顧にお応えして…」
15周年だって?何かの間違いだろう。10年前まで社宅だったんだから。
僕はインフォメーションで確かめた。
「はい。当ショッピングセンターは15年前の8月にオープンしました」
「ショッピングセンターの前は、工場と社宅があったよね」
「さあ?そこまではわかりかねますが」
今度は市役所に行ってみた。
「あのショッピングセンターが出来たのは15年前です。その前は遊園地でしたよ。20年足らずで閉園しちゃったんですよ。…ああ、その前ですか?確か自動車の工場があったとか。50年前に閉鎖されてますね」
「50年前だって?そんなバカな。10年前だろう?」
わけがわからなかった。浦島太郎になった気分だ。
僕はとりあえずもう一度ショッピングセンターに行ってみた。
50年も過ぎたなんて嘘だ。だって僕は今でも鮮明に憶えている。
駐車場の、あのあたりに僕らの社宅があった。ここには空き地があった。
いつも4人で遊んだりケンカをしたり、野良犬をこっそり飼ったりもした。
ほんの10年前だ。はっきり憶えている。
そのとき、肩をポンと叩かれた。
振り向くと、60代くらいの女性が立っていた。
「タケルでしょう?久しぶりね。子供の頃の面影が残っているわ」
「…どちら様ですか?」
「いやだ。ユイよ。おばさんになっても可愛いね、くらい言えないの?」
その後ろから、「ハハハ、その年で可愛いはないだろう」と言いながら二人の初老の男が来た。
「やっと来たな。タケル」
そう言いながら3人はべたべたと僕の肩を触った。知らない。こんな奴ら、僕は知らない。
僕は3人の手を振り払って駅まで走った。息が苦しいのは何故だ。
悪い夢か。何かの冗談か。
電車のシートに座って頬杖をついた。ふと窓を見ると、そこには僕によく似た初老の男がいた。僕はいったい…。
頭がひどく痛くなって目を閉じると、20歳の僕に戻った。
***
「タケル。やっぱりまだ無理だったね」
「完全に社会復帰が出来ていないんだろう」
「無理もない。あの一家心中事件以来、精神を病んでしまったんだからな」
「サトシとふたりで施設に会いに行った時も、夢の中を彷徨っているみたいだった」
「次の10年後は、会えるかしら」
「そうだな。生きていればきっと会えるさ」
そう言って3人は、『2061年8月31日 正午に集合』というメモを大事にしまった。
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工場に隣接する2棟の社宅には、思い出がたくさんあった。
毎日のように遊んだ友達も、みんな離れ離れになる。
サトシ・カズヤ・ユイ・そして僕、タケル。
僕たちは、最後の日に集まって約束をした。
「10年後の今日、この場所に集まろう」
「10年後は20歳になってるね」
そう言いながら僕たちは、
『2011年8月31日 正午に集合』
というメモを書いて、それぞれ大事に保管することにした。
「工場と社宅をつぶして、遊園地が出来るっていう噂があるよ」サトシが言った。
「じゃあ10年後に遊園地で遊ぼう」とユイが目を輝かせた。
「絶対忘れるなよ」とカズヤが言って、僕たちは頷いた。
僕は千葉に引っ越した。海の近くで、父の夢だったペンションを始めた。
しかし思ったほど経営はうまくいかず、2年も経たずにペンションは閉鎖された。
借金を抱えた両親は、海に身を投げて帰らぬ人となり、ひとりぼっちになった僕は施設で暮らした。
心が折れそうなときは、あのメモを見た。2011年8月31日、みんなと会える日だ。
そして僕は20歳になった。
施設で雑用や子供たちの世話をしながら暮らしている。
待ちに待った8月31日がやってきた。サトシとカズヤは元気だろうか。夢の中では何度も会ったけれど。
ユイは美人になっただろうか。あのころは男の子みたいだったけど。
久しぶりに電車に乗った。駅はすっかり様変わりして戸惑った。
懐かしい町は、やはり変わっていたものの、社宅への道のりは驚くほどに覚えていた。
社宅の跡地はショッピングセンターになっていた。
遊園地になるというのは、でたらめだったようだ。
11時20分。少し早いので店の冷気を浴びながら待つことにした。
店内に入ると、アナウンスが聞こえた。
「ショッピングセンターコスモは、今年で15周年。みなさまのご愛顧にお応えして…」
15周年だって?何かの間違いだろう。10年前まで社宅だったんだから。
僕はインフォメーションで確かめた。
「はい。当ショッピングセンターは15年前の8月にオープンしました」
「ショッピングセンターの前は、工場と社宅があったよね」
「さあ?そこまではわかりかねますが」
今度は市役所に行ってみた。
「あのショッピングセンターが出来たのは15年前です。その前は遊園地でしたよ。20年足らずで閉園しちゃったんですよ。…ああ、その前ですか?確か自動車の工場があったとか。50年前に閉鎖されてますね」
「50年前だって?そんなバカな。10年前だろう?」
わけがわからなかった。浦島太郎になった気分だ。
僕はとりあえずもう一度ショッピングセンターに行ってみた。
50年も過ぎたなんて嘘だ。だって僕は今でも鮮明に憶えている。
駐車場の、あのあたりに僕らの社宅があった。ここには空き地があった。
いつも4人で遊んだりケンカをしたり、野良犬をこっそり飼ったりもした。
ほんの10年前だ。はっきり憶えている。
そのとき、肩をポンと叩かれた。
振り向くと、60代くらいの女性が立っていた。
「タケルでしょう?久しぶりね。子供の頃の面影が残っているわ」
「…どちら様ですか?」
「いやだ。ユイよ。おばさんになっても可愛いね、くらい言えないの?」
その後ろから、「ハハハ、その年で可愛いはないだろう」と言いながら二人の初老の男が来た。
「やっと来たな。タケル」
そう言いながら3人はべたべたと僕の肩を触った。知らない。こんな奴ら、僕は知らない。
僕は3人の手を振り払って駅まで走った。息が苦しいのは何故だ。
悪い夢か。何かの冗談か。
電車のシートに座って頬杖をついた。ふと窓を見ると、そこには僕によく似た初老の男がいた。僕はいったい…。
頭がひどく痛くなって目を閉じると、20歳の僕に戻った。
***
「タケル。やっぱりまだ無理だったね」
「完全に社会復帰が出来ていないんだろう」
「無理もない。あの一家心中事件以来、精神を病んでしまったんだからな」
「サトシとふたりで施設に会いに行った時も、夢の中を彷徨っているみたいだった」
「次の10年後は、会えるかしら」
「そうだな。生きていればきっと会えるさ」
そう言って3人は、『2061年8月31日 正午に集合』というメモを大事にしまった。
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2011-08-31 12:53
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コメント(14)
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これはO.ヘンリーの「20年後」のパロディーかしら? と読み始めたら、クリスチアナ・ブランドの「ジェミニイ・クリケット事件」をほうふつとさせるような怖いお話でしたね(^^; 思わず咳き込んで、飲んでいたお茶を吹き出してしまうような。。。怖い話は書かないって、言ってませんでしたか?
O.ヘンリーといえば、「最後の一葉」で「感動の童話」トーナメント優勝おめでとうございます! 「短編小説」トーナメントのときは40名近いエントリだったんですね。それくらい競争が激しいと、優勝した時の感動もひとしおでしょね。
自分でもトーナメントを企画したくなりましたね。
by 川越敏司 (2011-08-31 14:39)
時を超えた約束。
こういうテーマで、たくさんの作品が書かれていますが、いいですよね。
僕も一つ書いてみたいテーマです。
中盤の時間のずれのミステリー感はなかなかおもしろかったです。
主人公に感情移入をして、何とも言えない不安を感じます。
タケルの一人称で描かれた作品が、***以降のみ三人称になっていると言うのもちょっと実験的ですね。
ただその***以降が説明的過ぎるかなと思いました。
何度か読み返すと、ふと疑問が。
タケルはなぜ2051年8月31日を2011年8月31日だと思い込んだのでしょう?
自分が、20歳だと思い込んでいるからだと思うんですが、約束の8月31日を確かめるためにカレンダーを見ると、その時に2051年だと気が付きそうに思うんですね。
それから、>「次の10年後は、会えるかしら」ですが、タケルはこれまでずっと10年ごとに約束の場所にやって来ているんでしょうか?
それはなんででしょうか?
年号を認識できなくなっているなら、毎年やって来てそうですしね。
>『2061年8月31日 正午に集合』というメモ
このメモはタケルには渡されたのでしょうか?
元気に生きていさえすればタケルが約束の場所に来るという確信が何処から来てるのかなとか、いろんな疑問が。
この疑問はこのお話の不整合な部分と言うよりも、説明されていない謎と言う感じでいろいろ想像しているのも楽しいんですけどね。
そうだ。約束が「10年ごとに、今日、この場所に集まろう」だったらこの疑問のいくつかが解消されそうですね。
このアイデアは4人のそれぞれの人生を描いた長編にまで膨らませる事が出来そうなお話です。
これはその長編のネタばれのあらすじみたいな?(笑)
by 海野久実 (2011-08-31 16:04)
ミステリーというよりは胸が詰まるようなお話でした。
でも、途中、タケルが役所に行ったりして調査している時は、一緒にドキドキしながら読みました。
「2061年8月31日 正午に集合」の3人のメモ、私は感動しちゃいました。いい友達ですね。
いや~、しかし感想人大賞のお2人の後にコメントを入れるのは緊張します。(笑)
by かよ湖 (2011-08-31 19:49)
夢の中を彷徨えない人々からしたら、
夢の中を彷徨う人ってのは、異常な人間なんでしょうけど
夢を見れない人間の方がボクはずっと異常だと思うんですよね。
コイツ、狂ってる!
って言われる方が、結構名誉なんじゃないですか?
正常な人間なんて、ごろごろしてるから、10年後に
まともなヤツらと会うより、
こうして、おかしな連中と毎日交流してる方が楽しいんですけどね(笑)
by ヴァッキーノ (2011-08-31 20:46)
りんさんって、キュンとくるお話を書くのも得意じゃないですか。それでいて、こういうミステリーを書かれるから、最後までどう転んでいくかドキドキしちゃうんだよなぁ。
ボクはろくな夢を見ないので、コワイです、こういうの。
by 矢菱虎犇 (2011-08-31 21:47)
おかしいのは。。。タケルのほうだったのですね。
いつか正気にもどることがあるのでしょうか?
でも、長い人生。。。たとえ思いこみでも
20歳のままでずっと生きるっているのもちょっと羨ましかったり(笑)
もしも、突然。。。正常に戻ったら。。。
もう若くないってことを自覚しなくちゃならないんですね。
う~ん。。。切ないかも。(笑)
今回も楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2011-09-01 00:40)
<川越さん>
ありがとうございます。怖がっていただけました?やった~^^
トーナメント、決勝戦ですね。
両方読んだけど、きっと川越さんの勝ちだと思います。
川越さんが企画するなら、私も参加しますよ。(小説なら)
よろしくお願いします。^^
by リンさん (2011-09-01 18:25)
<海野久実さん>
熱いコメントありがとうございます。
最後のセリフは私も説明的だなと思っていました。
もう少しサラッと纏めたかったですね。
それからタケルは精神を病んでいて、外出できるまでに回復したのは、ここ数年。だからタケルにとっては、この数年間しか生きていないと思っています。
カレンダーを見たらわかるけど、おそらく見ていないと思います(勝手な解釈) 「今は〇年〇月〇日だよね」と職員に聞いていて、職員はそれに合わせていた。(違うというと混乱してパニックになる)。
こんな説明でいかがでしょう^^
それから、タケルが約束の場所に訪れるのは初めてです。
やっと外出が出来るまでに回復したのです。そしてサトシとカズヤは、たまに施設を訪れていたので、今年は来られるかもという情報をキャッチしていたのです。
最後に、2061年のメモは、タケルには渡されていません。
もしも正常に戻ったら、逢えるかもしれない。
このままお別れかもしれない。
その辺は、謎のままにしておきます。
by リンさん (2011-09-01 18:39)
<かよ湖さん>
ありがとうございます。
タケルのモヤモヤした気持ちを感じ取っていただけて嬉しいです。
>感想人大賞…フフ、私もこのお二人のコメントはドキドキしながら読みます(笑)
by リンさん (2011-09-01 18:43)
<ヴァッキーノさん>
夢の中を彷徨うって、どんな感じなんでしょうね。
そういう人が不幸だと決めつけるのは違いますね。
幸せなのかもしれないし、よっぽど正常なのかも…ですね^^
by リンさん (2011-09-01 18:45)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
ミステリーを読むのが好きですが、最近はどんでん返しを期待しちゃうんですよね。そういう小説が、やたら増えてますね。
ろくな夢を見ないって…(笑)
いい夢みろよ!
by リンさん (2011-09-01 18:50)
<りこさん>
タケルが正気に戻ることを考えると切ないですよね。
だって本当に浦島太郎ですよ。
でもせっかく心配してくれる友達がいるから、普通に話せる日が来てほしいですね。
by リンさん (2011-09-01 18:54)
怖い記憶から逃げたくて、心を閉ざしたため精神を病んでしまった。
でもタケル本人には、その方が幸せかもしれませんね。
現実というのはミステリーですものね。(笑)
by haru (2011-09-02 18:03)
<haruさん>
そうですね。いちばんいい時代のことは良く覚えている。
お年寄りも、そういうことありますよね。
by リンさん (2011-09-05 17:29)