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5分の言い訳 [男と女ストーリー]

龍二は、お正月も帰ってこなかった。

彼が東京に行って4年が過ぎた。
地元の大学を出たあと、就職が決まらず家に居づらくなった龍二は東京へ行った。
私は小樽を離れられない。
だから、私たちは遠距離恋愛をしている。

どうせ1,2年で帰ってくると思った龍二は、去年まともな会社にようやく就職して、忙しいを繰り返し帰ってこなくなった。
「向こうでいい人出来たんじゃない?」
友だちはそんなことを言う。
「龍二にかぎってそれはないよ」と言いながら、どこかで疑っている自分がいる。

私が東京に行けばいいのだけれど、看護師をしているのでまとまった休みが取れない。
どこの病院も看護師不足で仕事はハードだ。
ふたりを繋ぐメールも、疲れすぎて打てない時もある。
逢いたい。傍にいてほしい。その気持ちは薄れることはないのだけれど、正直限界かなと思うときもある。

そんなある日、偶然会った同級生が言った。
「札幌でさ、あんたの彼氏見たよ。龍二君。会社の人かな?6,7人で歩いてた。ススキノの方に行ったよ」
「見間違いだよ。札幌に来たなら連絡くれるでしょう」
「絶対龍二君だったよ。歩き方特徴あるし」
そんなはずはない…と思ったが、とりあえずメールで確認をした。
『先週札幌に来た?』
『行った行った!会社の研修。ススキノめっちゃ久しぶりだった。テンションあがった~(*^_^*)』

…このメールに、私はキレた。
すぐにメールから電話に切り替えた。
「あれ?ミホどうした?」
「どうしたじゃないわよ。札幌に来たならどうして連絡しないのよ」
「いや…だって、会社の研修だし」
「24時間研修じゃないでしょう。連絡くれれば行ったよ。私たちは普通の恋人同士じゃないんだよ。1年も会ってないの。1時間でも30分でも会いたいと思わなかったの?」
「だって、同期の連中もいたし…」
「その中に女はいるの?」
「は?」
「女はいるのかって聞いてるの」
「3人いるけど」
「そう。じゃあその女の方が私よりよかったのね」
「はあ?おまえ何言ってんの?」
「もういい。別れる」
「えっ?ちょっと落ち着けよ」
「別れる別れる別れる!」
私は電源をブチッと切って、ケイタイをベッドに放り投げた。
そしてバカみたいだと思いながらも大泣きをして、いつの間にか眠った。

翌朝の気分は最悪だったが、仕事は私を甘やかさない。
命を預かる仕事をしているのだ。失恋ぐらいで休めない。
しかも夜勤だ。

病院の夜は静かだ。怖いという感覚はもうない。
いっしょに夜勤をしている後輩が、ばたばたと走りながらナースステーションに入ってきた。
「静かにしなさい。何時だと思ってるの」
「すみません。でも先輩、下に彼氏さんが来ています」
「ええ?」

ストールを羽織って外に出ると、龍二がいた。
「何やってるの?」
「だって、ミホが別れるとかいうし、電話しても出ないし。せめて言い訳くらいさせてほしくて…」
「それでわざわざ来たの?東京から言い訳するために?」
「そうだよ。わざわざ来たんだよ」
「じゃあ聞きましょう」
彼は薄着で、しかも革靴だった。雪道を革靴で歩くなんて観光客みたいだ。

「おれは先週確かに札幌にいた。連絡しなかったのは悪かった…かもしれない。だけどやっと入れた会社で、初めての研修で、彼女に会うのはどうかなと思った。確かにススキノでちょっと遊んだりはしたけど、ミホにやましいことは何もない」
遊んだんだ…。
「ミホは昔からやりたいことが決まっていて、立派な仕事をしていて、おれはいつも引け目を感じていた。ちゃんと就職して、早くおまえに追いつこうと必死なんだ。逢いたくないわけじゃない。逢いたいに決まってるだろう」
タイミングがいいのか悪いのか、ブナの木の枝から雪がどさっと落ちて、彼が大きなクシャミをした。
私は思わず笑いながら、彼に駆け寄った。頬も髪も冷え切っている。
「わかった。もういいよ」
私は自分のストールを龍二の肩にかけた。
彼が私の背中に手を回した時、PHSが鳴りだした。
急に現実に引き戻された私は、慌てて放れた。ここは職場だった。
「ごめん。患者に呼ばれた」
彼は名残惜しそうに手を放し、「行って」と私の背中を押した。
「明日会える?」
「うん。調整する。帰るの午後にするよ」
じゃあ…と手を振って別れた。

5分…そう、5分でいいのだ。
会って話すことが、私たちには必要だった。
その証拠に、私はすっかり許していた。
言い訳を聞く前に。そう、彼の顔を見た瞬間に。

翌朝、申し送りを終えて病院を出ると、龍二からのメールが入っていた。
『ごめん。やっぱり朝の便で帰る。今空港』
やっぱりね…と私は空を見上げた。
ひこうき雲が、私の代わりに龍二を追いかけているように、まっすぐ伸びていた。
「大丈夫。私たちはまだ大丈夫だよ」
空に向かって、私は叫んだ。

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dan

好きです。簡潔で切なくて希望もちょっぴり。
ずっとずっと昔を思いだしてしまいました゜
by dan (2012-01-19 19:14) 

矢菱虎犇

ボクの妻は長く看護師をしておりましたので、準夜や深夜の勤務態勢にボクも対応していました。
あの頃のことをなんか思い出しましたよ。リアリティのあるお話だったもんで。
丁寧な設定や描写、構成に、りんさんの300作を超えた、あらたな意気込みみたいなのを感じたような気がするのは、ボクだけでせうか。
by 矢菱虎犇 (2012-01-20 06:43) 

川越敏司

どっちも仕事は止められない。遠く離れ離れになって、もうはじめからダメってわかっているんだけど、わずかな希望にすがってしまう。そういうもどかしさ、いじらしさが伝わってきますね。

恋愛小説もいけますね。
by 川越敏司 (2012-01-20 11:16) 

津々井茜

リアリティのあるお話ですよねぇ。
彼と彼女の歴史のひとこま、みたいな感じで。

小樽には何度か行きまして、北海道の中では函館の次に好きですし、私も小樽に住む女性と東京に住む男性の遠距離恋愛を書いたりしましたので、親しみも感じました。

こっちのカップルはこのあと……ハッピィになるといいですね。
うちのカップルの分までも。
by 津々井茜 (2012-01-20 13:44) 

海野久実

仕事場のパソコンで読みながら、思わず涙が出そうになりました。
涙を誘うお話ではないと思うんですが、感情移入しちゃったみたいです。
やっぱり男だから、彼氏のほうにですけどね。

同じ「男と女ストーリー」でも、いつもの軽快なしゃれた感じと違って、リアリティーのある作品でした。
お話の続きがあるとして、ハッピーエンドになればそれはそれでよし。
悲恋になればなったでそれもまたせつなくていいでしょうね。


by 海野久実 (2012-01-20 18:36) 

九子

あれ?nice!のやり方忘れた!どうでしたっけ。
出来ないのでコメント残します。

とっても素敵できゅんと来ました。( ^-^)
by 九子 (2012-01-20 20:31) 

junjun

久ぶりに拝見しましたが、思わず引き込まれてしまいました。
こんな寒い夜に、感情移入してしまい、
今夜は、切ない若いころの夢が見られるかも・・・(^^)
by junjun (2012-01-20 22:36) 

かよ湖

切ない純愛ですね。彼女の気持ちも分かるし、彼の気持ちも分かる。
私はドライなので、若干彼よりかな。
ちょっと昔のピュアな頃を思い出しました。
by かよ湖 (2012-01-20 22:39) 

春待ち りこ

いいですね。。。
描写もしっかりしているし
ストーリーもとっても素敵♪
5分の言い訳をしにわざわざやってきた龍二には
大切にすべきものが
ちゃんと見えていたんですね。

メールや電話。。。
世の中便利になりましたが
人の心というのはやっぱり。。。
そうそう簡単にモデルチェンジは出来ない。。。
今も昔も。。。恋人同士の想いは同じ

ただただ。。。
ひとめあなたに会いたくて。。。

素敵なお話、ありがとう
今回も楽しませていただきました。
by 春待ち りこ (2012-01-21 00:53) 

雫石鉄也

いいですね。
これで、まとまった一編の恋愛小説ですね。
思わず、引き込まれて読みました。
by 雫石鉄也 (2012-01-21 08:47) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
私も昔を思い出して書きました。
と言っても遠距離恋愛もしたことないし、看護師の仕事も想像です。
でも書いてて楽しかったです。キュンとしました^^
by リンさん (2012-01-21 10:23) 

リンさん

<矢菱さん>
奥さま、看護師ですか。立派ですね。
私も入院した時お世話になったので、看護師と聞いただけで尊敬しちゃいます。
リアルでしたか。そういっていただけてホッとしました。
by リンさん (2012-01-21 10:25) 

リンさん

<川越さん>
ありがとうございます。
実体験ではないのですが、恋愛中は少なからずこういう気持ちになることがありますよね。
このふたりが、うまくいくように祈りながら書きました。
by リンさん (2012-01-21 10:27) 

リンさん

<津々井茜さん>
茜さんも書いたんですか。
小樽と東京、何となく絵になる感じですよね。
最初彼女は函館にしようと思ったのですが、札幌から近い方がいいと思って小樽に変えました。
小樽は2度行きました。大好きな街です。
茜さんのも読んでみたいな。
by リンさん (2012-01-21 10:29) 

リンさん

<海野久実さん>
もしかして、こういう経験があるとか?

女性には、男から見るとつまらないことで怒ったりするものですよね。
確かに男性の側からみると、切なさが増しますね。
ハッピーエンドになるといいですね。
きっと大丈夫だと思います。
by リンさん (2012-01-21 10:33) 

リンさん

<九子さん>
ありがとうございます。
nice!…大丈夫でしたか(笑)
ソネットさん、不具合が多いから、そのせいかと思っちゃった^^
by リンさん (2012-01-21 10:35) 

リンさん

<junjunさん>
久しぶりです。またよろしくね。
今はケイタイがあるけど、私たちの若いころはもっと大変だったでしょうね、遠恋。
by リンさん (2012-01-21 10:37) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
かよ湖さん、男前なんですね(笑)
4年は長いですね。
私ならダメかもしれません。
by リンさん (2012-01-21 10:40) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
メールだけで繋がってるなんて、寂しいですからね。
こんな純愛、懐かしいですね。
>人の心は簡単にモデルチェンジ出来ない…すてきな言葉ですね。
さすがです。その通り。
by リンさん (2012-01-21 10:47) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
恋愛ものを書いたときは、評価がすごく気になります。
昔と今はちがうよ、とか言われそうで^^;
みなさんに楽しめていただけて良かったです。
by リンさん (2012-01-21 10:49) 

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