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僕のお葬式 [ファンタジー]

たくさんの人が集まっている。
みんなとても悲しい顔をしている。誰もが黒い服を着て、まるで葬式みたいだ。
あ、そうか。葬式だ。僕は葬式に来ているんだ。
ところで、誰の葬式だろう?

「どなたのお葬式ですか?」
近くの人に聞いてみた。
「2丁目の木村商店の息子さんですよ。お若いのに急に亡くなったんですって」
ふうん…2丁目の木村商店ね、ん?そこって僕の家だ。
どういうことだろう?木村商店の息子は僕だ。

ホールの中に入ってみた。
母さんが泣いている。父さんも目が真っ赤だ。
そして飾られた写真は、まさしく僕の物だった。
「あの、葬儀は11時からでございますので、もうしばらく表でお待ちください」
係員が僕をじっと見る。
おかしいと思わないのか?棺に入っている遺体が、ここにいるんだぞ。
「受け付けはお済みになりましたか?」
「…いえ」
「では、こちらでお願いいたします。御親族の方ですか?それともご友人?」
「親族…になるのかな?」
親族もなにも、本人なんだけど。
「ご記帳お願いします」
記帳?ああ、名前か。あれ?僕の名前なんだっけ?木村…木村…何だっけ?思い出せないから、適当に書こう。
『木村拓哉』
おい!ツッコめよ!キムタクって書いてるんだぞ。
「お香典は?」って、そんなもの持ってない。
もっとも自分の葬式に香典出す必要ってあるのか?
冷ややかな視線に気まずくなって、その場を離れた。

坊さんのところに行ってみた。
偉い坊さんなら、何とか力になってくれるだろう。
「あの、すみません」
「なんだね?もう始まるのかね?」
「いえ、あの、僕を見て何も感じませんか?」
「さあ?」
「僕、どうやら幽霊みたいなんです。だって、これから行われるのは僕のお葬式だから。ほら、あの棺に入っているのは僕なんですよ。ほら、写真見てください。僕でしょう?」
「ふざけるな。ご遺族に悪いと思わないのか。お前は全くの別人だ」
お坊さんは僕に鏡を向けた。そこには、見たこともない男が映っていた。

僕は会場を追い出された。
繁華街をとぼとぼと歩く。僕はいったい誰なんだ。
少し前の記憶では、僕はバイクに乗っていた。酒の配達だ。
そこで何かにぶつかって倒れた…はずだ。

あてもなく歩いていると、見知らぬ女に突然肩をつかまれた。
「タクヤ!あんた生きてたの?」
え?知らない女だけど、僕の事をわかってくれる人がやっと現れた。
「うん。僕は生きてるよ」
「そう。生きてるならよかった。お金返してよ」
「お金?」
「そう。200万返して」
「200万!」
「誰かに命を狙われて、300万あれば助けてもらえるって言うから、何とか200万だけ工面してあげたんじゃないの。どうせ嘘なんでしょう。返してよ」
派手な化粧をした女が目を吊り上げた。もちろん何の覚えもない。
「あの…、つかぬ事を伺いますが、僕は誰でしょう?」
「は?何言ってんの?あんたは田中タクヤでしょ」
「田中?木村じゃなくて?」
「何ふざけてんの?キムタクに謝んなさい。あんたは田中タクヤよ!」

あっ!何かが弾けたように思い出した。バイクで倒れたときに聞いた声だ。
『田中タクヤはん、まいどおおきに。約束通りアンタをあの世に連れて行くのは勘弁してやるわ。代わりにこの酒屋の兄ちゃん連れて行くさかいに。ああ、けどな、約束の300万にちょっと足らんのよ。そやからアンタの魂だけはもらって行くわ。体と名前は残してやるさかいに。悪く思わんといてな。ほなな』
ああ…、そういうこと?つまり、僕の魂と田中タクヤの体が残ったと…。
悲しいかな、僕の体の値段は200万…。

「ねえタクヤ、お金ちゃんと返してくれるの?」
「え?あ、うん。とりあえず、働いて返すしかないよ…ね」
「働く?あんたが?」
「うん。あてがあるんだ」

数か月が過ぎた。僕は今、木村商店に住み込みで働いている。
結局、以前と変わらない暮らしをしているというわけだ。
田中タクヤが僕だということに、父さんと母さんはいつか気づくだろうか。
それとも一生気づかないだろうか。

あの時の女(渚さん)は、田中タクヤがまともな職に就いたことがよほど嬉しいのか、涙を流した。
田中タクヤにとっては都合のいい女だったかもしれないが、可愛い人だと僕は思う。
理不尽な借金は残っているが、こんな人生もアリなのかと、最近は思うようにしている。

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コメント 14

haru

>こんな人生もアリなのかと、最近は思うようにしている。

え!そんな人生アリ?ん!生きていて親と暮らして、同じ仕事して。。。
可愛い彼女ができて。。。アリかぁ~!

それにしてもりんさん凄いストーリーを書いている。
それってマジアリですね。(笑)
by haru (2012-09-15 16:04) 

春待ち りこ

面白かったぁ~。
だいぶ、理不尽な状況でも
自分を失わずにそれもアリって思っちゃうとこなんて
生きるパワーさえ感じます。。。

さっすが、リンさん。。。
こんなふうにまとめるとは!!!

家族と一緒に自分の仕事が出来て
そばにいてくれる女性を愛せるならば
アリ?なのかなぁ。。。
とつい思ってしまいますが
身体を取られた上に。。。
借金まで負わされてるんですよね。。。複雑。。。(笑)

楽しみました。いつも、ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2012-09-16 00:04) 

dan

複雑な話ですね。何回も読んでやっと状況が
飲み込めました。可笑しくて、切なくて、混沌とした
今の世の中、こんなこともあるかも! と思って
しまいました。死に際?聞こえた大阪オモロイです。

by dan (2012-09-16 12:28) 

dan

複雑な話ですね。何回も読んでやっと状況が
飲み込めました。可笑しくて、切なくて、混沌とした
今の世の中、こんなこともあるかも! と思って
しまいました。死に際?聞こえた大阪弁オモロイです。

by dan (2012-09-16 12:29) 

dan

ごめんなさい。訂正したらこんなことになりました。
ダアー(冷や汗)
by dan (2012-09-16 12:33) 

矢菱虎犇

高いつもりで低いのが教養・・・
て感じの、つもりちがい十箇条ってのがありますけど、
書いたつもりで書いてないのがコメント!

短いながらもトータルリコール的な展開があって面白かったです。
ボクの魂がキムタクの容姿を手に入れたら・・・イヒヒヒヒ・・・
イヒヒヒヒって笑ってる時点で、キムタクじゃないか(笑)

by 矢菱虎犇 (2012-09-17 17:28) 

ぼんぼちぼちぼち

同名の野坂先生の作品を偶然最近読んだばかりでやす。
そちらも名作なので是非(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2012-09-17 19:41) 

海野久実

ブログに復帰したかと思うと、またなんだかしんどくなってご無沙汰でした。
そろそろ前のペースを取り戻せればと思っています。

この作品のアイデアはいいですね。
事故で二人の人間の心が入れ換わると言う、良くあるシチュエーションに工夫を加えて新機軸みたいな。
by 海野久実 (2012-09-19 12:32) 

リンさん

<haruさん>
別人になったのにアリ…なんてねぇ^^
タイトルの割に、軽すぎる内容でどーもすみません^^;
もしかしたら、元の姿よりかっこいいのかも(笑)
by リンさん (2012-09-19 17:04) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
そうなんですよ。よく考えたらかなり理不尽なんですよ。
だけど体がなくなるのと、魂がなくなるのとでは、どっちがいいのかな?
魂が残る方がいいような…気もしますね^^
by リンさん (2012-09-19 17:07) 

リンさん

<danさん>
わ~い、3つもコメントありがとうございます(笑)
コメントがうまく入らないときってありますよ。
niceも押したのに入らないときあるし^^;

大阪弁…にわか大阪弁です。関西の方に怒られそうです。
by リンさん (2012-09-19 17:10) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
え?キムタクの体だったらいいですね。
黙っていればわかりませんよ。
じゃあ私は、綾瀬はるかの容姿がいいな。
by リンさん (2012-09-19 17:13) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
同名の小説があったのですね^^;
しかも野坂先生ですか。ふざけた内容だって怒られそうです^^
今度読んでみますね。
by リンさん (2012-09-19 17:15) 

リンさん

<海野久実さん>
お久しぶりです。
まだまだ暑いですからね。ぼちぼち行きましょう^^
>アイデアはいい…ありがとうございます^^
入れ替わりだと、何かの拍子に元に戻るけど、この場合はずっとこのまま。
だから、「この人生もアリ」と前向きに終わった次第です。
by リンさん (2012-09-19 17:19) 

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