SSブログ

ガラスの人魚 [公募]

公募ガイド『小説の虎の穴』に応募した作品です。
佳作をいただきました。
テーマは、「話らしい話のない話」…難しいテーマですよね。

*******ガラスの人魚******

 私は今、机に向かっている。目の前に原稿用紙と鉛筆。
鉛筆は、娘のマユの部屋から持ってきた。ディズニープリンセスの絵が描かれた可愛いピンクの鉛筆だ。
この鉛筆で小説を書こうと思っている。とびきり素敵なファンタジー小説だ。

 高校時代の同級生が、ある文学賞で佳作をもらった。だけど国語の成績は、断然私の方が良かったから、彼女に書けるなら私にも書けるはずなのだ。鉛筆を握って思案に暮れる。

 タイトルは決まっている。
『ガラスの人魚』だ。なんて美しいタイトルだろう。自分のセンスが怖い。
あの有名な人魚姫の、その後の物語だ。

 海の泡になった人魚姫は、キラキラした太陽の光でよみがえる。きれいなガラス細工の人形になる。それを愛しの王子が拾って家に持って帰る。窓辺に置かれた人魚姫は、ずっと王子のそばで輝き続ける。
…だめだ。これではほんの二,三枚で終わってしまう。何とか続きを考えないと。

鉛筆をくるくる回してみる。欲しい欲しいと言うから買ってあげたのに、半分も使わずに引き出しに入ったままの鉛筆。シャープペンシルも何本買ったことか…。流行に弱いのは私に似たのかもしれない。流行りのバッグや靴を惜しみなく買っていた頃が懐かしい。

 ああ、いけない、小説の続きを考えよう。
こういうのはどうだろう。
王子は、ガラスの人魚を恋人にあげてしまう。人魚にとって彼女は恋敵だから、人魚は面白くない。彼女に嫌がらせをしたり、王子との逢瀬を邪魔したりする。そして挙句の果てに彼女を殺してしまう。凶器はもちろんガラスの破片だ。
 だめだ。これじゃサスペンスになってしまう。私が書きたいのはファンタジーだ。

じっと目を閉じて、キラキラ光るガラスの鱗を思い浮かべる。キラキラした鱗…。
隣のご主人が、朝釣った金目鯛を持ってきてくれたことを思い出した。たちまち憂鬱になる。どうせなら、さばいてから持ってきてくれたら良かったのに、欲を言えば、調理してから持ってきてほしい。私は魚の目が苦手だ。あのぬるぬるした生臭い目を思い出すだけでぞっとする。人魚は上半身が人間で下半身が魚だ。もし逆だったら、絶対に見たくない。

 ああ、また脱線している。金目鯛より人魚だ。続きを考えよう。窓辺の光が柔らかい。素敵なアイデアが浮かびそうだ。
 こういうのはどうだろう。
ガラスの人魚は、しばらく窓辺で穏やかにすごしていたが、急に海が恋しくなる。遠くに聞こえる波の音を聞きながら、涙を流す。透明の、きれいなきれいな涙だ。
さて、そのあとはどうしよう。簡単に海に戻しただけじゃつまらない。また行き詰ってしまった。

 玄関の扉が開いて、娘のマユが帰ってきた。
そうだ。子供に聞こう。子供の心は純粋だし、大人と違う感性を持っているから、きっと素敵な結末を考えてくれるだろう。
「おかえり、ねえマユ、ちょっと聞いて」
マユはランドセルを置くと、興味深そうに「なあに?」と近寄ってきた。
「あのね、泡になった人魚姫が、太陽の光でよみがえるの。ガラス細工の人形になるのよ。そのガラスの人魚をね、王子が家に持って帰るの。だけどガラスの人魚は海が恋しくて涙を流すの。宝石みたいなきれいな涙よ」
「ふうん」
「それでね、マユだったらこの後どうする?この人魚をどうする?」
私が聞くと、マユはちょっと考えてから、にっこり笑って言った。
「ネットオークションで売る」
「へ?」
「ねえママ、おなかすいた。冷凍の鯛焼きあるでしょう?あれ食べたい」

 すっかり拍子抜けした。とんだ感性だ。
冷凍の鯛焼きをレンジに入れると、流し台に置いたクーラーボックスが目に入った。隣のご主人がくれた金目鯛。また気持ちが滅入る。
「人魚より、鯛でも食ってろ…てか?」
誰にともなくつぶやくと、早春の風に原稿用紙が舞い上がり、ピンクの鉛筆がころころ転がった。
「ねえママ、マユ新しいシャーペンが欲しい」
マユが甘えるように腕をからませてきた。
やれやれ…と、私は原稿用紙を拾いあげた。

 お話の続きは、いつかまた考えよう。とりあえず今は、鯛焼きを食べて、金目鯛の調理法をネットで調べよう。
私の日常は、文学賞とは程遠い。

人魚.jpg

佳作作品は、公募ガイドのホームページでも読めますよ。
http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/
それにしても、最優秀賞は遠い…。

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(9)  コメント(12)  トラックバック(0) 

nice! 9

コメント 12

矢菱虎犇

話らしい話のない話・・・
難しそうですね~話を書くのに話にならないってのは話にならないくらいに難しいっ。だいたいボクなんてお話を書こうと思うと、終わりの部分を書いてから最初を書くっていうオチ話ばっかりなので、話らしい話のない話に話のオチをするなんて難しい話です。お魚つながり、春めきつながりで、きれいにお話はまとまっていながらお話らしくならない・・・りんさん、おみごとっ。
by 矢菱虎犇 (2013-01-11 05:33) 

haru

とっても難しそうなお題ですね。
りんさん凄い!おめでとう!パチパチ(拍手)
主人公の日常が目に浮かぶような描写とっても素敵。
さすが、りんさんです。
バンザーイ!乾杯ですね。
by haru (2013-01-12 10:25) 

海野久実

お話がなかなか進展しないもどかしさにちょっといらいら。
それを読者に感じさせると、この作品は成功なんでしょうね。
作品的には掌編小説っぽくなっていますね。
純文学っぽいと言うか。
佳作おめでとうございます。
by 海野久実 (2013-01-12 13:24) 

春待ち りこ

あっ。。。
人魚姫のお話。
私が今練っているプロットと少しだけかぶってる。
泡になった人魚姫のその後。。。っているところだけ。(笑)
でも、リンさんのお話の方が断然素敵です!!!
私も頑張らないとなぁ。(汗)

現実と文芸賞は程遠いと
私もいつも実感しております。(*´д`*)
家事って現実的。。。ですよね。

佳作、おめでとうございます。
すごいですね!!!
楽しみました。いつもありがとっ♪
by 春待ち りこ (2013-01-13 01:41) 

かよ湖

おめでとうございます!超遅おそですが、あけまして!そして、おめでとうございます!佳作入賞!!
今回のお題、めちゃめちゃ難しいですね。私には全く考えられないお題です。。ああ、こうやって書くのか、と勉強させてもらいました。
陽に輝くガラスの人魚が美しい映像を想像させてくれて、とても楽しく読めました。
ありがとうございます。
by かよ湖 (2013-01-13 15:41) 

リンさん

<矢菱さん>
そうなんですよ。難しいテーマです。
ショートを書いていると、どうしてもオチとか考えちゃいますからね。
何でもない日常を描いた話が多かったようですが、それを面白くするのは難しいですね。
佳作がもらえただけでも良かったです^^
by リンさん (2013-01-14 23:23) 

リンさん

<haruさん>
ありがとうございます。
難しかったです。
でも、主婦の日常は、自分の日常なので楽しく書けました。
ハイ!乾杯!
by リンさん (2013-01-14 23:25) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
そうなんですよね。小説って机に向かえば書けるもんじゃない。
だからこの人は集中出来ずに脱線しちゃう。
この人魚の話は、完成しないでしょうね、きっと。
by リンさん (2013-01-14 23:29) 

リンさん

<りこさん>
人魚姫の話を考えてるんですか。
楽しみだな~^^
文学賞は遠いですね。しみじみ…。
主婦って、何かに集中している時でも晩ごはんのおかずとか考えちゃうところありますよね。
by リンさん (2013-01-14 23:33) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
毎回出してるんですが、最優秀は難しいですね。
テーマもだんだん高度になってるみたいです。
かよ湖さんも、いっしょに頑張りましょう。
今年もよろしくお願いします。
by リンさん (2013-01-14 23:35) 

九子

リンさん、こんばんわ。
リンさんの作品、どれもこれも面白くて素晴らしいです!
佳作の常連さんが、大賞を取られるのはすぐ先の話だと思いますよ。( ^-^)
どうやったらそんな風にアイデアがたくさん湧いてこられるのでしょう。
スゴイなあ。
今年もまとめ読みですみませんが、よろしくお願いします。( ^-^)
by 九子 (2013-01-27 22:28) 

リンさん

<九子さん>
ありがとうございます。
佳作までは行くんですけどね^^
なかなか難しいです。
いつも読んで下さってありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いします^^
by リンさん (2013-01-28 23:09) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0