放課後のピアノ [ファンタジー]
雨の放課後、誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえる。
去年亡くなった女生徒の霊だと、もっぱらの噂だ。
私は、そんな噂は信じていない。
だって、雨の放課後に音楽室でピアノを弾いているのは私だから。
秋のコンクールに向けて、こっそり練習している。
誰かがドアを開けたと同時にピアノの後ろに隠れる。
見つかったら「早く帰れ」と言われてしまうし、いろいろうるさいことを言う人もいる。
雨の日を選んで弾くのは、グランドに人がいないから。
陸上部のグランドから音楽室は丸見えだ。
去年までは大きな木があったから目隠しになっていたけど、どういうわけか切り倒された。
午後から雨が降り出した。今日も私はピアノを弾く。
校舎に人がいなくなったのを見計らって、いつものように音楽室に行った。
ドアの前で立ち止まった。
音楽室から、ピアノの音が聞こえる。
先客? 私のほかにピアノを弾きに来る生徒がいたのか?
あまり上手ではない。コンクールのライバルではなさそうだ。
静かにドアを開けてみた。
そこには、髪を三つ編みにした小学生くらいの女の子がいた。
ピアノが弾きたくて、中学校に忍び込んだのだろうか。
「勝手にピアノ弾いたらだめだよ」
私が声をかけると、女の子は一瞬こちらを見たが、すぐに前を向いて続きを弾いた。
「音外したね。そこはもっとゆっくり弾いた方がいいよ」
女の子は、ピアノから手を放し、「おねえちゃん」と低い声で言った。
「おねえちゃん、いっしょに帰ろう」
女の子が立ち上がって私の方に歩いてきた。
青白い顔、唇に薄笑いを浮かべて近づいてきた女の子に、私は怯えた。
幽霊? 足がすくんで動けなかった。
その時、強い光とともに、バリバリバリと凄まじい音がした。
雷だ。どこかに落ちたかもしれない。
電気が消えて、稲光だけが音楽室を照らした。
女の子はうずくまって震えながら、私の腕をぎゅっと掴んだ。
「おねえちゃん、いっしょに帰ろう」
不思議な気持ちになった。
手を振りほどいて逃げることが出来ない。あの世に連れて行かれるかもしれない。
そう思いながらも、私は女の子を放っておけなかった。
「大丈夫だよ」
そう言って女の子を肩を抱いた。なぜだろう。涙が出た。
音楽室の電気がついて、勢いよくドアが開けられた。
「何やってるんだ」
入って来たのは先生だった。先生はこちらにまっすぐ歩いてきて、女の子の腕を掴んだ。
「また学校に忍び込んだのか。送って行くから帰ろう」
「先生、おねえちゃんが…」
女の子が私の方を見た。
「やめなさい。きみのお姉さんは去年亡くなったんだ。お姉さんの代わりにコンクールに出たい気持ちはわかる。お姉さんが愛したピアノを弾きたいのもわかる。だけどね、勝手に学校に入っちゃダメだよ」
先生は優しく諭すように言うと、泣きじゃくる女の子を連れて音楽室から出て行った。
私には、見向きもしなかった。
あの子は私の妹だ。今はっきりと思い出した。
去年の雨の日、傘を持って迎えに来た妹の前で、私は命を落とした。
雨宿りしていた校庭の木に、雷が落ちたのだ。
私が大好きだったピアノを、妹はどんな想いで弾いたのだろう。
いつの間にか雨が止んで虹が出ていた。
赤い長靴の妹が校庭を歩いていく。ふと立ち止まり、音楽室を振り返った。
手を振ろうと思ってやめた。妹には、私の姿は見えていない。
さよならの代わりに、妹の好きだった「茶色の小瓶」を弾いた。
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去年亡くなった女生徒の霊だと、もっぱらの噂だ。
私は、そんな噂は信じていない。
だって、雨の放課後に音楽室でピアノを弾いているのは私だから。
秋のコンクールに向けて、こっそり練習している。
誰かがドアを開けたと同時にピアノの後ろに隠れる。
見つかったら「早く帰れ」と言われてしまうし、いろいろうるさいことを言う人もいる。
雨の日を選んで弾くのは、グランドに人がいないから。
陸上部のグランドから音楽室は丸見えだ。
去年までは大きな木があったから目隠しになっていたけど、どういうわけか切り倒された。
午後から雨が降り出した。今日も私はピアノを弾く。
校舎に人がいなくなったのを見計らって、いつものように音楽室に行った。
ドアの前で立ち止まった。
音楽室から、ピアノの音が聞こえる。
先客? 私のほかにピアノを弾きに来る生徒がいたのか?
あまり上手ではない。コンクールのライバルではなさそうだ。
静かにドアを開けてみた。
そこには、髪を三つ編みにした小学生くらいの女の子がいた。
ピアノが弾きたくて、中学校に忍び込んだのだろうか。
「勝手にピアノ弾いたらだめだよ」
私が声をかけると、女の子は一瞬こちらを見たが、すぐに前を向いて続きを弾いた。
「音外したね。そこはもっとゆっくり弾いた方がいいよ」
女の子は、ピアノから手を放し、「おねえちゃん」と低い声で言った。
「おねえちゃん、いっしょに帰ろう」
女の子が立ち上がって私の方に歩いてきた。
青白い顔、唇に薄笑いを浮かべて近づいてきた女の子に、私は怯えた。
幽霊? 足がすくんで動けなかった。
その時、強い光とともに、バリバリバリと凄まじい音がした。
雷だ。どこかに落ちたかもしれない。
電気が消えて、稲光だけが音楽室を照らした。
女の子はうずくまって震えながら、私の腕をぎゅっと掴んだ。
「おねえちゃん、いっしょに帰ろう」
不思議な気持ちになった。
手を振りほどいて逃げることが出来ない。あの世に連れて行かれるかもしれない。
そう思いながらも、私は女の子を放っておけなかった。
「大丈夫だよ」
そう言って女の子を肩を抱いた。なぜだろう。涙が出た。
音楽室の電気がついて、勢いよくドアが開けられた。
「何やってるんだ」
入って来たのは先生だった。先生はこちらにまっすぐ歩いてきて、女の子の腕を掴んだ。
「また学校に忍び込んだのか。送って行くから帰ろう」
「先生、おねえちゃんが…」
女の子が私の方を見た。
「やめなさい。きみのお姉さんは去年亡くなったんだ。お姉さんの代わりにコンクールに出たい気持ちはわかる。お姉さんが愛したピアノを弾きたいのもわかる。だけどね、勝手に学校に入っちゃダメだよ」
先生は優しく諭すように言うと、泣きじゃくる女の子を連れて音楽室から出て行った。
私には、見向きもしなかった。
あの子は私の妹だ。今はっきりと思い出した。
去年の雨の日、傘を持って迎えに来た妹の前で、私は命を落とした。
雨宿りしていた校庭の木に、雷が落ちたのだ。
私が大好きだったピアノを、妹はどんな想いで弾いたのだろう。
いつの間にか雨が止んで虹が出ていた。
赤い長靴の妹が校庭を歩いていく。ふと立ち止まり、音楽室を振り返った。
手を振ろうと思ってやめた。妹には、私の姿は見えていない。
さよならの代わりに、妹の好きだった「茶色の小瓶」を弾いた。
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2013-06-28 18:43
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コメント(14)
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やっぱり私は凡人だ^^;
小学生の女の子が幽霊だと思って読んでました~
切り倒された木はそういうことだったのですね。
納得(・∀・)
by みかん (2013-06-28 23:25)
でも妹はお姉ちゃんの姿が見えて手をぎゅっと握った。。。
雨の日の何となく物悲しくさみしい雰囲気、、、
梅雨時はこんな幽霊が出るのにふさわしい季節かな。
by さきしなのてるりん (2013-06-29 06:34)
私はピアノを弾いているのが幽霊だとなかなか
気づききませんでした。
いつどんな形で出てくるのかなあ。と身構えて....
最初に「亡くなった女生徒の霊だという噂」とあったので
噂は噂だと思ってしまいました「たーんーじゅん~」
あー怖かった。
by dan (2013-06-29 14:23)
この話、すっかりミスリードさせられてしまいました。
りんさん、いつもながらうまいなあ!
もぐらさんも告知してくれてましたが、ブログで以前発表した長編を
大幅に加筆して「ドルフィン・ジャンプ」と改題して出版しました。
もし見つけたら立ち読みしてください(笑)
りんさんのブログも結構なボリュームあるから、そこから厳選するといい本になりそうですね!
by 銀河径一郎 (2013-06-29 17:20)
【 ご無沙汰していました! 】
(。・ω・)ノ゙ コンチャ♪
りんさん、今日は本当になんという日でしょうかw
かなり動揺している四草めぐるですw
ま、明日への心配もありますが、今日は、これで終わってくれと思いますw
こんな時間まで、よくも、ま、色々とあったモノですw
とりあえず、今日の流れは悪いですね。
こんな日はとっとと寝ますw
一応、悪魔ちゃんと天使くんを一本だけ書いて寝ようかと思います!
そそ。このお話、情緒的でいいお話だと思います。
ただ最近りんさんのショート・ショートの切れ味が落ちている気がします。
オチのです。
前に出会い系サイトで出会ったお話がありましたが……。
あれくらいの切れ味は欲しいです。
あのお話は、ちょっと難しいけど面白い発想だなと思いましたw
りんさんは最近、無理をしていないでしょうか?
無理に発表してもいいモノはできません。
書けない時は書けないで、あきらめて人間観察でもしてみたらどうでしょう?
私は書けない時は書かない主義の人なので、余計にそう思います。
私の杞憂であれば、流して下さいね。
では、では。
草々。
by 四草めぐる (2013-06-29 21:58)
この作品、私には先が読めました。
>無理に発表してもいいモノはできません。
この四草めぐるさんのご意見に私は反対です。
書き上げた作品は、どのような作品であれ、どんな形であれ、発表すべしと考えます。
私は、作品とは、人目にさらして、初めて完結すると考えます。書いて、机にしまいこんでいるだけでは、意味は無いと思います。
作品が出来た。出来、不出来はあくまで読者が評価します。自作を読んで、こりゃダメだと思ってしまいこんだら、実は他の人が読めば、とんでもない傑作ということもあります。
よく、陶芸家が、出来あがった作品をたたき壊していますが、あれは間違った行為だと思います。
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/d/20071218
ですから、りんさんも出来あがった作品は、どんどん発表してください。私も、極力読ませていただきます。楽しみにしています。
by 雫石鉄也 (2013-07-01 13:55)
これはタイトルと言い、場面設定と言い、なかなか情緒的な良い作品になりそうですよね。
どっちが幽霊だったのかの興味だけで終わって欲しくない作品ですね。
いやいや決してそれで終わっているわけではないですが、もっともっといい作品になりそうな気がします。
ところでこの作品「雨が嫌いになった日」のその2「雨宿り」のぼくのコメントをほうふつとさせますね。
主人公が幽霊。
校庭の大きな木。
僕も一つそんな舞台設定で書いてみようかな?
創作意欲を刺激される作品と言うのはいい作品なんだと思います。
by 海野久実 (2013-07-03 11:57)
<みかんさん>
ありがとうございます。
落雷で木が倒れたと書いたら、先が読めてしまいそうだったので、あえて書きませんでした。
ちょっとした伏線でした^^
by リンさん (2013-07-03 13:24)
<さぎしなのてるりんさん>
雨の日の音楽室というだけで、なんだか物悲しいですよね。
ピアノの旋律も、雨の日は寂しく聞こえます。
もうすぐ夏本番。
もっと怖~いホラーを書きたくなります。
by リンさん (2013-07-03 13:27)
<danさん>
怖がってくれてありがとうございます(笑)
最初は、幽霊と少女の心温まる話にしようかなと思っていたんです。
なかなか難しいものです。
少しでも涼しくなるように、もっと怖い話を考えましょう^^
by リンさん (2013-07-03 13:31)
<銀河径一郎さん>
ありがとうございます。
そして、出版おめでとうございます。
ブログにお邪魔しようと思い、なかなか行けずにごめんなさい。
自分の本が店頭に並ぶなんて夢のようですね。
アマゾンでも買えるとか。
ぜひ読ませていただきますね。
by リンさん (2013-07-03 13:36)
<四草めぐるさん>
大変な一日だったのですね。お疲れ様です。
仕事をしていると、嫌なこともありますね。私も同じです。
ご意見ありがとうございます。
確かに最近忙しくて、ちょっと煮詰まっているかな~と思う日もあります。
だけど書くことや話を考えることは、私にとってストレス発散なんです。
仕事が忙しかったり、思うようにパソコンが使えなかったりで(家族共用なので)書けないとイライラしちゃう(笑)
なので頑張って書いてみます^^
今後もよろしくお願いしますね。
by リンさん (2013-07-03 13:42)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
先が読めちゃいましたか(笑)
けっこう頑張ったつもりでしたが^^
雫石さんの考え、よくわかります。
私もそう思います。
読む人によってとらえ方が違うのは、みなさんのコメントでもよくわかります。
「りんさんのブログはコメントも面白い」と、よく言われます。
自分自身の励みにもなるし、勉強にもなります。
今後もよろしくお願いします。
by リンさん (2013-07-03 14:00)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
この話、最初は「雷の日にピアノが聞こえる」にしようと思いましたが、勘のいい方にバレてしまいそうでやめました。
それでもわかってしまったみたいですけどね(笑)
そうそう、海野さん「雨宿り」でロマンチックな結末を考えてくれましたね。
雨と幽霊って、何となく合うのかもしれませんね。
ぜひ書いてみて下さい。楽しみにしています。
by リンさん (2013-07-03 14:04)