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盲目の恋 [公募]

公募ガイド「小説の虎の穴」で佳作をいただきました。
お題は、「視覚を失った人が主人公」
相変わらず難しい~

             ◇
「それで、その玲子さんって美人なの?」
弟が、相変わらず馬鹿な質問をした。
「会ったことがないからわからない。もっとも、会っても見えないけど」
音を立ててせんべいを食べながら、「あ、ごめん。兄貴、視覚障害者だったね」と、籠った声で言った。
視覚障害者という言葉を最近覚えたらしい。

「それで、どうすればいいわけ? その、玲子さんに、俺が会えばいいの?」
ふうっと息を吐きながら弟が立ち上がる。
「タバコ、やめたんじゃないのか」
「あれ? わかっちゃった?」
「匂いでわかる。灰皿を探しているようだが、ここにはないぞ。我が家は禁煙だ」
弟は軽く舌打ちをしながら、台所に行って流しにタバコを押し付けたようだ。
品がなくて頭も悪いけど、どうやら顔と声は僕に似ているらしい。

事の始まりは三か月前だ。
歩道を歩いていると、杖に何かがひっかかり、拾い上げると携帯電話だった。
ちょうど駅に向かっていたので、駅前の交番に届けた。その携帯電話の持ち主が、玲子さんだった。
夜になって玲子さんからお礼の電話があり、明るい声に好感を持った。
大き過ぎたテレビの音に気づいた玲子さんが、嫌味のない声で言った。
「今、テレビ見てますよね。音が聞こえるんだけど、副音声で見てません?」
「あ、うん」
「私もドラマとか、副音声で見るんです。パソコンで仕事しながら見てるから、説明があると助かるんですよね。まあ、仕事中にテレビ見るなって話しですけどね」
一瞬、僕と同じなのかと思ったが違った。
しばらくドラマの話で盛り上がり、僕は自分の障害を話せなかった。

それからたびたび玲子さんから電話があり、僕たちは名前で呼び合うほどに仲良くなった。
僕は見たこともない物を想像で話し、目が見えないことを隠し続けた。
「今度会おう。私、あなたに会ってみたい」
玲子さんに言われて、最初の二度は断った。
だけど三度目、玲子さんは店と時間を指定して「来るまで待ってる」と言った。
「ヒマワリの造花が付いた白い帽子を被っているわ」と、僕には絶対にわからない目印まで言った。

それで僕は仕方なく、性格はまるで違うが、どうやら顔と声だけは似ている弟を身代わりにすることにした。
「オーケー、任せて。俺、そういうの得意」
相変わらずの軽い声で弟が言った。
「タバコは吸わないでくれよ。玲子さんはタバコの匂いが嫌いらしい」
「わかってるよ。心配するなって。上手くやるから」
弟が僕の肩をポンとたたいて出て行った。これで玲子さんとの縁が切れるかもしれない。
それはとても寂しいが、どこかでほっとしている自分がいた。

数時間後に弟が帰ってきた。
「兄貴、玲子さん、すごい美人だったよ。女優でいえば…あ、言ってもわからないか」
「上手くいったのか?」
「うん。また会う約束したけど、よかった?」
「じゃあ、これからはおまえの電話番号教えて、ふたりで直接話せばいい」
「え? 兄貴はそれでいいのかよ」
「仕方ないだろう」
正直、玲子さんがこの弟を気に入るはずはないと思っていた。
かなりショックだったけど、どのみち諦めるしかない恋だった。

けたたましい音を立てて、やかんが吠えた。
「お湯が沸いた。コーヒーでも淹れるよ」
立ち上がろうとしたら、やかんの音が急に止んだ。弟の気配は目の前にある。
「誰かいるのか?」 思わず耳をすます。
「私がコーヒー淹れるわ」
玲子さんの声だった。少し怒っているような尖った声だった。

「ごめん兄貴。本当は、すぐにばれた」
弟と一緒に、玲子さんが家に来ていたのか。
どうやら僕は、人の気配に気づかないほど動揺していたらしい。
「すぐに別人だと気づいたわ」
ガチャンと大きな音を立ててコーヒーが置かれた。やはり怒っている。
弟は、「じゃあ、後はお若い二人で」などとおどけたことを言いながら帰ってしまった。

「私、かなり怒っているわ」
「うん。声でわかる。…ごめん」
柔らかい手が、僕の頬にふれた。温かくて優しい手だ。
「会えてよかった」
少しだけ、泣いているような声だった。僕は、玲子さんの手を握った。
放したくない温もりだと思った。
「テレビ見ようか。副音声で」
明るい声で彼女が言う。僕は首を振った。
「もう少し、こうしていたい」
何も言わずに手を握り返した玲子さんの笑顔が、一瞬だけ見えた気がした。

◇◇

清水先生の選評に「盲目の人が携帯電話をどうやって拾ったかを書いてほしかった」と書かれていたので、2行ほど付け加えてみました。
そこは私もちょっと引っかかっていたところでした。
でもここに2行入れると5枚に収まらない。どこかを削らなければ。
まだまだ技量が足りませんでしたね。
それでも、佳作に選んでいただき、選評に取り上げてもらえたこと、嬉しく思います。

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コメント 14

dan

またまたおめでとうございます。
清々しいいいお話です。登場人物がいい人ばかりで
現代でもこんな恋あるかなあ、あって欲しいと思いました。
by dan (2014-11-12 19:12) 

さきしなのてるりん

弟が代わって恋人になっちゃうのかと思ったけど違った。玲子さんみたいなひとがたくさんいると良いな。ホッとあったかくなれた。
by さきしなのてるりん (2014-11-13 18:30) 

みかん

玲子さんには嘘はつけなかったのね。
良かった~って思いました♪
いいお話です(^.^)
会うのを2度断られたら私なら3度目は誘えない‥(>_<)
by みかん (2014-11-13 20:54) 

家間歳和

佳作おめでとうございます。
りんさんの打率の高さ、尊敬に値します。
実は馬鹿な振りをしている弟は、本当はすごく兄想いで、
わざとばれるようにしむけて玲子さんを連れて来た……
っていう裏ストーリーを考えながら読みました。
タバコが伏線に使えそう……。
ラストのほっこり感は、さすがりんさん。
虎の穴のツボを押さえていますね。
by 家間歳和 (2014-11-14 10:20) 

雫石鉄也

4行目で弟が、「あ、ごめん。兄貴、視覚障害者だったね」といってますが、兄弟ですから、兄が視覚障害者であることは、充分に知っているはずです。それが、わざわざこんな言葉をいうのは、少し違和感を感じました。
それに素直すぎましたね。兄、弟、玲子、この中で障碍者は兄だけでしょう。これを、実は、弟は聴覚障害者、玲子も視覚障害者、と、いうぐあいにすればどうでしょう。
例えば
>「私もドラマとか、副音声で見るんです。パソコンで仕事しながら見てる>から、説明があると助かるんですよね。まあ、仕事中にテレビ見るなっ>て話しですけどね」
> 一瞬、僕と同じなのかと思ったが違った。
これを
「私もドラマとか、副音声で楽しむんです。仕事しながらですが、説明があると助かるんですよね。まあ、仕事中にドラマに気を取られるなといわれそうですが」
一瞬、僕と同じなのかと思った。
で、次のセリフを
>「すぐに別人だと気づいたわ」
「すぐに別人だと気づいたわ。声で。私、人の声には敏感なの」
と、かえると実は玲子も視覚障害であることを匂わせることができるのではないでしょうか。


by 雫石鉄也 (2014-11-14 14:07) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
ちょっと上手くいきすぎ?とも思いましたが、やっぱりハッピーエンドがいいかな~と思いました^^
by リンさん (2014-11-14 17:22) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
ありがとうございます。
声は似てても性格までは真似できませんよね。
ちゃんと見抜いた玲子さんエライ^^
by リンさん (2014-11-14 17:26) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
そうそう。これほど性格が違ったらばれますよね~^^
>3度目は誘えない…たしかに^^ 玲子さん積極的。
電話だけで、好きになっちゃったんですね、きっと。
by リンさん (2014-11-14 17:42) 

リンさん

<家間歳和さん>
ありがとうございます。
弟のサイドストーリー。
なるほど、そういうのも面白いですね。
私は、玲子さんはかなり気の強い人で、半分弟を脅して家までついて来た、というふうに考えながら書きました。
でも、弟もバカなままじゃ可哀想ですもんね(笑)
いいと思います。
by リンさん (2014-11-14 17:46) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
4行目…うん、確かにそう思われるかな~と思いました。
「視覚障害者という言葉を最近覚えたらしい。」という言葉をあえて入れてみたのですが、わざとらしかったかな^^;

彼女の方も視覚障害であることを、はっきり書かずに匂わせるんですね。
上級ですね。
最初からそのつもりで書かないと、なかなか難しいですね。
いつも勉強になります。ありがとうございます。

by リンさん (2014-11-14 17:53) 

海野久実

そうですね。
やはりうまく行きすぎだと思います。
視覚障害の主人公を健常者が好きになるには、やはりある程度ハードルが高いと思うんです。
回りが反対することも考えてしまうでしょうし。
初対面で主人公の事を好きになってしまうには何かもっと特別な出来事が有った方が納得できるとおもいます。
電話で話をしていた期間に何か心惹かれる出来事があったとか。
何か特別なエピソードが欲しいですね。
でも、それを描くには枚数が圧倒的に足りませんよね。

その他、気になった所。
>「タバコ、やめたんじゃないのか」 「あれ? わかっちゃった?」
部屋の中でたばこを吸えば誰でもわかるでしょう。
主人公が視覚障害者だと言う事を強調するエピソードとしてはあまり適切ではないと思いました。
そうだ、こういう風にすれば?
弟君は部屋ではたばこを吸わなかったのに「タバコ、やめたんじゃないのか」と言われる。「あれ?吸ってないよ」「お前がしゃべる時の息がたばこ臭いんだよ」

でもでも、ストーリーはなかなかしゃれてて心がホンワカになって、よかったですよ。
by 海野久実 (2014-11-14 18:53) 

サイトー

佳作おめでとうございます。
弟さんのとぼけたキャラが、このストーリーを繋げるいい接着剤になっていると思います。
弟のキャラを印象付けるという意味で、冒頭のとぼけたエピソードも悪くないですね。
佳作になるのも納得のできばえだと思います!
by サイトー (2014-11-15 08:15) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
おっしゃるとおり、上手くいきすぎですね。
こんなにすんなり彼を受け入れるのは、勇気がいることですね。
そこまで書いたら、ホントに枚数足りませんけどね^^;

タバコの件ですが、弟の雑な性格を表すために、流しにタバコを押し付ける音があるといいかなと思いました。
ちょっとわざとらしかったかもしれませんけどね。
by リンさん (2014-11-15 10:45) 

リンさん

<サイトーさん>
ありがとうございます。
この弟のキャラがあるから、話が深刻にならずに進んでいるように思えて、私も気に入っています。
佳作に選ばれたのも嬉しいですが、選評に取り上げていただけるのは、ありがたいですね。
みなさんからも色んな感想が頂けて、ブログやっててよかった~と思います。
by リンさん (2014-11-15 10:49) 

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