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カエルのプロポーズ [ファンタジー]

山のみどりは、見るたびあざやかになります。
五月は、ほんとうにいい陽気です。
ふもとでは、田植えがさかんに行われています。朝から日が暮れるまで大忙しです。
「あ~あ、いい天気なのに遊びにも行けない」
一郎さんは、肩をぽんぽんとたたきました。
ぎっくり腰になったお父さんのかわりに、ひとりで田植えをしているのです。

「おや一郎、精が出るね」
近所のおばあさんが、通りかかるたびに声をかけます。そして必ず、
「早く嫁さんをもらいなよ」
と言うのです。そのたび一郎さんはためいきをつきます。
「この村に、若い女なんかいねえべ。ばあさんばっかりだ」

一郎さんは疲れたのでひと休みして、おにぎりを食べることにしました。
畦道の草むらに腰をおろし、おにぎりの包みを広げました。
塩だけでにぎった丸いおにぎりです。この塩むすびが、一郎さんは大好きです。

ふと、誰かに見られているような気がして横を向くと、一匹のカエルが一郎さんの肩にのっています。
おにぎりをじっと見ています。
「めんこいカエルだ。おにぎり食うか?」
一郎さんは、ごはんをひとつぶカエルの口に持っていってあげました。
カエルはぱくりと食べました。

「カエルもごはんを食べるんだなあ」
一郎さんが感心していると、「もっとちょうだい」と小さな声がしました。カエルがしゃべっていたのです。
「ああ、たまげた。おまえ、しゃべれるのか」
「ええ、だってわたし、元は人間なんだもの」
「どういうことだ?」

カエルは、きのうまで人間の女でした。カメラ片手に日本各地を旅して、この村に立ちよったのです。
きれいな風景に感動して、夢中で写真をとっていたら、水をはった田んぼに、どぼんと落ちてしまったのです。
「やっとの思いではい上がってきたら、カエルになっていたの」
「そんなバカげた話があるもんか」
「本当なのよ。あたし、水にうつった自分の姿を見て、気を失いそうになったわ」
「そりゃあ、そうだろう」
「だけどカエルになったって元は人間でしょう。おなかがすいても虫なんか食べたくないし、困っていたらあなたのおにぎりが、きらきらかがやいて見えたの」
「そうかそうか。じゃあどんどん食え」

一郎さんは、ごはんつぶをふたつ、みっつ、カエルの口に持っていきました。
「おいしいわ。こんなおいしいごはん、初めて食べたわ」
「そうか。米なら売るほどあるから好きなだけ食え」
「わたし、人間に戻れたら、あなたのお嫁さんになってあげるわ」
一郎さんは、カエルのプロポーズに思わず笑いました。
「ははは、カエルに言われてもなあ」
「笑うなんてひどいわ。わたし本気で言ったのに。いいわよ。どうせわたしなんて、ヘビに食べられてしまうんだわ」
カエルは怒って、一郎さんの肩からぴょんと飛びました。
「まてまて」
本当にヘビに食べられては大変です。一郎さんは立ち上がってカエルを両手でつかまえました。
そのとたん、バランスをくずして田んぼの中にドボーンと落ちました。

「ああ、せっかく植えた苗がだいなしだ」
一郎さんはどろんこになって立ち上がりました。うしろからカエルの声がしました。
「あたしも手伝うわ」
「カエルに手伝ってもらってもなあ」
と言いながら一郎さんがふり向いたら、そこには同じようにどろだらけの若い娘が立っていました。
「あなたのおかげで、人間に戻れたみたいよ」

娘は顔のどろをぬぐいながら、にっこり笑いました。
その笑顔は五月の風のようにさわやかで、五月の光を集めて咲くツツジのようにあでやかでした。
「あの、さっきのプロポーズだけど」
しどろもどろになりながら、一郎さんがたずねると、娘は大きくうなづきました。
「もちろん本気よ。あんなおいしいごはんが毎日食べられるなら、あなたのお嫁さんになるわ」

通りかかったおばあさんが、どろだらけのふたりを見て言いました。
「一郎、いつの間に嫁さんもらったんだ?」
「たった今だ」
見つめ合うふたりを祝福するように、きそく正しく並んだ苗が、やさしくゆれていました。

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コメント 8

雫石鉄也

たいへんに素直な好感が持てる作品です。それこそ五月の風のようでした。
ところで、主人公の名前ですが、最初は「一郎」という名前、こういう話にはそぐわないと思いました。与作とか兵衛とか源助というような民話風の名前のほうがいいのではないかと思いましたが、うん、こういうストーリーで、相手の女性が現代女性なわけでしょう。だったら一郎でよかったです。
by 雫石鉄也 (2015-04-28 13:54) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
蛙にプロポーズされたら驚くでしょうね。でも最後は結ばれてよかったです。
by SORI (2015-04-29 10:50) 

たまきち

りんさんの真骨頂、ほっこりが出ていて すてきです。
by たまきち (2015-04-29 18:06) 

みかん

あぁ良かった~(#^.^#)
田んぼに落ちた一郎がカエルになってしまうのかと
想像しながら読んでましたが
カエルにならなくて良かった。。。
幸せになってね(*^_^*)
by みかん (2015-04-30 21:09) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
ちょっと昔話風な書き方をしてしまいましたが、嫁不足に悩む現代の話なんです。
この時期は、うちのまわりで盛んに田植えが行われています。
お年寄りばかりが頑張っています。
こんな出会いがあったら楽しいかな、と思って書きました^^
by リンさん (2015-05-02 10:53) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
カエルの王子っていうおとぎ話がありましたが、その逆バージョンですね。
やっぱり最後はハッピーエンドです^^
by リンさん (2015-05-02 10:55) 

リンさん

<たまきちさん>
ありがとうございます。
いつも紹介していただいて、感謝してます^^
by リンさん (2015-05-02 10:56) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
ふたりでカエルになったら、それも面白いけど、やっぱり田植えは終わらせないとね^^
美味しいお米のためにも(笑)
by リンさん (2015-05-02 10:57) 

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