ブラックな仕事

久しぶりに実家に帰った。
母の手料理は、大ざっぱだけどやはり美味い。
家族みんなで食べるからかな。

「あんた、ちょっと痩せたんじゃない？ちゃんと食べてるの？」
「それがさ、仕事が忙しすぎて。あの会社絶対ブラックだよ。サービス残業あたりまえ。休みは取れないし、給料は安い。昼めしだってゆっくり食えないんだ」
「まさかあんた、辞めたの？」
「辞めてないけど、辞めようと思ってる。仮病使ってしばらく休んで、辞表を出すつもり」
「じゃあ、明日から家にいるのね。助かるわ。お母さんの手伝いしてくれる？」
「いいよ。どうせヒマだし」

翌朝、いきなり布団をはがされた。
「何だよ。まだ５時半じゃないか」
「今日からお母さんの手伝いをしてくれるんでしょ。忙しいのよ。早く起きて。それとも会社に行く？」
「わかったよ」
しぶしぶ起きると、大量の洗濯物を押し付けられた。
「今朝は量が多いから２回に分けて洗濯機を回してね。柔軟剤を忘れずに。そのあとは、お弁当を４つ作るからね。あと朝食とコーヒーの用意ね」
我が家は５人兄弟。高校生と中学生の弟２人に小学生の妹、一番チビの妹はまだ幼稚園だ。
「冷蔵庫の煮物を詰めて。あとはウインナーと玉子焼き。ウインナーはタコさんにしてよ」
母はてきぱきと味噌汁を作ったりお新香を切ったりしている。
２度目の洗濯機を回すころ、パラパラと父や弟たちが起きてくる。
小学生の妹は「あたしパンがいいな」などとほざいている。
幼稚園のチビの髪を結び、牛乳を飲ませコーヒーを落とす。目が回る忙しさだ。

やがてみんなが出かけ、母が幼稚園にチビを送って行った。
「洗濯物、干しておいてね」と、しっかり用事を言いつけて。
大量の洗濯物を干し終えて、やっと一息と思いきや、母が帰ってきた。
「じゃあ次は掃除ね」
「おれ、朝飯食ってないけど」
「ええ？お弁当作りながらつまみ食いとかしなかったの？しょうがないわね、握り飯でも作って食べなさい」
母はすぐに掃除を始めた。ゆっくり食べるどころじゃない。
掃除のあとは休めるかと思ったら、畑に行くという。
「近くに畑借りてるのよ。家族が多いから、野菜は自給自足よ」
まさか畑仕事をさせられるとは。
トマトやキュウリの収穫、草取り。さんざんこき使われて、昼食にありつけたのは１時過ぎだった。
「食べ終わったら幼稚園のお迎えに行くわよ。帰りに買い物するから一緒に来て」
「え？食休みもなし？」
「当たり前でしょ。チビちゃんが待ってるのよ」

幼稚園に着いたのは２時１０分。
母が先生と話している間、園児たちの「遊んで」攻撃。
幼稚園児は、若い男が好きらしい。
容赦ない園児たちの攻撃に、へとへとになって買い物に向かう。
「今日はお兄ちゃんがいるから、お醤油と水も買っちゃおう」
信じられないほど重い袋を持たされ、帰宅したのは４時過ぎだ。
「さあ、洗濯物を取りこんで」
休む間もなく洗濯物を畳まされ、帰ってきた小学生の妹の宿題を見てやり、チビのプリキュアごっこに付き合い、夕飯の支度を手伝った。

弟たちは部活や塾で帰りが遅く、父はいつまでも飲んでいるから片付かない。
すべての食器の洗い物が終わったのは、夜の１０時を過ぎていた。
「ねえ、お母さん、毎日こんなことひとりでやってるの？」
「そうよ」
「報酬なしで？」
「当り前でしょう。報酬は、あんたたちの笑顔と成長よ」
ブラックだ。主婦業とはなんてブラックなんだ。

「お母さん、俺、やっぱり会社行くよ（主婦業に比べたら大したことないし）」
「あらそう。じゃあ、ゆっくり休んで明日は会社に行きなさい」
僕はその日、ふかふかの布団で死んだように眠った。

そして母は、最期の仕事である家計簿を付けながら肩をとんとん。
「ああ、今日はお兄ちゃんがいたから頑張りすぎちゃったわ。明日はたっぷり昼寝しよう」
主婦業は、わりと融通が利く。


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コメント 10

リンさんさん おはようございます。
会社を続けさせる、お母さんの計略(作戦)でしたか。お母さん凄いですね。主婦業は、沢山の仕事があるのにも驚きました。
by SORI (2015-05-26 07:59) 

うん。面白かった。良かったです。文章が良かった。
こういうのは、とんとんとんと、遅滞なく、勢いで読ませなければなりません。その点、りんさんのリズム感良い、文章が非常に効果的でした。
by 雫石鉄也 (2015-05-26 13:24) 

あ～　なんかわかる！
私も相棒が休みの日は休まず主婦業！
あれやってこれやって忙しく動きまわりますが
手伝ってはくれませんけどね(・へ・)
そして平日はわりとの～んびりしてます（笑）
by みかん (2015-05-26 21:47) 

まあ、そんなものでしょうね。
ブラック企業だってその社長さんは結構ゆったりのらくらやってるかもしれません。
そうか～
ブラック企業は家庭的なのかもしれませんね（ちゃうちゃう）

一気に最後まで読めました。
面白かった。

by 海野久実 (2015-05-26 23:57) 

今更ながら主婦業の大変さにしみじみ。
身をもってそれを見せるお母さん素敵です。
報酬は「子供の笑顔と成長」というのが泣かせるね。
こんなお母さんばかりだったら、良い世の中になる
でしょう。良いお話でした。
by dan (2015-05-27 11:53) 

＜SORIさん＞
ありがとうございます。
主婦の仕事って、もしかしたら一番のブラックかも…って時々思うんです。
まあ、そんなことを思わずに暮らしているのが、このお母さんなんでしょうね。尊敬します。
by リンさん (2015-05-29 20:42) 

＜雫石鉄也さん＞
ありがとうございます。
雫石さんがおっしゃるように、とんとんと話を進めたかったので、子供たちの名前をあえて決めませんでした。
末っ子なんて、チビよばわり（笑）
でも、雫石さんに褒めていただけて、これでよかったんだと思いました。
by リンさん (2015-05-29 20:46) 

＜みかんさん＞
そうそう、主婦業って休みなし。
私も朝と夕方は、このお母さん張りに忙しいです。
誰も手伝ってくれないしね＾＾
お互いがんばりましょう！
by リンさん (2015-05-29 20:48) 

＜海野久実さん＞
ありがとうございます。
確かにブラック企業って多いけど、ちょっと騒ぎすぎの部分もあると思います。
主婦業は、報酬なしだけど、文句言わずにやってますもんね＾＾
まあ、そこには愛がないと出来ませんけどね。
by リンさん (2015-05-29 20:52) 

＜danさん＞
ありがとうございます。
主婦業って、やってあたりまえで、失敗すると文句を言われる。
本当に愛情がないと出来ませんね。
世の中のお母さんが、みんなこのお母さんみたいだったらいいですね。
by リンさん (2015-05-29 20:56)