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小百合とはるか、一人旅 [男と女ストーリー]

「一人旅なの」と、その人は言った。
上品なクリーム色のワンピースに、エメラルドのブローチ。
50代後半くらいだろうか。柔らかい物腰に好感が持てた。

ホテルのロビーで時間を持て余していた。私も一人旅だ。
「一人旅は楽しいけど、ひとりの食事は味気ないわよね。ご迷惑じゃなかったら、ご一緒しません?」
優しそうな笑顔に、思わず頷いた。

「吉永小百合です」と名乗りながら、彼女は悪戯っぽく笑った。
「もちろん本名じゃないわよ。でも、ここでは私、小百合なの」
「じゃあ、私は、はるか。綾瀬はるかです。ずうずうしいかしら」
「ずうずうしいのはお互い様ね。じゃあ、吉永小百合と綾瀬はるかで食事に行きましょう」
「すごい組み合わせですね」
私たちは笑いながら、ホテルに近い和食の店に入った。

「私、一度でいいから京都で一人旅がしたくてね、ほら、CMで京都に行こうって言うじゃない。あれ見て、思わず宿と新幹線手配しちゃったの」
自称小百合さんは、きれいな仕草で冷酒を飲みながら京料理に箸をつけた。
「でもね、なかなか主人に言い出せなくて、ほら、一人旅なんてしたことないから変に思われるんじゃないか心配で。それでね、旅の前日、京都の友人が入院したって嘘をついて出かけてきたの」
「わあ、小百合さん、なかなかの策略家ですね」
「でも来てよかった。お寺もゆっくり見られたし、素敵な旅だったわ」
小百合さんは、本当に楽しそうだった。

「はるかちゃんは、どうしてひとりなの?私と同じで、CM見て来たくなった?」
「いいえ。私は、恋人にドタキャンされたんです。それで一人旅です」
「まあ、残念。ドタキャンするなんて、ひどい人ね」
「仕方ないんです。不倫だから。彼には妻子がいて…。あ、いやだ、初めて会った人にこんな話…」
「いいじゃない。私たち、本名も知らない一夜限りの友達でしょう。何でも話して」

小百合さんの聞き上手と、飲みなれない酒のせいで、私は彼とのことを打ち明けた。
1年まえに仕事の関係で出会い、付き合い始めたのは半年前。
妻子がいることは知っていたけど、好きになってしまったものは仕方ない。
京都旅行は私が誘った。
用心深い私たちは、チェックインを一日ずらした。
私が昨日からホテルに泊まり、今日彼が合流する予定だった。
「昨夜、急に行けなくなったとメールが入ってそれっきり。でも、これでよかったのかもしれません。土日に彼と過ごしたら、私もっと欲張りになるわ」
小百合さんは黙って私の話を聞いてくれた。そしてぽつりとひと言。
「その人が、来なかったことが答えなんじゃないの」
優しさの中に、厳しさを感じた。そんなこと、わかっている。
私は、本名も知らない一夜限りの友達の前で、ひとしきり泣いた。
何だか吹っ切れたような気がした。


夫に、5回目の電話をかけた。
「何度も電話しなくても、こっちは大丈夫だよ。夕飯はミカとワタルが共同で作ってくれたんだ。けっこう美味かったよ。何ならあと2,3日ゆっくりしてもいいよ」
「明日帰るわよ」

上手くいったわ。すべては計画通り。
夫に愛人がいることは、うすうす気づいていた。
東京に出張だと言いながら、愛人との京都旅行を計画していたことをパソコンの履歴で知った。ネットでホテルの予約をしていた。
私はすかさず同じ日にホテルを予約して、出発前日の夜、嘘をついた。
「京都に住んでいる友達が入院したの。明日、お見舞いに行くことにしたわ。子供たちはもう世話なしだし、あなた、東京に出張だったわよね。ちょうどいいから行ってくるわ」
京都のホテルの名前を告げると、夫は明らかに動揺した。
「そういえば、出張中止になったんだ。言い忘れてた」
しどろもどろにそう言って、深夜にこそこそメールをしていた。
おそらく夫も、どこかでホッとしていたはず。そう信じたい。

愛人の名前は知っていたし、見つけるのは容易だった。
女性の一人旅は、驚くほど少ない。
綾瀬はるかですって。なんてずうずうしい女。若い以外何の魅力もないわ。
あとは、最後に撮った彼女との写真をさりげなく夫に見せて「京都で可愛らしいお嬢さんと知り合ったわ」と楽しそうに笑って終了。
これでこの旅の計画は終わり。
出来れば少しくらい観光もしたかったわ。

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コメント 14

SORI

リンさんさん こんにちは
小百合さんは、すごい策略家だったのですね。でも皆が丸く収まったのかもしれません。
by SORI (2015-05-20 18:20) 

雫石鉄也

この作品、わたしは途中まで読んで、ネタは判りました。
もう少しミスディレクションを作るか、最後にどんでん返しを作ったら。もっと面白かったです。
by 雫石鉄也 (2015-05-21 13:20) 

みかん

PCの履歴は怖いですねぇ(・_・)
履歴は削除しなくては。。。
行動する奥さんてばすごい!
by みかん (2015-05-22 21:33) 

はる

りんさんのこういうシビアなお話大好きです。
ぜひ朗読させてもらいたいです。
よろしくお願いします。
by はる (2015-05-22 22:40) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
こんな風に秘かに釘を刺す方が、効き目があるかもしれませんね。
だけど簡単に許しちゃだめですよねぇ。
by リンさん (2015-05-23 17:25) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
この話は、すごく悩んで書きました。
だいたいのストーリーは浮かびましたが、うまくまとまらなくて。
舞台が京都だから嵐山とか清水寺とかを入れて書いたりしたのですが、けっきょくこの形に落ち着きました。
判ってしまいましたか…。やっぱり^^;
by リンさん (2015-05-23 17:29) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
この夫は、奥さんが疑っていることに気づいていないんでしょうね。
ポーカーフェイスの奥さんも怖いわ~
by リンさん (2015-05-23 17:32) 

リンさん

<はるさん>
ありがとうございます。
朗読、もちろんOKですよ^^
よろしくお願いします。
by リンさん (2015-05-23 17:33) 

dan

世の中には鋭い奥さんもいるのですね。
そしてとにかく夫の浮気を未然に防ぐために
努力を惜しまない。
夫はのんきで気楽なもの。
この二人これからうまくいくのかなあ。
by dan (2015-05-23 19:17) 

海野久実

そうですねー
>「昨夜、急に行けなくなったとメールが入ってそれっきり
あたりで気がつきますね。

それ以外に気になったのは、自称はるかさんがドタキャンされて一人で旅行に行く気になるのかな?と言うこと。
あと、自称小百合さんが、浮気を「うすうす気づいていた」だけなのに名前まで知っていること。
名前しか知らないのにホテルで見つけるのは難しいような気がすること。
小百合さんの
>綾瀬はるかですって。なんてずうずうしい女。若い以外何の魅力もないわ。
と言うセリフに、「あんたはどうなのよ」と突っ込みたくなるところ(笑)

色々気になるところがありましたが、これはやっぱり30枚ぐらいの短編向きのアイデアかもしれませんね。
短編に仕上げるのに、雫石さんのおっしゃるあっと言うような、どんでん返しが欲しいかな。


by 海野久実 (2015-05-24 15:09) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
夫が浮気するたびに、吉永小百合になる奥さん。
どうですか?
by リンさん (2015-05-25 23:08) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
やっぱり気づいちゃいましたか^^;

えーと、たくさんの疑問ありがとうございます^^
はるかさんは、ホテルのキャンセル料を払うのが嫌で、一人旅をしていました。
小百合さんは、夫のパソコンの履歴で彼女の名前を知ったのでした。
ホテルで見つけるのは、たしかにちょっと難しいかもしれませんね^^;

うーん。ショートにするには、無理があったかも…ですね^^
by リンさん (2015-05-25 23:15) 

ぼんぼちぼちぼち

わお!すごい奥様!
浮気対策もこのくらい冷静にしたたかにやってのけたらアッパレでやすね(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2015-05-28 15:06) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
普通に浮気を責められるより、こっちの方が効き目があるかもしれませんね。
賢い奥さんです。
by リンさん (2015-05-29 21:01) 

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