紫陽花の恋 [ファンタジー]
紫陽花は、気まぐれ、移り気などと言われますが、私は違います。
私は一途です。
私が恋をしたのは、目の前のアパートに住むT大生です。
爽やかでイケメンで、おまけに頭がいいのです。
彼は毎朝、大家さんに挨拶します。
「おはようございます。紫陽花がきれいに咲きましたね」
きれいだなんて言われてしまいました。照れます。
大家さんは私に水をかけてくれながら、ひとりごとをつぶやきます。
「いい男だね。礼儀正しいうえにT大か。あたしが50歳若かったら惚れてたよ」
私も思います。私が彼に似合いの(人間の)女性だったらどんなに嬉しいか。
彼が目の前を通るたびに、私は花びらをピンクに染めました。
ある日、彼が女を連れてきました。彼より年上に見えます。
ブランド品を身に着けた、いけ好かない女です。
私は、カタツムリに命じました。「さあ、あの女の頭に乗りなさい」
カタツムリは、私の葉っぱからぴょんと飛んで、女の頭の上に乗りました。
「きゃ、なにこれ、キモ!」
女はカタツムリを投げつけました。
ほらごらん。ろくな女じゃない。きっと純情な彼をたぶらかそうとしているのです。
彼は憂うつそうな顔で私を見ています。
「どうかしたの?」と、女が言いました。
「ああ、ごめん。実は母が入院してね、ちょっと難しい病気なんだ」
「まあ……」
「治療費がかかるから、大学をやめて働こうかと思っているんだ」
「そんな、T大をやめるなんて勿体ないわ。いくら必要なの?」
「いや、そんなこと、マキさんに頼めないよ。ごめん、忘れてくれ」
「いいのよ。どうせ夫が株で儲けたお金よ。あなたのお母様のために使いたいの」
マキという女、結婚しているようです。なんて女でしょう。
しかもお金で彼を繋ぎとめようとしています。あざとい女です。
でも彼は、きっとマキのことが好きなのでしょう。
人目もはばからず、紫陽花目もはばからず、ふたりは抱き合いました。
地面に叩きつけられたカタツムリが、葉っぱの上に這い上がってきて、
「どうせ叶わぬ恋だよ。せっかくきれいに咲いたのに残念だけどさ」
と、自分の痛みも忘れて慰めてくれました。
しばらくして、彼の姿が見えなくなりました。
優しい彼のこと、きっと病気のお母様のところに行ったのでしょう。
マキはたまに見かけました。彼がいなくてがっかりして帰りました。
ざまーみろ、と思いました。
日差しが眩しくなって、本格的な夏がやってきました。
私の季節ももう終わりです。
そんなとき、大家さんが近所の人と井戸端会議にやってきました。
「詐欺師だったらしいよ」
「あらまあ、あのT大生が?」
「T大っていうのもウソだったらしいよ」
「若い女から金をだまし取ってたんだって。怖いねえ」
「ホントにね。あたし騙されなくてよかったよ」
「ちょっとあんた、あたしゃ若い女って言ったんだけど」
ハハハハハハハ
何の話をしているのでしょう。
どうでもいいけど水をください。今にも枯れそうです。
花の先っぽが、茶色くなってきました。
大家さんたちは、まだしゃべっています。
カタツムリが、葉っぱから話しかけてきます。
「おいらたちの季節はもう終わりだな。紫陽花さん、もし一緒に人間に生まれ変わったら、おいらと恋をしようよ」
「あたし、メンクイよ」
「知ってる」
夕立が降ってきました。気持ちいいです。
さあ、もう一花咲かせましょう。
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私は一途です。
私が恋をしたのは、目の前のアパートに住むT大生です。
爽やかでイケメンで、おまけに頭がいいのです。
彼は毎朝、大家さんに挨拶します。
「おはようございます。紫陽花がきれいに咲きましたね」
きれいだなんて言われてしまいました。照れます。
大家さんは私に水をかけてくれながら、ひとりごとをつぶやきます。
「いい男だね。礼儀正しいうえにT大か。あたしが50歳若かったら惚れてたよ」
私も思います。私が彼に似合いの(人間の)女性だったらどんなに嬉しいか。
彼が目の前を通るたびに、私は花びらをピンクに染めました。
ある日、彼が女を連れてきました。彼より年上に見えます。
ブランド品を身に着けた、いけ好かない女です。
私は、カタツムリに命じました。「さあ、あの女の頭に乗りなさい」
カタツムリは、私の葉っぱからぴょんと飛んで、女の頭の上に乗りました。
「きゃ、なにこれ、キモ!」
女はカタツムリを投げつけました。
ほらごらん。ろくな女じゃない。きっと純情な彼をたぶらかそうとしているのです。
彼は憂うつそうな顔で私を見ています。
「どうかしたの?」と、女が言いました。
「ああ、ごめん。実は母が入院してね、ちょっと難しい病気なんだ」
「まあ……」
「治療費がかかるから、大学をやめて働こうかと思っているんだ」
「そんな、T大をやめるなんて勿体ないわ。いくら必要なの?」
「いや、そんなこと、マキさんに頼めないよ。ごめん、忘れてくれ」
「いいのよ。どうせ夫が株で儲けたお金よ。あなたのお母様のために使いたいの」
マキという女、結婚しているようです。なんて女でしょう。
しかもお金で彼を繋ぎとめようとしています。あざとい女です。
でも彼は、きっとマキのことが好きなのでしょう。
人目もはばからず、紫陽花目もはばからず、ふたりは抱き合いました。
地面に叩きつけられたカタツムリが、葉っぱの上に這い上がってきて、
「どうせ叶わぬ恋だよ。せっかくきれいに咲いたのに残念だけどさ」
と、自分の痛みも忘れて慰めてくれました。
しばらくして、彼の姿が見えなくなりました。
優しい彼のこと、きっと病気のお母様のところに行ったのでしょう。
マキはたまに見かけました。彼がいなくてがっかりして帰りました。
ざまーみろ、と思いました。
日差しが眩しくなって、本格的な夏がやってきました。
私の季節ももう終わりです。
そんなとき、大家さんが近所の人と井戸端会議にやってきました。
「詐欺師だったらしいよ」
「あらまあ、あのT大生が?」
「T大っていうのもウソだったらしいよ」
「若い女から金をだまし取ってたんだって。怖いねえ」
「ホントにね。あたし騙されなくてよかったよ」
「ちょっとあんた、あたしゃ若い女って言ったんだけど」
ハハハハハハハ
何の話をしているのでしょう。
どうでもいいけど水をください。今にも枯れそうです。
花の先っぽが、茶色くなってきました。
大家さんたちは、まだしゃべっています。
カタツムリが、葉っぱから話しかけてきます。
「おいらたちの季節はもう終わりだな。紫陽花さん、もし一緒に人間に生まれ変わったら、おいらと恋をしようよ」
「あたし、メンクイよ」
「知ってる」
夕立が降ってきました。気持ちいいです。
さあ、もう一花咲かせましょう。
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2017-06-24 07:32
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コメント(12)
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季節にぴったりの切ない恋物語。と思いきや。
初めのほうは予想通りだったのに。
つい可笑しくて笑ってしまいました。
リンさん万歳!!
紫陽花とかたつむりが人間に生まれ変わって
素敵な恋をしますように。
いつものことながら読後感満点、いい気持ちです。
by dan (2017-06-24 16:08)
たいへん、失礼ですが大笑いをしました。
これだから、りんさん大好き。
まいった、まいった。
by 村上母 (2017-06-25 02:49)
マキさんが気になります。
お金を取られたのでしょうな。それが夫にばれましたか。
紫陽花から見て恋がたきだったからイヤミな女に見えたのでしょう。
それが被害者だったわけです。マキさん、ほんとはどんな女ですか?
by 雫石鉄也 (2017-06-26 13:40)
<danさん>
ありがとうございます。
最初は切ない恋心を…と思ったのですが、カタツムリを登場させたあたりから、ちょっと路線変更^^
人間になったら、意外とうまくいくと思いますけどね^^
by リンさん (2017-06-26 21:21)
<村上母さん>
ありがとうございます。
笑ってもらえて嬉しいです!
カタツムリがイケメンに生まれ変わることを祈りましょう^^
by リンさん (2017-06-26 21:24)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
そうです。マキさんは被害者です。
お金持ちだから狙われてしまったのでしょう。
彼が逮捕されたので、夫にも知られてしまったでしょうね。
きっと夫とはうまくいってなくて、寂しかったんでしょうね。
被害者のマキさんに注目するなんて、雫石さん、優しいですね。
by リンさん (2017-06-26 21:34)
リンさんさん おはようございます。
紫陽花の恋は意外な展開だったのですね。
さすがにお金を持たない紫陽花さんは詐欺にはあわないでしょうね。
by SORI (2017-06-27 07:59)
「私」が紫陽花の花で良かったです。
人間だったら、絶対騙されてただろうなって思うとちょっぴし切ない^^;
紫陽花が真実を知ることなく、綺麗な思いのままでいる事が救いかな。
これからはカタツムリさんの片思いを応援しちゃいます^^
by まるこ (2017-06-27 09:00)
予定調和と思わせて土俵際でうっちゃり。
投げられたほうは、どこへ投げられたのかよくわからず、えっ?
──ふしぎなお話でした。
りんさんくらいになると、こういう“遊び”もいいですね。
by ひと休み (2017-06-27 22:30)
<SORIさん>
ありがとうございます。
紫陽花さんの恋は、ちょっとほろ苦かったですね^^
by リンさん (2017-06-28 16:59)
<まるこさん>
ありがとうございます。
そうですね。人間だったら騙されちゃうでしょうね^^
カタツムリさんの良さに、早く気づいてあげて欲しいです。
by リンさん (2017-06-28 17:01)
<ひと休みさん>
ありがとうございます。
最後まできれいなお話で終わるつもりで書き始めましたが、男がただのイケメンじゃつまらないと思い、路線変更。
結果、こうなりました(笑)
みなさんに楽しんでいただけたようなので、よかったです。
by リンさん (2017-06-28 17:05)