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故郷に帰る骨 [公募]

電車内はひどく混み合っているのに、四人掛けのボックス席を占領している。
それは恐らく私が黒い服を着て、膝に白い骨箱を乗せているからだ。
遠慮して誰も座らない。
申し訳ないような気持ちで母の遺骨を抱いていた。

母の故郷に向かっている。
病気になっても我儘ひとつ言わなかった母の唯一の願いが、「遺骨は故郷の寺に預けてほしい」というものだった。
先に逝った父と同じ墓に入ると思っていた私は、とても驚いた。
「骨になって故郷に帰ることは、ずっと前から決まっているの。きっとお父さんも許してくれるわ。だからお願い」
母は、やせ細った手を合わせて懇願した。

終点が近づくにつれ、乗客はまばらになってきた。
小さな駅で乗り込んできた老人が、迷わずに私の前に座った。
座るなり老人は「遠山の静子ちゃんだろ」と言った。
私にではなく、母の遺骨に向かって話しかけている。遠山静子は母の旧姓だ。
「母をご存知ですか?」と訊いた私を無視して、老人は遺骨に向かって話し続ける。
「やっぱり帰って来たね。一郎君もね、先日帰ってきたよ。都会でずいぶん偉くなって立派な家族もいるのにさ、骨になったらちゃんと帰ってきたんだよ」
「母の同級生ですか?」と訊いた私を再び無視して、老人は昔話を繰り返す。
きっと耳が遠いか頭がおかしいのだ。
私は横を向き、流れる景色を眺めながら終点までの駅を数えた。

ようやく着いて電車を降りると、老人はいつの間にかいなくなっていた。
ホームはすっかり秋めいて、骨箱を抱える手が冷たい。
母の実家はもうないので、直接寺を訪ねることにした。
バスはないから、片道40分の道のりを歩くことにした。
母が通ったかもしれない商店街を抜けると山道に差し掛かる。
「お母さん、懐かしい? 生きているときに連れてきてあげたらよかったね」

母方の祖父母は、私が生まれる前に亡くなっていたので、この町に来るのは初めてだ。
母が通ったかもしれない小学校や、遊んだかもしれない川を過ぎて、ようやく寺にたどり着いた。
閑散とした小さな寺だ。
声をかけると住職が奥から現れて「おお、静子ちゃんか。よく帰って来たな」と、なぜだかやはり遺骨に向かって話しかけるのだった。
「お世話になります。私は娘の……」と言いかけたが、住職は私のことなど微塵も見ていない。
電車で会った老人同様、母の遺骨にだけ話しかけている。

「さあさあ、奥へ。一週間ほど前だったかな、一郎君が来たんだよ。立派な骨壺に入ってね、この村一番の出世頭だな」
電車の中の老人と同じような話をしながら、私の前を歩く。
住職に続いて大広間に入った私は、思わず息をのんだ。
たくさんの遺骨が並んでいる。まるで会話をするように円を描いて置いてある。
「えっ、埋葬しないんですか?」
「さあ、静子ちゃんはそこに座って」
住職が紫色の座布団を指さした。私の言葉はまるで無視だ。
このまま持って帰ろうかと思ったら、母の遺骨が返事をするようにコトリと鳴った。
母がそれを望んでいるなら仕方ない。骨箱を座布団の上にそっと置いた。

住職が御経を唱え始めた。するとそれが合図のように、遺骨たちが少年少女に姿を変えた。
母も三つ編みの少女になっている。
「お母さん」と声をかけたけれど、母に私の姿はもう見えていない。
「お帰り、静子。あとはユキオ君だけね」
「さっき電車の中で会ったわよ。ユキオ君、相変わらずお喋りだった。男のくせにね」
「ユキオは今入院中だよ。まもなくこっちに来ると思うよ。待ちきれなくて静子に会いに行ったんだ。君はユキオの初恋だからな」
「やめて一郎君。そんなんじゃないってば」
頬を赤らめた母はやけに可愛い。私が知らない母だ。
きっと私は、ここにいてはいけない人間だ。もう私の役割は終わったのだ。

そのまま駅前のビジネスホテルに泊まって、翌日再び寺を訪ねた。
最後にもう一度だけ母の姿を見たかった。
しかし同じルートをたどったのに、寺はどこにもない。
寺へ続く道は一本道だ。迷いようがない。
麓に下りて小さな金物屋で尋ねると、寺はとっくの昔に壊れてしまったという。

「もう半世紀以上も前のことだよ。大きな土砂災害があってね、流されてしまったのよ。ちょうど中学生が宿泊学習に来ていて、何人かが亡くなったらしいよ」
そうか。ようやくわかった。母はきっと生き残り組だ。
骨になるまで懸命に生きて、遺骨になって寺に帰った。
亡くなってしまった同級生たちと、宿泊学習の続きをするために。
きっと永遠に、他愛のないおしゃべりは続くのだ。私が知らない母に戻って。

山に向かって手を合わせた。もうここに、来ることはないだろう。

******
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
TO-BE小説工房は、今回で終わりです。
すごく勉強になりました。
最優秀を5回もいただいて、すごく自信にもなりました。
最後は落選で残念だったけど、お世話になりました^^

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にのまえ

いいお話ですね。私も昨年母を亡くしたので心に染み入りました。
by にのまえ (2021-10-10 17:56) 

ぼんぼちぼちぼち

最優秀を五回も受けられたのでやすか!すごいでやすね!!
あっしは今回の作品、とても好きでやす。
先の展開が読めなくて惹き込まれて、一気呵成に読み進んでしまいやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-10-10 21:55) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
不思議な素敵な物語に読み行ってしまいました。
by SORI (2021-10-11 05:41) 

雫石鉄也

いいですね。こういう話をいい話に書くのは、りんさんならではの腕ですね。へたが書くとホラーになってしまいます。
公募ガイドも季刊になるそうですね。売れ行きが悪いのでしょうか。
by 雫石鉄也 (2021-10-11 14:06) 

リンさん

<にのまえさん>
ありがとうございます。
お母さま、ご愁傷さまでした。
私の母は高齢ですが元気です。
母の故郷は、この話に出てくるような山の中です。

by リンさん (2021-10-17 14:36) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
5回も最優秀をとらせていただいて、本当に感謝です。
私もこの作品、気に入っていただけに残念でした。
by リンさん (2021-10-17 14:37) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
課題が「骨」だったので、遺骨同士が話したら面白いかなと思いました。
by リンさん (2021-10-17 14:44) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
そうなんです。公募ガイドが季刊誌になるなんて驚きです。
公募の情報は毎月欲しいところですが、仕方ないですね。
by リンさん (2021-10-17 14:54) 

傍目八目

とても素敵な話でした。これで落選なんて、厳しい!
課題「骨」にしては骨の主張する場面が少なかったのでしょうか。
課題が「寺」とか「帰郷」だったら、ばっちりでした。
お父さんは知っていたんだろうなあ、と思いました。

公募ガイドが季刊誌になるとは驚きました。
色々なことが変わっていきます。ゆきのまちも……
by 傍目八目 (2021-10-20 08:43) 

リンさん

<傍目八目さん>
ありがとうございます。
骨=遺骨の発想がダメだったかな、と思いました。

そうそう、ゆきのまちの募集、終わっちゃいましたね。
悲しいですね。
by リンさん (2021-10-21 21:47) 

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